( 130224 )  2024/01/19 03:02:03  
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「見る人が見れば大人、子どものどちらの面も」事件当時19歳被告に死刑判決 裁判員が心境語る

UTYテレビ山梨 1/18(木) 20:32 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/986602fcf64bec7e93219afc51b1e66fd05750db

 

( 130225 )  2024/01/19 03:02:03  
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19歳の被告に対する死刑判決について、裁判員の意見が述べられた。

66歳の男性裁判員は被害者の立場を最重視し、極刑に同意したと述べた。

31歳の男性と21歳の女性は、19歳の被告について子どもと大人の両面を見て判断が難しいと語った。

60代の裁判員は被告に対して懺悔の気持ちを持ってほしいという願いを述べた。

(要約)

( 130227 )  2024/01/19 03:02:03  
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テレビ山梨 

 

事件当時19歳の被告に死刑判決が言い渡された今回の裁判。 

参加した裁判員はどう判断したのでしょうか。 

 

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判決後、会見が行われ、特定少年の事件を審理する難しさなどを話してくれました。 

 

今回の裁判には6人の裁判員と3人の補充裁判員が選ばれ、判決後の会見には4人が参加しました。 

 

このうち裁判員の66歳の会社員の男性は「被害者の方を一番重視し判決を決めました。19歳は社会に適応できる年齢で善悪が判断できると思う。極刑は免れないと思っていました」と述べました。 

 

補充裁判員の31歳の公務員男性は「19歳という年齢は見る人からみれば大人、見る人が見れば子どものどちらの面もあり判断が難しかった」と話していました。 

 

補充裁判員の21歳の女子大学生は「チームで決めたことで悪かったのか、正解なのかわからない。今後このような事件が起こらないことを願っています」としました。 

 

60代の裁判員は被告に対しての気持ちについて「被告は極刑を望んでいるように見えた。安易な道を選ばず苦しんでいる人達に懺悔の気持ちをずっと持ってほしい」と話していました。 

 

テレビ山梨 

 

 

( 130226 )  2024/01/19 03:02:03  
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・日本の司法システムにおける年齢や精神状態を考慮した判決への意見が分かれており、被害者重視の意見や加害者の更生を考慮すべきだとする意見が混在している。

(まとめ)

( 130228 )  2024/01/19 03:02:03  
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・今回の判決には、敬意を表したい。 

犯罪は犯罪であるので、年齢でどうこうとかおかしい。 

やった罪の重さで、量刑は決めるべき。 

今回の判決は、ものすごく意義があると思うし、低年齢化している犯罪の抑止力になると思う。 

 

 

・日本は時代に合わない古い法律が多過ぎると思います。中学生でも凶悪犯罪を起こす人もいます。でも少年法という法律で守られ「まだ人生この先長い。未来ある若者なんだから寛大な判決を」という考え方をされて大した罪に問われないケースもあります。しかし、その中学生が犯した凶悪犯罪によって人生を狂わされた人は、たまったものではありません。少年法という法律の在り方について真剣に考えないといけないと思います。 

 

 

・ニュースに出ていた裁判のイラストを見たら、犯人がとても幼く見えた。 

いや、現在は21歳だから立派な大人なんだろうけど。 

 

20代の裁判員の方が言うように、見方によれば…その通りだと思う。 

罪は当然裁かれるべきと分かっていても、実際に当人を目の前にしたらどうだろう。 

年齢が近ければ、自分の子供と重ねてしまう。 

 

極刑が犯罪の抑止力になるとはあまり思わないし、それより社会がもっと健康になりますように。 

 

 

・難しくはない。この国は加害者の未来を考え過ぎ。被害者は置き去り。やったもん勝ちな社会にしてはならない。議員を初め、その傾向が強い為、非常に懸念。世界と見比べても罪が軽い。法改正し、厳罰化すべき。 

 

 

・以前、身内のところに裁判員の名簿に載ったというご連絡を頂いたことがあり(その時は裁判員にはなりませんでしたが)、「ああほんとにこうやって普通の人のところに突然来るんだな」と思いました。 

 

プロの裁判官のように訓練を積んだ方達とは違い、普通の人が突然選ばれて務める裁判員の方達にとっては、やはり死刑という判決を選ぶまでには大変なご心労があっただろうと思います。 

本当にお疲れ様でした。 

 

 

・個人的に感じていることは日本は司法が甘いというか立法が機能してない、国会や政府は自分達の利益にならない票には無関心でしかも選挙の為に自分達の票になる団体への業界の利益には迅速に対応するなど問題だらけ。ある意味本当に日本は終わってる。そんな中での今回の判決は正しい判断だったと思う。日本はやはり被害者の気持ちを尊重というか考えもせず、判決を先延ばししたり罪から分かっている判決に対して減刑だのが多いから出来れば被害者の未来を優先に考えて判決下してほしいとともに司法や立法の改正を望む 

 

 

・私なら、人をあやめたならそれに報いた刑罰が必要だと思うので、難しい判断ではないと思います。被害者感情を考えることも裁判員制度としてはおかしなことでもないでしょうし、今回の判断はいいのではないかと思います。 

 

 

・そもそも普通の人は殺人なんてしない。 

年齢に関係なく、その一線を超えてしまった人はもう普通の人には戻れないだろう。 

利己的な殺人犯を有期刑にしたら出所後に新たな被害者を生む危険性があるから、基本的には無期懲役か死刑のいずれかにするべきだと思う。何の落ち度もない被害者をこれ以上増やさないでほしい。 

 

 

・被害者と被害者の関係者のダメージを考えれば、良い判決だと思います。 

加害者の更生を考えるあまり緩い判決になれば法による犯罪抑止が骨抜きになってしまいます。加害者の年齢や精神状態に関係なく一人前の大人として扱ってさしあげるのがよいかと思います。 

 

 

・一般の方々の陪審員だと判決を下すのに抵抗がある人もいるのかと思います‥‥が、被告の立場や状況に関係なく、犯した罪に対する判決を下すのが裁判の役割。 

 

犯罪の悪質性や亡くなった命を思うと、今回の判決は妥当だと思います。 

 

 

 

・加害者が事件を起こす前に、本来ならば福祉につながるべき子供だったと思う。判決理由に、更生の可能性が低いとあったが、彼の人生に更生の機会が一度でも与えられたことがあったのかな? 

