( 134050 ) 2024/01/30 14:47:27 2 00 芦原妃名子さん訃報めぐり元放送作家が私見「脚本家への誹謗中傷は絶対にやめてください」日刊スポーツ 1/30(火) 9:41 配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/d1630427f0913bf31755074adbcfdd5351cacc60 |
( 134053 ) 2024/01/30 14:47:27 0 00 日本テレビ
元放送作家の長谷川良品氏が30日までに自身のX(旧ツイッター)を更新。昨年10月期放送の日本テレビ系連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者である漫画家芦原妃名子さんの訃報を受け、「脚本家への誹謗中傷は絶対にやめてください」と呼びかけた。
【写真】芦原妃名子さんの最後の投稿
長谷川氏は、芦原さんがXで同ドラマの脚本をめぐり制作陣側との間に起きた食い違いのような事態について記していた問題について、「ドラマ化=『マスへの伝達をエクスキューズにテレビサイズに陳腐化』というテレビの都合に過ぎない改悪が起こる事は往々にしてある。結局その根底には原作への敬意に欠ける『ドラマ化してやる』という思い上がりがある」と指摘した。
続く投稿では「そもそもプロデューサー及び局や出版社は、両者の疑心暗鬼を肥大させるような拙い伝言ゲームで『原作者』と『脚本家』の対立軸を避ける、というのも大きな仕事なんですよ」と解説。「それができなかったというのが最大の罪」と私見を述べ、「脚本家への誹謗中傷は絶対にやめてください」と呼びかけた。
日テレは29日、芦原さんの訃報を受け、公式サイトを更新。「芦原妃名子さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。2023年10月期の日曜ドラマ『セクシー田中さん』につきまして日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております」とコメントした。
◆主な悩み相談窓口 ・いのちの電話 ナビダイヤル =0570・783・556(午前10時~午後10時) フリーダイヤル=0120・783・556(午後4時~同9時。毎月10日は午前8時~11日午前8時) ・日本いのちの電話連盟 https://www.inochinodenwa.org/
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( 134054 ) 2024/01/30 14:47:27 0 00 ・誹謗中傷はダメだけど。 起きたこと、そして脚本家の方がやったことは事実であり、許されることではない。 人が一人、亡くなられている。 それを有耶無耶にしてはいけない。 そしてテレビ局も、権力のある側は、なんでも揉め消そうとする。 そんなことは許してはいけない。 誹謗中傷はダメだが、糾弾することは必要だ。 なぜなら、この騒ぎを乗り切った後、反省もせずにのうのうとまた原作破壊、原作者の心破壊をさせてはいけないから。 二次被害を防ぐためにも、事実を白日の下にさらすことは必要である。
・今回ばかりはあの脚本家のSNSでの自分の不満をぶちまけるような勝手な投稿が引き金になってしまったことは間違いない。それまでに脚本家、原作者の意思疎通をうまく図ることが番組作成側が稚拙であったがためにうまくいかなかったことは容易に想像できるがあの投稿は間違いなく脚本家が自身でおこなった許されざる行為。脚本家への誹謗中傷はいけないが、おそらく勝手なSNS投稿をしてしまった行為自体は根も葉もない噂ではなく事実であり、批判している人間の想像でもない。これは誹謗中傷ではなく、行った行為を糾弾しているにすぎないのでこの元放送作家の言い分は合っていない。
・予算や演者の技量、撮影技術、放送倫理の都合でどうしても原作通りとはいかないこともあるので、原作改変は必要になる場合があることは理解できますが、原作に忠実に、という約束が当初からあったのなら、話は違います。
実現不能ならどんなに時間がかかろうと説明して納得してもらうべきで、それがプロデューサーなり、脚本家の仕事なんじゃないでしょうか。
それができないなら最初から改変に納得している原作か、オリジナル作品の仕事だけ手掛けるべきでしょう。
・誹謗中傷は言うまでもなく、絶対にしてはいけないことだと思います。
ただ、最初に暗に批判的ともとれる投稿をしたのは脚本家の方です。 ここの責任を有耶無耶にして、何事も無かったかのように口をつぐむのは違うと思います。
自分の意にそぐわない者は排除する。
これは、どの立場でも絶対にしてはいけないことです。
今後もこのような問題が続くのであれば、原作を題材としたドラマ制作はしない方が良いと思います。
今回の問題を受けて、原作者の方々もドラマ化のオファーを受けないという方も増えるんじゃないでしょうか。
・原作を忠実に隅々まで再現することは無理だとしても、原作のイメージを最低限壊さないようなアレンジを施すことは十分可能だと思う。 二次元でしか表現出来ないことを実写でやると逆に面白みが削がれたりしますからね。 ただ、どういう訳かあまりにもかけ離れたものに改変してしまうケースも少なくなく、原作者の意図が反映されていないような作品も多いですよね。 原作がある作品のタイトルを使って全く違った作品を制作するのなら。タイトルも別なものにして存分にその作家性を発揮したら良いと思います。 他人の人気作のタイトルを借りなきゃ自分の作品を売り出せないなら、創作する能力がそれなりでしかないと言わざるを得ない。
・うまく真意が伝わっていないとか、どうでも良くて、 そもそも著作物に対する敬意の念があれば このようなことは一切起きうるはずのないこと。
にもかかわらずこのような悲しい結果となったのは、 原作者を軽んじた制作側の姿勢が原因であるので それを知っているファンの矛先が制作側に向くのを止めることは 出来ないんじゃないかと思います。
理性的に対応しろというのであれば、 まず制作側が原作者に対し理性的に対応すべきでしたね。 「原作者のファン」は原作者の肉親より怖い存在だと思いますよ。
・じゃあ、何があったのか詳細に調査してきちんと公表し、反省すべきは反省し謝罪すべきは謝罪するべきなんじゃありませんか?あたかも、きちんと合意の上で何もかも進めてきたのに、こんなことになり残念という幕引きで、綺麗ごとの表面ばかり内幕を隠そうとするなら、憶測などで判断し批判する人が続出するばかりだと思う。まず局は逃げ腰は止め本気で哀悼の意があるなら、きっちりと調査と検証を尽くし公表し、二度とこのような事態を招かないようにする反省をしないと、芦原さんが浮かばれない。局には哀悼の意やお悔やみを示す前に、やるべきことがあるはずだ。
・誹謗中傷はいけないが、プロの物書きであるなら、SNSを削除したり鍵をかけるのではなく、ことの経緯含め自分の言葉できっちり話す必要があるのではないでしょうか。そのうえで作家を守るのがテレビ局の責任でしょう。
少なくとも、原作者の方はそうしていたはずですし、その際作家を守ることをしなかったのはテレビ局の怠慢です。番組の最後に制作会社として「日本テレビ」の名前が出ることの意味を少しでも考えているのでしょうか。
・度を越したその人を否定する様な誹謗中傷は絶対だめです。 でも今回は脚本家の方がSNSに原作者への否定的なコメントを残したのが 間違いなく今回の事件の発端です。 意思疎通がうまくいかなかった事態を安易に拡散したせいで、原作者に対する否定的なコメントが多く目に入って心を痛めてしまったのかもしれない。 脚本家の方が鍵垢にして何もコメントもしないのは流石にどうかと思うし、その行動は非難されるでしょう。
