( 133046 ) 2024/01/27 15:52:40 0 00 能登半島地震で飛び交ったSNS上のデマの数々。メディアリテラシー教育などだけでは防ぎきれない「本質」を知っておくことが重要です(写真:AP/アフロ)
元日を襲った能登半島地震。倒壊した家屋に取り残された人々の救助や、被災した人々の避難生活、そうした中での盗難事件など、有事の日々が続いている。
■SNSで飛び交った偽情報とデマ
一方SNS上では、被災者をかたった偽情報が拡散された。混乱に便乗したインプレッション(投稿の表示数)稼ぎが目的と思われる。岸田文雄首相が「悪質な虚偽情報は許されるものではない」「公共機関の情報を確認するなど虚偽情報に惑わされないように」と呼びかける事態にも発展した。
今回の地震が「人工地震」だと吹聴するとんでもないデマも飛び交った。すでに気象庁をはじめとする公的機関により否定されているが、一昨年の3月16日に福島県沖で発生した震度6強の地震(関東地方では東京都を中心に200万軒を超える停電などが起こった)でも同様のデマが流布した。その際、筆者は同種の陰謀論が関東大震災の時代から存在することを指摘した(人工地震を信じる人々が映す「陰謀論」深刻な浸透)。
能登半島地震の翌日である1月2日には、お隣・韓国で韓国最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が、刃物を持った60代の男性に首を刺される事件が発生。朝鮮日報は、「フェイスブックやインスタグラムなどには『割り箸に血のりを付けて演出したものだ』『李在明代表を刺したのは刃物ではなくスマホケース』などの投稿が多数掲載された」として、偽情報の拡散が深刻化している様子を伝えた(*1)。
昨年2023年は、対話型AI(人工知能)の「ChatGPT」の登場もあり、日本では「生成AI元年」と呼ばれる年となったが、今年はより巧妙なディープフェイクが随所で猛威を振るうことが懸念されている。フェイクニュースなどの偽情報が真に恐ろしいのは、仮に短時間であっても混乱を引き起こすことができ、仕掛ける側の目的が達せられてしまう点にある。
今回の地震では、本当に助けを求めている被災者に紛れて、インプレッション稼ぎのX(旧Twitter)アカウントが過去の津波動画などを用いて虚偽の投稿を行い、広告収益を狙ったことなどと推測されている。これらの投稿による直接的な被害は今回ほとんどなかったものの、つねにそれで済むとは限らない。海外からのSNSを介した影響工作の場合、その国の国民感情を推し量る好機になっているかもしれない。
■フェイクニュースが政治に与える実際の影響
例えば昨年、ウクライナのゼレンスキー大統領が、アメリカからの援助金で豪華ヨットを購入したといううわさが、ロシア在住の元アメリカ海兵隊員が立ち上げたウェブサイトを通じて広がった。その詳細は、ゼレンスキー大統領の親しい友人が代理人になり、ヨット2隻に7500万ドル相当(約107億円)を支払ったという話だった。
ウクライナ政府はこの話を全面的に否定し、のちに実際に虚偽であることが判明したが、あっという間にインターネット上で拡散され、軍事費について重要な決断を下すアメリカ連邦議会の議員たちの耳にも入り、実際にも影響が出たようだ(*2)。偽情報の拡散によってウクライナへの支援の邪魔しようとする策略は、ある程度ながら成果を収めてしまっている。
このような選挙や予算などへの影響は非常にわかりやすいが、一定の有権者や権力者などが一瞬でも虚偽の情報を事実(あるいはグレー)と見誤ってくれるだけで、政治的に重要な決定を変えさせることが可能になる。フェイクニュースの発信者の目論見通りに事が運ぶのである。国政レベルにおいてはこの破壊力はすさまじいものとなる。
MIT(アメリカマサチューセッツ工科大学)の研究者で、データサイエンティストのシナン・アラルは、「フェイクニュースの困ったところは、同じようなニュースが何度も繰り返し、同じようなパニックを引き起こすということだ。偽の情報は本物の情報よりも速く広まり、人々の行動を誤った方向に導く。情報は偽物でも、行動は本物で、それによる影響も本物である」と警告した(『デマの影響力 なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』夏目大訳、ダイヤモンド社)。