彼が、裁判で語った「戻りたくない社会」という言葉は、私たち大人に対する叫び声のようにも感じる。手を差し伸べなかった地域や行政、周囲の傍観者。 

彼に残された時間の中で、心ある優しい人との出会いがあるよう祈ります。 

 

 

・この判決結果は事件性からして至極妥当な物と思うよ。成人であろうとなかろうと身勝手な感情で殺害し火付まで犯すってのは情状酌量の余地など無い。時代が時代なら人殺し、火付は理由を問わず磷付、獄門で死罪だったらしいし…被害者遺族の慰めにはならないかも知れないけど一命をもって償うしかないということだな。 

 

 

・教育と同じで、義務を離れた時点でみなし成人としての扱いは出来ないのか。 

19は確かに人として成熟出来てるかというと、人によって振り幅が大きい。 

16では未成熟と言い切って良いと思うが、未成熟だからといって今回の事件のような人道を外れた事件を起こすだろうか。そこに16と19の差はあるのだろうか。 

少年法を悪法だと断罪出来ないが、重大事件には極刑を持って望むような改案が必要ではないのか? 

被害遺族の気持ちが常にどこかに追いやられているように感じる。 

 

 

・犯人の生い立ちも決して良いとは思えない環境 

決して擁護するとかじゃないんだけれども 

子供に対して愛情を掛けて育てる事をせずに虐待したり、いじめをしたりすれば心身の発育はやっぱり上手く行かない傾向 

プラスに働く事はない。 

 

その点を縁あって家族であったり家族になった場合は考えて接して欲しい。 

また人間関係の様々においても同様 

 

すごく心配なのは被害者の姉妹 

突然大切なご両親を理不尽な理由で奪われて気の毒に思う。 

 

犯罪者を生み出さない環境づくりも必要なんじゃないかと思う。 

 

 

・妥当な判決。人が人を自分の意思で殺めたら命で償う必要がある。人数も性別も国籍も年齢も境遇も関係ないと思う。 

しかも今回は放火で被害者とその家族の大切な財産や思い出まで奪っていて何も残らない。民事賠償も望めない。境遇がどうとか被害者には関係ないよ。少しでも早く執行されることを切に願います。 

 

 

・被害者の人数関係なく、死刑もあり得ると言う司法の正しさが本当の正義。裁判では、どんなに被告人が反省していようとも結局は、犯した罪の重さが被害者ご遺族に重要なこと。他の事件にしても何の為、誰の為の裁判なのかをよく考えた上で判決を出してもらいたい。被告人の反省、懺悔、悔恨の言葉や心では被害者の方は戻ってこない。 

 

 

・明らかに冤罪なら死刑判決などもってのほかで裁判員や裁判長を批判の上の糾弾したいが、このケースの様に被告人も事件を認めていてその上で反省も更生も期待できないとなれば死刑判決も当然だと思う。 

たぶん被告人と弁護士は犯行当時の年齢を盾に死刑回避や減刑を狙っていて安心して犯行を認めたと思うが、裁判員と裁判長は正しい判断と判決を下したと思う。 

だから刑の確定後は法律で定められた通りに速やかに刑の執行をしたらいい。 

 

 

・裁判員制度は国民ひとりひとりが犯罪とその裁きに正面から向き合い評決する制度だから苦しいけど正しく厳しい判決にしなければならないんだと思う。被害者の気持ちもあるだろうが、もっと大きな判断が必要だと思う。 

 

 

・私は長年家族から虐待を受けて育ちました。 

物心付いた頃からずっと消えたいと思いながら未だに生きています。 

時代の流れで今後安楽死が合法となり、虐待や生育歴に起因する精神的苦痛もその対象となるのであれば感謝して申請します。 

 

被害者になんの落ち度もなく加害者が絶対的に悪であることは間違いありません。 

が、誰しも進んで悪になりたいとは思いません。 

 

安楽死があることで防げる犯罪というのは間違いなくあります。 

 

命あることが正しいのだという絶対的倫理観全てに当てはまるわけではないことに向き合う時期なのだと思います。 

 

 

・選挙権すなわち施政責任選択能力が認められているだけ、ではなく、やって良いこと悪いことの基礎判断が出来ない年齢であるとすることは、少なくともほとんどのその年齢以上の人間ならば基本的良否の判断が出来ない訳がなかろう現実を認識していると言うしかあるまいこと。言うなれば、その常識性を非常識論理で転換すること自体が難しい以上は、その犯罪行為が自衛その他差し迫った致命的な回避を要したか否かのみに量刑はかかることになる。死刑相当の犯罪に対し、減刑に相当するか否かは、権限を託された者のみが判断することであり、差しはさまれてはならない予断と惻隠の情は、あくまでも相当刑が確定した後の別次元こと。審議の判定要素に見落としが無い以上は、正常社会性を維持するべき責任と共に、被告及び審議員は共に存在するのみ。 

 

 

 

・裁判員の方々の、深遠な判断に対する複雑な思いが伝わってきます。 

 

たとえどんな凶悪な犯罪者であったとしても、その命を以て贖わせるという決断の時、どこまでも静かに思慮深くありたいと思うのはまともな人ならば自然なことだ。 

 

死刑判決を受けるような犯人でも、人間らしい時間も幸せと思える時間も少しはあったはず。だけどひとたびこのような事件を起こし、他者の人生とその意味さえも激変させてしまったとなれば、罰を与える側は厳しい判断をせざるを得ないと思う。 

 

