( 136793 )  2024/02/07 13:45:38  
00

EVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 2023年は、電気自動車(EV)をめぐる市場の空気が前半と後半で大きく変わった年だった。2023年前半は、 

 

【画像】えっ…! これがトヨタの「年収」です(計21枚) 

 

「このまますべての自動車市場が一気にEVに入れ替わる、その大転換点となるのが今なのだ」 

 

という論調が中心だった。一方で、2023年後半は徐々に 

 

「EVの普及は予想以上に遅れているかもしれない」 

「むしろ、ハイブリッド車(HV)の伸びは予想外に強い」 

 

という記事が、欧米メディアでもかなり見られるようになってきた。 

 

 実際、2022年にはEVの販売台数は前年比60%増と圧倒的な躍進が続くと思われていたが、2023年には31%増にとどまった。これは主に、 

 

「お金を持っていて新技術が好きなアーリーアダプターに行き渡った後は、比較的保守的で、ガソリン車との比較における経済性や利便性も重視する顧客層を相手にすることが必要になった」 

「世界的な金利上昇や忍び寄る不景気が、現時点ではまだ同レベルのガソリン車より高いEVへの購入をためらわせる効果があった」 

 

などが指摘されている。 

 

 世界的な金利上昇は頭打ちではあるもののしばらく続きそうであり、中国をはじめとする景気減速も深刻になりつつあるので、今後もこのトレンドは当面続くと考えられる。結果として、1月25日のテスラの決算発表は市場の失望を買い、1日で時価総額が約800億ドル吹き飛ぶ事態となった。 

 

 一方、この原稿の執筆時点では日本車メーカーの決算発表はまだこれからだが、各社かなりよい決算が予想されている。 

 

 2023年後半に発表になったものを見れば、予想外のHV需要の強さによってトヨタの業績は好調で、売上高も過去最高を更新し続けおり、2024年3月期第2四半期の決算では営業利益率が6.6%から11.8%へと大幅に増え、利益率の高さで有名なテスラを抜き返したことが話題となった。 

 

 全体としてこの「2023年の前半と後半におけるトレンドの変化」は大きな株価トレンドにも現れており、テスラ株は2023年7月の最高値から現在4割近くも下落している(しかも2023年後半からの米国株の歴史的上昇局面のなかで)。一方、トヨタ株は同時期からジリジリと25%ほどの上昇となっている。 

 

 

男女20歳以上~60歳以下自動車保有ユーザー2万2166人を対象に行った調査結果(画像:リブ・コンサルティング) 

 

 では、私たちはこの状況をどう考えるべきなのか。テスラの業績の停滞が日本車の明るい未来をそのまま暗示していると考えてよいのかというと、そう楽観できる話ではないのは確かだ。 

 

 テスラの株価は、2023年初頭頃までの圧倒的な市場期待が後退して落ち着いたが、他メーカーにはない成長を続けており、自動運転への投資や充電方法のデファクトスタンダードを取るなど、今後大きく化ける可能性がある。EV全体では、成長率は鈍化しているものの年率31%で成長しており、中国の比亜迪(BYD)など強力なライバルも存在する。 

 

 日本車メーカーがこうした挑戦に何らかの形で対処できなければ、非常にまずい状況に追い込まれることは明らかだ。 

 

 一方、ここからが重要なのだが、一部の“EV信者”が数年来主張してきたように、EVに全リソースを割かず、HVを含む多様な選択肢を残すという日本車メーカーの戦略は、少なくとも「現時点」では正しかったことが明らかになった。とかく「全否定合戦」になりがちな日本において、この 

 

・「現時点」では日本車メーカーの戦略は正しかったといえる 

・長期的には今が正念場であり、EVシフトに対してベストなタイミングでベストな打ち手を打っていけるかが命運を左右する 

 

という一見相反するように見える現象に対して、「どちらも当然正しい」という当たり前の視点を共有することから始めなければならないといえる。 

 

「先進事例が大好きで、それ以外は認めない」というEV信者の情報を取り入れることは非常に重要だが、それによって日本車メーカーの“勝ち筋”が損なわれるようなことがあってはならない。 

