( 130929 )  2024/01/21 13:05:41  
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写真:gettyimages 

 

 言うまでもなく、2024年は国際的に選挙イヤーだ。民進党の頼清徳(らい・せいとく)氏が勝利した台湾総統選挙を皮切りに、11月にはアメリカ大統領選挙が控える。その間に日本の政治も動く。 

 

 選挙は、誰が勝つかによって方向性が変化するリスクを伴う。選挙がない中国や北朝鮮、大統領選挙はあってもプーチン一択のロシアはそのままだとしても、日本、アメリカ、台湾といった民主主義国家や地域は、結果によって大きく揺らぐ危険性が多分にある。 

 

 この先、自民党総裁選挙が予定される9月にかけて大荒れになるのが日本の政治だ。2024年1月18日夜7時、岸田文雄首相が報道陣の質問に答えた。 

 

 「(岸田派=宏池会の)解散についても検討しております。政治の信頼回復に資するものであるならば、そうしたことも考えなければならない。このように思っています」 

 

 出身派閥であり、岸田首相が生まれた1957年に創設され、故・池田勇人氏以降、5人もの首相を輩出してきた名門・宏池会の解散に言及したのだ。 

 

 その顔は、苦渋の決断をしたというよりも、むしろ「してやったり」という表情で、「これで政治とカネの問題にけじめをつけ、どうにか通常国会を乗り切れる」という安堵感すら感じられた。 

 

 ただ、この発言で自民党には激震が走った。馬政治資金パーティー裏金事件で矢面に立たされている安倍派(清和政策研究会)や二階派(志帥会)も派閥の解散へと舵を切らざるを得なくなった。 

 

 「安倍派は解散すべき。私が介錯する」(安倍派・宮沢博行衆議院議員) 

 

 「悪しき慣習を引きずった派閥は解消すべき」(二階派・中曽根康隆衆議院議員) 

 

 確かに、岸田首相が岸田派の解散に言及した2日前の1月16日、自民党本部9階で開かれた「政治刷新本部」の会合では、中堅若手議員からこのような声が上がったが、自民党内には、「無派閥の菅義偉前首相だって当時の細田派(現・安倍派)や二階派の力で首相になれた」「派閥をなくしてもすぐに同じようなグループができる」といった声も根強い。 

 

 自民党無派閥のある議員は、次のように解説する。 

 

 「麻生先生(麻生太郎副総裁)らの反発は当然あり、派閥を維持したい議員からの怒りは岸田さんに向けられるでしょう。 

 

 それでも、岸田さんがまず先鞭をつける形で派閥の解散に言及したのは、『政治刷新本部』が近くとりまとめられる中間報告が、『派閥の政治資金パーティー禁止』程度だと国民の理解は得られない。つまり、総裁選挙での再選戦略も描けなくなる、という危機感があるからだと思いますよ」 

 

 これは言うなれば「岸田の乱」だ。根回しはあったにせよ、総理総裁というトップが起こしたクーデターとも言える。 

 

 現在は、能登半島地震での被災地復興を優先させる観点から、表立って「岸田降ろし」の声は聞かれない。 

 

 しかし、「岸田の乱」を契機に派閥解消ドミノが生じたことで、かえって自民党内の求心力を低下させる可能性もある。これに、時事通信社が発表した1月の内閣支持率(14.6%)のような想像を超える低支持率が続けば、日本の政治は、春以降、一気に流動化することになる。 

 

 加えて言えば、今回の事件の本質を「派閥の解散」にすり替えるのは正しくない。問題は、派閥の是非などではなく、岸田首相の下、政治資金の透明化と違反した場合の罰則の明確化が実現するかどうかである。 

 

 

高齢者が目立つ国民党大集会(写真:清水克彦) 

 

 中国の動きに影響を与える台湾の政治情勢も危うい。 

 

 1月12日夜、つまり総統選挙の投開票日前夜、筆者は、国民党・候友宜(こう・ゆうぎ)氏と民進党・頼清徳氏の最後の大集会を取材するため、台北車站(台北駅)からMRT(地下鉄)で5つ離れた「板橋」という駅に向かった。 