本当は、誰かに罰を与えるような立場にはなりたくないよね。 

裁判員裁判は、その内容如何によっては裁判員を重く苦しめるものになる。こんな事件、もう起こらないでほしい。無理なのはわかってるけど。 

 

 

・今回の判決には、敬意を表したい。 

犯罪は犯罪であるので、年齢でどうこうとかおかしい。 

やった罪の重さで、量刑は決めるべき。 

今回の判決は、ものすごく意義があると思うし、低年齢化している犯罪の抑止力になると思う。 

 

 

・複数人の殺害に放火。凶悪犯罪に年齢は関係ないと思います。よく精神状態が問題になりますが、健常者なら中学を卒業していればことの善悪はわかります。人を殺したり放火するときに、冷静な精神状態の人なんてほとんどいないと思います。悪いことをしたら、警察に捕まる。小学生から教えるべきです。 

 

 

・結果的に一人の人間の命を終わらせる判断はとても重く難しいものだったと思います。裁判員の方々には、リスペクトの気持ちを抱きます。この若者が命をもって償うことが、今後このような事件が起きないようにする一助となることを願います。 

 

 

・死刑判決に至る仕業は、若いから罪を軽減すると言った事で済まされない。 

 

した事の罪の大きさは、歳に関係なく罪の重大さで裁量が決まり、その結果で出た判決に従うのは、当然の事だ。 

 

被害者が受けた痛みは、犯罪者が償うと言う倫理に反しない。 

 

今の判例では、まだまだ甘い裁量もあり、もっとキツイ裁量にしても良いものが多い。 

 

 

・何歳であっても、犯した罪で裁かれるべき。 

まだ若いから更生の余地をあたえるべきというが、若くして凶悪犯罪を犯すような人間を数年で世に放つ方が危険だと思う。更生したかどうかなんて、判断することは不可能。そうやって釈放された犯罪者に自分の大事な人を殺されても、若年の犯罪者にはもう一度チャンスを与えるべきと言えるのか。 

 

 

・この被告は確かある一家の長女に交際を拒否された恨みか何かでその家に火を付けて家族皆を殺害したものでしたよね、当時被告は19歳だったとか、自己中心的で死刑に相当するとの判断なのでしよう、私は思うのです、この被告にも親はいるだろう…どんな気持ちになっているのかと…息子や娘がこう言う事件を起こして裁判になり判決を下されるのは親としては辛い事です、自分を責めるでしょう…世間の冷たい目の中で生きて行かなくてはいけない…親の気持ちを考えるのです。 

 

 

・事件の詳細を読むと、かなり酷い状況だったように感じた。仮に犯人に無期懲役の判決が出れば被害者の娘さんたちは、出所したあと何をされるかわからない恐怖がある。一度惨状を見た娘さんたちが何十年その恐怖に耐えられるかどうか。加害者の人権よりも被害者の人権の方が大切に決まってる。これは娘さんたちを守るための判決でもあるとも思う。 

 

 

・今回の判決を支持します。 

全く同じ家庭環境、背景、条件で事件を起こしたとして、17歳迄は無期懲役、特定少年の18歳からは死刑と判決が出たら、この差に正直疑問を感じるだろうな。人を殺してはいけないなんてことは、重度の精神障害や疾患等が無ければ、正直、中学生でも理解できる。特定少年を更に引き下げて義務教育以上にして欲しいくらいです。 

 

 

・裁判員の年齢別によるコメントで分かるが、私は50代で携帯が無い時代に育ち、様々な情報は新聞やテレビ、雑誌だけであり、クラスの虐めとかも多少はあったが、自殺に追い込むまでの陰湿な虐めは無かった。 

情報はネットからスマホで簡単に得やすくなってきており、親の世代も代わり、スマホを子供が小さいうちに与えてしまう。学校からの連絡網や部活のグループラインとか便利で良い点もあるが、反面は虐めにつながる悪い点もあり、犯罪の低年齢化にも影響している様に思う。 

被告人の厳罰化は必要ではあるが、子供の頃に影響しない様、Webサイトの閲覧登録についてめ段階性による年齢制限を設ける等、見直しが必要ではと思う。 

 

 

 

・制度の是非については述べません。 

 

日本では死刑制度を支持する人の割合が先進国の中でも特に高いそうです。 

 

我が国においての制度存続の目的が犯罪の抑止であるとするならば、秘密裏に執行し、後日公表するという現状には矛盾性があります。 

 

制度の目的が犯罪の抑止であるならば、マスコミや制度を支持する方はアメリカのように執行に立ち合い、見届け、また世間に伝える方法があるべきであろうという考えを持ちます。 

 

裁判の傍聴と同じく、一定の方法で立ち合い公開するのが筋道です。 

 

 

・加害者よりも被害者の利益を最優先する方がいいと思う。 

感情で人を裁くのは良くないとしても、 

もう少し被害者に寄り添った判決をした方がいいと思う。 

生きている加害者の人生や人権を考えるのも大事かも知れないが、 

例えば強制的に精神病院に入れて治療して更生すればいいのだろうが、そんな簡単でもないだろうし、それもまた人権がと言って反対する人権派がいるだろう。 

そうして結局また犯罪を犯した時にその人権派は責任を取るわけではない。 

厳罰は犯罪の抑止力にはならないが、 

死刑を被害者と同じ目に合わせるという目的より、更生の余地のない犯罪者を 

死刑にすることで次の犯罪を防ぎ、将来のある命が守られるのならそれもまた一つの考え方かと思う。 

 

 

・裁判員が難しいと思ったのは自分が参加した裁判で極刑判決が出ることではなかったのでしょうか? 

