なぜ日本人は「働けない人」に冷酷なのか…日本を「生きづらい国」に変えてしまった、「生産性」という呪縛
クーリエ・ジャポン 2/17(火) 7:00 配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/e71d399e3348b202a19c8703afe513bdbc69a01e
記事(要約)
中村隆之は著書『今こそ経済学を問い直す 切実な「必要」の声を聴くために』において、真に豊かな社会を実現するためには経済成長だけに依存するのではなく、人々の「必要」に焦点を当てるべきと主張しています。
現在の社会では、生産貢献者が優遇される一方で非生産貢献者(障害者や貧困層など)は軽視され、彼らの声が届きにくい状況にあります。
このような不平等を解消するには、市民社会として互いの必要を理解し、尊重し合う関係を築くことが重要であると述べています。
経済の成長がすべての問題を解決するわけではなく、実際に必要とされている欲求を認識し応える社会を作ることが、真の豊かさに向かう道だとしています。
(要約)
コメント(まとめ)
このスレッドには、日本における「働けない人」と「働かない人」、さらには生産性や社会の価値観に関する様々な意見が寄せられています。
最初に、日本の経済や社会構造における「生産性」の重要性が強調されています。
江戸時代と比較して、現代日本の豊かさは生産力の向上によるものであるという意見があり、しかし同時に、現実には生産性が低迷しているとの指摘もあります。
また、「働けない」と「働かない」を明確に区別する必要があり、特に後者に対して厳しい目を向けるべきだという声も目立ちます。
これに関連して、「生産性」や「労働」に対する文化的な価値観が、働く人たちの意識や行動に影響を及ぼし、時には冷徹さを生む要因となっているとの意見もあります。
経済成長と個人の幸せの関係についての議論もあり、現代社会が求める豊かさが実際には「働けない人」に対する支えを難しくしているという側面が指摘されています。
特に、自己責任論が強調される中で、他人を思いやる余裕が失われていることが問題視されています。
結局のところ、日本の社会には多くの矛盾や不公平な側面があり、その背後には歴史的背景や文化的要素が影響していることが分かります。
生産性を重視するあまり、個々の人間性や「働けない人」をどう支えるかという視点が欠けているため、生きづらさを増しているという意見が目立ちます。
(まとめ)日本では生産性への強いこだわりがありつつも、その文化や経済政策が「働けない人」に対する冷たさを生んでいるという意見が多い。
社会全体の豊かさと個人の幸せとの関係が複雑で、自己責任論が浸透する中で他者への思いやりが薄れていることが指摘されている。