( 130296 )  2024/01/19 13:16:19  
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火災で焼失した輪島市内で行方不明者を捜索しつつ瓦礫処理に当たる陸自隊員(写真:陸上自衛隊第10師団Facebookより) 

 

■ 地震発生20分後に発進した千歳基地の「F-15戦闘機」 

 

 2024年元日に発生した石川県能登半島北端を震源とする「令和6年能登半島地震」(マグニチュード7.6、最大震度7)。大規模な火災や津波も発生し、死者220人以上など能登地方を中心に甚大な被害を及ぼした。 

 

【写真】「3.11」の際も「トモダチ作戦」と名づけた支援を展開した在日米軍 

 

 今回の震災は、日本海に突き出し三方を海に囲まれた細長い半島が舞台という点が特徴で、ここ数十年の間に国内で発生した他の大地震と趣を異にする。しかも、半島北部、輪島市の有名な棚田群「千枚田」が物語るように、山が海まで迫り平地が極端に少ない。 

 

 半島部と外部とをつなぐ陸路は、数本の主要道と単線の鉄道(第3セクター「のと鉄道」)1本だけとごく限られ、どちらも破壊・寸断された。このため半島の中・北部の大半が長期間孤立し、電気・ガス・水道もダウンした。 

 

 能登空港も大きく損壊(10日後に仮復旧)し、「頼みの綱」であるはずの船舶輸送も困難を極めた。国内観測史上最大の約4mにものぼる海岸隆起で、半島北部の日本海側に面したほぼ全部の港湾が“陸化”して干上がり、船が入港できない状況に陥った。 

 

 自衛隊はすぐさま動き、まず「自主派遣による災害派遣」に基づいて、地震発生(16時10分)から20分後には、航空自衛隊のF-15戦闘機2機が千歳基地(北海道)から発進。被害状況を上空から偵察し、情報を司令部に伝達した。「まずは情報収集から」は軍事・災害時共通の鉄則だ。 

 

 「自主派遣による災害派遣」は、阪神・淡路大震災の教訓から1995年に定められた“伝家の宝刀”である。都道府県知事の要請を受けてから自衛隊が動くのが災害派遣の大原則だが、知事と連絡が取れなかったり、大災害で今まさに人命に危険が迫り、悠長に要請を待つ時間がなかったりする場合は、自衛隊の部隊長などが自主的に判断して派遣できる。 

 

 今回の災害では、並行して震源地に最も近い自衛隊の基地、空自輪島分屯地(隊員数百人)も、周辺住民の救助などに動いた。 

 

 そして、1月1日16時45分に石川県知事は自衛隊に災害派遣を要請。これを受けて翌2日午前中に、陸海空3自衛隊を統括する「統合任務部隊(JTF)」が編制され、「1万人動員」が示された。 

 

 JTFの中心は陸自第10師団(司令部は愛知県守山市、北陸3県と愛知、岐阜、三重各県が守備範囲で隊員数9000人弱)で、被災地に近い金沢駐屯地(石川県)の部隊をメインに、“先遣隊”約1000人が現地入りし、最優先の人命救助に当たった。 

 

 続いて富山、鯖江(福井県)の各駐屯地や、第10師団の主力が控える中京地域の普通科(歩兵)部隊なども移動し、他地域の陸自部隊や海空両自衛隊もこれに続いた。 

 

 自衛隊員の投入数は、3日に約2000人、4日に5000人、7日には6000人超と着実に増強され、現地の事情などを勘案しつつさらに投入人員を増やす予定だ。 

 

 

■ 「逐次投入」と批判した野党党首の“軍事オンチ” 

 

 だが、佐竹敬久・秋田県知事は「(自衛隊は)少し後手後手。最初から1万人規模の投入が必要だった」と噛みついた。 

 

 同様に立憲民主党の泉健太郎代表も「逐次投入で遅い」と、自衛隊を痛烈に批判した。しかも一部報道は、この逐次投入という発言を、ご丁寧に「(太平洋戦争時の)ガダルカナル島の戦いで、部隊を小出しにして撤退を続けた旧日本軍になぞらえた」と、補足解説して泉氏を“援護射撃”した。 

 

 準備した兵力を一点集中で投入し敵を圧倒する「兵力集中」は軍事の常識だ。逆に優柔不断な指揮官が、投入兵力を小出しにして攻撃を仕掛けた結果、敵に各個撃破されるのが「逐次投入」で、「五月雨式」とも呼ばれる悪手だ。 

 

 ある軍事評論家は、「『自衛隊は遅い』と批判した某知事は、2011年の『3.11』の経験もあってか、もどかしさを感じたのだろう」と、佐竹氏の発言に一定の理解を示すものの、泉氏に対しては首をかしげ、こう続ける。 

 

 「逐次投入発言は、仮に政権奪取を本気で考える最大野党のトップという自覚があるのなら、少々失言で、そもそも災害派遣は軍事作戦とは違う。また戦争でも、兵站(後方支援)が不十分な場合、大部隊を一気に突入させたら、武器・弾薬、食糧の補給が続かず、最悪の場合は全滅だ。 

 

 泉氏が『ガダルカナルの戦い』を思い浮かべながら逐次投入と発言したとしたら、この戦いの失敗の本質から外れてしまう。しばしば逐次投入が旧日本軍の敗因と論じられるが、それ以前に、本土から何千kmも遠方の島まで進軍させた結果、補給線が伸びきり、兵站を維持できない状態で臨んだ無茶な作戦で、ここに何万人もの将兵を投入したこと自体が最大の間違いだ」 