・一連の流れを見ると、この方の言うように原作者の要望を脚本家に伝える「伝言ゲーム」が上手くいかなかったのだろうと推察します。 毎回要望と違ったプロットと脚本が提出されていたと原作者の方が訴えていたことが、それを強く感じさせます。 ただ、当該脚本家氏も批判されながらもこれまで実績を重ねてきて、当然物書きとしての矜持はあったでしょうから、要望を知りながら原作と異なる脚本を毎回出してきた可能性もあるでしょう。 ですので、この「伝言ゲーム」がどのようになされていたかの検証は、再発防止の意味でも行う必要があると思います。
・一般論だけど、イジメをした方の人って自分が反撃されるとすぐ被害者ぶりますよね。
表現の仕方によって誹謗中傷となることはあるかもしれませんが、そもそもの経緯やそれによって起こった事態などについて責任を指摘するなどのまっとうな意見自体は封じる必要がないし、封じてはいけないと思います。
原作を忠実に守るという契約を反故にしていたことと、それを指摘した原作者をくさすような発言をSNSに発言したことは事実なんですから、それに関する言及そのものはあってしかるべきだと思います
・「ドラマ化してやる」というのは ある意味使ってやってるとも取れる。 漫画家はある程度は改変されるのはわかってはいても、最初と食い違ってたりはよくあるので不思議ではないのですが、どのくらい改変されたのかも気になりますが、今やコンプライアンスに煩い時代なので例えばテロップが必要になって来たり後から何かトラブルに見舞われた時に原作者が不利になるように追い詰められるような事があったかもしれない。
・誹謗中傷はダメ。 でも脚本家がSNSに投稿した書き方は原作者への誹謗中傷と取られてもおかしくなかった。
恐らくドラマを見ていた人達から8話までと9話以降とでドラマの雰囲気が変わった旨の意見が出たために原作者として、脚本家や日テレ側を責める意味ではなく、漫画と両立させるのが難しく上手くできなかったことを悔いている意味で事の経緯を公表したんだろうなと思う。 恐らく脚本家側のファンから心ないメッセージとかも送られてきて、一人で責任を背負い込んでしまったのかもしれない。そういう意味では繊細で真面目な方だったんだろうなと思う。 セクシー田中さんを少し読んだかど、生き辛さを感じている人でも自分が輝けるものや場所があるっていう話だったはずなのに、自分の伝えたいメッセージが歪められるのは耐えられなかったんだろうな。
・ネットニュースで脚本家が年末に上げたインスタに言及するものが不自然なまでに見当たらない為、原作者が先に告発したと思ってその行動を批判している人を見ました。 これを見た原作者や身近な方々はどれほど傷付いたでしょう。 原作改変以上に脚本家のネットリテラシーのなさが炎上の原因だと思います。 誹謗中傷は絶対いけませんが、脚本家は何故あのインスタ投稿をしたのか、それに反応した同業者の対応に問題はなかったのか、またその話がニュースで語られないのは何故かということを明らかにしないことには再発防止には繋がらないのではないでしょうか。
・脚本家というのは仕事です。 その仕事が原作者に届かなかった。 ドラマ化にあたって、原作者が出した注文を受けられないなら、ドラマ化自体するべきではなかった。日テレ。
原作がある作品をポンポンとドラマ化した弊害です。 のだめの作者が、TBS版【のだめカンタービレ】の脚本を見て、ブチ切れてドラマ化自体が白紙になったことを思いだしました。
今後、原作者が納得いかないドラマ作品が登場したら、原作者側で「ストップ・打ち切り」にできるアメリカ方式になるかもしれません。契約にその一文がない場合は、ドラマ化を「受けません」と。
・今までも、原作者と脚本家にドラマに対する認識の違いがあったのなら、そのドラマに対する優先権というか、気持ちの入れようは原作者さんにあるのは明らかだと思います。漫画が人気だから素敵だからドラマ化の話が出るわけで。 読者も筋書きがそれるのは望んでいないはずです。 原作者さんが脚本家さんを選ぶ権利があるといいなと思います。
・そもそも、この脚本家がSNSで原作者を貶めるような書き込みをしたのが問題。 日テレ側も脚本家に原作者の意向を真摯に伝えていなかった可能性が高いがそれについて反省や謝罪も無し。 この元放送作家とやらは全うな批判を「誹謗中傷」としており、所詮業界内の脚本家側に立った「ご意見」でしかない。
・長谷川氏は、芦原さんがXで同ドラマの脚本をめぐり制作陣側との間に起きた食い違いのような事態について記していた問題について、「ドラマ化=『マスへの伝達をエクスキューズにテレビサイズに陳腐化』というテレビの都合に過ぎない改悪が起こる事は往々にしてある。結局その根底には原作への敬意に欠ける『ドラマ化してやる』という思い上がりがある」と指摘した。←日テレとこのプロデューサーと脚本家はあるあるだったらしいですね。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りします。
・当該脚本家とその仲間達がインスタで原作者を責めてた時にも「原作者への誹謗中傷は絶対にやめてください」って言ってたなら納得するけど、言ってないよね。 そのせいで芦原先生がご自身で最初の約束や経緯を説明することになったのに、その後もインスタの投稿やコメントを消すことさえしなかった脚本家達が責められてるのは当然のことじゃないかな。
・勿論、誹謗中傷はするべきではないが、制作者側であるテレビ局や脚本家と原作者との間にトラブルがあったのは事実だろう。 それで不幸にも原作者が亡くなったのも事実。 実際、何があったかは当事者しかわからないが、原作者に対して局側、ドラマの脚本家、一部視聴者などからの批判などがあったのだろうと想像出来る。 でなければ思い悩んで最悪の選択をする訳がない。
・リアルタイムでご本人たちのSNSへの書き込みを見ていました。 脚本家への誹謗中傷ではないですが、今回の一連の事件の切っ掛けを掘り起こしたことは脚本家であることは間違いのない事実。 そして原作者が、自身の名誉のために、経緯を長文で説明していたんですが、それを見た第三者が脚本家などのSNSにコメントで攻撃をし、(恐らくそれを見た)原作者さんが攻撃する意図はなかった、と投稿するに至ります。
ご本人がそれに責任を感じて、の部分もひょっとしてあったのかもしれません。 拡散するSNSを使っての誹謗中傷となる攻撃は、それだけの威力を伴うことを、自分だけでなくSNSを使う人が改めて「ネットリテラシー」として学ぶ必要があると思います。
・まず、それなりのフォロワー数を持つ脚本家の方が、自身のSNSで内部のゴタゴタを書き込むのはルール違反だと感じる。脚本家としての保身なのだろうけれどやってはならないこと。この出来事は彼女だけの原因では無いにしろ、一般の人が知る必要のない内部事情を感情に任せて拡散をしたというのは少しプロ意識に欠けるのではないかとも思う。 漫画を「原作」とした制作物であるのならば、脚本家は原作者の意図を十分に汲む必要はあり、そこにオリジナリティは必要ないのだと私は考える。 自分らしさを主張したいのなら、オリジナルの作品を作ればいい。それだけの話なのではないのだろうか。
・> 原作への敬意に欠ける『ドラマ化してやる』という思い上がりがある
本来なら「原作を使わせていただく」の気持ちであるべき。だって一番大変なプロットやキャラクターをすでに作ってもらっているのだし、それが評判が良いことに乗っかれるからのドラマ化なのでしょう? 今回は原作側と制作側を繋ぐ立場のプロデューサー(?)は原作者の希望をどのように制作側に伝えたのかぜひ教えてほしいです。
・一般論ではおっしゃる通りだと思うが。。。 今回の件は、どうなの?