死刑は文字通り死をもって罪を償う。 

他人の死に対し自分が関わる事の難しさがあって大変だったと思います。 

大変な裁判に参加された裁判員の方には敬意を表します。 

 

 

・個人的には、被害者を1番重視したというのはいただけない。 

19歳という可逆性がある年齢なら、更正可能性を重視したい。 

あわせて人格が固まっていない年齢であることを踏まえて、幼少期の虐待といった家庭環境など何か特段の事由により、同年齢の者よりも社会規範(やっていいこと悪いことのルール)を習得できない事情がなかったのかを優先的に検討する必要があると思う。 

 

それから犯罪結果の重大性(被害の軽重)、犯罪態様の順であって欲しかった。 

 

 

・日本では殺人を犯したら死刑というのが子供の頃からそう信じて生きているので、それ以外の刑というが中々考えられない。世界からみると死刑のない国の方が多い中で、死刑を廃止したらめちゃめちゃな世の中になると思われがちで、死刑廃止したら凶悪犯罪が減少した例もある。記事のように自ら極刑を望むあまり他人を巻き込むような犯罪は防げるのかなと思う。どちらにしても一長一短なところはある。 

 

 

・悪を叩きのめす極刑判決はとても名誉なこと。しかし執行の日はまだ先になるだろう。この国にはいつ来るか分からない執行の日を心待ちにしている死刑囚たちがまだ多くいる。裁判員は正義の心で悪を断罪し責務を全うしているのだから、法務大臣もしっかり仕事をしてほしい。 

 

 

・今回の判決は賞賛出来る。未成年だろうが、犯罪の内容が身勝手過ぎる。好印を持ってたが断られたから、相手の両親を殺害するんて、自己中の身勝手な行動でしかないし、頭の悪い馬鹿としか言えない。日本の司法は加害者を守って被害者や被害者遺族を蔑ろにしているので今回の判決が妥当で当たり前だと思う。年齢や精神状態の有無は関係なくやった犯罪の重さと非道さで刑を決めるべきだと思う。 

 

 

・司法は、「更生」と言う言葉で優しい判決をし、平和に暮らす一般人にその後の不安と恐怖を与える為に野に放ちたがる。未成年者のさ○じんはんを刑期が終えたから出所させた。その後どうだった?また一般人に迷惑かけ続けてるよ。 

感情論じゃなくて、罪の重さとしての判決が司法の役割りじゃなかろうか。 

この話題の19歳に与えた判決は正しいと私は思う。 

 

 

・このような事件は極刑が妥当だとは思う。 

ただ、この記事のように裁判員に選ばれた人が死刑判決を出したり、仕事とはいえ死刑を執行する人の心理的負担を考えると死刑が正しいとは言い切れない。 

また、本当かどうかはわからないが『死刑になりたくて人を殺そうと思った』みたいな奴もいる。 

無期ではなく終身懲役、または終身禁固が極刑なら迷いは少ないような気がする。 

そういう意味では死刑廃止もありだと思う。 

 

 

・裁判員の方々、大変な公判お疲れさまでした。慣れない裁判官との評議、この被告人と同じ年齢だったか、永山基準や山口県で発生した同年代による事件と、判例の枠を超越することなく、厳しい判決だと思います。 

極刑を選択する必要もある、極刑を選ばざるをえない事件だったのでしよう。 

ほんとにお疲れさまでした。 

 

 

 

・被害者と加害者について良く言われるが、被害者の報復(復讐)を許す結果が、どういう社会を生むかなんて、想像できないのか? 

報復の連鎖だぞ。 

 

それを社会的構造でどう絶ち切り、社会を成立させるかが、人が人を裁くという制度化の本質である。 

 

感情論のみで突き進めば、それは戦争に通ずることと同じ。感情からの脱却への試みが近代社会の社会論の始まりでもある。 

 

 

・裁判官は有罪無罪の判断だけして、刑罰や量刑は希望すれば被害者や被害者家族が行うようにすべきだ。復讐や敵討ちが認められない以上、それしか無念を晴らす手段がない。刑罰が被告の反省や更正のためにあるなど認めない。それでは、被害者(特に理不尽にも殺された方)のやられ損だ。そんな不合理はあってはならない。被告も殺ったからには、その覚悟はあるはずだ。 

 

 

・裁判員の方々お疲れ様でした。 

日本の裁判員裁判では刑罰まで決めないといけないので、その心労は計り知れないものだったと思います。 

参考にしたはずのアメリカのように、裁判員は有罪か無罪かを判断するだけなら、精神的負担はもっと少ないだろうと思います。 

まぁ、裁判官が下すその刑罰が、一般人とかけ離れているのが導入された原因ですが。 

 

刑罰も立証できうる一番重い罪のみではなく、アメリカのように全ての罪状の累積にすれば、仮に死刑が廃止されても、15年程に形骸化している無期懲役より抑止力があるかと思います。 

 

 

・犯罪に対する刑罰はもっと厳しい方がいいですよね 

抑止という観点を考えるとこの判決は仕方ないと思う 

犯罪は起こる前に未然に予防することが大切だと思う 

 

 

・裁判員裁判で、一般市民が極刑と向き合わねばならないのが、実はどんなに残酷なことか思いを馳せても良いのではないか。 

そもそも死刑という制度が、例え凶悪な犯人であっても、彼の基本的人権を国家が奪う刑罰である以上、現憲法の人権の理念とは矛盾を孕んでいる。死刑制度自体の是非を議論するべきではないのかと死刑判決のニュースに接するたびに思う。 

 

酷い犯罪を犯したのだから「殺してしまえ」というのは、やはり乱暴だと思う。 

 

 

・見る人が見れば大人??19歳はもう立派に物事を判断できる年齢ではないか??19歳は確かに数字の上では20歳まであと僅かな年齢ではある。でも19歳なら20歳と変わらないとの判断ならば、もう20歳でなく基準は19歳で良いのではないか。いや、そうではないだろう。そこを曖昧にしない為の「年齢」だったのではないだろうか。被害者の気持ちをくんだ裁判員の気持ちもわからないわけでもないが、そこはやはり成人ならぬ未成年。極刑ではない終身刑をもって本人の反省を求める心を持ってもらいたかった。 

