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京アニ事件きょう判決 遺族男性はむなしさ覚悟「極刑でも息子の笑顔は帰ってこない」

京都新聞 1/25(木) 7:02 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/f635e057a68d53715ec28f4eb54dec71e19ad9c8

 

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京都アニメーション放火殺人事件で息子を失ったアニメーター80歳の父親の自宅には、京アニ作品のチラシが飾られていた。

父親は死刑求刑の青葉真司被告に対し、息子の命を償ってほしいという気持ちを抱きながらも、真摯な反省が感じられなかったと語っている。

父親は息子が絶命した場所を初めて知り、被告による模倣の阻止を望んでいた。

判決を控えた父親は死刑にして当然ではなく、被告に本当の謝罪の心が湧いてくることを願っている。

(要約)

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アニメーターの息子を亡くした父親の自宅には、昨年夏に劇場公開された京アニ作品のチラシが飾られていた(1月12日撮影) 

 

 ベテランアニメーターの息子を亡くした父親(80)が審判の日を前につぶやいた。「極刑でも、亡くなった人の笑顔は帰ってこない」。どんな結果にも喜ぶわけにはいかない。こみ上げるのは、むなしさだろうと覚悟している。36人が死亡、32人が重軽傷を負った京都アニメーション放火殺人事件。京都地裁は25日、死刑を求刑された青葉真司被告(45)に判決を言い渡す。 

 

【動画】激しく焼損する京アニスタジオ、転院する容疑者、裁判の行列 

 

■真摯な反省、感じられず 

 

 1月中旬、父親はひとしきり公判の経過を振り返った後、大きく息を吐いた。「事件を起こしたことを悔やんでいると思うんだが。裁判で彼は何を思ったのだろう」。被告が身勝手な主張に終始したと感じていた。真摯(しんし)な反省があったとは受け止められなかった。 

 

 公判が始まる前の取材で、父親は「心から謝罪してもらえたら、もうそれでいいかもしれない」と話した。失われた命と残された痛みは、一人を死刑にしたところで到底、償えない。被告が心の内をさらけ出し、模倣への歯止めとなるようなメッセージを発することを何より望んでいた。 

 

 公判は昨年9月に始まり2度傍聴した。被告を目の当たりにしても、想像したような激しい憎しみは沸き上がってこなかった。むしろ、第1スタジオ内の息子が絶命した場所など、事件から4年を経て初めて知る事実が重かった。被告人質問の最中も「(息子は)逃げられたのでは」と煩悶が渦巻いた。 

 

■被告に問うた「命の意味」 

 

 公判最終盤の12月上旬。父親の意見をまとめた書面が代読された。被告の命もまた尊い。瀕死(ひんし)の状態から生還できた命へ感謝し、もう二度と今回のような事件が起こらないために、人生の全てをかけて意を尽くしてほしい-。消えることのない無念や悲しみとともに、被告へ命の意味を語りかける言葉が並んでいた。 

 

 「命をもって償ってほしい」とも記した。ただ、それは「死刑にして当然」という気持ちの現れではない。判決を控え、取材に応じた父親は「命を捨てても謝りたいという気持ちになった時、彼に本当の謝罪の心が湧いてくるのではないか」と文意を説明した。 

 

 命ある限り、命をかけて償って。そのためには、かけがえのない自らの命が、今生かされていることへの感謝が不可欠だ。そんな願いも込めたという。 

 

 自宅のカレンダーは、判決当日の予定が空欄になっていた。傍聴はしない。ニュースで結果を知ることになるだろう。ただ、知りたくない気持ちもある。「彼もやっぱり生きたいでしょうから」。どんな判決でも、素直にそっと受け入れてくれることを願っているという。 

 

 

( 132388 )  2024/01/25 14:59:59  
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・法の下での公正な裁判が求められているが、司法としての責任と遺族の感情は別のものであり、感情と真摯に向き合うことが必要である。

精神鑑定や量刑の適切な判断が重要であり、被告の心情や真実を深く考慮すべきである。

(まとめ)

( 132390 )  2024/01/25 14:59:59  
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・死刑判決以外はあり得ないのに、万が一にでも無罪や無期懲役なんかの判決後が出るのでは?というコメントが見られるのは、司法と精神鑑定への不信感からなんでしょうね。 

社会的に注目を集める事件の判決に関しては、司法も世論への影響を加味するでしょうから極刑一択です。 

青葉被告が弁護士の忠告を受け入れて、時間稼ぎの上告するのかは気になります。 

 

 

・精神鑑定で結果が変わるって酷い話。どっちかって言うと無敵の人かどうかで判定した方が良い。無敵の人なら無罪とすれば社会として保護する必要があるとしてなんらかのコミュニティに入れたりするインセンティブが生まれるし、精神状態に問題があるかどうかも周りが気づける。精神鑑定の結果、社会生活送れないなら刑務所か精神病院に入院させて社会から隔離しないとこう言う事件が起きる。 

どう裁くかじゃなくてどう防ぐかを議論して法律に反映してほしい 

 

 

・火にまかれて亡くなるのがどんなに苦しいか 

それを想像するご遺族の無念と怒りがどれほどか、犯人に心底思い知らせてやりたい 

極刑は間違いないし執行も早いと思うけど、それでご遺族の気持ちが晴れることも無いのでしょう 

せめて少しでも早く踏ん切りをつけられたらと思います 

 

 

・悲惨な刑事事件ではよく加害者の謝罪の有無が被害者(遺族)の慰めになるかのように記者が書くことがあるが、それはあくまで罪を滅ぼすための第一歩でしかないのではないだろうか 

 

私が被害者だったら(自分の生死にかかわらず)加害者からいかに心からの謝罪があったとしてもそんなものはまったく無意味で決して許しはしない そんなものは加害者の言い訳、責任逃れ、裁判上の斟酌(有利さ)を求めるレベルでしかないから 行った結果責任は己の命を持って償えと言いたい 

 

 

・36人が死亡、32人が重軽傷を負った京都アニメーション放火殺人事件。 この事件で犯人も大火傷を負い”危篤状態に”。しかし国による”先進医療、多くの専門医師による先端治療”を行った結果回復したのである。数億円の医療費はすべて我々の税金から支払われている。すなわち36人の殺人犯には巨額の税金を使って命を助け、36人+32人の被害者には税金から見舞い金や治療費など一切支払われていないのである。国は殺人犯に優しく被害者に厳しい施策を行うのである。 

