( 135587 )  2024/02/03 22:30:59  
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LGBTQ講師として活動する中川未悠さん(左)と東根歩夢さん 

 

「LGBTQ講師」として関西の学校を中心に講演活動を行っている東根歩夢(あゆむ)さん(31)と中川未悠(みゆ)さん(28)。二人はどちらも性別適合手術を受けた、トランスジェンダーの夫婦だ。昨年10月、戸籍上の性別を変えるのに生殖能力をなくす手術が必要と定めた「性同一性障害特例法」の要件が、最高裁大法廷により「違憲」とされた。二人の住む大阪を訪ね、本来の性別を取り戻し、互いに出会うことのできた半生と、今回の司法判断についての率直な思いを聞いた。(取材・文:堀 香織/撮影:松村シナ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

リビング中央にあるキャットタワーから、黒猫がこちらの様子をうかがっていた。「エンちゃん、映えショット、撮ってもらい~」。見上げる東根歩夢さんの目尻が下がる。コーヒーを入れ終え、別の猫を探しにリビングを出た中川未悠さんが「わあ、パパ。ちょっと見て~!」と声を上げる。「コウちゃん、私のブーツの間に隠れてるわ」 

 

2020年4月の結婚直後に1匹目を迎え、現在は3匹の猫と暮らす二人。ただ、少し他の夫婦と異なる点がある。夫の歩夢さんが元女性、妻の未悠さんが元男性であることだ。 

 

3匹の猫の前では「パパ」「ママ」と役割で呼び合う 

 

歩夢さんと未悠さんは2017年1月、大阪で行われた「LGBTQ関係者のパートナーズ婚についてのヒアリング」で出会った。出生時の体の性が女性で、性自認が男性だった歩夢さんは性別適合手術を終えて戸籍上も男性となり、運送会社の正社員として働いていた。一方、未悠さんは大学3年生で、翌月に性別適合手術を控えていた。 

 

FtM(Female to Male=女性の体で生まれたが男性として生きることを望む人)である歩夢さんにとって、未悠さんは初めて出会うMtF(Male to Female=男性の体で生まれたが女性として生きることを望む人)の当事者。「お綺麗ですね」と本心が口をついて出た。未悠さんは「初めましてで綺麗って言うなんてちょっとチャラい」と内心思いながらも、歩夢さんの髭に見惚れ、「それ、本物ですか?」と尋ねた。ともに神戸出身。親近感が湧いて連絡先を交換したという。 

 

交際が始まったのは同年4月で、3年後の2020年4月に結婚。「それまでもストレート(生まれたときの性と性自認が一致する異性愛者)の女性とお付き合いしたことはあったんですが、ここまで目配り、気配り、心配りができる人はおらんなと思って」と歩夢さんが振り返ると、未悠さんも「こんなに何に対しても真っすぐで誠実な人は初めてでした」と笑顔を見せる。 

 

 

2021年2月14日、大阪での結婚披露宴にて(提供写真) 

 

2022年5月からはYouTubeで「みゆ&あゆむ 性別逆転夫婦の日常」の配信を始めた。生い立ちや性別適合手術の具体的な内容から、夜の営みや整形手術のような赤裸々な話題まで103本の動画が並び、登録者数は3万人を超える(2024年1月現在)。 

 

1992年生まれの歩夢さんは、保育園児の頃から自分を男だと思っていた。遊び相手もみな男子。無意識に股間を触り、母親に「大きくなるのかなあ?」と話した記憶がある。だが、小学5年生で月経が始まり、自分の体が否応なしに女になっていくことが受け入れられず、卒業式の前日に激しい胃痛を起こす。診断結果は自律神経失調症。精神安定剤が欠かせなくなった。 

 

「中学は女子の制服だったから本当にしんどくて、よく保健室に逃げ込んでいました。でも、特に問い詰められることもなく、安定剤を忘れたときも『これ飲んどき』って、たぶんラムネやと思うんですけど、飲ませてくれて。それでなんとかぎりぎり頑張れたと思います」 

 

歩夢さんは20歳の誕生日当日に戸籍の名前を変更。もとの名は「あゆみ」で「夢に向かって歩む」という意味を託した 

 

転機は高校3年生。性別に対する違和感を打ち明けたクラスメイトからバイセクシュアルの友人を紹介され、「LGBTQ」「性同一性障害(GID)」という言葉を知った。 

 

さらに、自分と同じ専門学校に進学予定のトランスジェンダーとも出会った。「GIDを自認しているその友人に投薬や手術で男性に『戻れる』選択肢があることを教わったことで、安定剤が要らなくなったんです」。 

 

19歳になる年の正月、実家に戻った際に両親にカミングアウト。2カ月経ってようやく母親がカウンセリングの同意書にサインし、3月にカウンセリング、ホルモン注射での治療がスタートした。 

 

高校時代の歩夢さん(左)と未悠さん(提供写真) 

 

一方の未悠さんは1995年生まれ。幼稚園の頃から男女ともに仲良く遊ぶ子どもだったが、小学生のランドセルが赤ではなく黒一択なことにガッカリした。中学生のときにテレビで見たはるな愛や佐藤かよの話から、自分もGIDであることを自認。外出の際はこっそりメイクもするようになった。 

