( 138433 )  2024/02/12 13:58:10  
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EVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 筆者(倉本圭造、経営コンサルタント)は前回の記事「「EV全振り」しない日本車メーカーは正しかった! しかし“EV信者”とのコミュニケーションは破綻寸前、今後どうするのか?」(2024年2月7日配信)で、 

 

【画像】えっ…! これがトヨタの「年収」です(計11枚) 

 

・2022年末頃に予測されていた、一気に電気自動車(EV)に置き換わるという見通しは、2023年後半から徐々に修正されている 

・つなぎとしてのハイブリッド車(HV)の重要性が見直され、EVに「全振り」しなかった日本車メーカーの戦略は、少なくとも直近では合理的である 

・しかし、超長期的にはEVシフトに取り組まなければならないことは明らかであり、短期的な日本企業の最適戦略とEV開発に後れを取らないためのキャッチアップの両方が重要である 

 

という話をした。 

 

 今回は、日本のSNSにまん延しがちな「EV否定論」にどう対処すべきかについて、自動車市場における競争を政治戦の観点から見直してみたい。 

 

トヨタは2月6日、2024年3月期の連結売上高予想を43兆円から43兆5000億円に、純利益を3兆9500億円から4兆5000億円に上方修正すると発表した(画像:トヨタ自動車) 

 

 前回も書いたように、少なくとも直近の日本車メーカーにとっては、EVに全振りするよりも、HVも含めた多様な選択肢を用意することが最適解である。 

 

 ただし、政治的な思惑も含まれており、販売台数の多い欧米や中国などの市場では、今後強力な規制の包囲網が狭まっていくこともある。従って、日本車メーカーは、現在遅れているEVの開発に努力しなければならない。 

 

 前回の末尾で詳述したように、各自動車メーカーの“消極姿勢”は、必然的にそう見えているにすぎない。数年前ならともかく、現在の日本車メーカーで一定以上出世した人なら、EV時代への対応を否定する人はほとんどいない。そうなると、日本のSNSや一部の自動車メーカー関係者に広がるEV否定論にどう対処するかが問題となる。 

 

 結論からいえば、少なくとも自動車メーカーの首脳部レベルで危機感が共有されている以上、EV否定論のようなものがある程度流布していることは 

 

「その状況ごと生かしていく」 

 

べきである。なぜなら、EV市場の主導権争いは、単なる市場競争ではなく政治戦になるからだ。 

 

 HV時代が1年でも延びれば有利な日本車メーカーは、世界中にいるEV否定論を消して回る必要はない。折に触れてリップサービスし、エンジン車を愛する同志との絆を温めておけば、 

 

「残存者利益戦略」 

 

という点で非常に重要な意味を持つ。 

 

 一方で、EVの潮流に乗り遅れると考える論者は、政治戦のためのリップサービスとは異なる自動車メーカーの戦略を理解した上でコミュニケーションを図りながら、適切なタイミングでEV時代への転換をきちんと図ることが重要だ。 

 

 こうした発想はズルいのだろうか。 

 

 しかし、日本車が欧米市場で存在感を高めてきた歴史は、こうした偏見レベルの民衆感情に正面から取り組むことで信頼を獲得してきたという事実を忘れてはならない。これもビジネスの重要な要素である。 

 

 さらに重要なことは、日本の政治戦の戦い方だ。それは、誠実さという日本的価値観が、 

 

「敵は二酸化炭素であってガソリンエンジンではない」 

 

という意味において現れたものである。このように考えていくことが大事なのだ。 

 

 

ホワイトハウス(画像:写真AC) 

 

 全方位の選択肢を残すトヨタが、直近ではHVを売りまくって、二酸化炭素排出量削減に大きく貢献しているにもかかわらず、EV原理主義の立場から一方的な批判にさらされている。 

 

 しかし、唯一の選択肢以外は認めないという態度をとり続ければ、経済的、政治的、その他の事情でその唯一の選択肢をとることができない状況に陥ったとき、気候変動対策の必要性を否定し始めることにならないだろうか。 

 

 HVの復権に関する海外メディア・ビジネスインサイダーの記事「アメリカの消費者はEVよりもハイブリッド車を求めている」に、あるアナリストの次のような印象的な発言があった。 

 

「(関係者は)HVのメリットや、将来的によりクリーンな環境にするためのギャップをいかにして埋めるのかについてはちゃんとした議論を避けていたようだ。それに関してホンダとトヨタ以外、みんな何を考えていたのだろうか」 

 

 EVへの移行を唯一の正義として、それに同調しない人を悪として押し込めば押し込むほど、最初の段階では「彼らは悪」「私たちは善」を分ける特権意識で熱狂を得られるかもしれないが、そこから先は世界の半分がどんどん敵になっていく。 