脚本家のインスタ拝見しましたが、めちゃくちゃ上から目線で芦原先生に対して敬意も何もありませんでしたが! 脚本家が、あの様な事を発言しなければ最悪の事態にならずに済んだのでは?
今回の件に関しては、ちゃんと調査して今後この様な悲劇が起こらない様に対策と経緯の説明をして欲しい。
・脚本家は作品毎に契約するフリーランスなのでテレビ局の社員ではない。 日テレのコメントは「わが社は原作者の要望通りご本人に脚本書かせました。ネットで文句を言ったのは脚本家個人なので我々は知ったこっちゃありません。原作者の不幸の責任は我々にはありません」ということ。 事の発端は脚本家のインスタなのである意味正しいが、だとすれば調整役であるはずのプロデューサーが果たして機能していたのか、という話になってくる。 脚本家個人を叩くのは簡単だが、それは日テレの責任転嫁に加担するだけ、ということに気づいた方がいい。
・誹謗中傷は何も生み出さないしやめた方がいいとは思うけど、この件に関してはもう、行き着くところまでいってしまった最悪の状況だし、部外者がドラマ側の人間を庇うような事を言ってもなんの言い訳にもならないし遅いと思う。
脚本家への感情の向け方について何か口を挟むんだったら、脚本家がSNSで原作者さんに失礼ととれる書き方をした時点で脚本家に削除とフォロー投稿を促すとかをドラマ側の人間がしたらよかっただろうに、それすら言わせっぱなしでほっといたわけで。
原作ありドラマの制作の現状の酷さをわかってても何も改善の行動を起こしたわけでもなく、その状況をただ見てただけであろう部外者が今さら何を言っても説得力が全くないなと感じた。
・あまりにも原作とかけ離れた内容を自分なりの妥協点を探しながら局サイドにも気を遣って修正して9、10話は自分で脚本書いて、色々あったけど終わったこととして流そうとしていたんだろうけど脚本家のあの投稿にそれまで張り詰めてた糸が音立てた感覚で切れたんだと思う。 原作あるものをドラマ化する上で各々の立場の意見が違ってくるのはザラにあることだろうしやはり脚本家のあの行動は心に留めておくべきだったことだと思う。
・憤激した原作ファンからの、脚本家含むTV局サイドへの批判や抗議なら「誹謗中傷」には当たらんと思うが。 「思い上がりがあった」とTV局側の問題は多少認識しつつも、SNSを使って原作者を悪者にしようとしていた脚本家への誹謗中傷はやめろなどと言い出すあたり、この作家もロクなものじゃないな。
TV関係者は基本的に倫理も契約上のコンプライアンスも履き違えた、原作レI ピスト&原作者キラーだと思った方が良さそうだ。
・脚本家個人の問題ではなく、もはや製作委員会の責任になるだろう。
しかし、デビルマンやハリウッド版ドラゴンボールや聖闘士星矢など、実写化失敗と評される作品は数あるが、セクシー田中さんはそれらを遥かに凌駕した「実写化失敗」作品と相成った。
・しかし、今回の場合脚本家の方のインスタでの言い様って言うのがあったと思う。 非難されるところがまったくなかったか? と言われればそうではないと思う。 もちろんすべてを仕切っていたはずの日テレ(プロデューサー)が一番悪いと思うが なんで原作者が憎しみを受け止め、その連鎖に終止符を打たないといけなかったのか? 本来であれば日テレがしっかりした説明と謝罪を行っていれば こんな悲劇は防げたはず 再発防止と担当Pは確実に処分されるべきです
・誹謗中傷は良くない。でも責任を負う、悪い事したら責められるのは当然の事で、何でもかんでも誹謗中傷とひとまとめに規制したら無法地帯になると思う。強い者が自殺に追い込んでも何も言われないのであればその行為は誰が止められるのだろう。エスカレートし犠牲者が増えないだろうか。 想像や憶測で非難してはいけないとは思うが、亡くなった人がいる以上、蓋をしてうやむやにしないで向き合って欲しい。
・日テレ・脚本家に記者会見させるべきでは?自殺させるまで追い込んだのは事実なんだし。経緯を説明させるべきでは?漫画を軽く見る風潮のせいで漫画家を安く使われ、尊厳さえ踏みにじられてそれをした当事者が表に出ないって事は許されるのか?ジャニーズ問題や松本問題の時以上に厳しい視線を日テレその他関係者に向けるべきだと思う。人が自殺するまで追い込まれてるんだ。才能ある貴重な漫画家の命が。紙一枚のコメントのみで終わらせてはならない。
・もしもあの脚本家の人がめちゃくちゃ若い人(二十歳そこそことか)ならば腹が立つことがあっても相手も若くて社会も知らないのかなって思えたかもしれないけど、先生と同世代なんですよね。それで何かと批判的で上からな感じで。脚本家を局が守る形で制作現場にはまったく先生の味方がいなかったとしたら…。 原作者ってなんなんでしょうね。 あれだけされても嫌味のひとつもいわなかった先生だからこんなに慕われていたってわかりました。
・漫画は完結していません。コミックが7巻まで。ドラマは完結させないといけないのでそれでは成り立たない。要するにコミック7巻以降をどう展開させてラストに持っていくのか。自然と放送日が決まっているドラマ側が優位になり、ここで軋轢が生まれる。じゃあ原作者が自分で脚本を書くとなったのでしょうが、ドラマ側と原作者のスピード感が全然違ったのだと思う。結局、撮影日に間に合わないから、フェールセーフとして予め他の脚本家に準備させておいたもので撮るしかない。そんな事が続いたのでしょう。両方の立場があるので難しい話。一つ言えるのは、ドラマ化は原作が完結したものですべきだと思います。
・ドラマ制作が原作者の意向に沿っていたかとかの話なら、この方の言う通り伝言ゲームで作り上げる難しい作業で、脚本家も大変なのよ…で成り立つ。 ただ、それより問題なのはさも原作者が加害者であるかのような事をコメントした事であり、放送開始時からも彼女のインスタではドラマタイトルや出演者の名前はハッシュタグにつけているのに、原作者である芦原さんの名前は一切出していない。 これって最初から原作者に対するリスペクトが無さ過ぎるからだと思うのよね。 消えろだのなんだのと言った誹謗中傷はすべきではないけど、起きている事実について説明してほしいって言うのはいいんじゃないかな。 裏金の政治家に説明責任果たせって言ってるのと同じ事だよ。
