( 137196 )  2024/02/08 14:53:37  
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日本経済はかつてのように貿易黒字を稼ぐ構造ではなくなっており、好調な米国経済を背景に、日米の株高が続いている。

日本の株高を牽引しているのは円安とインフレである。

しかし、円安を原動力としたインフレは日本の実体経済をむしばんでおり、実際の経済成長は低調である。

日本経済はかつてのような貿易黒字構造ではなくなっており、外国人投資家の寄与もあり株価が上昇しているが、日本の経済では円安が実体経済にとってマイナスであり、長期的には問題がある。

(要約)

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日本経済はかつてのように貿易黒字を稼ぐ構造ではなくなっている(写真:AP/アフロ) 

 

 好調な米国経済を背景に、日米の株高が続いている。 

 その中でも、日本の株高を牽引しているのは円安とインフレだ。 

 円安を原動力としたインフレは日本の実体経済を確実にむしばむ。 

 (大崎 明子:ジャーナリスト) 

 

【著者作成グラフ】ソフトウェア投資における期初の計画と実績の差。各社とも投資を進めようとしているが、人手不足もあって実績が伸びていない 

 

■ 日本の株高は円安インフレによるもの 

 

 年明け以降、日米共に株価の上昇が続いている。 

 

 まず、米国経済の強さがある。2023年10~12月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率3.3%増と市場予想を上回った。一方でインフレ率はPCE(個人消費支出)コアで見て2%台で低下傾向だ。長期金利も下がってきて、このところは4%前後で安定している。 

 

 そのため、1月31日のFOMC(連邦公開市場委員会)ではFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が3月の利下げはないとしたものの、次は利下げという方向転換を明らかにした。目先は株式市場の堅調が続きそうだ。 

 

 もちろん、いつまでも株価が上昇を続けるという過度な期待は禁物だ。景気の先行きについては、「ソフトランディング」(軟着陸)ならぬ「ノーランディング」(無着陸)とまで言われだしたが、ノーランディングなのであれば、再びインフレが加速するだろう。 

 

 そうなれば、利下げの話は遠のくどころか、再び利上げの議論が出てくるかもしれない。 

 

 1月分の雇用統計はその可能性を感じさせるものだった。失業率は3.7%で上がらず、非農業部門雇用者数は前月比35.3万人に拡大。平均時給も上昇して労働需給が再び逼迫する兆しがある。 

 

 日本の株価上昇は外国人投資家に牽引されている。 

 

 その理由は、日本経済がデフレやディスインフレといった状態からインフレに転換して現預金の価値が下がっていく経済になったこと、円安によって外国人から見て日本株に投資しやすくなったこと、円安の進行で日本を代表するグローバル企業の株価が上昇しやすいことがある。 

 

 つまり、原動力は円安とインフレだ。中国が政治的・経済的理由から魅力的な投資対象ではなくなったという要因もある。 

 

 ただ、周知のとおり、新NISAの導入に応じた日本人の株式投資は、その多くがS&P500指数に連動するファンドや世界株式に投資するファンドに向かっており、対外投資のほうが多い。 

 

 投資家にとって、東京証券取引所による改革や関連する日本企業の取り組みへのプラスの評価などはまだ「期待」にすぎない。外国人投資家も期待外れだと思えば、ブームは長続きしないだろう。 

 

 

■ 1980年代の株高と現在の決定的な違い 

 

 市場はバブルの再来ともてはやしているが、1980年代とは決定的に違う点がある。 

 

 1985年のプラザ合意以降は円高が進んだ。当時は世界中の人々がトヨタの自動車やソニーのウォークマン、日本の電気製品を欲しがっていた。日本企業は輸出で巨額の貿易黒字を稼いでいたため、それを円に換えるため、つねに円高圧力が生じてきた。 

 

 今や、世界中の人が欲しがるのは米国のIT技術の進展やAI(人工知能)にまつわる高付加価値商品やサービスだ。だから、日本の国際収支の構造を見ると、貿易収支(財の輸出入)のみならず、サービス収支までいわゆるITへの支払いによって赤字になっている。旅行収支の黒字でも補えていない。 

 

 ちなみに、米国の株価もマグニフィセント7などと呼ばれる、ごく一部のIT関連企業が牽引しているのが実態だ。 

 

 かつての日本が円高に悩まされ、円安が望まれたのは、前述のように貿易収支で稼いでいたからだ。しかし、もはや企業の開発力は低下し、海外生産体制が構築され、一方でエネルギーや食料品を輸入に頼らざるを得ないため、基調として貿易赤字が定着し、構造的に円安圧力がかかっている。 

 

 そこへ、日本人の対外証券投資が続くと、ますますドル高円安が進む。他方、外国人投資家は日本株を買う際に、円安による損失を免れるため、為替ヘッジを行っており、そちらでも金利差で儲けている。円買いとはならない。つまり、株高の裏側でますますドル高円安は進むことになる。 

 

