( 132046 )  2024/01/24 15:22:48  
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過去の性虐待について語る典子さん 

 

昨年、社会を大きく揺るがした旧ジャニーズ事務所の性加害問題。被害を打ち明けたさまざまな男性たちの声からは、組織の中で絶大な力を持つ者を拒絶する難しさや、長年にわたって心身を苦しめる性被害の深刻な影響も明らかになった。その一方、相次ぐ報道がきっかけでひそかに抱えてきた過去の経験が性被害だったことに気づき始めた人もいる。長崎県内で暮らす40代の典子さん=仮名=もその一人。繰り返す過食と拒食、今も必要な精神科への通院…。夢を諦め、苦しみ続けた原因が30年前の父からの行為だとようやく理解できた。「性被害の苦しみは当事者にしか分からない」。長年閉じていた記憶のふたが開き、息が苦しくなっても今伝えたい思いとは―。 

 

幼いころ、心配した近所のおばさんが「お守り」として渡した手鏡を大切にしている 

 

典子さんの父は12年前に他界。亡くなる少し前、最後に会った時に「鬼のような父親で悪かった」と土下座をしてきた。それが性虐待への謝罪だったのか、今となっては知るよしもない。 

 

旧ジャニーズ問題では、加害者の死後に告発が相次ぐケースを疑問視する声も少なからずある。典子さんは、自身の経験と重ね合わせた。「(力のある加害者が)生きている間に言えるはずがない。言ったところで周りは動かないから」 

 

子どもの頃、典子さんは両親と兄と4人で暮らしていた。父は厳しく、絶対的な存在。お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりすることも許されず、機嫌が悪い時はぬいぐるみを目の前で燃やされたこともある。唯一心配してくれたのは近所のおばさん。たまにこっそりと典子さんを家に招き入れ、ハート形のチョコを食べさせてくれた。 

 

父から母や兄への暴力や暴言も日常茶飯事で、家族を「支配」していた。 

 

そんな父から性虐待を受けたのは高校2年の時だった。 

 

心を癒してくれるペットに触れながら、被害を伝えたくても声を上げられなかった思いを振り返る典子さん 

 

その日、母は仕事で早朝に家を出た。夜が明けきらない時間、気が付くと自分の布団の中に父がいた。それからは何が起きたのか分からない。ただ、必死で息をひそめた。「嫌」とは言えない。抵抗すれば殺される。本気でそう思った。その日以降も、たびたび繰り返されたが、記憶が抜け落ち、被害の回数は覚えていない。 

 

性の知識がまだ乏しく、自身の身に起きたことを理解はできなかったが、心と体は反応した。学校に着くと、すっと涙が落ちてくる。心配してくれる友人や教諭が寄り添ってくれたが、起きたことを話すという考えには至らなかった。 

 

「女性らしい体を失えばいい」 

 

高校3年の時、父を拒否したい思いが強くなり、拒食症に陥った。「やせなければいけない」。毎日体重計にのり、1グラムでも増えていれば、米一粒さえ口にしないようになった。骨が浮き出るほどにやせ細っていく体。そんな状況にも関わらず、家族は異変に気付かなかった。「互いを干渉しない家族だったから」(典子さん)。父が布団に入ってくることはなくなったが、典子さんの心身は壊れ始めていた。 

 

 

父から性虐待を受けて以降、心身ともに追い込まれた典子さん。現在も精神科の薬を服用している(写真は一部加工) 

 

一つ屋根の下に暮らす家族は本当に性虐待や典子さんの体の異変に気付いていなかったのだろうか。典子さんの兄は取材に対し「全く知らなかった」と話し、こう続けた。「妹は自分よりもできが良く(被害が起きた時期も)父と妹は仲良く見えていた」 

 

その兄の言葉を聞くと、典子さんは表情を変えずに言った。「性被害は人間の尊厳を踏みにじる。被害後は『自分』が無くなった。何も考えず、何でもできるようになった」。学生の時分では家を飛び出せば、衣食住を失うことを意味する。だから父とも仲良くできた、と。 

 

典子さんは心身ともに追い込まれながらも勉強だけは続けた。教師になるという夢を抱き、短大に進学。だが、次は過食に襲われた。授業の休み時間や下校時に短大近くの商店街に向かい、常に食べ物を求めた。すると、今度は太っていく自分が許せなくなる。過食と拒食の繰り返し。次第に家に引きこもるようになり、結局、短大を中退した。 

  