・音楽を演奏するとき、作曲家の背景を知り、細かい指示を読んで演奏する方と、自分なりの解釈で新しい演奏をされる方といます。 クラシックなら作曲家は亡くなってますので、新しい演奏も面白い、素晴らしい、と受け止められますが、存命であればあんなのは自分の曲じゃない!と感じてもおかしくはない。 脚本家の方もつまらないものを作ろうだなんて絶対思っていない。でもオリジナル脚本でなくて原作あり、原作者も存命。であれば、原作からどの程度自分の味がつくかというのは、原作者と話し合わないといけないと思う。 企画した会社がちゃんと脚本家と原作者を取り持たないといけないですよね。
・脚本家の方は「脚本家の存在意義について深く考えさせられるものでした」と書いていましたが、 原作がある場合の脚本家の存在意義は、原作者の意思の範囲内で面白くなるよう書くのが仕事であり、 9、10話が書けなかったのは、自身の力量不足なのに 「どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように」と、原作者の我儘であるよつな主張をされていて、原作者へのリスペクトが全く感じられない悲しい文章でした。
それぞれの立場での想いや難しさもあるのでしょうが、自身の立ち位置を今一度理解して本当に今後同じことが二度と繰り返されないことを祈ります…
・始めたのは脚本家なんですけどね。それは忘れちゃダメ。
この問題がただの「原作者vs脚本家」にならないで欲しい。もっと根は深いと思う。
どこに問題があったのか、映像化に対する出版社・映像業界・原作者のパワーバランスを見直すべき。 ここ数日で、これまでも我慢してあきらめてきた漫画家さん、小説家さん、はたまた原案を盗まれたと嘆く人を知りました。 自分の手を離れたら別物だって割り切れる人もいれば、筆を折られてもう新しく書けなくなってしまう人もいる。 とにかくこれをワイドショーで終わらせてはいけないと思う。出版社を中心に、作品と作者を守っていく取り組みをして欲しい。
・仕事を外される形になった脚本家の相沢友子さんは、ドラマ最終回の放送前(23年12月)に自身のInstagramアカウントで、「最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることとなりました」と報告していた。
また最終回の放送後には「最終回についてコメントやDMをたくさんいただきました」と明かし、自分が執筆した脚本ではないと改めて説明。さらに「今回の出来事はドラマ制作の在り方、脚本家の存在意義について深く考えさせられるものでした。この苦い経験を次へ生かし、これからもがんばっていかねばと自分に言い聞かせています」とゴタゴタがあったことも示唆していた。
・漫画のアニメ化でも同様だが、漫画の通りに動画化するのは非常に難しい。 動画は漫画のコマの隙間に存在する動線も描く必要があり、この存在が漫画で感じるテンポの良さや、を崩すことになる。 漫画家が動画の脚本を書けるかというと書けないし、その逆も無理。 正直言って、原作は原案レベルに留めておいて、オリジナルストーリーに勝手に仕立てた方が楽だし、動画としておもしろい話にできる。
この難題をクリアしたのが、京都アニメーション。これを受けて21世紀のアニメはかなり原作に忠実なものが多くなった。 一方で、今でも実写化は(今回の脚本家に限らず)相変わらず原作のテイストを無視して動画特有の表現にこだわろうとする。 結果的に誰も望んでいない、名ばかりの駄作が量産される。
原作漫画にリスペクトのない、安易な漫画の実写化はしないでいただきたい。
・確かに脚本家の方もある意味被害者なのかもしれません。 原作者と脚本家の間に直接対話が無かったようだし、 間に入っていた日テレ関係者と出版社がちゃんとお互いをフォローできていれば良かった話しだと思う。 だけど、わざわざSNSで原作者を攻撃するような投稿はするべきでは無かった。脚本家として事実を説明したかったのかもしれないが原作者への批判と捉えられかねない。 あくまで原作ありきの作品なんだから、リスペクトを持って向き合うべきだった。
・テレビ局や脚本家さんは、短いクールの中で、起承転結をつけないといけないので、無理矢理に話を進めますし、端折るとも思います。そうなると、連載中のマンガとの整合性や辻褄を合わせるのは困難だと思います。だからといって看板を背負い別物を作る事は原作者やファンへの裏切りにもなります。よって、テレビ局はマンガのドラマ化は安易にやるべきではないと思います。
・芦原さんはこんな辛い思いをするために作品を築いたわけではない。 原作者あっての作品であり、テレビ局、脚本家はその作品を脚色させてもらう立場なのだから出しゃばるのは違うし、リスペクトと感謝の心を持つべきだと思う。
・誹謗中傷は絶対に許されないが、事実は正確に包み隠さず報道する必要がある。 Xでも呟いていた通り、芦原先生はドラマの脚本に関して納得がいかない部分がある事を訴えている。
なら、制作者側・出版社側がキチンと本人を交えてその意思を尊重しないとだめだと思う。
・もちろん誹謗中傷は絶対に駄目な事ですが、最初に原作者に対して批判的な発言をしたのは脚本家の方だと思うのですが… そこの部分については、どう考えてるんでしょうか? もしあの発言が無ければ、芦原先生も経緯説明をXで行わなかったかもしれないですよね。
少なくとも、日テレ、脚本家、小学館は、何故先生との相違が起こってしまったのか、何をもって許諾としたか等の、ちゃんとした説明をして欲しいです。
・セクシー田中さん、見ていました。 好きでした。原作が漫画だって事はドラマを見て知りました。ただ純粋にドラマを楽しみ、面白かった。で、終わりました… まさか裏ではこんなに悲しい事情があったなんて… 芦原妃名子先生の「砂時計」持ってます。 たまに読み返しても泣きます。 これを読み、いつか島根へ行ってみたいと思い続けています。大好きな作品です。 こんな形でお別れになってしまいとても悲しいです。何とか出来なかったのかな……… ご冥福を心よりお祈り申し上げます
・第三者委員会の立ち上げが必要だと思います。死者が出ている以上、風化することを待つ姿勢ではなく、きちんと調査をして事実解明とこれからの対策や方向性、提言をすることが日テレが行うことだと思います。 それをしないのであれば、日本のテレビ界はもう終わっているなと思います。
昔の言葉で「映画は監督,テレビは脚本家で選べ」と言われていました。 今のテレビ界は、漫画家頼りでちゃんと書ける脚本家がいなくなってしまったのでしょうか。
・脚本家を非難しないでくださいとは言うものの、非難、抗議の声を上げないで自浄効果を期待するんでしょうか?