 

 候氏は、新北市板橋区にある第一運動廣場、頼氏は第二運動廣場と、駅を挟んで同時刻に大規模な決起集会を行うからである。 

 

 翌日、敗れることになった候氏の集会は、60代から70代の高齢者の支持者が目立った。また、台湾の旗である「青天白日旗」のほか、「〇〇里」と書かれたプラカードや企業・団体名が入った幟が目に付く。聞けば「動員されたから来た」と言う。日本の自民党のように地域や組織を利用した選挙を徹底してきた結果だろう。 

 

 一方、勝利することになった民進党・頼清徳氏の集会は、台湾民衆党の柯文哲氏の集会ほどではないが、若い世代が圧倒的に多い。ただ、台湾の旗はあまり振られていなかった。 

 

 台湾の旗が、長らく「国父」と呼ばれた孫文の三民主義(民族の独立、民権の伸長、民生の安定)に由来し、旗の大部分を占める「赤色」が民族の独立を意味するからだろうか。 

 

 周りにいた支持者に、職業などを聞くと、半導体トップのTSMC(台灣積體電路)の社員こそいなかったものの、中華電信やデルタ電子(台達電子)といった有力企業の社員やITエンジニアなどが多かった。 

 

 蔡英文政権8年で脱原発や性的マイノリティー政策を進めてきた結果、一般労働者のための政党が、エリート集団の政党へと衣替えしてしまったような印象を持った。 

 

写真:gettyimages 

 

 国民党=高齢者政党、民進党=高学歴で高収入のエリート向け政党となると、大多数を占める一般有権者の受け皿がなくなる。 

 

 今回、頼清徳氏が約559万票、候友宜氏が約467万票の獲得にとどまったのに対し、組織力で劣る柯文哲氏は約370万票も獲得し、同時に行われた立法院選挙でも議席を伸ばした。 

 

 これは、3人の候補者が勝つために、「政治改革」、「賃上げ」、「住宅費高騰の抑制」、それに「少子化対策」など公約のアイテムを増やし、その違いが鮮明ではなかったこと、そして肝心の対中国に関しては、受け皿を失った有権者の多くが「現状維持なら誰でもいいよね」という感覚になってしまったことが背景にあるように感じている。 

 

 台湾の民意が行き所を失えば、中国の習近平指導部はつけ込みやすくなる。中国は今、習近平総書記が2023年12月31日のテレビ演説で、総書記就任以降、初めて「企業は苦境に立たされ、就職が厳しく日々の暮らしに困る人もいる」と、国内経済の苦境を認めたように、台湾を軍事侵攻できるような状況にはない。 

 

 ただ、立法院選挙で過半数を失った頼清徳次期総統は苦境に立たされる。有権者の関心も台湾内部の問題に注がれている。習近平総書記としては、むしろ好機である。「一気に統一」は無理でも、緩やかに変化を加えて台湾を「ゆでガエル」化できるからだ。 

 

 今後は、総書記として4選がかかる2027年秋を視野に、立法院選挙で第1党となった国民党との「国共合作」で、中国への投資を促しながら、他方で台湾産品の輸入を規制するといったアメとムチ政策で台湾の民心を揺さぶっていくことだろう。 

 

 

写真:gettyimages 

 

 最後はアメリカだ。アメリカは日本や台湾以上に危ない。81歳の民主党・バイデン大統領と77歳の前職、共和党・トランプ氏の間で争われる可能性が高いアメリカ大統領選挙は、「Make a better choice」(よりマシな方を選択する)もできない惨状と言っていい。 

 

 バイデン氏が勝てば、86歳まで大統領を続けられるのか不安がつきまとう。トランプ氏が勝てば、また独り善がりの恐怖政治が再現されてしまう。 

 

 特に、4つの事件、91もの罪で起訴されているトランプ氏にとっては、2021年1月に起きたアメリカ議会襲撃事件を扇動した問題が一番重く、憲法修正第14条3項で規定する「政府への反乱関係者の公職就任禁止に該当する」との理由で、出馬資格があるのかどうかがカギになる。 

 