 

 

・共感性に乏しい様子の被告が本当の意味で反省するのは難しいと思う。 

 

他者の心に共感が出来れば、罪の重さに気が付いて、愕然とし、苦しむことになる。 

 

それが本来の裁判の意味だと私は思うのだが、被告にはそれが全く感じられず、遺族を苦しめている。たとえ死刑になっても、自分が損した、と後悔しても、人の人生を奪ったことに対しては後悔することはなさそう。 

 

この人も、子供の時から、心ある人の関わりがあればこうはならなかったかもしれない。しかし育ちきってから変えるのは難しい以上、死刑以外の選択はないのではないか。 

 

今の子供たちが将来こうならないように、心ある接し方をして育てなければと思う。 

 

 

・ヴァイオレット・エヴァーガーデンのエンドロールを思い出しました。どんな想いが込められたエンドクレジットなんだろうと考え、胸が締め付けられました。 

素晴らしい才能ある方たちの未来が奪われてしまい、本当に残念で悔しくて堪りません。 

 

 

・「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」 

感情を抑制できず感情のまま行動した結果、たくさんの犠牲者を出し、その裁判で話したそうです。 

遺族側からしたらこんなに悔しい言葉はないと思います。 

日本の裁判の判決は無機質なものに感じることがあります。 

犠牲者や遺族の無念さをもっとくみ取った判決を望みます。 

 

 

・極刑より重い罪の償い方ってあるんだろうか?自分も重度の火傷で、仮に終身刑でも人の手を借りずに生きていくことは難しいでしょうし、仕事も出来ないだろうから仮に終身刑でも税金で生活をしていくことになる。被害者、被害者家族の心情だけでなく、社会の一員としてこの人間を生かすべきか考えると、極刑が妥当なんでしょうね。死刑制度は世界的には少なくなってきているが、個人的には死刑制度はありだと考えます。ただ、死刑があることで犯罪を踏みとどまるのか、抑止力になっているのかと考えると、残念ながら死刑覚悟で犯罪を犯す者には、なす術がありません。楽観的に人を殺めない道徳教育と社会的フォローが、人間関係が希薄になってしまった日本に求められている気がします。 

 

 

・心神耗弱等の理由で減刑されるのは制度としては必要だと思うが、最近、あまりに、加害者のそうした事情が考慮されすぎだと思う。司法としても判断が難しいところはあるが、被害者や遺族の苦しみや悲しみにもっと思いを寄せて欲しい。 

 

 

 

・この事件に関しては被害があまりにも大きかったためか原因の追及が一切なされていない。加害者は盗作されたから放火したと言っているがそれは本当なのか。盗作が妄想だとすれば京アニの経営責任者は盗作していないことを本人に納得させるような説明をしたのかどうか。例え盗作の事実が無かったとしてもそのことを本人が納得するまで説明していればこのような大惨事が起こらなかった可能性が高い。会社の経営者が全員亡くなったのだろうか。このようなことが一切報道されていないのは何故なのか。原因追及をしっかりしなければ同じような事件が起こる可能性がある。 

 

 

・この事件は被害者の遺族の方々の心の痛みを想像すると簡単には意見できません。人が急に亡くなるということはその周りの方々の生活が一変したはずです。精神的な部分だけでも計り知れないのに…その上で一つだけ言わせていただくと、国会議員の先生方にです。苦しむ被害者の方々へ様々な角度からサポートできる制度を早期に法案整備してあげて欲しいです。自分達を守るのではなく守るのは、苦しんでおられる方々が先です。 

 

 

・遺族、被害者の方々の心境の文章を読んだ。 

 

被害者の方々は自分の夢の実現のために働いていた。夢を叶えた喜びを家族と涙ながらに喜んだ。残されたお子さんの悲しみ、子を思う親御さんの心境、後遺症をかかえ怒り悲しみを力にして夢へ進もうと取り組んでいる被害者の方。 

 

自分は、そこにいなかったとしても 

胸に響いた文章だった。 

 

今回の判決を向けるため生かされた被告には、自身のあまりにも一方的な考えで36人を犠牲にした罪を償ってほしい。(他、被害者の方々の心情を含め) 

 

 

・裁判は刑法による罪が有ったか無かったか。 

罪が有ったなら罰はどのくらいになるか。 

を決める場であるだけです。 

仇討ちの場では無いので人の死を望む事とは違うと思います。 

被害者遺族が望む結果とは違うものだと思うので、極刑の判決が出ても納得出来る答えになるとは思えませんが、恨みを募らせると呪いになってしまうので理不尽に奪われた大切な命に対して執着する事無く、少しでも遺族の心が前向きになってもらえればと願うばかりです。 

控訴の可能性はりますが、一つの区切りです。 

人の可能性を身勝手に奪った事に対する罪。 

それに対する罰を被告はしっかり受け止めてほしいと思います。 

 

 

・これだけの無差別殺人を行った被告に極刑以外の判決はあり得ない訳だが、裁判を行う為に生き永らえされた被告の運命がどの道決まっていたことではあるが改めて判決を下すことで被告の罪の重さを本人にも自覚させるという意味も含まれるだろう。 

被告の判決は亡くなった方やその遺族が納得はしなくともそれだけの思いが含まれた望まれたものだということは本人は自覚した上で刑を受けるべきなんだと思う。 

 

 

・死刑判決以外考えられないと思いますが…被告の命一つで償える罪とも思いません。もし自分の家族やその仲間が無惨に命を人生を奪われたら…と考えると、遺族の方の無念や怒りははかり知れないです。 

どんな判決がくだろうと、失われた命は返ってきませんか、自分勝手な思い込みで人の命、人生を奪ったこと、そして残された人達の人生をも奪ったこと。深く深く考え、命尽きるまで考えて欲しいです。 

 

 

・極刑を言い渡される事になるだろうが執行されるのは、まだまだ先になるだろう。それは法務大臣が職務を全うせずに署名しない事に起因している。その間も遺族の方々の苦しみは続く事に心が痛むものだ。 