そんなのが期待できる業界じゃないでしょう?
少なくとも、脚本家がどう言った意図で原作者が出した契約条件を無視した内容にしたのか、なぜ原作者を貶めるような発言をし、脚本家仲間達が原作者を誹謗中傷したのか?
文章を仕事にする人間として、文章で説明する必要はあると思います。
・「私見」なので、様々な見方があって良い
世間的な感覚で言えば、遺書の内容が不明な時点で、あれこれと憶測での誹謗中傷をするべきでは無いのでしょう
但し、脚本家さんが行ったSNSへの投稿が原作者さんへ、何の影響も無かったのでしょうか
遺書にそれに関する心情が書かれていれば良いですが… 死人に口無しで蓋をしてしまって良いとも思えません
誹謗中傷を避ける為にも、制作者サイドの対応、説明がされると良いなと思います
・そうじゃないんよなぁ。「誹謗中傷ダメ」は確かにそうなんだけど。 けど、作者さんはドラマ化きつかけで命を断つ事になって、作者さんの周りの方は深い悲しみを受けて、作品を愛していた方たちも大きなショックを受けてると思う。凄く残念で悲しいと思う。ドラマ化さえなければ、あの脚本家でなければ、そう思うと思う。そして、怒りでだって覚えると思う。 それを分かってるのか分かってないのか、すっ飛ばして「誹謗中傷はダメ」は独善的感が強い。正論を大上段から打ち下ろしてくるから、またたちが悪い。じゃあ、ショックを受けてる人たちは口をつぐんでお行儀よく静かにしてろって事だよね。自分の親族や大切な人が同じ目にあって、自身が同じような立場に立っても、この人はそんなお行儀よく正論を言えるんだろうか。
・脚本家の方のSNSもかなり挑発的で、原作者にとっては傷つくものでしたよね。書いていいことと悪いことの区別もつかないのかなって思いました。それほどこじれていたのかもしれませんが、そうであれば、なおさら、あんなことは脚本家も書くべきではなかった。喧嘩売ってるような内容でした。 原作者への敬意がまっがく感じられませんでした。
・「『原作者』と『脚本家』の対立軸を避ける、というのも大きな仕事」とあるように脚本家の方がインスタに不満を書いた段階、もしくは芦原先生が反論した段階のどちらかで、局側が間に入って矢面に立ったほうが良かったと思います。 局側からの説明がなければ、脚本家の方に矛先が向かい続けてしまうと思うので、今からでも局側は仕事をしてほしいと思います。
・長谷川さんのポストを拝見する限りドラマ化にあたっての脚本制作に関する原作者と脚本家との間で必要であった了解事項の積み重ねが不足していたとの結論に達するようですので、問題の根本はその間に入った日テレ制作側にあるということになるのでしょうね。たしかに原作者のドラマ化交渉では原作者側の要求を飲んだ格好でしたが脚本家には「ドラマ映えしそうなひな型にストーリー嵌め込むだけでいいから」みたいな発注をしていたのかもしれませんし、テレビ局にとっては「良い作品」よりも「ヒットする作品」のほうが価値があるらしいので原作の世界観とかどうでもよかったのでしょうね。しょうもない人たちです。
・この相沢友子さんという脚本家は映画「ミステリという言う勿れ」等、話題作のドラマや映画でいわゆる業界では売れっ子みたいですね。 原作つきの作品も多い。 彼女にしてみれば、今までと同じように原作を脚色して何の問題もなかった。 今回は作者の意図に反し、毎回改変したプロットや脚本が提出されてクレームがついたという意識しかないんでしょう。 脚本家が作品を改変するの当然という流れも、ドラマ制作側が原作を変えて創るのがずっと常態化してるからでしょうね。 この人にしてみれば、9話10話描かせてもらえず協力案のみ。 おまけに最終話の良くなかったという評価を知って「私が描いたんじゃないよ」と自分を弁護した。 原作者は詳細をコメントして炎上したため、迷惑かけたと謝罪して自死してしまった。 こうなるとどうしても相沢さんにたいしての批判は避けられないと思います。 でも一番良くなかったのは日本テレビ制作側でしょう。
・脚本家だけでなく誰にであれ、誹謗中傷は良くない。 でも、このような問題を起こさないための、原因究明や再発防止策の策定などが必要。
日テレにしろ、脚本家にしろ上記の2点については考えることができる。 自分たちは悪くありませんという態度が反感を買っている。
少なくとも日テレは、原作者の意思が反映されなかった(契約内容を無視して進めた)原因および責任の所在を明確にし、再発防止策を考えないといけないと個人的には思う。
・誹謗中傷は絶対ダメだけど、火のないところに煙は立たぬと言うように、今回の場合は脚本家がやった事、そして、全ては脚本家のSNSでの不満を書いたことから発端になったのは明らか。誹謗中傷を止めるには、日テレや脚本家などが謝罪してどうして原作者と揉めたのか、真相解明をして結果を公表し、対策を示すべきでは?
