( 137958 ) 2024/02/10 23:26:30 0 00 社会的地位のある人が、なぜうっかり炎上してしまうのか(写真はイメージです) Photo:PIXTA
「私は圧倒的に松本さんの味方」「声を出せない時代となってしまいましたが、松本さんを支持する人の方が実際には多いはずです」「些細なことでいきり立つのはマジ止めにしませんか?」そんな内容のFacebook投稿が炎上した。投稿者は企業の会長。社会的地位のある人物がなぜうっかり炎上してしまうのか。「身内ノリSNS」の死角に迫る。(フリーライター 鎌田和歌)
● 企業の会長がFacebookで 「松本人志さま」を激励→炎上
著名人の性暴力疑惑が持ち上がると、ネット上では告発者への誹謗中傷が溢れる。昨年であればジャニーズ事務所、今年は松本人志氏やサッカー日本代表の伊東純也氏についての報道があった。それぞれを応援する人の中に、告発者に対して心ない言葉を吐きかける人がいるのは残念なことだ。
こういったコメントの多くは匿名であり、責任の追求が難しい匿名であるだけに、放置されることも多い。
しかし実名で、しかも社会的地位のある人の放言となれば別である。
今週SNS上で拡散したのは、広島に本社を置き、自動車販売を中心に様々な事業を手がける企業グループの会長、M氏のFacebook投稿だ。この一件はすでに一部のメディアで報道されているが、現在は本人の投稿が削除されているので、ここではあえて社名や実名を出さないことにする。
M氏は2023年末に同社の会長に就任しているが、炎上した投稿の中で現在は55歳であると綴っていた。
もちろん、誰にでもネット上で自分の意見を主張する自由はあるし、性暴力疑惑が持ち上がった際に、疑惑をかけられた側の肩を持ちたくなる人もいるだろう。それが一言二言程度であればほとんどの人は気に留めなかったかもしれないが、今回の場合はなんと3000字以上の長文だった。
M氏がFacebookに投稿した内容は、「松本人志さま」から始まる。「松本人志さま」「吉本興業さま」「テレビ局さま」「スポンサーさま」「弁護士そして裁判官さま」「一般国民さま」「芸人さま」「自分さま」にそれぞれ呼びかけており、その呼びかけの内容は、ざっと要約すれば、稀有な才能と偉業の持ち主である松本人志氏を守ろう、というものである。
すでに投稿が削除されているので引用は憚られるが、最低限の範囲で引いてみたい。
たとえば、「松本人志さま」では「私は圧倒的に松本さんの味方」「声を出せない時代となってしまいましたが、松本さんを支持する人の方が実際には多いはずです」「あなたが向き合うべきは文春でも一人の女性でもなく、お笑いを求めている人たちでは」とある。
裁判に集中するために表舞台から姿を消すのではなく、テレビが無理ならYouTubeではどうかと、「本当に好きな人だけが集まれる新たな配信チャンネルを私と立ち上げませんか?」と提案している。
● 「一般国民さま」に向けて 「些細なことでいきり立つのは止めて」
また、この件に関して松本氏を守らないように見える吉本興業やテレビ局、スポンサーの態度にM氏は不満があるようで、「ぎこちなさと冷たさを感じてしまいます」などと綴っている。
批判の多い部分は「一般国民さま」に向けて、「些細なことでいきり立つのはマジ止めにしませんか?」と訴える部分である。この直前に「この問題だけだは(原文ママ)ありません。オリンピックの開会式や閉会式もそう、伊藤純也選手もそう。小さいところでは森さんや麻生さん等の発言しかり」とある。
M氏は、森喜朗元首相や麻生太郎副総裁の失言や性暴力疑惑を「些細なこと」と捉えているように読める。森氏や麻生氏の発言がどれを指すのかは具体的には述べられていないが、森氏といえば東京五輪直前の「女性がたくさん入っている会議は時間かかる」、麻生氏と言えば最近の「(上川外務大臣への)おばさん」「そんなに美しい方とは言わないが」が思い当たる。
森氏の発言は国際的に報道され日本の女性差別を海外にも印象付ける形となってしまったし、麻生氏の発言については本人が撤回、岸田首相も苦言を呈した。また、疑惑の段階とはいえ性暴力問題は「些細なこと」ではないのは言うまでもない。
