( 126465 ) 2024/01/08 12:50:00 0 00 被災地から帰還し無事成人式を迎えられた沢田彩希さん(左から2人目ら一家=7日午前、富山県砺波市(外崎晃彦撮影)
最大震度7を観測した能登半島地震。正月休み中とあって、多くの旅行者も被災、帰宅が困難となった。日帰り旅行中だった富山県砺波市の会社員、沢田勝宏さん(58)ら父娘3人も避難所生活を余儀なくされた。なんとか地元に戻り、7日の成人式に参加できた次女の彩希(さき)さん(20)は、出席できた喜びの一方で、犠牲者や避難者に思いをはせた。
【写真】道の駅「千枚田ポケットパーク」周辺は地割れと土砂崩れで孤立状態になった
「富山まで乗せていただけませんか。妹を成人式に出させたいんです」
被災地の石川県珠洲市。市役所駐車場で5日、記者の車のドアがノックされた。勝宏さんの長女で富山県職員の日菜(ひな)さん(23)だった。旅行中に被災し、数日前から約130キロ離れた隣県の自宅に戻れなくなっていた。妹の成人式が翌々日に迫っていた。
「人生に一度だけの晴れ舞台。どうしても参加させたい」。そう考えて、富山まで同乗させてもらおうと、ドライバーらに声をかけ続けていたが、なかなかよい返事は得られなかったという。
富山に向かう予定だったため、日菜さんの申し出に応じることにした。
■突然の被災
地震があった1日。3人は能登方面への日帰り旅のつもりで富山県砺波市を車で出発。須須(すず)神社(石川県珠洲市)で初詣を終え、向かった先の観光名所、白米千枚田がある道の駅「千枚田ポケットパーク」(同輪島市)で被災した。
強烈な縦揺れと、直後の大きな横揺れ。3人はとっさに施設を飛び出すと、驚きの光景を目の当たりにした。
目の前の道路は大きな地割れで寸断され、片側の道路も土砂崩れで先がなかった。「もう戻れない」。日菜さんたちはそう直感したという。
一帯は孤立状態となり、道の駅は避難所に。100人ほどが数日間、救助を待った。
日帰り旅の軽装だった3人。着替えはなく、風呂にも入れない。停電しているため、日没の6時過ぎには就寝し、暗闇でじっと朝を待った。当初支給された毛布は2人に1枚程度。「妹と体を寄せ合ったが、こごえてとても寝られない」と振り返った。
5日午前。警察のヘリコプターが孤立したこの地区から、ピストン輸送を始めたのだ。3人は珠洲市に運ばれた。
ただ、珠洲市も被害地域。交通インフラは破壊され、なお自宅に帰る手段がない。そこで車に声を掛けて同乗を試みたのだった。
■「日々を大切に」
5日午前8時半、3人は一夜を明かした緑丘中学校の避難所から、記者の車で富山県へ移動。亀裂が入り低速運転や一時停止を強いられる場所が多数あり、土砂崩れを回避する片側通行で渋滞も頻発。通常なら4時間程度で着くところ、約8時間かかった。玄関先で出迎えた母の章美(あきみ)さん(55)は、娘らを抱きしめた。
成人式当日の7日。彩希さんは花柄の晴れ着に身を包み、午前10時から砺波市文化会館で行われた式に参加した。
「たくさん犠牲になった方がいて、私たちの何倍も辛い思いをしている方もまだ大勢いる」と、被災地を思いやった。
そして、「無事戻ってこられたことに感謝し、日々を大切に生きていきたい」と、20歳の誓いを立てた。
■一時滞在中の被災者への支援も必要
避難所になっていた石川県珠洲市役所の周辺では、地元住民だけでなく、沢田勝宏さん一家のように地方から旅行などで来ていて、帰れなくなった人も少なくなかった。被災地が北陸の一大観光地だったという事情もある。こうした人々の滞留が長引くことは、行政の被災者支援を圧迫する。被災地に物資を送り込むような支援の一方、訪問中に被害に遭った人に対する施策も必要だ。(外崎晃彦)
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