・芦原先生も脚本家の方とぶつかってしまうまでは当然想定していたと思う でも、その後の第三者が集まって、あらゆる方向に飛び火して、あの例もこの例もとその手の問題の旗手みたいになっていくのは予想外の負担だったんじゃないのかなと想像したりする――と、そういう自分の考えも第三者のもので、この問題に関しては第三者は第三者の分をわきまえるべきとは思うな
・脚本家さんのXの投稿を見て言ってるのかな?名指しはしてませんが誹謗中傷だけじゃなく原作者さんの書いた脚本を完全否定してました。漫画とドラマの脚本では違いがあると思いますが、クリエイターの自尊心を破壊するには十分な文章であったと思います。 伝言ゲームの行き違い等と言ってますが、読書感想文を他人が書いたものをちょこっと手直ししてさも自分が書いたように提出するのと同じですが漫画などのドラマ化ってそれが当たり前なんですかね。 原作を読んで自分なりの解釈を原作者と打ち合わせしてキャラ設定や背景などの確認してからじゃないと原作に沿った脚本にはならないような気がしますが、本職の人はそんなことしなくて他人から聞いた話で良い作品が作れるのでしょうかね。
・そもそもの発端は脚本家がSNSで愚痴ともとれる内容を投稿したのがきっかけでは。契約がある以上、または自分はちゃんと仕事したと自負されるのならあのような投稿は独りよがりで失礼だと思うし、相手への尊敬もない。 実写化してやった、私がやってあげたと上から目線だからこその内容でした。 誹謗中傷はもちろんダメだけど、無関係でもないし何もお咎め無しは違うんじゃないかなあ。責任どうこうは関係者が話し合えばいいと思うけど、今回意思疎通がうまくできなかったことについては改善していく必要があると思う。
・前提として、原作者との約束が守られなかった事については脚本家ではなく製作が責任を負うべきとは思います。
但し、今回の発端となった脚本家のインスタについては、原作者や漫画作品への敬意のかけらも感じませんでした。 ”自分の作品にチャチャを入れられた、取り上げられた、脚本家の権利、自由、尊厳を守られるべき”と私には感じられました。 それがオリジナル作品であればそうでしょう。 苦労して生み出した脚本が現場で勝手に大幅に変えられてしまったらどうですか?
今回に関しては原作者との約束が前提にあった。 それに納得がいかないのであれば脚本家は受けるべきではなかったのではないでしょうか。
全ては製作側が約束事を軽視した結果では? 日本テレビは調査検証し、再発防止策を講じるべきと思います。
・原作のある小説のドラマめ漫画と同じだと思う、原作者が亡くなったら脚本自由にもならないし、過去のドラマでもオリジナルで書いても忠実に原作も混ぜて描いていって成功した、山崎豊子さんの原作小説のドラマ化は、一番難しい実写化で原者がドラマ化のキャストや内容が山崎豊子さんが納得いかないとドラマ決定にもならかったから、漫画をドラマ化するのも、原作者とトラブルになりやすいを思う。花より男子やのだめカンタービレは原作者とトラブルなかった作品だ、ったような気がする。
・最近のドラマは、漫画が原作のものや小説が原作のものばかりで、正直おもしろくない。 昔は良質なオリジナルドラマがもっとたくさんあった気がする。
漫画には漫画でしか表現できないような漫画ならではの面白さがあって、小説には小説ならではの面白さがある。 もちろんTVドラマにもTVドラマならではの表現方法や魅力がある。 それなのに、安易に漫画や小説をドラマ化するから、今回みたいな悲しい事が起こってしまうんや思う。
・もちろん誹謗中傷はいけないが、事実は事実として意見することはいいんじゃないのかな。 今回の騒動の発端は脚本家が原作者を蔑ろにするインスタ発信をしたこと。 いち視聴者、いち愛読者から見ても、とても原作者に対しリスペクトを欠く発言だった。 これに対し、原作者が今回のドラマ作成の経緯を原作者が丁寧な筆致で記した。 誹謗中傷するつもりはないが、脚本家はなぜあのような発言をするに至ったのか、制作した日本テレビ、あるいは脚本家の口から見解をお聞きしたい。
・これは事件だと私は思っている。 日本テレビは「感謝している」だけで幕引きするおつもりなのか? 人一人、身を投じているんだぞ? 24時間テレビの着服も、未だにきちんと調査してないことにも呆れているが、身を投じた理由の調査をするべき事案だぞ? なんだあのニュースは、栃木県内で亡くなっているのが見つかったって。 川治ダムまでいった芦原さんの気持ちに、胸が痛まないのか?思いやれないのか? きちんと説明責任を果たせ。
・まずは原作者の方のご冥福を祈ります。
SNSの弊害が最悪な形となってしまいました。 脚本家がどういう気持ちで投稿したのかはわかりませんが、その火種を作ってしまったことに間違いはない。
原作者に対しての配慮やリスペクトが無かったのではと言わざるを得ない。
そもそも原作者と脚本家との直接のやりとりは無かったのだろうか?
