( 138778 )  2024/02/13 14:30:17  
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バーガーキングの「増やそう」施策が面白い 

 

 ユニークな取り組みがたくさんある中で、そのうちの1つを簡単に紹介しよう。話は4年前にさかのぼる。2020年1月、マクドナルド秋葉原昭和通り店の閉店を受けて、近くにあったバーガーキングの店が「22年間たくさんのハッピーをありがとう」という垂れ幕を掲げた。しかし、一番左側の文字を「縦読み」すると「私たちの勝チ」という言葉が浮かび上がる――。 

 

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 SNSで「マクドナルドをイジる戦略」がたびたび盛り上がっているが、このようなエピソードを紹介すると「ふざけたことばかりしているのね。目立ちたがり屋かいな?」などと思われたかもしれない。もちろん本業にもチカラを入れていて、個人的に気になっているのは店舗数だ。 

 

 19年5月に99店舗のうち22店舗が閉鎖したものの、そこから反転攻勢に。20年に100店を超え、そこからわずか3年ほどで200店に拡大したのだ。当時、店がどんどん増えている背景を取材していたときに、同社の野村一裕社長は「ちょっととんがった企画を考えていますので、楽しみにしてください」と話していた。その内容をようやく発表したのだ。空き物件の情報を募集する「バーガーキングを増やそう」キャンペーン(2月5日~3月25日)である。 

 

 「バーガーキングを増やそう」の内容は、お客からバーガーキングの店舗にふさわしい物件を集めるというもの。その物件に店の看板がかかれば10万円を贈呈して、不合格になってもクーポンは提供する。 

 

 1月19日、X(旧Twitter)に投稿したところ、リポストは1.1万、いいねは1.3万ほどついた。「天才的な企画。低コストで開発とマーケティングが進む……これ思いついたとき脳汁すごかっただろうな」「こういった観点が持てる人がビジネスに強いんだろうな、話を聞いてすげえなと思った」といったコメントがあったほか、「〇〇に出店してほしい」「〇〇の物件が空いている。どうか?」などの情報もたくさんあったのだ。 

 

 で、キャンペーン当日、どのような反響があったのか。2月5日午後1時に、同社のWebサイトで受け付けたところ、6日午前11時現在で2万件を超える応募があったという。1時間で4000件を突破し、サーバに負荷がかかるほど。「期間内に数千件集まればいいかなと思っていましたが、想定以上の数字にびっくりしました」(同社の担当者)と振り返っていた。 

 

 

 そもそも、なぜこのような企画を始めたのか。先ほど紹介したように、バーガーキングは19年5月に不採算店を閉鎖していった。「あっちの店も、こっちの店も」といった具合にどんどん店を畳んでいては、未来の姿が描けなくなる。会社は「店をどんどん増やしていくぞー」と号令をかけ、28年末までに600店舗の目標を掲げたのだ。 

 

 ショッピングモールや駅前などに店を増やしていって、2月5日時点で、店舗数は215店に。店舗の担当者は、あっちにいい物件があれば足を運び、こっちにいい情報があれば話を聞いて。こうして急ピッチで店を増やしてきたものの、「このままのペースだと目標を達成することは難しい。アイデアを考えて、店を増やせないか」ということで、キャンペーン実施に踏み切ったのだ。ちなみに、企画を考えたのは野村社長である。 

 

 この施策を思いついたのは、23年7月のこと。年内での出店を考えると、8月末までに情報を集めなければいけない。というわけで、当初キャンペーンは8月中に実施することを考えていたが、他の業務に追われていたこともあってのびのびに。ただ、後回しにしても、時は過ぎていく。時は過ぎても、目標の数字は変わらない。温めていた企画を実現するために、12月中旬ごろから準備を整えて、1月に入ってからSNSに投稿といった流れである。 

 

 キャンペーンの内容を受けて、ネット上で「この企画を考えた人は天才」といったコメントがあったが、個人的に「うまいなあ」と感じたポイントが2つある。 

 