一部に建築基準法の見直しの意見もあるようだが合わせて消防法の見直しも必要だと考えます。 

 

 

・こういう裁判でいつも釈然としないのは、 

心神喪失状態で責任能力があるかどうかで争って、責任能力がないと判断されたら無罪っていうけれど、 

逆に心神喪失で本人にもどうしようもない状態で人を殺してしまうような人を世の中に解き放って、それが正しいのだろうか、と思ってしまいます。 

 

 

・感情を抜きにしても死刑判決以外は考えられないですね。ちなみに先日の19歳が死刑判決になったのは2人殺して。かなり裁判官の感情が入っていましたよね?しかし2人殺したのは事実でそれを見れば100%裁判官の感情が排除できたとしても死刑判決以外に考えられない。本当に犠牲になった方は無念であろうし、家族の方々も同様で胸が張り裂ける思いは察する事ができます。私も理不尽な他人の行いで家族を失った身。しかしたとえ被告が死刑になっても失った家族は帰ってこない。この判決後は家族の方々は少しずつ前に向かって歩んで欲しいと願っております。 

 

 

・罪は刑では償えない、更生の見込みでしかない。と聞いたことがある。精神鑑定で無罪となった犯罪者(軽犯罪含む)の82%は処置入院のまま一生を過ごすそうです。 自分は犯罪ではなく精神病で入院経験はありますが、詐病なら2週間で気が滅入る環境に思ます。軽度の心神喪失の経験もありますが、脳をコントロールできない感覚でした。救急の精神問題で駆け込める機関を作れば殺人や自殺の抑止になると思います(現状は精神異常は「命に関わらない」と拒否され、予め病院や看護サービスと救急対応の契約をしてない場合、1人で暴れるしかない) 

私は家族を殺され犯人は捕まってませんが、こちらのご遺族男性が仰るよう、加害者の命も…。誰かにとっては大切な物だと思います。胸を抉るニュースを見ると感情で極刑にしろと書きたくなるけど、その誰かが頭に浮かぶと冷静になる自分もいます。あくまで部外者、防止策の提案と知識体験のシェアに留めます。 

 

 

 

・医師は、どんな人生の人であろうとも目の前の命を救うと言う使命を全うしたのだと思う。 

 

もし放火でなくて銃撃事件だったら、 

その場で射殺されても致し方のない様な状況であるので、複雑な思いだ。 

 

司法で裁くと言うことは、そこに関わる人たちの感情を超えたところで、法に照らし合わせて、判断していくと言う事なので、極刑は免れられないだろう。 

 

 

・犯人が悪いはいうまでもないですがこういう事件が起こる度、自分はたまたまそういう自分でなかっただけでもし自分が犯人と同じ状況、病状だったらどんな行動を取っていただろうかと。 

 

 

自分が家族の立場だったら極刑を望むとは思います。 

 

 

何かこういう事件の解決策(予防策)はあるのでしょうか? 

 

 

・はじめから極刑覚悟でこのような残虐な事件を起こす人間は防ぎようがないと思う。 

でも減らす事はできるかもしれない。 

罪もなく巻き込まれた人や遺族は不運でしかなく言葉では言い表せないほどの悲しみと深刻な精神状態を心配される。このような犯罪者をどう捌くかよりも、このような犯罪者を今後いかに減らしていくかをもっと考えていかないといけない 

 

 

・極刑一択だとは思いますけど、判決が出て執行されるまで被害者の親御さんは存命できているか分かりませんよね・・・ 

万が一極刑以外の判決が出てしまった場合、未曽有の大問題に発展するでしょうし。 

多大な労力をかけて加害者を全力で生かした、その結果としてのまず第一歩の裁判の結果として正当な判決が出ることを望みます。 

 

 

・無罪か死刑の2択しかないと思うが、応答を見る限り死刑は確定的だと思う。 

ただ最近の司法は特に地裁はおかしな判決を連発しているので最後までわからない。死刑になった所で執行されるかはこれまた数十年後までわからないしね。ただ判決が出れば遺族にとっては精神的な安堵が訪れるかもしれないし、明日への活力になるとは思うんだ。 

 

 

・裁判員やったことあるけど、裁判官は大変な職業。 

どんな判決を出してもどこかしらから突かれるし恨まれる。 

 

同時に、裁判所・検察・弁護士それぞれが 

法と秩序、人権と平等を守ろうと真剣に仕事されている事を 

感じる貴重な機会だった。 

 

自分が携わった裁判でも「犯行時、被告は心神喪失・耗弱状態であったかどうか?」が争点として大きく争われた。 

恐らく今回の裁判でも、被告の精神鑑定を行った専門医がどのような診断/法廷での証言をしているのか?が大きく判決に影響してくる。(今回の医者の証言は見てないので知らない) 

 

専門医から 

心神喪失と証言され(その証言が十分信用に足るものである)と判断されれば罪には問えず=無罪 

心神耗弱(同上)=法律で定められた量刑の半分を上限とした刑 

上記何方でも無い(同上)=無期or極刑 

となるものと思う。 

 

専門家では無いので、間違いあれば何なりとご指摘ください。 

 

 

・こういった事件は、最近は多いようですが、被害者側は、遺族も含めて、民事で損害賠償を請求すれば とは思いますが。支払い能力は無くても毎月少しづつでも収入から天引きするとか、家族からも請求するとか、家族の資産を差し押さえるとかの手段は、あるのではないでしょうか?それで加害者や、その家族が困っている様子を何度も報道すれば、今後の抑止力になると思いますが。報道のおかげで、煽り運転も最近は、すごく減っているように思うのですが。こういった事件の加害者には、「健康で文化的な最低限の生活」をする権利は無いと思います。刑務所の中でも、それは無いのですから。 

 

 

・裁判への遺族の参加は遺族の感情や被告の行為を自身に認識させるなど、一定の意味があるとは思う。 

しかし遺族感情は判決には影響しないし、してはならない。 

同じように、被害者遺族の感情を記事を通して知ったとしても、それを量刑に加えるような言動を我々もするべきではないだろう。 

 