 

 

・残酷ということで絶対導入はされないだろうけど、死刑を廃止して、無期懲役(さらに毎週1回の鞭打ち)とかを導入したら抑止力になる気がします。鞭打ちが存在している国は今でもありますが、凄まじい痛みらしいですので。 

 

加害者が死刑になっても結局、被害者の関係者は一生悲しみを背負うことになります。 

 

ポイントは、凶悪犯を生み出さないことです。 

 

 

・この裁判を担当された裁判員は 

むずかしい判断を迫られたのだろう。 

 

この少年がおこなった殺人という行為は 

けっして許されることはなく、極刑に 

あたいすると言うこと。 

 

また少年であるため、年齢的にみれば 

更生を促すべき対象であること。 

 

ただ被害者家族の心情を鑑みると、 

少年を許すことは到底できるはずもなく 

極刑を望んでいるであろうこと。 

 

自分が裁判員として参加する時は 

できれば判決が極刑となるような裁判に 

当たらないことを望む。 

 

 

・加害者の未来を考えるって、ただ罪を軽くして時が来たら普通の生活に戻れるだけで、その後の面倒、更生や躾は他人任せなんですよね? 

それって裁判官は無責任ですよね?失わなくて済む命を奪った事実は無かったことになるんですかね?判決の何が難しいのでしょうか?と、常に思っていたので、(特にイジメやパワハラに対しての自殺)今回の判決は正しいです。ごくごく当たり前に正しいです。 

裁判官さんに聞いてみたい事があります。 

即死でもない限り、命が絶たれるまでに僅かな時間があると思います。その場面にもし私が直面したら、「なんでこんな奴に殺されなきゃ…?」「あぁ…もっと生きていたかったな…」と強く思うはずです。 

この思いをまず尊重すべきではないですか? 

裁判官さん、あなたが死に直面し、目の前に犯人がいたら、「どうか更生して私の分まで長生きしてください」って思うんですか? 

 

 

・あえて書くが『若干19歳で』“殺人と放火を犯してしまった”青少年である。少なくとも放火は証拠隠滅だろうし、無にしようとしたので悪質。死刑は当然か。だが、裏を返せば、“これで死刑になれるという判例”を作ってしまったわけだ。今の日本は死刑になりたいという若年層があまりに多い。抑制どころか加速していく可能性もあり、むしろ無差別殺人と放火がセットで増える懸念もある。下手したら迷宮入りしかねない犯罪手口であり、これは現代社会、ストレス発散でこういう手口も増えていく予感すらある。 

 

 

個人的に勉強だけが全てではないと考える。命の大切さについて考える時間があっても良いと、ゆとり世代だから思う。こういう事件が起きないためにも『道徳』は必要だと思うし、善悪の判断をもっと深く考える時間も取るべきだ。そのための教育だと思うのだがな…。 

 

 

 

・内容の残酷さもそうだが、判例を作る貴重な1例になるのは間違いない。 

これは、凶悪犯罪の低年齢化を背景に、今後に繋がる判決だと思うが、抑止力の効果を含んだ判例となり得るのか。 

「子供に刑務所は無い」、「子供だったら少年院送り」など甘い考えを払拭する事になればいいと思う。 

 

 

・確率的にもう二度とないと思うが、ある日分厚い封筒がポストに刺さっていて裁判員候補にえらばれたが。 

 

凶悪犯罪に対しての裁定を決めるために、証拠物や、現場の写真などを閲覧するのは必須で、精神的な負担も大きかったと思う。 

 

加えて、裁判員のプライバシーは、最優先で守られるべきで。わざわざ記事にしたりするのはどうなのかとちょっと思う。 

 

 

・一番の問題は裁判員が悩みながら死刑判決をだしているのに、法務大臣が我が身可愛さに死刑執行しない点である。 

 

2000年以降執行数が極端に減り、収監されている死刑囚の数が数倍の100人超えがあたりまになっている。 

それまでは30人前後ぐらいだった。 

 

今の死刑囚は執行される数より、寿命や病気で亡くなれる方が多いのが現状で、終身刑と変わらない。 

 

法務大臣は刑法上、死刑確定してから半年以内に執行するのが法で決まっているのに、法を守る大臣が法を犯しているのが現状だ。 

 

 

・当然の判決でしょう。刑は罪状によって決まるもので、年齢は関係ないと思う。仮に更生の可能性があったとしてもやった事に対する刑罰は受ける必要がある。それが死刑だったとしても。更生の可能性ってあくまで可能性だしね。 

 

 

・もし自分がいつか裁判員の立場になったなら。感情移入するなら極悪な被告より理不尽に命を奪われた被害者とその関係者にする。例え被告に悲惨な生い立ちが在ろうとそれを敷いた張本人が被害者という事でもない限りね。 

 

人殺しになりたくないと目を背けた結果生きながらえた被告がまた誰かを殺すかもしれない。その時平気でいられますか?またその被害者は自分の大切な人かもしれない。もし死刑が妥当なのにその決断から逃げたら新たな悲劇が起きるかも。 

 

だから自分はその時が来たら躊躇はしません。 

 

 

・ん~凄く難しいが、何時も思うのは死刑と無期懲役の境目というか…例えば今回のように犯罪者が未成年で若い…或いは歳をとっていて生い先短い… 

 

それは犯人の方の事であり被害者達はただの被害者であり、年齢も性別も関係無い… 

ただ被害者になった…それでいて犯人は未成年だからと更生の余地ありと軽減され釈放され数年後にまた同じ様な犯罪を犯すかもしれない… 

 

1人の人間としては責任を取らされることが当たり前なのかもしれない… 

 

様々な事情は有るだろうが、犯人の方にも…無期懲役や死刑になっても仕方ない事はあって然るべきなのか… 

 

個人的にはこの様な案件で裁判員にはなりたく無い、無責任かも知れないけど… 

 

 

・死刑廃止国もある。死刑にしてしまえば、本人は贖罪の苦行から逃れられる。この人は当時19歳と若く、人格形成が不十分であったし、今もまだ贖罪の気持ちが生まれないのもしれない。教育、情緒育成を図って、更生の機会を与えるべきと考える。 

 

 

・比べる事じゃ無いのかもしれないがあの凶悪なコンクリート殺人の未成年はその後も生き延びている現状があるのが事実。彼らはその後もさ再犯を繰り返している。曖昧な基準はこの様な違和感をうむ。であるなら年齢は関係なく裁く必要があり子供のうちから凶悪な犯罪は死刑になるという事を教育していく必要がある。 

 

 

・結果責任で判断すればいいのでは? 