 1つめは、マーケティング調査ができること。寄せられた情報を確認すると、多くの人が「富山県〇〇市に出店して」「高知県〇〇町にぜひ」などと書いていたら、それをどう読み解けばいいのか。そのエリアに潜在的なファンがたくさんいる、といった仮説を立てられるのだ。 

 

 これまで「ココに出店しても、お客はそれほど来ないだろうなあ」と思い込んでいたところでも、気付きを与えてくれるかもしれない。「え、期待している人がたくさんいるの? であれば出店を前向きに考えてみよう」と。 

 

 バーガーキングはフランチャイズ(FC)の店が多く、オーナーは出店するかどうかを決めるにあたって情報をきちんと読み込む。商圏にどのくらいの人が住んでいるのか、店の前をどのくらいの人が歩いているのか、など。こうしたデータに目を通すわけだが、潜在的なファンがどのくらいいるのかといった数を知ることは難しい。しかも、このキャンペーンの場合、情報が増えれば増えるほど、リスクの少ないエリアをあぶり出せるのだ。 

 

 

 2つめは、コストである。日本政策金融公庫の新規開業実態調査(2023年度)によると、飲食店の開業費用の平均値は1027万円で、中央値は550万円という結果に。物件を取得する際に必要な資金は、一般的に開業費用の20%ほどと言われている。となると、そこそこのお金を用意しなければいけない。 

 

 バーガーキングの場合、出店にどのくらいの費用をかけているのか。具体的な数字は非公開だが、「店舗の面積が狭いこともあって、平均よりは低い」(野村社長)そうだ。それでも、物件を取得するにあたって、数百万円はかかる。 

 

 この話をすると、人事の仕事をしている人は「ピーン」ときたかもしれない。「社員紹介制度」である。会社が従業員に対して、「ウチの会社で働きたいという人はいませんか? 紹介してくれたら寿司か焼肉をごちそうしますよ。採用が決まれば、10万円を差し上げますので」といった内容の制度である。 

 

 景気回復や人口減少などの影響を受け、多くの会社で採用難が続いている。自社の採用ページに情報を公開しても、たくさんの人が応募してくれるとは限らない。とはいえ、人材紹介会社に依頼すれば、1人当たり数百万円はかかる。 

 

 採用コストを抑えるために、従業員に「誰か紹介してよ。もちろん、謝礼は支払うから」といった企業が増えているようだ。この話を野村社長にしたところ、「企画を考えるにあたって、『社員紹介制度』を参考にしましたね」と語っていた。 

 

 話がちょっとそれてしまうが、情報がたくさん集まった理由として、「物件ご紹介フォーム」の記載項目も影響しているのではないかと思っている。気になったのは、応募にあたって投稿者の本名を記載しなくてもいいことだ(ペンネームでOK)。サイトに情報を提供するのは、手間がかかる。だが、たくさんの人に書き込んでほしい。 

 

 こうしたジレンマを抱える中で、入力フォームを作成するにあたって、次のような議論を重ねた。本名は必要なのか、住所はいるのかな→いらないよね→必要になればお聞きするのはどうかな→それでいいよね、と。こうした流れで、簡素化した入力フォームが完成。プライベートの情報を記載しなくてもいい気軽さが、応募数の多さにつながったのかもしれない。 

 

 

 「バーガーキングを増やそう」施策を始めたところ、たくさんの情報が集まっているわけだが、まだ物件が決まったわけではない。担当者は情報を精査し、ふるいにかけていかなければいけない。というわけで、これからが「本番」である。 

 

 野村社長もそのことはよく理解していて「千三つ」の言葉を口にした。1000の情報が集まっても、話がまとまるのは3つくらいという意味の慣用句だ。それでも、仮に「千三つ」のペースで出店場所が決まれば……とんでもない数になりそうである。 

 

 同社は次々にユニークな試みを打ち出しているが、第2、第3の矢も考えているようだ。ちらっと教えていただけませんかと聞いたところ、野村社長はニヤっとして「いまはまだ言えません。楽しみにしてください」とのこと。 

 

 バーガーキングの主力商品「ワッパー」の意味は、英語で「とてつもなく大きい」である。次の企画も、そんな話なのかもしれない。 

 

(土肥義則) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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