極論、天涯孤独の被害者と大家族だった被害者では命の重さは違うのか。罪の重みは違うのか。その匙加減はどう計算するのが適切なのか。 

罪刑はあくまで法によって定義され、当事者の事情のみを考慮して行われるべきだろう。 

その意味では、遺族も我々も当事者ではない。 

 

 

・極刑になったところで・・・そうだよね。それで亡くなった方が戻ってくるわけでもなく、一つの節目になるくらいだろうが・・・ 悲しみや虚しさが癒されることはなかなかなことだろうと思う。こういった悲しい事件が二度と起こらないようにと願い、京アニさんがこれからも発展して、たくさんいい作品を生み出していってくれることを願うよ。遺族の方が今後も生きていくうえでみんなで支えあえるようなサポートは必要であると思う。 

 

 

・子供たちを身内の火の不始末で亡くしたものです。 

 

このお父さんの言葉、本当に身に刺さります。 

失った命は何をもってしても戻ってきません。悲しみは消えることも忘れることもありません。 

想像してみてください。遺族がどんな気持ちで手を合わせるのか、どんな気持ちで仏壇に花を手向けるのか。それでも遺族は「供養のため」生きていかなければ失った子たちが可哀そうと考えると思うんです。僕もそうでした。僕はもう20年以上経っていますが、それでも火の元を作り出した父(故人)を許せないです。しかしそれを恨み憎んでも命は返ってこない。 

 

こんなに悲しいことはありません。 

 

被告からは、せめて心から悔い改める言葉を聞きたかったと思います。 

それが心のどこかに安堵という隙間を作ってくれるから。 

 

遺族の方々には、ただただ・・くじけずに生きて頂きたい。 

普通の日常、普通の生活、普通の会話がいつかできるよう、祈りたいです。 

 

 

 

・巻き込まれて亡くなった家族がご遺族の夢に笑顔で出てくると良いのにって思います。納得いかないけれど何も言えない、どうすることもできないって辛い。。夢でも亡くなった家族がこっちはすごく楽しくて幸せって知らせてくれれば、寂しいのは変わらないけど犯人の反省を見たり極刑を見たりするより心が落ち着くかも。人によるかもですが。コロナ禍で病院の対応に納得できない方、厚労省に恨みを持っている方、原発事故、数え上げたらきりがないけど大切なのは愛する人が幸せであることですもんね。 

 

 

・この事件は、本当に私の人生の中で一番ひどいと思わせる事件です。亡くなられた方の無念は、相当でしょう。青葉容疑者は、相応の覚悟が、必要で、自分の命で償うしか、方法は、無いと、思います。二度とこんな時間は、起こらないことを本当に願っています。 

 

 

・青葉はやったことに対して少しの罪悪感も無いような印象を受けました。理由の話し方もそうですが、やったのは当然の権利だと言いたげなように見えました。 

 

亡くなった人は何をしても帰ってこないし、青葉は反省も後悔もしていないようだし、虚しさと怒りを感じます。私としても学生時代に好きだったアニメの製作者の方が巻き込まれていることもあり、死刑になろうが何をしようがどうしようとも一生許すことはできないでしょう。 

 

私の今の願いとしては、この異常者が死刑直前に恐怖への感情を思い出し、泣き叫びながら地の底に落ちること以外にありません。 

 

 

・今日、判決が青葉被告に下されるわけだが、これで刑が確定するのではないだろう。 

どのような極悪犯罪人でも上告し高裁、最高裁まで争う権利がある。 

裁判期間が長引けば長引くほど被害者遺族の方々の心労は増すばかりである。 

叶うなら裁判所は青葉被告側の不服上告を即時却下した上で、地裁判決が極刑以外の判決だった場合は被害者側からの即時高裁上告を受理して青葉被告に対して『正しい判決』を速やかに下し確定させ、法務大臣は半年以内に刑の執行書類に判を撞いてもらいたい。 

それができれば法の正義は維持できよう。 

 

 

・死刑になるのだろうけどただ死刑にして終わらせていい事件ではない。彼のように妄想に取り憑かれて自暴自棄になっている人もたくさんいるだろうし、そんな彼らが第二第三の青葉とならないような社会的な取り組みが必要 

 

軽い事件を起こした人には精神鑑定を義務付けて妄想などの兆候が見られるなら強制的に入院をさせて治療させるだとか、そういった社会制度を導入して初めてこの事件は完結するのだと思う 

 

 

・どんな刑罰が犯人に下ろうと、死んだ人は帰ってこないし怪我をした人の後遺症が治るわけでもない、失われた財産も元通りにはならない。 

そういう意味では確かにどんな判決も虚しいものだろう。 

 

だが、だからといって量刑を低くする理由にはならない。 

刑罰というものは被害者のお気持ちのためだけに行われるものではないからだ。 

 

同様の犯罪が行われないため、社会が維持されるためにも、罰するべきものは罰し、社会から排除するべきものは排除し、犯罪をやったもの勝ちにしないために刑罰というものは厳然と行われるべきでしょう。 

 

被害者やその遺族の立場だけを恣意的に切り取ればどんな刑罰も虚しいかもしれないが、それ以外の社会一般の人から見れば卑劣非道な犯罪の量刑が軽くされることの方が国家・社会を信用できなくなり虚しく感じるようになるだろう。 

 

マスゴミは社会不安不信を煽るために量刑を軽くしたがっているのではないだろうか 

 

 

・被告の勝手な思い込みの恨みからくる事件にしても結果が戦後類を見ない犠牲者の数。被告に延命処置をして生き延びた事が遺族にとってどう感じたか。被害者が生きられなかった明日を被告は生きている。裁判で真実を明らかにする為だと思うが、命を持って償っても足りない。 

 

 

・知らないことが罪だと吹聴し続けたが、陪審員の1人から、被告自身も京アニ内で何も知らない人もいたと言うことを知ろうともしなかったのではないのか?と問われる始末。 

 

様々な質問がなされ受け答えていたが、反省する気は微塵も感じなかった。 

それどころか、質疑内容によっては逆ギレするかのような対応も見せていた。 

 

自己中心的な凶悪犯罪のため、厳正な処分を求めます。 

 

 

・被害者の遺族達は4月から始まる「響けユーフォニアム3」を視るだろうか。 

 