低年齢だとか、更生の可能があるという理由で死刑を回避すること自体、理不尽。したがって、今回の判決は妥当だと思う。 

日本の司法は、被害者よりも加害者に偏重しすぎ。 

もしくは、裁判官の逃げかも、死刑判決の重荷を背負いたくないから。 

だた、高裁で無期懲役に減刑される可能性があるので、安心はできない。 

 

 

・かなり昔にネット上に凶悪少年犯罪者を実名で晒すスレがあり犯行内容見たけど大人顔負けだったし果たしてこいつ等が人間の心を取り戻す、所謂更生できるかどうか怪しい物だって感じた。現にコンクリート詰め犯人が大人になった時に俺はコンクリート詰め犯罪者だと脅迫事件起こしたとかしないとか云々のの噂もあるし。 

こう言うのって思考や信仰みたいなものが変わらない限りルールで縛った所で繰り返すだけだから良い裁定だったと思うよ。 

 

 

 

・当時19歳でも死刑に値する犯罪に死刑判決を下す事は正しいと思う。 

闇バイトで強盗殺人が頻発する今の日本で、10代だから捕まっても罪は軽いとたかを括って犯罪に気軽に加担する若者が増えていると感じるから抑止の為にも正しい判決だと思う。 

ただそれ以上は分からない。死を望んでいる人間には死を与えず無期懲役の方が罰にはなる、なんて考え方は間違っているのだろうか。生かすのも税金が掛かるしやはりそういう面でも死刑が良いのだろうか。 

犯人は傷付いて育ってきたようで不憫ではあるが、それでも他人の人生を奪う事は許されない。 

 

 

・上告して上級裁判所になれば死刑ではなくなると予想。 

プロ裁判官になれば被害者感情では無く過去の判例重視になるので死刑ではなくなる。 

一人殺しても死刑にできるはずだが、二人以上殺した者しか死刑になった事がないのがそもそもおかしくないですか? 

19歳だからどうこうでは無く、子供でも人を殺してはいけない事ぐらい分かるでしょう。 

重罪にまで未成年者の罪を軽くしてきた過去の判例が罪だと思います。 

 

 

・死刑という事は殺人だと思う。 

殺人犯は人口1万人に1名程度 

犯罪者が再犯する可能性は50%程度 

1万あたり1名でる可能性の殺人犯、再犯率は50%それを更生させるという理想で再度社会に戻す意義が解らない。 

戻す時点で殺人犯が更生する50%の可能性の為、未来に殺される可能性のある命を危険にさらす理由を知りたい 

 

 

・裁判官と一緒に量刑まで決めることを一般市民である裁判員に求めることは、 

余りにも精神的負担が大きくてやはり無理があると思う。 

なぜなら、一般市民の素人に「あんたは死刑、あんたは死になさい」と言わせるのだから。 

 

一般市民感覚を反映する趣旨からすると、米国みたいに、 

裁判員は有罪無罪の評決だけにとどめて、量刑は裁判官に委ねるべきだと思う。 

 

 

・1.実父の窃盗事件が元で両親が離婚。 

2.養父とは折り合いが悪く、隣の部屋で1人暮らしていた。  

3.養父は元々心臓が悪かったが、養父が亡くなる  

被告が中学2年の頃には養父からの暴力が最高潮  

に達していた。そして養父はその年に他界。 

これを総括すると親と注ぎ合うはずの愛情を親から注がれなかった為に、初めて恋の相手のAさんに捻じ曲がった愛情として全て向いてしまったのではないかと思う。それが行き過ぎて決して許されない行為に発展してしまった。被告についての記事を読むと優等生だった一面も垣間見れたので、被告は親からの愛情、人からの愛情が欲しかったのでは無いかと思う。実際、自責の念からか実父からのコメントはあったようだが実母からは何も無いと言う。それ程に愛していなかったのであろう。児童福祉を見直して愛されなかった子供を愛情を注いでくれる里親に繋ぎ合わせてあげることが大事ではないか。 

 

 

・裁判員制度の難しい所ですね。一般人で死刑を求刑するのはとても判断が難しいと思います。その後の心境を思うと中々出せるものではありませんよね。ただ、被告人はそれ相当の罪を犯している訳ですから極刑は免れないと思います。 

 

 

・なにも難しくない。何歳だろうと、人の道を踏み外し、社会のルールを逸脱して、罪のない他人の命を閉じた者は、社会で生かされる資格なし。無下に命を閉ざされてしまった人の恨み辛み報いを受けるのが当然のルール。その悪事を忘れて自らは生き続けられましょうか。 

 

 

・加害者に甘い、年齢は関係ない、というコメントが目立つけど本当に事件のあらましを確認してのコメントか? 

