( 132956 ) 2024/01/27 14:07:23 0 00 意外に大胆(小渕優子氏)
自民党・茂木派が“空中分解”寸前だ。その先陣を切る形で退会届を提出した小渕優子・選挙対策委員長は、その理由を「私自身の政治姿勢を示すという思いから」だと説明した。しかし永田町で、その言葉を額面通りに受け取る向きは少なく、むしろ退会の背後に小渕氏の「秘めた野心」と、派閥会長である茂木敏充・幹事長との「ビミョーな関係」を指摘する声が上がっている。
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小渕氏は退会の意向を固めたキッカケとして、自民党を揺るがす裏金事件を受け設置された政治刷新本部の議論で「党幹部が派閥を離脱すべき」との意見が出たことを「非常に重く受け止めた」としている。
26日には小渕氏に続き、青木一彦・参院副幹事長をはじめ4人が派閥離脱を表明し、「永田町に衝撃が走っている」と話すのは全国紙政治部記者だ。
「小渕氏と青木氏の動きは“連動したもの”と受け止められており、『名門派閥』を象徴する2人の退会は“茂木派の解体に繋がりかねない”と囁かれています。実際、参院の4人以外にも同派の船田元・衆院議員までが『派閥解消』を訴えて退会を示唆するなど、派内に動揺が広がっています」
茂木派は正式には「平成研究会(平成研)」といい、故・竹下登元首相が創設した経世会の流れを汲む。平成研は小渕氏の父である小渕恵三・元総理(故人)が率いた派閥で、一彦氏の父で「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄・元参議院会長(故人)が同派の実質オーナーとして長く君臨してきた歴史がある。
「もともと小渕氏は“私はこういう政策をやりたい”など自分の主張を強く打ち出すタイプでなく、どちらかというと“受動的”なイメージがあったため、今回、みずから行動を起こしたことに永田町では驚きの声が上がっています。小渕氏と一彦氏はともに茂木氏に対して一定の距離を取ってきた反面、茂木氏は昨年7月に行われた幹雄氏のお別れ会に“遺族の意向を押し切って”参列するなど、2人との関係修復に動いてきた。それもこれも派閥領袖として総裁選に打って出て『総理を目指す』野望のためでしたが、2人の退会でそれが大きく狂うことになった」(同)
小渕・一彦の両氏と茂木氏の関係が「冷めたもの」であるのは、幹雄氏の“遺言”が影響していると話すのは、青木家の関係者である。
「幹雄さんは“我が強すぎる”として茂木のことを嫌い、亡くなるまで2人の確執が解消することはありませんでした。その一方で幹雄さんは“小渕優子を総理にする”ことを悲願に掲げ、そのためにも『(平成研を)小渕に返せ』と言い続けてきた。一彦さんは父親のその思いをよく知っており、また小さい頃からの顔見知りで仲の良い優子さんを支えるため、今回の“小渕の乱”に加わったのでしょう」
茂木氏は小渕氏から退会を伝えられた際、「非常に残念だが、尊重したい」と答えたとされるが、「内心は“2人には配慮して接してきたのに……”と、はらわたが煮えくり返っているはずだ」という。
永田町関係者が話す。
「2人の退会によって茂木派がすぐに瓦解することはなく、衆院にはある程度の議員は残るでしょう。ただ茂木氏にはもともと忠誠を誓う“腹心”と呼べる議員がほとんどいないため、派閥としての存在感が急速にしぼむのは避けられない。茂木氏の人柄を評する時、“尊大で、偉そう”といった指摘は必ず出てきて、慕う人間より毛嫌いする人間のほうが多いのは事実。小渕氏にその意図がなくても、これを機に“茂木派潰し”に動こうとする勢力が現れても不思議ではありません」
岸田派、安倍派、二階派、森山派が解散を決めた一方で、いまも茂木派と麻生派は解散に否定的だが、小渕氏らの離脱で両派の「結束がより強まる」と予想する声もある。
政治アナリストの伊藤惇夫氏が言う。
「今後、さらに退会者が増えても派閥としての形を維持するため、茂木氏は後ろ盾としての麻生太郎氏への依存をますます深めていくことになるでしょう。麻生派との“連合”でも形成しなければ、茂木派の影響力は低下するばかりだからです。一方の優子氏も“ドリルでの証拠隠滅”が疑われた14年の政治資金をめぐる問題で一時は大きく後退したものの、いまも『女性初の総理』になる野心を胸に秘めているとされます。今回の退会を、小渕さんは総理への道を再起動させるチャンスと捉え、野望の実現に向け“最初の一歩を踏み出した”と指摘する声もあります」
小渕氏の「はじめての自立」が吉と出るか、凶と出るか。
デイリー新潮編集部
新潮社
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