父、母、娘、息子の携わらない作品には興味ないのだろうか。 

 

思い出して辛い、という考えから視ない、のだろうか。 

 

ふと、考えてみた。 

 

不謹慎なのはわかってる。 

 

でも、個人的には視てほしい。 

 

遺してくれた「遺産」、そして残されたスタッフと新しいスタッフの作る「作品」を見て、「自分たちも頑張って生きていこう」という気持ちを持ち続けてほしいから。 

 

 

・この、精神鑑定はどうにかならないのか?殺された方や遺族はそんな確証もない診断で被告を許せるものではないし。精神がおかしくなっていたなんて追い詰められた犯行ならみんな同じです。自分で罪を認めたものは死刑でしらを切った人や記憶が内等で罪が揺らぐのはおかしい。仮に精神鑑定に引っかかったのなら尚のこと外には出せないのではないかと思ってしまいますが。 

まず、精神鑑定をするからおかしなことになる。社会で生きている以上、精神異常で許される範疇はとても限られていると思います。 

 

 

 

・量刑どうなのか知らないけど、やったのは放火・傷害・致死でしょ。 

人数は確かに多いが。 

遺族がどう思うかとかどう望むかが量刑に反映されてしまうのには反対。人が人を裁くということの意味をもっと真摯に考えるべきだし、恐れを感じるべき。 

 

 

・精神に異常をきたしていて、まともな判断が出来なかったら、何をしても許されるのか。 

人の命を奪っても許されるのか。 

そんな世の中であってはならないと思います。 

人の命はそんなにかるいのか。加害者が守られる傾向が強い法律は問題あるのでは。 

計画的に物事を運ばなければ実行不可能な案件は責任能力があるのでは。 

(この事件の事だけを言っている訳では無い) 

そうでなければ、精神状態の異常を理由に犯罪が蔓延ってしまう。 

 

 

・判決としては死刑一択だと思うが、問題なのは被告側が提訴するのかが先ず一点。比類なき大量殺人の結果を重く受け止め、弁護側にはムダに裁判を長引かせるのは謹んで欲しい。 

もう一点は結審した後の刑の執行。弁護人の言う通りなら被告人の精神分析は徒労に終わる可能性が高い。速やかな執行も求めたい。 

 

 

・確かに被害者遺族にとってはどんな判決が出ようと、言葉では嬉しいというかもしれないが、マイナス感情が減ることはあってもプラスに転じることは無い。 

せめて被害者遺族の望みに沿った判決が出ることを祈ります。 

 

 

・映画の「デッドマン・ウォーキング」では、 

殺人で死刑になった罪人を被害者遺族の目の前で処刑するシーンがあった。 

アメリカでは本当にそんな制度あるのだろうか? 

死刑囚が死んでいく姿を見ても何も浮かばれないだろうに。 

だが日本では報復は認められていないので、司法に委ねるしかない。その最高が死刑なのだから、それ以上の罪に問えない。被害者遺族の望むような死刑制度なんてあるのだろうか? 

死刑囚が目の前で死ぬのを見たいと思うのなら、そんな制度もあっていいと思う。 

もちろん賛否両論あるだろうが。 

この事件の被告人はあまりに罪が重すぎる。 

 

 

・日本のアニメは素晴らしい。未来ある仕事していた努力の人が、無敵の人に被害に遭う空しさ。才能ない、生い立ちが不幸、ネガティブな人、色々あってそれでも皆んな生きている。誰でも良かったとか、逆恨みとか、犯人は自己中心の人間。いやもう、すでに人間ではなくなっているんだろうと思う。罪を認めて上告せずに執着しないで欲しい。 

 

 

・この事件が起こった時は京アニのアニメは見たことがなかったのですが、その後数多くの作品を見せていただき、素晴らしいアニメがあることを認識しました。優れた作品を作った方々が無念にも亡くなられ残念で仕方ありません。 

 

 

・死んだら終わり(無という意味)という考えを変えていかないと、凶悪殺人犯が大量殺人したあと、自らも死んでそれで終わりというのが無くならないと思います。 

それ故、宗教では死んだあとの世界観を説いているのかなと思います。 

拝金主義社会から人間主義社会への価値観の変化が必要なのかなと思います。 

 

 

・全身やけどでなんとか治療を重ねて回復した容疑者…間違いなく極刑だとは思いますが、遺族の気持ちとしたら容疑者が極刑になろうとなかろうともう亡くなられた方々は戻ってきませんからね…このまま罪の意識を背負い生かし続けるという死刑廃止的の考え方もありますが、いづれにしろ亡くなられた方々は戻ってきません。とてもデリケートな問題だと思います 

 

 

・『命を捨てても謝りたいという気持ちになった時、彼に本当の謝罪の心が湧いてくるのではないか』という文意で述べられた、このお父さんの想い。 

本当にそうだと思います。 

青葉被告もかつては物書きの道を目指したのであれば、この文意をわずかでも汲み取ってくれる事を願います。 

 

汲み取れない人なのであれば……感情的な意見ですが、私は彼にもっと苦痛を味わわせて欲しい。彼の罪は極めて重い。 

 

 

 

・死刑判決が出ても直ぐに刑を執行される訳でもないでしょうね。刑が執行されるまで生き長らえて、人を殺した事より自分が死ぬことの辛さを考えるんだろうな。でもどんな刑が下ろうと亡くなった方々は帰らないし遺族の方々はやりきれないだろうね。 

 

 

・春からユーフォニアムの3期が始まりますが、素直にうれしいという気持ちだけで見ることが出来ないことが切ないです。遺族やご関係者以外にも多大な影響を与えた事件です。死刑では軽すぎる、ただ、どうやっても気が済むこともないので、判決を聞いても何の感情もわかないかもしれません。 

 

 

・予防しようと思ったらどこですれば良いのかな? 

灯油購入には条件ついたけど、、 

灯油がだめになったとしても他の方法使って殺してたよね? 