 

 実際、ある自衛隊関係者も、「泉氏は自衛隊に『旧日本軍と同じ轍を踏め』と言っているも同然。将来自衛隊の最高指揮官でもある総理大臣の椅子を本当にねらうのなら、軍事の“いろは”、特に兵站の大事さを勉強すべき」と指摘する。 

 

 

■ 「愚将は兵隊を語り、賢将は兵站を語る」の格言そのもの 

 

 巨大津波や原発事故にも見舞われた「3.11」は、被害の規模やエリアが桁外れだった。一方、地元・東北や近隣の北海道や関東には、陸自の主力部隊が数多く配置されていることもあって、地震発生直後に「自衛隊10万人」を即時に行うことも物理的に可能だった。その意味でこの大震災はあらゆる点が別格と言っていい。 

 

 能登半島地震と規模が近い「熊本地震」(マグニチュード7.3)は、5日目に2万4000人の自衛隊が動員された。この数字と比較すると、「7日目に6000人超」の「能登半島」は一見少なく感じる。だが前者の場合、被災地が平野部で隣接県との陸路のアクセスもよく、震源地に近い熊本市には第8師団の司令部と主力部隊が駐屯しており、2万人以上の動員は難しくなかったようだ。 

 

 また、この大部隊が展開・宿営するスペースや、これを支える補給体制もすぐさま確保できたようである。 

 

 かたや「能登半島」の場合、前述のように「半島」という特異な地形で、外部とアクセスする陸路は限られるため、いきなりの「1万人投入」は、衣食住を維持する補給路の確保を考えても物理的に無理だろう。 

 

 ただでさえ大渋滞する道路に、深緑色の自衛隊トラックが大挙して押し寄せれば、大混乱に陥ることも必至だ。大部隊がやっとの思いで現地に到着しても、平地が少なく、宿営スペースの確保も至難の業だろう。大きな余震も考え、崖や海の近くの設営はNGとせざるを得ないからだ。 

 

 さらに大部隊の活動を維持するために不可欠な、食糧・燃料などの補給ルート(兵站線)の構築・確保も最重要である。 

 

 これらを考えれば、1000人からスタートし、後方支援を強化しつつ、徐々に2000人、5000人、6000人と逐次投入するほうが、実に無理のない理にかなった“作戦”と言える。 

 

 補給体制や被災地の実情も熟慮せず、単純に「1万人送れ」と喧伝するのは机上の空論で、政治的パフォーマンスとのそしりも免れない。まさに「愚将は兵隊を語り、賢将は兵站を語る」の格言そのものである。 

 

 「残念なのは、むしろ政府や防衛省の情報発信の仕方かもしれない。現に防衛省は2日午前中に1万人態勢を決定しており、これを真っ先にアピールし、『まずは1000人、次に2000人と徐々に増強』と分かりやすく説明すればよかったのでは。そうすれば、遅いという批判を避けられたかもしれない」(前述の軍事評論家) 

 

 

■ 1万人の衣食住から風呂まで自前で賄う「自己完結力」 

 

 今回の地震では、被災地に派遣される救援部隊の補給路確保の重要さも改めて浮き彫りとなった。同時に自衛隊の「自己完結力」にも注目が集まる。 

 

 自衛隊をはじめ世界中の軍隊は、原野や森林などを舞台とした「野戦」への備えが大前提で、もちろんここにはスーパーやコンビニ、弁当屋や自動販売機、さらには病院やガソリンスタンドはない。 

 

 これを踏まえ、特に陸自の部隊は、食糧や飲料水、燃料、各種日用品はもちろん、宿営用資材や炊飯用器材、浄水器、大型洗濯機、入浴施設や医療サービス、トイレなど、「衣食住」に必要なものを、ほぼ全部自前で賄う能力を持つ。これが「自己完結力」で、「サステナビリティ(持続可能性)力」と言ってもいい。 

 

 駐屯地にいる平時は別にして、作戦中の部隊で「隊長、昼食の時間なので、そこのコンビニでおにぎり買ってきます」という光景はありえない。そもそも、戦場で営業中の店舗など通常あり得ず、また大部隊の食糧を現地調達に頼るのは無謀で、メシにありつけなければ、兵士(隊員)の士気・戦力は大きく低下する。昔からの格言「腹が減っては戦(いくさ)は出来ぬ」そのものである。 

 

 自己完結力は衣食住だけにとどまらない。自衛隊全体で考えれば、陸海空あらゆる輸送手段や、各種の重機を備える建設部隊(施設部隊)も有する。自衛隊にとって自己完結力は、継戦能力(戦い続けられる能力)そのものでもある。 

 

 特に能登半島のように、外部と連絡する道路が寸断されると、住民が必要とする食糧や飲料水をはじめ、あらゆる物資の供給が不足する。そこで、「自己完結力」のない集団が支援活動に大勢訪れ、「お腹がすいたけど夕飯は何?」「トイレの紙がないけど?」「スマホの電源はどこ?」など、普段の生活の延長線で現地調達に走れば、被災地はさらなる負担に音を上げてしまうだろう。 

 

 今回も全国から多数の一般ボランティアが支援に名乗りを上げる。だが、こうした事情を考え、政府や地元自治体などは、被災地のインフラがある程度復旧するまで控えてほしい、と呼び掛ける。 

 

 ところが、自衛隊の「自己完結力」は一般には意外と理解されておらず、中には「ボランティアの受け入れ態勢の整備が遅すぎる」との不満の声もあるという。 

 

 

 
 

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