やはり実写化するには原作者を中心に脚本家や制作陣が一丸となって、作品を作っていかなければならないのは当然のことです。
誹謗中傷は言語道断だが、原因究明と今後に向けての方針は示すべきだと思います。
・脚本家を攻めないようにとか、そういう流れになってはいけないとか、まあ正論かもしれないけど、関係者だけで誠実に解決すべき問題を先に公のSNSで個人批判とも取れる自意識過剰な発信をしたのは脚本家の方だよ。 その責任が無いとは言えない。作者はこの横暴で一方的な批判に流石に我慢できず、でも誠実で不器用な彼女なりに丁寧に説明してくれたのに、今度はそれが思わず彼女の意図しない、製作を批判するような流れになってしまい悲しくも限界を越えてしまった。契約通り彼女の作品にきちんとリスペクトしていれば起きなかった事件。局も制作も脚本家も責められて当然の責任がある。局はあんなテンプレコメントじゃなくてきちんと責任の所在を会見すべき。
・要はこういうことなんだと思う。 脚本家は脚本家の仕事をしようとしたわけで、そこの折り合いをつけるのは制作責任者たちだろう。 件の脚本家のSNS投稿が、原作者側が真剣に提示していた条件についてどのくらい理解していたのか、制作責任者からちゃんと伝えられていたのかによって大分話は変わってくるだろう。 いずれにしても今後同じようなことを二度と起こさないよう、日本テレビは責任をもって事の経緯と原因究明を行わなければならないと思う。
・大好きな漫画が実写化決まった時のことなんだけど、、、 ストーリーはヒロインが4人のイケメンと出会い、その中の誰と結ばれるかというのが物語の肝だった。 ところがキャストが発表されてみると主演はヒロインではなく、当時売り出し中のイケメン俳優。 キャスト発表の時点で、ヒロインが誰と結ばれるかバレバレだったという最悪なものだった。 ストーリーもちぐはぐだし途中で意味不明にミュージカルが入ってくるし、イライラして途中離脱してしまった。 観客を呼びたいからだろうけど、原作の主人公が女の子なら実写化もヒロインが主演になるべきなのでは? イケメン俳優でも男性アイドルでも、ファンなら主演じゃなくても観に行くでしょ? 若手を売り出す道具に原作漫画を利用するくらいなら手を出さないでほしい。
・とても不幸な結末に心が痛みます。 一方でこれを原作者vs脚本家の事案だと解釈している人が多いことに危惧を覚えます。 ドラマの制作現場にとって漫画を題材にするメリットは、設定を共有しやすく話題性もあり、制作に不可欠なスポンサーも集めやすいのです。 そこに業界的なお約束や、タレントの見せ場を求める事務所など様々な思惑が絡みます。 それぞれからの無茶振りを受けて、落とし所を見つけながらドラマとして成立するように脚本を書く。 セットやロケの都合や、キャストが台本を覚える時間も必要なので常に追い込まれている。 それが脚本家の実態なのではないかと思います。 こういう業界的な構造の中で、原作者さえ文句を言わなければ問題はないんだ、作品をドラマ化してもらえるだけありがたく思え。 そんな業界の圧力に屈せずに作品を守ろうとした漫画家さんが一人で戦い、去ってしまった。 これはそういう悲劇です。
・原作を改変して面白くなる場合もあるから、改変は原作者の許可と、その旨を明示すれば問題は減るはずだし、脚本家も表現しやすいと思います。 改変NGならAIでいいんじゃない? ハリウッドでは去年から取り組みが始まってます。 原作者と脚本家は会ってすらいないらしいし、脚本家はいらない気がします。 浮いた費用でAIの進化させましょう。 伝言ゲームで作る作品とAIの作品はどれくらい違うかも興味があります。
・作者が亡くなった現時点で 現在一番精神的にダメージが大きのは この作品に感銘を受けてドラマ化の企画を持ち込んだ人だと思います。
その気持ちが本物なら 今回の件は最後までその人の仕事として 打合せの内容、情報伝達の祖語、 原作者の意向と異なる話になる必要が出たのは どういう横やりが入ったからなのか 其れが、脚本家の意向なのか、テレビ側やスポンサーの意向なのか なぜ、原作者の意向を曲げる必要が有ったのか 日本テレビが其処を放送するとは思えませんが 今回の結末は、今までの「原作と内容が違う」って言うのとは レベルの違う話だと思うので 誹謗中傷がどうのとか、元放送作家がどうとか言わせていないで 本職のテレビマンに早急に正しく何とかして欲しいと思います
あと、個人的には 原作が有る物は、作者に限らず 読者も思い入れが強いので スピンオフ位の本筋に影響が少ない所から 始めて欲しいと切に思います。
・誹謗中傷をしないことは賛同できる。 ただ、今回の様に脚本家が原作者の行為をSNS上で批判してしまったことは事実であり賛同はできない。 本来その不満は関係者に直接伝えるぐらいで良かった。 SNSで公表すれば、自分の信者が暴走するリスクがあることを肝に銘じて欲しい。自分のエゴで原作を壊すことのリスクを自覚してほしい。 原作を改変する事で良い流れが生まれるかもしれないが、作者が嫌がるならばそれは止めるべき。それが原作者への最低限の敬意だろう。 原作者が認めてくれればそれはそれでいいと思うが…
物語のプロットや流れを産み出す事ができる部分が一番大変だ。それを改変するという事は二次創作に過ぎない。 原作者の意図を酌めないのならば、原作があるモノへ携わることは控える方が良い。自分でオリジナルの話を書けばいい。
歩み寄りが一番大事。自分が一番正しいわけではない事は自覚し他の意見も取り入れる事が大事。
・何らかの対立が生じて、一方が自殺してしまったときに、生き残った他方を責めるという構図に陥りやすいですが、時間をおいて考えてみる必要があるでしょう。 そもそも、なぜそういう対立が生じたのか、どちらが悪かったのか、もしくはどちらも悪くなくて、別の誰かが悪かったのか、その過程において誰がどういう対応をとればよかったのか、そもそも一方が自殺してしまうことに対して誰かが責任をとらねばならないのか、といったことを含めて事象全体を俯瞰的に捉えるべきです。
概要しか知りませんが、契約の条項をきちんと履行できていなかったことの一義的な責任は脚本家ではなくプロデューサーにある。もちろんプロデューサー側が脚本家をコントロールできなかったのかもしれませんが、その結果責任はプロデューサーにある。先に脚本家側がアナウンスしてしまったことに対し、制作側の対処・コメントが遅れたために、原作側が苦しんだということです。
・脚本家は自身のインスタを鍵垢にするくらないなら最初から原作者を卑下するような発信をすべきではなかったでしょう。色々思う所はあるだろうけどまずはお悔やみのコメントくらい出すべきかと。 まだ連載中の自分の漫画に意図しない手を加えていじられてしまっては今後、漫画を描けない。関係者の配慮が足りなさすぎたのでは?誹謗中傷はもちろんいけないが何故こんな事が起こってしまったのかの議論は必要。
・芦原さんの最後のツイートを見て、単に「過程を説明したいだけだった」のだと思いました。
「これはけしからん」と大勢のネット上の人たちが相手側を強烈に責める状況に意図せずなってしまい、それに耐えきれなかったように見えます。
ドラマではプロデューサーが大きな権力を持っています 。交渉していたのもその人だと思うので、彼らには検証してもらいたいところですが、これ以上、言及するのはどうなのかなと…。
最悪な結果を避けることはできなかったかと、残念でなりません。
・TV局のマンガ原作の扱いがひどいのは昔からだよね。マンガの宣伝料とりたいのを我慢して製作放送してやってるって態度で好きなように改変するのが常だよね。マンガのアニメ化でそういった風潮が出来上がったようだがドラマ化となるとまだ定着するまでは揉めそうだね。従来は数十億の興行収入に対して原作料100万円みたいに金で揉めていたがとうとう命がけで揉めるようになったのが新しい局面といえる。
・この問題はテレビ局や出版社の調整の問題以前に、相沢友子氏が行ったSNSのでの不平不満の投稿が問題であるとの意見が非常に多いことを元放送作家の方は認識しないといけないと思います。さらには相沢友子氏が原作クラッシャーと呼ばれている原因が何であるかも認識する必要があります。 「脚本家への誹謗中傷をやめろ」とのことですが、相沢友子氏には原作者の意向を守らずSNSで不平不満をぶちまけたという事実、根拠があるので誹謗中傷ではなく非難、指摘、糾弾だと思います。
・こうしたことが起きると、誰かを攻撃したくなる人が一定数いてます。 そうした時に、今回ならTV局側の人間が、だれも矢面に立とうとしないとなると、作品に一番の影響力があった脚本家、監督になるんじゃないかな? 脚本家への攻撃を防ぎたいなら、どうする必要があるかTV局の危機管理部署は考えて行動しないといけないんじゃないかな?