全国民の脳波にチェッカーつけて、精神状態が異常に達した時、関係機関に通報行って無理やり入院できるような仕組みあればいいのに。 

反対意見のほうが多いだろうけど、今のAI技術あればいくらでも可能。脳波でなくてもネット行動監視でもいいよ。まずは妄想に侵され、わけもわからないことを調べ始め、最終的には殺人方法について調べるんだろうし、ある程度こういう人間の殺人を犯すまでのメカニズムは分かってると思う。 

 

 

・有罪なら死刑、さもなくば責任能力なしで無罪判決というところだろう。両極端もいいところだ。 

他に弁護方法などないのだろうが、単にことば遊びで量刑を軽くすることしか考えない弁護士というのはどういうものだろう。 

それが 仕事だと言えばそれまでだが、この手の案件に関しては復讐法が最も正しいとしか思えない。 

犯意を持って他者の命を奪った者に、なぜ更正の余地など考慮せねばならんのか。そうしたところで誰も還らず、そもそも更正するかどうかすら信用ならんのに。 

この世に正義などないのかもしれないが、それでも法が無意味な存在だとは思わせないでもらいたい。 

 

 

・発達障害の当事者です。今回の裁判所の判断を支持すると同時に、被告の弁護士に対して、強い不信感を抱きました。もし障害もしくは心神耗弱が理由となり、減刑・無罪になればどうなっていたか。それはネット中心に被告と同様の精神状態持ち・発達等障害持ちに対して、偏見・誹謗中傷等が起きたかもしれない。被告の弁護士さんはそこを十分に考え、理解して求めて欲しかった。偏見・誹謗中傷が起きる事(その可能性)を自分は、強い不安と懸念・危惧を抱いて居ます。 

 

 

・犯人が悪いのはもうわかったから。 

 

どういういきさつでそういった人格が形成されたのか。 

そうならなくするためには周囲はどう接するべきだったのか。 

を追求して欲しい。 

その環境が作り出したのは間違いないのだから。 

遺族や近親者の方は仕方がないと思うが、世間が犯人をこれ以上責めても、今後事件を減らす事にはならない。 

 

 

・こういう場合、検察側が精神保健福祉法第24条通報と医療観察法の申し立てをしている筈なので、無罪または執行猶予の場合、判決と同時に精神科病院へ入院することになる。判決と同時にそのことも告知すれば、遺族や世間の溜飲も少しは下がるのではないかと思う。 

 

 

・訳の分からない妄想で数多の人々の命を奪ったこんなのに、最高の治療を受けさせた後、正規の裁判を受けさせなければいけないことに怒りを感じるが、法治国家としては致し方がないこと。京都アニメーションの作品は見たことはないが、今回の事件では、犯人よりも、はるかに才能にあふれ、創作活動に努力と熱意を傾け続けた方々の命と未来を奪うなど、赦すことができない。ただ、弁護士さんって、大変な仕事だと思う。こんな外道でも弁護しないといけないんだから。きっと、お仕事中も腹が立って、非常に深いな時間を過ごされたことでしょう。 

 

 

・被告の判決より、自分の大事な人が帰ることはもうないんだという、悲しみ、苦しみを改めて突きつけられてしまう。どんな状況で亡くなったのか、聞くに耐え難い事実を知ることは、本当に辛いことで想像するだけで胸が締めつけらる。遺族がこの苦しみをずっと背負い続けるのは、やるせない。 

 

 

・死刑判決が出るだろうけど、それを被告はどう受け止めるんだろうな。 

どうなっても誰も救われないんだろうけど。 

あれだけの作品を作った方々の多くがもうこの世に居ないってことが未だに信じられないし、あんな理不尽な形で命を奪われたってことを忘れちゃいけないよなぁ。 

 

 

 

・「極刑でも息子の笑顔は帰ってこない」 

 

まさにこの言葉どおりですね。もう極刑しかない 

と思ってますがそれでも足りない罪の重さなのに 

遺族はどうする術もありません。逆に極刑だから 

それがどうしたのか?という気持ち。 

 

私は最近になって京アニの作品をじっくり見たの 

ですが、ファンの方々から愛され、そしてこの事件 

に対する憎しみや無念さというものが遺族の方々 

とはまた違った角度から少し知る事ができました。 

 

素晴らしい作品を作ってこられた方々はもう戻って 

こない。多くの方々を恐怖に貶めながら死に至らし 

め、将来に渡ってまで数多くの方々を苦しめ続ける 

被告にふさわしい刑罰などこの世には無いように 

思います。 

 

 

・亡くなられた方々の悔しさ。 

被害を受けた方々の苦痛。 

その家族、遺族の方々の虚無に満ちた時間。 

京アニ関係者とファンの悲しみ。 

 

皆様の心が、少しでも救われる判決が出る事を願って止まない。 

 

 

・死刑にしても亡くなった人たち、重症を負って心に傷を負ってる人たち、そのご親族などこれまで悲しみと苦しみはわかる人しかわからない感情だと思う。 

単に1人を死刑にしても、犯人を死刑にしたから終わりだけでは、その苦しみは一生消えない。 

もっと何か救済とかできないものなんだろうか。犯人よりも被害者らは何の得策もない気がする。 

 

 

・裁判で4年も掛かっているなら、執行は4日でいいと思う。 

法律でも6カ月以内と決まっています。 

いつまで法律違反を続けるのか。 

法務大臣の怠慢だと思います。 

死刑執行しないのなら、強制労働させるとか 

死刑以上の刑罰をして欲しい。 

 

 

・被告は医療で一度は命を救われ、震災で火傷を負った男の子は十分な治療を受けられずに亡くなり…。死刑囚の命と交換できたら救われる人がたくさんいるのではと思ってしまう。 

せめてご遺族、被害者、医療従事者が裁判した甲斐があったと少しでも思えますように。 

 

 

・「犯罪者には厳罰を!」と言う声は大きいが、厳罰を与えたところで被害が回復する訳では無い。青葉被告が死刑になろうとも、被害者遺族は何も取り戻すことは出来ない。「青葉被告がどうなろうとかまわないから、失った家族を返して欲しい」が遺族の偽らざる本音だろう。 

 

厳罰は一般社会での生活を希望する人間に対しては抑止力足り得るが、社会で生きていく事を諦めた人間には、なんの効果も無い。むしろ死刑を希望して罪を犯す人間すらいるのだから。 

死刑より終身刑の方が、簡単に終われないと言う意味では抑止力があるかもしれない。また懲役の内容もより厳しいものにしていく必要はあるかもしれない。 

 