 

この犯人は非常に自分勝手な理由で犯行に及んで今では死刑になることを望んでるんだぞ。やったことの内容を考えたら安易にコイツの望んだ結果を与えてやりたくないと思うくらい身勝手だ。 

 

とは言え日本の無期懲役は暫く真面目にやってりゃいつかは出て来れる加害者にお得な制度だし。生きてりゃ過去のトラウマで勝手に苦しむそうだから、死ぬまで炭鉱送りとかに出来たらベストなのに。 

 

 

・良い判断と思います。 

でも今の流行で、弁護士は自分のために控訴したがるし結果的には上級審で 

変更されるような気がして心配です。 

 

死刑反対論の人はどう思うのでしょうね。 

もし有期刑にしても、満期出所してもまたねじ曲がりたくなるような現実が 

待っているだろうし、この人をも含む将来の被害者の発生を誘発して 

満期までの莫大な税金を掛けて死なせないようにすべきと思うのだろうか。 

よく理解できない世界です 

 

 

・19歳といえばまだまだこども。善悪の判断がつくということと、精神的に大人として成長しているかというのはまた別物。つらい人生をおくってきた被告に対し、追い打ちをかけるような非情な人間ばかりがいることがあまりに情けない。若者に対しいくら罪が大きかろうと死刑求刑などというのはあまりに酷すぎる。これではいつまでたっても良い世の中にはならない。 

 

 

 

・人を殺して、刑務所から出てきても誰も相手にしないだろう。少年であろうが人を殺すと刑務所から出してはだめだ。死刑でないのなら終身刑を作って、一生刑務所から出れないようにしたほうがいい。未成年であろうが人を殺すと人生が終わるということをちゃんと教える必要がある。少年に対して厳しくしたほうがいい。日本は甘すぎる。未成年者はそれを知って犯罪を犯している者はいるだろう。未成年だから死刑にならないとか、人の命を奪うということがいかに大変なことかを知らしめる必要はある。学校でいじめがあるが人を痛めつけた者にはそれだけの罪は必要だ。安易に人を触らないようにすることも教えるべきだ。 

 

 

・少年法なくせないなら、令和の少年法を作るべきでは?あまりに古い法律で、今の犯罪にそぐわないと思うし。 

犯人が未成年というだけで、被害者が悔しい思いをするのはもう終わりにしないと。被害者側の復讐を認めないなら、それなりの刑にしてくれないと納得できない。 

今回のような身勝手な理由の犯行内容なら尚更だろう。 

 

 

・死刑は妥当だと思う 

が、その一方で裁判員に量刑まで決めさせるのには疑問がある 

犯罪者であっても人一人の命を奪う決定を自ら選んだストレスは一生つきまといそうだ 

裁判員は有罪無罪のみ判断し、量刑は裁判官が決定する方式にならないんだろうか 

 

それと、死刑を望む(死んで楽になりたい)被告に死刑判決ってのもモヤモヤしてしまう 

恩赦無しの終身刑があればいいのに 

 

でも、それだと税金が使われるんだろうなあ 

 

 

・いつも思うがこの極刑が犯罪の抑止になっているのか? 

死刑制度というよりもこの制度の運用がよくないのか? 

判決を受けても長ければ20年位経っても執行されず病死する者もいる。 

執行するのに躊躇するならもう仮釈放無しの終身刑でもいいのかもしれない。 

 

長期間の拘束を体験した事が無いので正直分からない事だが、自由が無い事は精神的に辛いのか?慣れてしまう事なのか? 

辛い事なら天命が尽きるまで試練を与えるのも成敗だと思うけど。 

 

 

・特定少年と言う認識があるから難しい心境に陥るのではないだろうか。特定少年を勘案するのは更生の余地があるか否かを冷静に判断する事のみかと。記事ではその冷静な判断に欠けていたと思う。量刑を判断するのに心情はブレるだけだ。 

 

 

・>60代の裁判員は被告に対しての気持ちについて「被告は極刑を望んでいるように見えた。安易な道を選ばず苦しんでいる人達に懺悔の気持ちをずっと持ってほしい」と話していました。 

 

この考え方は、被害者のご遺族や関係者にとって何の解決策にもなっていないと思う。 

懺悔の気持ちを持つことでご遺族が満足できるのだろうか? 

本当に受刑者は懺悔の気持ちを持つのだろうか? 

死刑制度がある以上、死刑執行が最もベストな選択だと思うけど。 

 

 

・更生の余地があったところでやってしまった過去は変わらない。 

罪は罪。 

放火殺人犯が更生したところで誰も喜ぶ人間はいないし社会に放たれたらリスクしかないのです。 

日本の法律は凶悪殺人犯を更生させてその後に何か期待でもしているのかな? 

反省したとは口からはいくらでも言えるのです。 

そんな安い言葉は信用できない。 

死刑判決を経て死に直面した時に初めて自分のやってしまった愚行を恥じて悔いて猛省させるしか他に無いのです。 

 

 

・裁判員裁判で仮に死刑!を宣告しても、控訴審で無期懲役に下がる場合が増えた。日本の最難関試験である司法試験を合格するだけではなく、上位の成績でないと裁判官には成れない。それだけの難関を潜り抜けた職業裁判官は、地裁での裁判員裁判の判決を軽んじていないか?何の為の社会参加なのか?プロの裁判官は前例踏襲主義で、逸脱する奴は出世出来ずに地方に飛ばされる羽目に遭うのが怖くて、前例踏襲に加え、検察官の求刑の概ね8割判決で無難に茶を濁す場合が多い。死刑は犯罪抑止にはならない!と声高に叫ぶ輩も多いが、白布で覆った段階で死刑執行の場面を生中継でもすれば、抑止にはなる筈だと思うが? 