就職もままならず、病院でうつ病と診断された。もらった薬は一度に大量摂取。「死ぬことしか考えていなかった」。でも、なぜ死にたいと思うのか、その時は自分でも理由が分からずにいた。 

 

「父に人生を壊された」。典子さんの胸の奥底にはそんな思いも沸く 

 

20代半ばで夫と出会い、結婚。娘にも恵まれた。両親を反面教師に、娘には精いっぱいの愛情を注いだ。夫も、社会人になった娘も、自分の一番の理解者としてそばにいてくれる。典子さんにとって、今の生活は「本当に幸せ」だ。 

 

だが半年ほど前、父の遺骨を典子さんが暮らす場所に近い墓地に移すことになった。そのことをきっかけに「父が襲ってくる」とフラッシュバックが起きた。 

 

同じころ、テレビにあふれていたのは、旧ジャニーズ問題の話題。はっとした。30年の時を経て「父の行為は性虐待だった」と初めて認識した。拒食や過食、死にたいと思う気持ち…。全てがつながり、苦しみの原因はそこにあったと気付いた。 

  

父からの性虐待を認識した今、胸の奥底には別の思いがふつふつと沸いてくる。短大を中退し、教師の夢を諦めた。今も精神科への通院が欠かせず、日々、気分は浮き沈みをする。 

 

「父に人生を壊された」 

 

 

「被害当事者だからこそできる支援の形を探したい」。典子さんは新たな目標を口にしている(写真はイメージ) 

 

「性被害の苦しみは当事者にしか分からない」と典子さんは言う。昨年11月、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に所属する40代男性が自殺したとみられるニュースが報じられた。「(被害者は)お金目的じゃない。誹謗(ひぼう)中傷は絶対にやめて」と悲しそうに語った。 

  

苦しみを理解してもらうことは難しい。それでも、自分のような被害者が一人でも減ってほしいと願う。 

 

自身が母親となり、子どもを守りたいと強く思った。自分の母親には、ただ普通のことをしてほしかった。誕生日におめでとうと言ってほしい、ご飯食べるときにそばにいてほしい…。「私が生きているの、知っている?」。ずっとそんな感情を抱いていた。 

 

典子さんは、だから、思う。「親が子どもをちゃんと見て、何か異変があれば気付いてあげてほしい。関心を持って、しっかり話を聞いてあげてほしい」 

  

典子さんは今、新たな目標を口にできるようになった。困難に直面した子どもたちを支えるため、「何年先になるか分からないけれど、フリースクールを運営したい」。そして、もう一つ。「被害当事者だからこそ、できる被害者支援の形を探したい」 

 

その先に、きっと自分の生きる意味がある。そう信じて。 

 

表面化しにくい家庭内の性虐待。声を上げられず、長期にわたって苦しむ人たちがいる(写真はイメージ) 

 

こども家庭庁のまとめによると、全国の児童相談所が2022年度に児童虐待の相談を受けて対応した件数は21万9170件(速報値)。このうち、性的虐待は2451件(1・1%)だった。ただ、これらの数字はあくまで児相に通告があった件数であり、潜在化している家庭内での性的虐待の被害もあるとみられるが「全ては把握できない」(同庁)。 

 

家族間の暴力に詳しい公認心理師で臨床心理士の信田さよ子さんは、家庭内の性虐待が表面化しにくい理由について「『親の愛は一番』『最後は家族』という日本的な家族観が背景にある」と指摘。「日本の福祉は家族に支えられている側面が大きい。だから、被害の声を上げても信じてもらえない。そもそも、どこに声を上げればいいかもわからない。加害者に罪悪感はなく、かわいがってあげていると思っている人も少なくない」と話す。 

 

性被害の代表的な症状としては、フラッシュバックのほか、安心できず常に緊張している「過覚醒」、現実感が失われる「解離」などが挙げられる。信田さんは、トラウマ(心的外傷)について、「『時間が癒やしてくれる』ということは一切ない」と長期にわたって苦しめられる被害の深刻さを強調。トラウマ治療は専門家に相談すべきだとし、「日本はまだ専門家が足りていない。カウンセリング費用も保険適用外が多く、制度面でも議論が必要」と改善を訴える。 

 

 

▽性犯罪被害相談電話の全国共通番号 

#8103(ハートさん) 

 

▽性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの全国共通番号 

#8891(はやくワンストップ) 

 

▽児童相談所虐待対応ダイヤル 

189(いちはやく) 

 

※IP 電話やひかり電話から発信すると、通話料が発生する場合やつながらない場合があります 

 

この記事は長崎新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 

 

 

 
 

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