ただ、本質としては社会で生きていく事を拒絶する人が出ないように、どうするか。犯罪に走る手前で食い止める事が出来ないのか。そういう部分だと思う。 

 

 

・こんなやりきれない事件もなかなかないだろう。怖い事にこういうあたおかな人間って世の中一定数いる事だ。育った環境のせいで常人の感情が理解出来ず常に自分は被害者で他人が社会が悪いと思っている人たち… 

犯人に思い知らせてやりたいと思ってしまうが、無敵の人には通じないやるせなさ… 

虐待とかモラハラパワハラ、無敵の人をつくり出してしまうだろう事件やニュースを聞くとこの先こんな無差別事件が多くなるだろうと怖くなる。 

 

 

・亡くなられた方々だけではありません…生命は取り留めたものの怪我をされた方々の壮絶な恐怖感、そしてご遺族の永遠の苦痛と喪失感などは、どんな処罰を以っても癒せることはないと思います… 

精神鑑定‥責任能力が無ければ無罪という判決に誰が納得出来るものか…少なくとも尊い生命の尊厳をどう示せるのか‥どんな非道、虐殺も精神鑑定という物差しで帳消しにする司法に正義はあるのだろうか… 

 

 

・これで無罪放免ならば心神喪失者は何しても許され、やられた方はたまったもんじゃない。これが罷り通るならそれなりの事前手段が必要では? 

その場合権利ガー、とか言うのがおるが、被害者の権利はどうなんの?なんでもかんでも精神異常とか言うて片付けてしまってるとこがあるから不信感を抱かせる。 

 

 

・この「精神鑑定」の判断は、撤廃して欲しい。「心神耗弱」だろうが正常だろうが、ガソリンを撒いて放火して、大勢の無実の人命を奪った事実は変えようがないのだから、そのことに対してのみ刑罰を与えるべきだと思います。 

これで「無実」のわけがないだろ?いくら仕事だとはいえ、これだけのことをしておいた犯人の「無実」を主張する弁護人の精神鑑定の方をお願いしたい! 

 

 

 

・死刑になれば万々歳なのですかね? 

死んだ人間は戻ってこない、死刑判決が確定しても多分その後執行されるまで10年~20年位刑務所で生きる事が出来るだろう。 

 

有期刑の囚人は刑務所内で刑務作業をやるが死刑囚は死刑になる事で罪を償うので希望しなければ刑務作業をする必要が無い。 

なので死刑が執行されるまで何年も昼寝をして飯を食っている事も可能だ。 

そんな状況でも被害者遺族や怒れる一般人の方々は溜飲が下がるのか? 

 

私なら仮釈放無しの終身刑にして北海道などの極寒の地にある刑務所で寿命が尽きるまで重労働をさせて心底後悔させてやりたいがね。 

 

 

・死刑でも遺族の気持ちになると納得などいかないだろう。記事にもあるように極刑が下されても亡くなった方は帰ってはこない。 

被告は反省もしておらずおそらく死刑を望んでいるのかもしない。果たしてそれは刑になるのだろうか? 

執行されても遺族が癒える日は来ない。 

こんな理不尽な事はない。 

 

 

・多くの人が亡くなり、多くの人が負傷された。 

裁判は、粛々と進められているので、コメントはしない。 

やはり、スルー出来ないなのが、建物と避難との関係。 

人口過多ではなかったのか? 

窓が少なかったのではないか? 

避難通路は、機能したのか? 

消化設備は? 

その他多くの問題について、検証する必要があるのではないか。 

場合によっては、建築基準法の改正も必要となるかもしれない。 

遺族にとって辛い事かも知れないが、 

教訓として後世に残すべき事柄が有ると思う。 

 

 

・ご遺族のご心中はお察ししますが、被告がその様に自身を大切に出来る人間にはなれないでしょう。自己肯定力が低く、他人を妬み犯行に及んだのでしょうから、自身が大切だなんて思わず、早く死刑にしてくれというのが本音でしょう。それが分かるから、虚しいのではないでしょうか。期待する程に虚しい。極刑であろうと何だろうと、命は還って来ないというコメントがが、ご遺族の心境の全てを物語っています。このまま団々と死刑が執行されて終わってしまう。何か得るものはないのか、それで終わっていいのか。終わってしまい。終わらせるしかない。苦しい遺族の心境が伝わってきます。死刑よりむしろ終身刑で気付くまで労働させる方が、遺族の意向に合うのだろうか。遺族の意向も考えると難しいなと感じます。 

 

 

・第二第三の青葉は必ずどこかに潜んでいる。 

こんな大きな事件を起こすまでは行かずとも、話し合いとかが全く通じず人に害を振りまきまくる人というのはどこにでもゴロゴロいるし、 

ゴロゴロいる中で近いこと(大量殺人までいかずとも一人か二人殺すとか)をした人は実際に発生している。 

 

そういう人間を、事前に社会から隔離したり閉じ込めたりしておくことが妥当なのか否かという議論に、 

この事件について考えているとどうしても触れなきゃならなくなってしまうように思う。 

例えば自分ごとであり得ることとしては、自分の子供がもし青葉のような人格に育ってしまったらどうするか。 

何かやらかす前に心中とかをするべきなのか。 

でもそれを自分が決めてしまうのは、傲慢だし行き過ぎた考えとも当然言える。 

 

せいぜい確実に言えるのは、自分が危険に巻き込まれないよう、戸締まりをきちんとして怪しい人には近寄らない、 

ぐらいしかない。 

 

 

・この記事のご遺族はとても優しい方のようで、せめて被告を許せるキッカケのようなものを求めて裁判を傍聴されたのだろうか。 

 

自らが36人を殺害し32人に重軽傷を負わせる事件を引き起こした事実を前にしても「自分のアイデアを盗用された」という妄想に固執する被告には、ご遺族の悲しみを理解し心からの謝罪を望むというのは難しいだろうな。 

 

 

・遺族の意見を尊重して欲しい。大切な家族を突然奪われた方々の苦しみは計り知れないだろう。加害者はこの先この世でもあの世でも罪を償い続けなければならない。 

できることなら令和になる前に戻り未来を変えれたらなって思う。 

 