 

 

・罪に年齢は関係ない。ともすれば年齢を逆手に犯罪を犯す輩もいる。もし線引だけは必要と言うなら、小学4年生以上だろう。加えて、未成年の犯罪はその親にも同じ刑罰を与える。危なっかしい子供は放っておけなくなるはずだ。 

 

 

・19歳の子が20歳の誕生日を迎えたら、大人になるのか?19歳も20歳も大差無い。19歳だから凶悪な犯罪が許される訳でも無く、被害者家族からすれば年齢は関係ない。それなりの刑罰を受けてほしい。 

 

 

 

・火付け人殺しは死刑と言う昔の判断は正しいと思います。抑止力にもなる。日本の裁判は被害者を軽く見すぎる傾向があります。加害者を裁いてください。それとすぐに精神鑑定とか言い出す弁護人、犯罪を犯すときはみな異常なのです。責任能力は有ります。もし責任能力が無いとして無罪釈放すればまた同じことが起こるでしょう。それと法務大臣は仕事をしてください。全く死刑の執行がなされていません。多大な税金が使われて生きています。時間がたつほど記憶が薄れ執行しにくくなります。 

 

 

・死刑判決を回避する方法は沢山ある。「死刑になりたい」と言えば無期懲役だし「悪魔が囁いた」とか「殺した人たちから『殺してくれてありがとう』って手紙を貰った」とか「大根一本セール価格」と言えば確実に無期懲役だ。 

中には「『被害者だって生きて罪を償ってほしい』と思っているから死刑にするな」だとか。それなら地下鉄サリンで殺された身内の裁判で「絶対に許せません死刑判決以外は要りません」と証言した被害者の気持ちをどう考えるかだ。子供であっても人の命を奪ったら死刑にすべきだ。携帯電話料金とかの未成年通話料割引は評価できるが未成年犯罪刑罰大幅割引は法律が未成年に犯罪の誘いを行う悪法だと思う。裁判所は被害者軽視だ。更に最近の判決では子供の頃の虐待や虐めがあれば情状酌量されて減刑されている。この事も差別を生み出している。虐めや差別を受けてない環境の生活者に対する差別であると思う。 

 

 

・若いうちに犯罪を犯す人は人として出来上がってない人であり、世の中に迷惑を可能性が大きいと思います。 

なので年齢によって刑を軽くするのではなく、人間性(中身)をみて改善する見込みがありそうかどうかが大事かと思います。 

 

 

・視点を変えて世界に目を向けてみれば、死刑廃止は108カ国もあり、この10年間以上執行がないなど、事実上の廃止を加えると144カ国に上る。 

その一方の死刑存続・執行国は日本や中国、北朝鮮、イランなど55カ国。先進38カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)の中では日本と米国だけだ。 その米国でもバイデン大統領が死刑廃止を公約に掲げ、21年7月には連邦レベルでの死刑執行が一時停止された。 

どの国でも犯罪行為は存在するが、世界の潮流は死刑廃止である中で、日本は死刑については極めて肯定的に受け取られている。 

戦後の平和憲法下に於いて、平和国家日本と世界では認識されているが、日本の民主主義や人権認識は、実はかなりまだ後進国なのではないのかと危惧する。世界に目を向けてみる時期に来ていると思うが。 

 

 

・人を殺めてはいけないことくらい小学生でもわかる。 

 

つまり少年法における極刑の結論は出ている。そりゃ万引き…暴力くらいなら出直しの機会はあってもいいと思うが、性犯罪や殺人に関しては成人と同様の判決にすべき。 

匿う理由がないからね。 

 

 

・少年犯罪者の間では、人を殺しても子供だから大丈夫が合言葉です。自分に危害を与えたわけでもない人を殺すことが悪いなんて小学生でもわかること。未成年だからを死刑免除事由にしないのは賛成だが、死刑が新たな犯罪を防止する意義で行われるならX国がしているような見せしめが伴わないと効果が低いだろうし、殺された人の無念を晴らすということなら殺したのと同じ方法を死刑に取り入れる必要がある。死を不浄なものとして縁起が悪いなどとするえせ仏教意識が根ずく日本人、自分に害がなければ何でもかわいそう感情が優先する日本人、そのため理念に基づく議論なく多数決で決めたり、決定者がその時の風潮空気を読んで自己の保身を第一の尺度として決定されたりするのが日本。たまに芯のある地方裁判所の裁判官が理念を優先して判決しても、上の裁判所に行った際の決定論理は、空気を読んで保身がうまいから出世した裁判官の判断になるでしょう。 

 

 

・目には目を、結果相当責任は古代からの刑事法精神だ。その意味に本判決は至極妥当だ。18〜19歳が分別ある大人かというと大学生の日常思い返して堂々自慢できるものか?、そう言い張る人こそ人格怪しい。動機の懸想、検察と判決には「一方的」と断罪するもそもそも最初から両思いな恋愛なんぞあるか?、検察・判決に何度も何度も罪人罵倒する必要はなかろう。あくまで冷静に結果責任を取らせれば良い。ただ死刑を選択した裁判員は執行の瞬間、バタンと落下し痙攣して死にゆく場に立ち会う義務あると思う。平時に権力として命奪う死刑制度に賛成する上の覚悟だ。ところで裁判員候補名簿にも一度も当たらない。同一世帯から当選も聞かれるが何気に不公平感じる。 

 

 

・殺人・放火は刑が重い。 

 

自身の身勝手な理由による犯罪なので極刑は致し方なしでしょう。 

感情論抜きで今回の判決は正しいと思われる。 

 

他方一人殺人で懲役10年ぐらいなケースや交通事故による殺人致傷は相対的に刑が軽い気がするけれどいかがなものか。 

 

 

・法律上仕方ないし、実際どう思っているかを判断しろなんて司法にできるわけがないのもわかってるけど 

 

死刑になりたい人を死刑にするって少なくとも私は理解できない。 

自分じゃ死にきれないから殺人を犯して、死刑にしてもらえばいいとかそういう自暴自棄が増えるし、この件のように実際少なからずいるんですよ。 

 

 

・死刑を決める辛さはあるのかも知れないが、多くの人が裁判員と同じように考えている 

厚生の可能性の有無のみならず、社会に与えた影響や被害者の無念を考えると死刑制度は堅持しなければならない 

海外の「犯罪者も人権がある」と言う考えには相当な不満を覚えるし、海外の考えを日本に押し付けるのはもはや「ポリコレ」 

欧米の考え方が正しいなんて思われたくない 

その点薬物や殺人に対して厳罰を課してる国はまともに思える 

 

 

 

 
 

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