このような認識を企業のトップがネット上で全体公開してしまうのは、倫理的な問題もさることながら、リスクヘッジの面でいかがなものなのか。
さらに、「最近、小さいながらも似たようなことがウチの会社にもありました。その時私は絶対に社員をクビにするつもりは全くありませんでした。だって共に働いてきた社員じゃないですか」という記述もあった。
この部分をそのまま受け取るのであれば、松本氏の報道と似た問題が社内で持ち上がった際に、当該の社員に温情をかけた、というふうに読めてしまう。その影には、何らかの被害を受け泣き寝入りをした人がいたのではないか――。そんな詮索が可能な文章である。
松本氏や伊藤選手には批判の声も大きいが、一方で人気者であるだけに擁護の声も大きく、それぞれを告発した女性たちにも相当な覚悟があったであろうことは想像に難くない。しかし、M氏のような地位のある男性から見ると、男性側が一方的に叩かれ、これまで築き上げてきたものを簡単に奪われているように見えるのかもしれない。
自分たちの声が封じられ、なかなか本音も言えず苦しい思いをしている。そう感じているのかもしれない。
● 「安全地帯」であったはずの Facebookに潜んでいた死角
なぜ炎上投稿をしてしまうのか
Facebookの投稿は全体公開であっても、X(旧ツイッター)よりも拡散しづらく、身内感の強い「お友達」内のみに閲覧されることが多い。そのためXに比べて炎上が少なく、かなり極端な発言であっても、コメント欄が多少荒れる程度で、炎上にはなかなか至らない。
しかしM氏の投稿はスクリーンショットがXなど複数のSNSで拡散し、炎上につながることとなった。ご本人にしてみれば、まさかこれほどの人に閲覧されるとは思っていなかった、というところなのではないか。
この件で思い出したのは、少し古い話ではあるが2011年にあったネット上の炎上事件である。
このときも発端は性暴力の報道だった。大学生が起こした集団強姦事件について、同じ大学の学生が「別に悪いと思わないね」「女がわりー」などとツイートしたのだ。
これが批判されても学生は強気な態度での反論をやめず、ネット上に本人が公開していた内容から内定先などの個人情報が特定されるに至った。結果的に内定先と疑われた企業が、「この学生が入社しないことを確認している」という内容の発表をするほどの炎上となってしまった。
今から13年も前の出来事だ。当時よりも今の方が性暴力に関しての社会の目は厳しくなっているように感じるが、このような典型的な二次加害は繰り返されてしまう。
松本氏、伊藤選手の報道の後、「飲み会で○○が(松本氏や伊藤選手を)擁護していてショックだった」という話を耳にしたり、SNSで見かけたりすることがあった。○○には、友人や上司、同僚などが入る。
● 人気者が叩かれるのはおかしい? 価値観のアップデートが必要では
現代でも、特に男性が集まる場所では「男だけの会話」が盛り上がり、その中では「ハニトラ」といった言葉が易々と使われてしまうことがある。そして、そのノリをそのままネット上でも全体公開してしまう人が中にはいる、ということだろう。
M氏はおそらく、Facebookは身内ノリの安全地帯、という認識だったのではないだろうか。
その投稿を見ているのが同じノリの人だけならば問題にはならないが、そうではない人や、さらには全く知らない人にまで届いてしまうのがインターネットだ。
「ハニートラップかもしれないじゃん。サッカー負けたじゃん」は、飲み会では笑って済まされるかもしれないし、発言者が地位のある人物であれば咎めない人の方が多いだろう。しかしひとたび炎上して、多くの人の目に入れば、日頃は「勝ち組」であった人の方が痛い目を見る。
社会に出たばかりの新人が先輩ビジネスパーソンから言われがちなのが、「不平不満を言うよりまず自分のできることを」とか「人を変えようとするよりも、自分を変えよう」といった言葉である。
こういった言説に沿うのであれば、時代が変わって息苦しいと嘆くよりも、自分を時代に合わせて多少なりともアップデートした方が生きやすくなるのではないか。告発された人気者が叩かれる昨今の風潮がおかしいと感じる人には、そう伝えたい。
鎌田和歌
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