 

 そのためには、非常に高度なバランス感覚のかじ取りが必要だが、どうすれば実現できるのだろうか。筆者(倉本圭造、経営コンサルタント)は読者に、その方法を考えてもらいたいと思う。 

 

 本稿では、多様な視点からの情報共有基盤を構築するために必要な、ある種のコミュニケーションギャップを埋める方法について、次のような提案をしたい。 

 

 

2024年1月23日発表。主要11か国と北欧3か国の合計販売台数と電気自動車(BEV/PHV/FCV)およびHVシェアの推移(画像:マークラインズ) 

 

 著者は、EV信者と日本車メーカーとの間には、いくつかの典型的な“誤解のパターン”が横たわっており、理解し合えるはずのコミュニケーションが破綻しがちだと考えている。 

 

 ひとつは、EVの未来を信じている人たちが、EVに全振りする以外のアクションを、「天命としての流れに逆らう明確な裏切り行為」であるかのように理解する傾向があることだ。そこにはいくつか典型的なズレがある。 

 

 代表的なものとして、今後数年間のEV関連の動きの鈍さは、必ずしも日本車メーカーが電動化に消極的であることを示すものではない。コロナ禍以降、あるいはその数年前から、日本車メーカーの多くの幹部がEVの世界的な普及スピードを見誤っていたことは明らかであり、誰もそれを否定することはできない。 

 

 しかしその後、トヨタも社長を替えるなど、明確な方針転換を行った。しかし、車の開発には4~5年の歳月が必要であり、方針転換したからといってすぐに本領発揮のモデルをリリースできるわけではない。 

 

 粗製乱造の車を発売すれば、ブランド力が低下する恐れがあるし、ただ作るのと売ってもうかるように作るのでは、全くレベルの違う工夫が必要になる。 

 

 だからこそ、日本車メーカーが今後2~3年、「全力を傾倒したEV」を発表する可能性は低いが、それはEV開発に否定的だからではない。また、「エンジンのある車」の時代が1年でも延びれば日本車メーカーが圧倒的に有利になる以上、“EVアンチ”にリップサービスをするのは当然である。 

 

 しかし、それはビジネス上当然必要な振る舞いであり、実際の方針との間に大きな距離があるのは当然である。 

 

EVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 また、リーマンショックの際には世界中で自動車メーカーの破綻が相次ぎ、トヨタもその影響を受けた。このことからもわかるように、自動車製造業は損益分岐点の高い重厚長大産業であり、景気動向に左右されやすいビジネスである。もうひとつ考慮すべき点は、既存メーカーが自社のリスクヘッジを念頭に投資していることだ。 

 

 そういう体験がないBYDやテスラはある意味でブレーキなしで突っ走っているような状態であり、今後中国の不況が世界に波及するなどして何らかの大きなショックが起きたりすれば真っ先に苦境に陥ることになる。 

 

 年間生産台数が数百万台、数千万台という規模である以上、たった1台の不具合が企業存続に関わる問題に発展しかねないのも自動車製造の難しいところだ。 

 

 トヨタでさえ、毎年1000万台を生産し続ける生産体制を維持しながら不正をゼロにすることに苦心しているように、他社に比べて現場の事故防止対策が甘いことで話題になっているテスラも、今後生産台数を何倍にも増やしていくなかで、ある時点で何らかの重大な危機に直面することは、確実とまではいわないまでも、十分にあり得ることだ。 

 

 もちろん、そのようなリスクを取ることは、運よく無傷で乗り切ることができれば大成功であり、テスラやBYDはそのような賭けに出ることになるだろう。しかし、日本車メーカーはそうはいかず、古参なりの着実な投資で勝負し、勝ち抜いていかなければならない。こうした自動車製造業の難しさを理解した上で日本車メーカーを見れば、 

 

・直近でよいEVが出ない 

・積極的な大型投資の発表が少ない 

 

ことが“EVに否定的”という評価に直結しないことがわかるはずだ。 

 