 

・被告の置かれてた環境には気の毒と思ったし 

手遅れならないうちにその救いの必要な人に救い,救済措置をとる制度も,必要なのかなと思った。 

 

恵まれた,幸せな環境にいるひとと、 

自分の力ではどうしようもできない過酷な理不尽な環境にいるひととでは 

やはり前向きに生きてくことができるかどうか 

分かれるのかな。 

あってはならない不平等と 

仕方のない不平等とはあるだろうけど。 

 

とはいえ 

この事件で亡くなってしまった人は無念。 

やりきれないはず。 

死刑となっても 

被害者が戻らない。 

同じような悲劇を防げるのかどうか。 

が、 

この判決にかかってる。 

 

 

盗作されたというならまず 

裁判で主張すべきだ 

 

 

・死刑を求める遺族たちを愚弄する弁護士の主張どおり、もし無罪にでもなったら、この国の刑法は狂っていると世界に発信されることになる。もういい加減、精神鑑定を持ち込んで無罪にする法律は廃止すべきだよ。殺された被害者の遺族にとって、相手が正常か異常かは関係ない。 

 

 

・死刑になりたくて事件を起こすやつもいる。ゆえに厳罰化は必ずしも犯罪抑止力にはなりえない。事件の根底には怒り、恨み、妬み、嫉みなどがあって、そうした気持ちを持たせないことこそ犯罪抑止力となるだろう。 

 

 

 

・被害者遺族の思いに考えさせられる。このような凶悪犯に対して、極刑を望む第三者の意見を目にすることが多い。でも、当事者である遺族からすれば、ただ加害者に死刑が宣告されることが望みであるわけではない。遺族が少しでも救われるために必要なのは、加害者の命を捨てでも謝りたいという心からの謝罪であり、その証明として死刑に意味が出てくるということ。 

 

「死刑になって当然」とは思うことができないという当事者の言葉は重い。部外者が軽々しく極刑を望むことの薄っぺらさを思い知る。 

 

 

・私が被害者ならば、遺族にはなるべく事件や裁判にはかかわってほしくはない。家族が失われたことは恨むことでは解決しないから。事件とは切り離して、もっと別の方法で人生を修復していくことだけを希望するだろう。 

 

また、ただでさえ悲惨な目にあった被害者遺族が、裁判でも社会的にもその憎しみを訴えなければならない風潮にあることも問題がある。 

 

 

・この事件で極刑は確実だろうが、経緯を追うと心神喪失は別にして統合失調症だったことは間違いなく、しかも前科で入っていた刑務所で診断済みだったことから何とか出来なかったのかという無念さも強い 

 

 

・青葉容疑者の最近の様子としての記事を昨年暮れあたりに読んだが、その記事の範囲では、どれだけ涙をそそるような彼の半生を聞かされても、あれだけの人の命を一瞬で奪い、自分はたったと逃げようとしていた質の悪さからいくと、十分極刑に値すると思う。 

また、ここまでの時点で、反省も十分ではなく、ピントもズレていて、このあと何年間か教育を受けても、果たして言う事が変わったなと思えるほどの成長が見込めるとも私には思えなかった。 

 

何年間もやけどで入院し、その費用はどこから出ているのか、そしてどんな判決になるのかわからないが、仮に極刑であっても、のほほんと食うに困らない生活を送ることができるという、ある意味人間として宿命づけられている業を背負わない幸せの中で過ごせる幸運を、与えるに足る人物なのかとても疑問だ。 

 

だから、塀の中で一生、1ペリカ稼ぐにとても苦労する様な生活が与えられることに期待する。 

 

 

・私も事故で身内を亡くした経験があるが、加害者に望むものは何もない。極刑だの賠償だのと加害者に何かを望めば望むほど、かえって虚しさが募るばかりです。加害者と関わった記憶ごと切り取りたい。その記憶に触れたくない。それだけです。 

 

 

・例え、死刑判決出たとしても執行迄時間がかかりすぎる。殺されたものは一方的に、考える間もなく苦しい思いのまま悔しい思いのまま亡くなっているのに、ベッドで毎日上げ膳据え膳でもてなされいつまでも生き続ける。法務大臣が執行のサインしなきゃそのまま生き続ける。彼の国のように、午前裁判午後執行しなきゃ税金でなぜ賄う? 

 

 

・私も、今日の、京都アニメーションの、放火殺人事件の、青葉真司被告人の、判決が気になりますね。又、日本史上放火殺人事件で、30人以上亡くなったの始めで、今日はいよいよ被告人の、青葉真司被告人の、注目されます判決が下されますね。私は、多分真実は一つとして、死刑判決だと思いますかね。又、殺害をされた人の家族は無念計り知れないですね。 

 

 

・こういう時に 毎回出てくる「被告には重度の妄想性障害があり、心神喪失か心神耗弱の状態だった」という言葉。。 

心神喪失か心神耗弱の状態のやつが、 

しっかりとした足取りで、宇治のコーナンでチャッカマン買って ガソリンスタンドでガソリン買えるとは思えんけどな..。。 

いまの状態を精神鑑定しても意味がなく、犯行当時の しっかりしてた行動のほうを見るべきではないか? 

そして、そもそも 犯人以前に、 

このような無差別テロ事件において、反極刑派の弁護士が出てくることのほうが、遺族の事(人としての苦しみ)を考えれないという心神喪失状態ではないのか?と思う。 

 

 

・青葉は自身の抱える葛藤や憤りを京アニを捌け口にして凶行に及んだと思ってる。 

亡くなった一人一人に恨みがあったわけじゃないと思うけど、だからこそ謝罪の気持ちが湧かないのかな。ピンと来ていない、もしくは青葉の抱えた闇との整合性がまったく取れていないのか。 

いずれにせよ、このまま謝罪もなく死刑判決が出て死刑が執行されたら、このお父さんの言うように亡くなった方々があまりに無念だと思う。 

 

 

・私は残酷かもしれないけど死刑は必要だと思う。何をやっても死刑にはならないと思う人が増えれば犯罪はもっと増加するだろうし。死刑には色々と問題も多いけれど。それでも死刑は必要だと思う。 

 

 

 

 
 

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