 ドル高円安への歯止めとしては米FRBが現在の利下げに転じ、日銀もマイナス金利政策を終了することで、日米金利差が縮まることが想定されている。しかし、米国の経済がこれほど強いと、前述のように、市場のコンセンサスとなっている年内3回もの利下げは実現しないのではないか。 

 

 一方、日銀については今年3~4月にマイナス金利政策を解除したとして、年内にできる政策金利の引き上げはせいぜい0.25%まで、というのがエコノミストの見方のようだ。5%近い短期金利差が存在し続けるなら、ドル高円安の基本構造は変わらないだろう。 

 

 

■ 賃上げも追いつかない円安起点の悪いインフレ 

 

 政府・日本銀行としては、円安インフレを起点に賃金の上昇も起き、「物価も賃金も上がる好循環になる」というのが望むシナリオだ。だから、日銀もインフレ率が2%を上回る状態が続いているにもかかわらず、マイナス金利政策からの脱却に慎重な姿勢を続けてきた。 

 

 株高の中で、報道でも最近は円安のデメリットがあまり言われなくなっているように感じる。しかし、今の日本の経済構造では円安は実体経済にはマイナスであり、長期的に日本経済の基盤をむしばむ。 

 

 日本の実体経済はふるわない。 

 

 2023年第1四半期は実質GDP成長率が前期比年率1.2%だったが、第2四半期は同0.9%、第3四半期はマイナス0.7%で、10~12月期も1%前後だったとみられる。2023年は脱コロナのペントアップ需要が期待された年であったにもかかわらず、IMFによる推計でも1.9%成長と弱い。 

 

 消費が脱コロナで回復したのも、2023年春のつかの間で、その後は低調だ。賃上げでも賃金の伸びは物価の上昇を下回り、実質所得は低迷を続けているからだ。 

 

 コロナ禍対策としての給付金で一時は増えた貯蓄も物価高で消えてしまった格好だ。インフレと値上げが実現したことで、確かに企業は賃上げに動き出したが、値上げによって家計から移転された分を一部戻しているにすぎない。企業の生産性が上昇しなければ、つねに物価上昇に賃上げが追いつかない状態になる。 

 

 持続的な賃金の上昇を実現するには、企業が研究開発や有形無形の設備投資に積極的に資金を投じて、生産性を上げることが必要だ。併せて、労働市場の流動化によって、より高付加価値を生み出す産業や企業に人がシフトしていくような労働市場改革も進めなければならない。 

 

■ 省力化投資の人材が不足している悪循環 

 

 日本経済の構造がデフレやディスインフレからインフレに変わることで、企業の投資意欲が高まったことは事実である。人手不足を解消するために省力化投資を進めようと必死だ。 

 

 ところが、高い計画に対し、足元では人手不足がネックになって、投資の実績が伸びていない。皮肉なことに、省力化投資をするための人手が不足している。 

 

 外国人労働者は増えてはいるが、円安と劣悪な労働環境で国際的に批判を受けているように、日本よりも貧しい国から来た人々を安い労賃で使い倒しているのが実態だ。 

 

 しかし、今求められているのはソフトウェア投資などの一定の高スキルが要求される投資だ。そうした投資を担う人材は不足しているにもかかわらず、円安のため賃金の安い日本には来ない。 

 

 少子高齢化の下で、女性や高齢者の活用も頭打ちになりつつある中、円高であれば外国から働きたい人が集まってくるが、円安の日本からはむしろ、日本の若者が高い賃金を求めて外国へ出稼ぎに行っている実態がある。円安は日本の最大の問題である人材不足も助長してしまっている。 

 

 円安で唯一、プラス効果があるのはインバウンド需要だろう。だが、円安を当て込んでくる観光客が増えることが望ましいのだろうか。本来は円高でも日本の歴史や文化にひきつけられてくる観光客の獲得を目指すべきだ。 

 

 最近は数頼みのオーバーツーリズムによって、ゴミなどの環境問題がよく指摘されるようになっているが、これも人手不足で悪化の一途をたどっているのが実態だ。 

 

 

■ 将来不安による株式投資が資金流出を促す皮肉 

 

 結局、インフレが需要の強さではなく円安を原動力としているだけなら、実質的な付加価値の増加がなく、一般国民は貧しくなる。そうした将来不安を感じるからこそ、防衛のために若者は株式投資に向かっているが、外国への資金流出で円安が進むと、物価がますます上がって家計を圧迫するという皮肉な結果になる。 

 

 日銀が長らく大規模な金融緩和を続けても、需要サイドを起点とする良いインフレは起こせなかった。2%目標は輸入物価を起点とする円安に伴う悪いインフレによって実現しつつある。 

 

 政府と日銀は補助金やバラマキでインフレの痛みをごまかすのではなく、日銀の金利政策を含めて、円安放置のデメリットを真剣に見直すべきだ。併せて、財政再建の道筋を示す必要もある。日本人が円預金を見捨て資金逃避を本格化させれば、財政危機と円暴落は現実のものになってしまう。 

 

 大崎 明子(おおさき・あきこ) 

早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。 

 

大崎 明子 

 

 

 
 

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