 

 そして、気候変動対策はインテリがでっち上げた陰謀だと強く信じている人たちが世界に何億人もいれば、気候変動対策を円滑に実施するのはさらに難しくなる。だからこそ、対立者をディスらない姿勢で 

 

「確かに、エンジン車は魅力的ですよね。私も大好きです。でも、これからはエコも大事ですし、HVから始めてみてはどうですか。停止状態からの加速はEVのよさを存分に味わえますし、なかなか悪くないって感じになりますよ。気に入ったら、ぜひ純粋なEVに試乗してみてください」 

 

という態度をとり続けるプレーヤーがいることは、人類全体のレベルで気候変動対策を本当に実行したいのであれば、むしろ非常に重要である。 

 

倉本圭造『日本人のための議論と対話の教科書』(画像:ワニブックス) 

 

 私事で恐縮だが、先月1週間、米国からのお客さんを温泉、ラーメン店、ジブリパークに案内する機会があり、そこで最近の米国の政治的分断について直接話を聞いた。 

 

 特に、根っからのリベラル派だった知人の米国人男性(私と同年代)がトランプ支持者になった過程を詳しく聞いていたら、支持者になる直前、 

 

「『正しくない存在』に対する米国型リベラルのあまりに軽蔑的な態度」 

 

が火に油を注いだことは間違いないようだ。 

 

 もちろん、理想を社会に根付かせるためには、そうした非妥協的な態度がある程度必要なのは理解している。だからこそ、フェーズによって異なるコミュニケーションのスタイルが必要になるのだ。 

 

 拙著『日本人のための議論と対話の教科書』(ワニブックス)でも使っている図のように、誰もが問題を否定している段階では、問題解決の必要性を衆知する前に、徹底して妥協しないことが必要だ(「滑走路段階」)。 

 

 一方、解決策の必要性が徐々に世間に知られるようになった段階(「飛行段階」)になると、今度は異なる意見を持つ人たちを包摂することが重要になる。 

 

 世界の人口の半分にそっぽを向かれないためにも、多様な選択肢を提供し、それぞれの経済状況や政治環境に応じて購入者が選択できる日本車メーカーのスタイルは見直されるべきだろう。 

 

 これからのEV市場をめぐる政治戦において、日本車メーカーが取るべき重要な戦略は、 

 

「誰かをディスらない先進性」 

 

というブランディングだろう。 

 

 

HVのイメージ(画像:写真AC) 

 

 そしてこれは、国全体が米国と対立している中国の自動車メーカーが、米国市場で大きなハンディキャップを背負っていることと同じである。 

 

 日本が米国の価値観とある程度共存することを選んだからこそ、自国の産業を保護するという現在の米国の政策のなかに、なんとか居場所を見つけることができるのだ。そのようなコミュニケーションは可能なはずだ。 

 

 米国には、一方の極に集中し過ぎると、必ずその反対の極が全力で台頭してくるという非常に厳密なシステムがある。 

 

「EV以外は悪」とたきつけても、多くの人にとって手頃で使いやすい選択肢は用意されない。また、人々のノスタルジックな感情を否定し続けるようなムーブメントが続けば、必ず逆風が起こるだろう。日本車メーカーは、それに乗じてEVをたたいてはならない。それはまた別の極に乗ることを意味するからだ。 

 

 日本車メーカーはどちらの極にも乗らず、それぞれを否定したり、論破したり、ディスったりもしないてはいけない。自分たちが信じる 

 

「敵は二酸化炭素であってガソリンエンジンではない」 

 

という道をただ歩み続ければ、真実に対する無言の態度が消去法的にフレームアップされるときが必ず来る。 

 

というのも、2023年のHV関連の市場評価の見直しのように、日本車メーカーが黙って数字を積み重ね、それが実績となれば、米国はいくらでも手のひらを返す国民性だからだ。 

 

 繰り返すが、日本車メーカーはEVのキャッチアップに全力を尽くす必要がある。一時的な熱狂から離れても、決しておごらず、必要なことを続けていかなければならない。 

 

 今回書いたような、対立者をディスらないブランディングの可能性を切り開くことが、真っ二つになっていく人間社会のなかで、日本発の新しい理想形になっていくだろう。 

 

 4年に1度、世界を混乱に陥れる米国大統領選挙を虚心坦懐(たんかい)に見るならば、周囲の「意識高い系」が語っていることが世界全体の意見である、と考える愚かさを超えて、希望について語る新しい方法を見つけなければならない。 

 

「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」(宮沢賢治)――。このアプローチを身をもって示すことが、今後の日本におけるブランディングの勝ち筋となるだろう。 

 

倉本圭造(経営コンサルタント) 

 

 

 
 

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