この「情報は偽物でも、行動は本物で、それによる影響も本物である」という部分が最も厄介なのである。巧妙なディープフェイクが悪用されることで何に火が点くかは明白だ。機能不全に陥りつつある民主主義のさらなる分極化、場合によっては内戦状態への誘導である。既存の政治体制に対する不信感をあおったり、マスメディアの信頼性を失墜させる出来事には事欠かない。そのような状況において真実味のある虚偽の情報を流し、不満や不安といった感情を爆発させる起爆剤に変えるのだ。
ここで少し立ち止まって考慮しなければならないのは、現代特有の情報環境によって見えづらくなっている私たち人間の古典的な嗜好である。
社会学者のジャン=ノエル・カプフェレは、「うわさは、われわれが心のどこかで考えていたこと、あるいは、あえて期待しようとはしていなかったことを、声高に口にし、正当化しているだけなのである。したがって、あらゆるメッセージの中でも、うわさだけが、変った特徴を持っている」と強調した(『うわさ もっとも古いメディア』古田幸男訳、法政大学出版局)。
■「感情を解き放つ」、うわさの合理的な機能
カプフェレによれば、うわさは「大衆の深部の感情を正当化する」“事実”なのだ。それによって抑え込まれていた感情は自由に、開けっ広げになり、その話題について話をすることで気持ちを楽にすることができるとしている。
つまり、根も葉もないうわさが力を獲得するのは、その情報自体に感情を解き放つ一定の合理的な機能があるからなのだ。その場合、ちまたで交わされるコミュニケーションは、中身が嘘であったとしてもその実質は変わらない。それは人を愉快にし、攻撃性を肯定する。これが根底にあるといえる。
フェイクニュース対策では、ファクトチェックやメディアリテラシーばかりに目が向きがちだが、複数の信頼できる機関の検証を得ていない情報はうのみにしない、といった対処法ぐらいしかない。
出所が生成AIであったとしても、最終的にそれに食いついて世界中に拡散させるのは人間なのである。重要なのは、わたしたちがうわさを好むという性質が偽情報を有効な武器に仕立て上げている側面に敏感であろうとすることだろう。
加えて、キャンセルカルチャーが典型であるように、今、個人的な怒りは容易に社会的な義憤に転化しうる。経済的な格差や孤独・孤立、あるいは承認不足やアイデンティティーの危機といった数多の要因によって、私たちは被害者意識の塊になりやすく、かつその意識に導かれて「類は友を呼ぶ」状態になっている。もはや真実などどうでもよく、自分が敵だと思っている対象をひたすら貶める機会をうかがう者も少なくない。
今年は11月のアメリカ大統領選や3月のロシア大統領選が控えるなど、世界50カ国以上で国政選挙や地方選挙が実施される「選挙イヤー」になるといわれている。また、依然としてイスラエルとハマスの衝突、ロシアによるウクライナ侵攻、中国の影響工作が危惧される台湾情勢など、さまざまな懸念材料が現在も進行中で予断を許さない。
■ネットによる国内外の影響工作は増大する
自然災害関連では、火山の噴火や地震、または台風や水害、山火事等々といった地球温暖化が原因と思われる大規模災害の続発が危ぶまれている。ネットによる国内外の影響工作はますます増大し、フェイクニュースを含む偽情報は、自尊心を奪われ、不当な地位に置かれていると感じている人々の心の隙間にいとも簡単に入り込むことだろう。
だが、国や公的機関による統制を期待するのは現実的ではない。なぜなら、究極的には国や公的機関、ひいては主要メディアにとって触れられたくない情報はつねに存在しているからだ。暴露された事実を過小評価する情報で覆い尽くしたり、偽情報として規制する可能性はいずれの国においても起こりうる。結局のところ、民意を蔑ろにされていると考える国民が多数を占める状況を変えていくことが根本治療となる。
当然ながら既存の政治体制に対する信頼性や、国内の人々の生活が改善され結束が強くなれば、相対的に偽情報の影響力は低下するからである。けれども、わが国の政権与党の裏金騒動や今回の地震対応への批判の高まりを見ると、爆発寸前の状態にある不満や不安が沈静化するようには到底思えない。そこに訪れるであろう、妖しい魅力を振りまく未来のフェイク爆弾は、発信する者と規制する者の双方の欲望を照らし出すと同時に、わたしたちのいびつな心象をも赤裸々に映し出すのである。
(*1)「血のりで演出」「スマホケースで刺した」 フェイクニュースが氾濫する共に民主・李在明代表襲撃事件/2024年1月5日/朝鮮日報
(*2)【検証】「ゼレンスキー氏がヨット購入」 親ロ派の流言はいかに米軍事支援に影響したか/2023年12月27日/BBC
真鍋 厚 :評論家、著述家
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