 

中2のときに両親が離婚し、親権をもつ父と祖母との3人暮らしが始まった。カミングアウトしたのは高2の夏休みで、相手は母。なかなか打ち明けられずに2時間泣きっぱなしだった未悠さんを、母親は「誰か殺してしまったのだろうか」といぶかったそうだ。告白後、母は「薄々気づいていたよ」「治療の副作用だけが心配だね」と受け入れてくれたかに見えた。 

 

 

未悠さんは2015年、19歳で名前を変更。もとの「悠哉」から一文字とり、「未来を悠々と生きていく」と改名 

 

だがその翌日、母は衝動的に自傷行為をする。幸い、一命は取りとめたが、自分のせいだと未悠さんは自責の念に駆られたという。その後、平静を取り戻した母はLGBTQやGIDについて学び、理解を深め、最後には精神科のカウンセリングへと同行してくれた。 

 

父にカミングアウトした際は「俺にはわからへん」と突っぱねられたが、最終的にはホルモン治療の同意書にサインをしてくれたそうだ。 

 

こうして幼少期から抱えていた「性別不和」について両親の理解を得た二人が次に目指したのは、性別の変更だった。 

 

2004年に施行された「性同一性障害特例法」の性別変更5要件は、(1)20歳以上(当時の成人年齢で、現在は18歳以上) (2)現在結婚していない (3)未成年の子がいない (4)生殖不能要件(生殖腺《卵巣や精巣》がないか、その機能を永続的に欠く) (5)外観要件(変更後の性別の性器に似た外観を備えている)と定めている。 

 

(図版:ラチカ) 

 

歩夢さんは2013年2月、20歳で(4)と(5)にあたる性別適合手術を受けている。費用は胸オペ、子宮・卵巣摘出で約150万円かかった。未悠さんは2017年、大学3年生で手術。通院費、ホルモン治療、精巣摘出・陰茎切除の合計額は250万円以上だ。それぞれ、費用はアルバイトを掛け持ちして自力でためた。 

 

その手術に対して二人が共通して使った言葉は、性別を「変える」ではなく、「戻す」だった。 

 

「僕にとって特例法の5要件というのは、覚悟を決める大切なステップでした。これがあるから、男性に戻れる。だから手術に対する覚悟もできたんです」(歩夢さん) 

 

「手術を受け、戸籍を変更するという、その二つを通してやっと自分の本来の姿に戻れたんです。結局、私たちは誰かのために手術したわけではない。ただ自分らしく生きるため、自分が楽しく過ごせる日々を送るために、手術をしたんです」(未悠さん) 

 

光のあふれるリビングでお茶を入れる二人 

 

手術後の最大の喜びは、「保険証の性別が男に変わったとき」と歩夢さん。「自己紹介で見せたかったぐらい」と笑い、未悠さんも「うんうん、見せびらかしたかったよね」とうなずく。公的な身分証明書で「本人ですか?」と毎回問われるのは、ひどいストレスだったからだ。 

 

ともに10代の頃の一人称は、「僕」「私」ではなく、「自分」だった二人は、念願の「本来の性」を獲得した。 

 

 

2023年10月25日、最高裁大法廷は性同一性障害特例法の規定について「憲法違反」という判断を示した。同法が定める性別変更5要件のうち、(4)の生殖不能要件を「憲法が保障する意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」とし、「違憲・無効である」と判断した。 

 

(5)の外観要件については、高等裁判所での審理のやり直しが命じられた。いわゆる差し戻しだ。 

 

(図版:ラチカ) 

 

すでに(4)と(5)に該当する性別適合手術を終えている歩夢さんと未悠さんは、最高裁大法廷による判断をどう思ったのか。 

 

「法律以前に、僕は胸がついていることが本当に嫌だったんです。体を元に戻すためには性別適合手術しか選択肢がなかった。当時の法律が手術なしで性別の変更が可能だったとしても、僕は絶対に手術していますね」(歩夢さん) 

 

「私も、法律に準じたというよりは、どうやったら命を落とさずに生きられるかをずっと考えていた。性別適合手術は、私が死なずに生きられる唯一の方法だったんです」(未悠さん) 

 

「法的に必須でなかったとしても手術はした」と語る歩夢さんと未悠さん 

 

ただし、「病気やその他の理由で、望んでいない人にまで手術を強いてきたことが人権侵害だと認めた」点については、二人とも評価している。 

 

「トランスジェンダーの中には、胸さえなくなればよくて生理は問題ないという人や、心は男だけど女装が趣味で胸や美貌をキープしたい人もいる。僕らみたいに全面的に手術したい人間ばかりじゃない。本当に多種多様なんです」(歩夢さん) 

 

とはいえ、(4)の生殖不能要件は、端的に言えば「子どもをつくれない体になる」ということだ。実際、未悠さんは手術後に付き合った男性に、自分が元男性だったと伝えたところ、「子どもがつくれない人とは将来を考えられない」と言われた。 

 

「確かに傷ついたんですけど、もともと子どもが欲しいという願望がなかったというか、そもそも自分が射精して子をつくるという行為自体が気持ち悪くて……。だったら女として子どもを産みたかったくらいで」 

 

 

 
 

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