 ここまでの司法判断は、コロラド州では「資格なし」、ミシガン州やミネソタ州では「資格あり」と判断が分かれている。今後は、2月8日、連邦最高裁での口頭弁論から始まる審理の結果を待つしかない。 

 

 ただ、「資格あり」となった場合、トランプ氏は、共和党候補者の中で早々に勝利を確定させ、バイデン大統領との本選でも勝つ可能性は十分ある。 

 

 事実、日本の外務省が、すでに「もしトラ対策」(「もしもトランプ氏が勝利したら」対策)に着手し、1月9日、自民党の麻生太郎副総裁が訪米し、名門・ロックフェラー家を仲介役にトランプ氏側と接触を図ったのは、トランプ氏再登板後の劇的変化を見定めるためにほかならない。 

 

 トランプ氏が返り咲けば、「輸入品に関税10%」、「在韓米軍の撤退」、「ウクライナへの支援停止」、「イスラエル擁護」など、自国第一主義の政治を推し進め、日本に対しても安全保障を材料に取引を迫るに相違ない。 

 

 アメリカ国内でも、批判勢力に対する報復政治も繰り返し、アメリカ社会の分断は一段と深刻化することになるだろう。そうなれば、中国や北朝鮮、それにロシアの思うつぼだ。 

 

 

蕭美琴氏(写真:gettyimages) 

 

 このように、民主主義国家や地域の政治が厳しい局面に立たされている2024年だが、わずかに光明もある。それは新しいスター候補の登場である。 

 

 台湾では、副総統になる蕭美琴(しょう・びきん)氏だ。神戸生まれで、台湾人の父とアメリカ人の母を持つ52歳の女性だ。駐アメリカ大使とも言えるポストを経験し、「彼女からの電話に出ないアメリカの議員はいない」と言われるほどだ。 

 

 何より演説がうまい。筆者は、1月11日と12日、2日連続で彼女の演説を耳にしたが、穏やかな口調から一転して強く「勇気を見せよう! 進歩を見せよう!」と訴えかける姿には、聴衆を感動させる力がある。言わば「台湾版のヒラリー・クリントン」である。 

 

 アメリカにも期待の星は存在する。共和党のニッキー・ヘイリー元国連大使である。1月20日で52歳。蕭美琴氏とほぼ同年代で、両親はインドからの移民だ。 

 

 ヘイリー氏は、共和党候補者選びの初戦、アイオワ州の党員集会で得票率19%と3位に甘んじた。しかし、1年前、大統領選挙への出馬を表明した時点での彼女への支持率は2%にすぎなかった。 

 

 それを10倍近くまで押し上げたのは、地道に訴えを続けた彼女自身の努力と、それに共鳴した共和党穏健派の若い世代の支持である。 

 

 アイオワでも若い世代が住むストリー郡などでは、トランプ氏と接戦を演じている。この先、穏健派が多く住み、共和党員以外でも投票できるニューハンプシャー州予備選挙や、彼女が38歳で知事を務めたサウスカロライナ州予備選挙などで勝てば、スター誕生への期待は高まる。 

 

 日本の政界にも有望株がいる。ラジオ番組を通じて親しくさせていただいている元衆議院議員の金子恵美氏が「うちの夫(宮崎謙介氏)よりカッコ良かった」と語る小林鷹之前経済安保担当相だ。 

 

 東大卒、ハーバード大学大学院を修了という学歴、財務官僚や外交官の経験もさることながら、186センチと上背があり49歳という年齢も魅力だ。 

 

 二階派所属だが、高市早苗経済安保相が、大臣就任時、「小林さんに続けてほしかった」と述べたほどの実力者で、自民党内で「ポスト岸田派?」と聞けば、石破茂元幹事長らの名前以上に、「コバホーク(小林鷹之が「鷹」をもじったXアカウント名)もいいんじゃない?」といった声も聞かれる。 

 

 日本をはじめ関係各国の政治事情はどこもお寒い限りだが、雪解けを待つように、新しい人材が芽吹き始めていることも事実だ。そこも注目していただけたらと思う。 

 

清水 克彦(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師) 

 

 

 
 

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