・テレビ局としては、この「脚本家さんから上がってきた原稿が決定稿」のスタンスなんだろうし、、脚本家さんが矢面にたたされてしまうのはしかたない気も。。故漫画家さん含め、漫画家さんが「原作をできるだけ忠実に」と考えるなら、、脚本家さんが仕上げた原稿が「テレビ制作側に廻る前」のタイミングで一度チェック推敲・する期間を設ける、そういう取り決めにすべきでしょうね。
・全ては霧消となるでしょうね。
死人(被害者、弱者、少数者)に口なしは、日本の伝統芸能じゃないですか。普段、我々もそれに加担してるんですからね。 テレビや新聞や週刊などのマスコミは、ある側面においてはカタギではないでしょうし、人や人が創り上げて来たものを道具としか思わない関係性の連鎖でしょう。
これからテレビの役割が縮小していくことを願うばかりです。ワイドショーもバラエティーも半分以下にしてもらってもいい。
あ、テレ東は好きです。
・でも相沢氏は出てこないといけないよ。発端は彼女なんだから。 もちろん責任を相沢氏に矮小化してはならず、仲介すべき日テレや小学館、あと脚本家の陰に隠れてるが番組プロデューサーも説明しないと。
なんにせよ芦原さんの死で終わり、なんて事は絶対にあってはならない。この元脚本家もじゃあどうするべきか提示しなければ逆効果だよ。
・物書きなら、自分が書いたものを直される悔しさや無念さは痛いほどわかるだろうに。プロデューサーや監督の指示で仕方なく変更したなら批判を受けるべきではないし、脚本家の判断で原作への敬意もなくテレビ的に面白くしたなら批判を受けるのは仕方ない。何でもかんでも優しい社会にすれば良いってものじゃない。
・いじめは社会問題です。
制作関係の仕事していればこう言うことあある。ダメ出しされたり、仕事ができなくて外されたりとか
でも、それを公衆の見ているSNSで愚痴った脚本家はルール違反
何度も原作者から約束を守れと抗議が来ているのにそれを無視し続けて原作レイプして降ろされて、インスタで抗議。脚本家がインスタに愚痴書かなきゃこの騒動は起きていなかった。
これは明らかに「公開パワハラで虐め」です
人一人亡くなっているんだからきちんと調査すべき。名誉毀損、侮辱罪。きちんと立件すべき
中学生だって懲役4年が求刑される現代です
どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように。そのためにも調査は必要です。 調査がなされず、責任を取るべき人がとらないとネットは余計に炎上する
一人、自殺に追い込まれているんですから 職場で正しい主張してパワハラ受けてネットで叩かれて自殺。
・なぜ伝言ゲームにしないで、原作者と脚本家、制作スタッフは直接一度も会わなかったんでしょうか?
最初にきちんとミーティングしていればかなり意思疎通は違う。
あえて避けることで、現場主導にしたいのだと思うが、ドラマ側のスタッフや脚本家が現場で村化して、ドラマをわかってない原作者という排除につながる。よって改変okの価値観が生まれてくる。
こういう流れにプロデューサーはしたいし、ドラマ側からの圧による原作者の泣き寝入りでいままでやってきたからそれが当然と慢心も出てくる。
またプロデューサーが原作者との約束を脚本家に伝えてない可能性、またはニュアンスをすごく弱く伝えて、局の意向を脚本に入れ込みやすくする可能性も、最初に原作者とミーティングがあればなくなる。
だから伝言ゲームをやりたがるのかと、うがった見方をしてしまう。
・脚本家の方もこれまでの実績をみると自身の仕事にプライドはあるだろうし、最終日の内容に視聴者側から賛否はあったようだから、終盤で脚本を外されたことを言いたかったんだろうけど、それをSNSで発信する選択は間違いだったとは思います。元放送作家の方が言うようにプロデューサーなりが、原作者と制作側の間を取り持つなり視聴者側に丸く収まるような形で説明するなどしてトラブルの芽を潰すべきではないかな。
・脚本家への誹謗中傷はいけないにしても、その脚本家自身は原作者芦原さんに対してどういう態度、行動をしていたのでしょうか? 人、一人が亡くなっている。 脚本家やドラマ制作に関わった人間は自分達の行動をしっかり見つめ直すべきだし調査も必要だ。
・影響力を持つ著名人はより慎重にインスタやXに投稿するべきだと思う。意地悪な投稿じゃないか。その投稿によって誰かが傷つくことはないか。 そもそも最終回の脚本云々仕事内容を世間にぶちまけちゃって守秘義務違反じゃないの?と思ってしまうのですが、そのあたりは普通のことなんでしょうか...。 この件は、亡くなってハイ終わりじゃなくて、色々検証した方がいいのでは?
・なんかいじめによる自殺の後で学校側が全力で加害者を守りに行ってるのと似た印象を受けてこれだと火に油を注ぐようなものだと思う。まずはいじめてすみませんと被害者の家に謝りに行かないと。 つまり沈静化には脚本家やプロデューサーによる誠意のある自分なりの経緯の説明と謝罪のコメントが必要なのでは。
・推しの子でも今回と同じような状況が描かれてますが…やはりマンガと映像化はまったくの別物なんだなと。原作のイメージを崩さずにより良いものに昇華してくれるような信頼できる脚本家が担当しないと…不満はでますよね。原作と違っていたとしても、作者が納得できる脚本であればこうはならないでしょうし。
原作再現を条件にOKをしていたのに…どんな事情があるにせよ…原作とまったく違う脚本もってこられたら「話が違う」となるのはあたりまえ。
大人の事情があるのかもしれませんが…事前に脚本が変わる可能性があることを納得してもらえる作品だけ扱った方がよいでしょうね。
・過去手がけた作品を見たり、脚本家のインスタのコメントを読むという「客観的な」事象だけで「観るに値しない脚本家」と判断することはできる 視聴者は選択できる、観ないという選択をすればいい この先同じ道を辿るような原作者が金輪際出ない事だけを願います
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