 さまざまな論争を見ていると、このよくある誤解によってコミュニケーションが寸断され、伝わるべき情報が流れていないことが多い。日本車メーカーから見て「そんなことはとっくに考えた上で今の戦略になってるんだよ」みたいな話で盛り上がっていてもそこに「情報」は流れていかない。 

 

 

2024年1月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ) 

 

 一方、こうした典型的な誤解のパターンを理解した上で議論を進めれば、日本車メーカーの意図を理解した上で、見落としていた視点での議論をきちんと伝える基盤ができる。コミュニケーションギャップを乗り越えれば、EV推進派から日本車メーカーに伝え、考えを深めてもらわなければならない視点はいくつもあるはずだ。そこでの情報の流れは、徹底的に誤解のないスムーズなものでなければならない。 

 

 幸い、HVも混在する時代はしばらく続くだろうから、EVの本格普及は1年でも先送りするつもりで振る舞い、最後の最後までHVを売り続けてもうけるというのが、日本車メーカーにとっての最適解だろう。 

 

 マクロ的な市場視点と個別企業の経営は全く異なっており、テスラやBYDに次ぐ3番手以降になってEV販売で赤字を抱えるよりも、HV販売で圧倒的な首位に立った方がもうかるという現象はしばらく続く可能性が高い。 

 

 そこで得た資金を戦略的に投資し、適切なタイミングでテスラやBYDに負けないEVでの勝ち方を見つける必要がある。 

 

 テスラやBYDとガチンコでぶつかり合って疲弊した多くの欧米メーカーのようになるよりは 

 

・EV研究開発自体には大きな資金を投じつつ市場動向を窺っておき、 

・実ビジネスとしてはHVでもうけて体力を蓄えておき、 

・いざというタイミングになったらしばらくは多少逆ザヤになってもいいから徹底してEV市場に切り込んでいくような動き 

 

が、日本車メーカーからすれば最も成功確率の高いパターンだろう。 

 

 例えるなら、野球の盗塁と同じような戦略が必要であり、二塁を目指して走り始めるのに早すぎても遅すぎてもいけない。そのベストタイミングを狙い、それまでHVで最高益を出し続けて得た資金を戦略的に使うことが重要だ。 

 

EVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 さて、どうすればベストなタイミングで思い切りアクセルを踏むことができるのか。 

 

 江戸時代の日本は、明治の開国まで争いが絶えず、ささいなことで志士たちが殺し合うこともあった。そんな日本だが、一度方向性が決まれば圧倒的な結束力を発揮したように、「日本企業に必要なやり方」という合意形成が得られれば、時折大きな方針転換を行う可能性を秘めている。これは筆者の経営コンサルティングの仕事での経験だが、ごくたまにそういうことが起こるのを見たことがある。 

 

 しかし、そのような連鎖を起こすためには、日本の文化的コードにのっとって敬意を示せる振る舞いができる人材が必要であり、EV市場の最新動向に関する知識や視点といった情報を提供するだけで行動してもらえるほど、甘い世界ではない。 

 

 その程度の敬意もなく、情報だけで物事を動かそうとすれば、くだらない議論に明け暮れることになってしまう。 

 

 しかし、現在の日本には、EV関連の最新動向だけでなく、自動車ビジネス全般を深く理解し、自動車メーカー内部からも信頼されている分析家がいる。彼らがいわゆる“テスラ信者”とは一線を画しているのは、非常に幸運なことだ。 

 

 そうした人たちをハブとして、EV信者の見ている世界と自動車メーカーの地に足の着いた視点が切り離されることのない情報共有の地平を作っていくことが重要になるだろう。 

 

 戦略なき砲撃の誘惑を必死に抑え、敵を徹底的に引きつけて横腹にピタリと伏兵し、最適なタイミングで一切のちゅうちょなく集中砲火を浴びせる、そんな戦略がこれからの日本車メーカーには必要なのだ。 

 

 次回は、日本のSNSにまん延する「過剰なEVアンチ論調」にどう対処すべきか、という視点から、これからの自動車市場における“政治戦”の戦い方について考えてみたい。 

 

倉本圭造(経営コンサルタント) 

 

 

 
 

IMAGE