( 140473 )  2024/02/18 13:44:41  
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物価高騰などでラーメン店の廃業が相次ぐ中、「1000円の壁」が取り沙汰されるようになった(写真はイメージです) Photo:PIXTA 

 

 安い、うまい、腹がふくれる。それに加えて、店はどこにでもある。だからこそラーメンは一般庶民から愛されてやまない。しかし物価高騰の波はここへも押し寄せ、ついにラーメンの価格帯が1000円を超えるか否かの時代に突入した。消費者たちはこの事態を、どのように受け止めているのか、またどう向き合っていくべきなのか。(フリーライター 武藤弘樹) 

 

● 安い、うまい、庶民の味方 ラーメン店の倒産・休廃業が過去最高に 

 

 ラーメンの値段に関して、今改めて注目が集まっている。東京商工リサーチが行った調査で、2023年のラーメン店の倒産が45件、休廃業が29件となり、過去(15年間のうち)最多を更新した。 

 

 同レポートはその主な原因として「コロナ禍中にあったゼロゼロ融資などの飲食業に対する手厚い保障が今はなくなったものの、客足はコロナ禍以前に戻らなかった。加えて最近の物価高と人件費上昇などのコストアップで資金繰りが厳しくなった」といったことを挙げている。 

 

 【参考】 

https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1198316_1527.html 

 

 こうした状況なので、ラーメン店は値付けの再考を迫られていて、「1000円の壁」が値上げするしないに関わらず、どのラーメン店でも意識されるようになったようである。1000円を超えると客は「高い」と感じて離れていってしまうのではないか、しかし経営を成り立たせるためには1000円以上の値付けが必要なのではないか――。 

 

 「1000円の壁」に対するラーメン店の考え方や対応は様々であり、そこには経営戦略を超えた店主の「ラーメン哲学」が強く現れていて興味深い。 

 

 これについてはいくつかの代表的なパターンを紹介するとして、「1000円の壁」を前にして新たなスタンスの決定を迫られているのは消費者も同様である。かつて1000円以下で食べることができたソウルフードたる日本のラーメン、その値段が、ちょっといいランチ程度の価格帯に突入しようとしているのである。消費者動向のアンケートを参考に、消費者が「1000円の壁」にどう向き合っていくのかを見てみたい。 

 

 

● 「1000円の壁」に直面 店側の様々な向き合い方 

 

 さて、「1000円の壁」に対して、ラーメン店の取りうる構えは大まかに「値上げするか、しないか、閉店するか」の3択であり、そこに至るまでの思考と方法のアプローチが様々にある。 

 

 値上げをしない値段据え置き派ラーメン店の店主は、たとえば「ラーメンは安くありたい」「お客様に気軽なソウルフードとして提供したい」「お客さんに寄り添い低価格を実現するのが現在の至上であり、それによって評価が上がれば人気店となって、薄利でもより多売が可能で、利益アップも見込める」といった、哲学や経営戦略を持っている。 

 

 しかし、現実問題としてコストはいやがおうにも上がってきているので、コストカットでこの場をしのぎたいのが本音だ。ガスを節約して調理したり、スープ、麺、トッピングなどの量を減らしたり、安い代替品にしたりする店もある。そして、店主自身が低賃金長時間労働を果たすことでコストカットを達成しようする店もある。 

 

 値段据え置きでいくために、なんとかして経営努力でこの事態に立ち向かおうという構えだが、「経営努力だけではやがて立ち行かなくなり、値上げせざるを得ないだろう」という展望、覚悟も「値段据え置き派」の多くは有しているようである。 

 

 小さい店・企業ほど「1杯のコスト高」の煽りを受ける。それゆえ、長年続いた人気の個人店であっても、仮に1000円超えの値上げをしたときの客離れを懸念して、閉店の決断をすることがある。また、客離れへの懸念だけでなく、そこに「1000円を超えたラーメンは提供したくない」というこだわりも加わって、店主が閉店を選択するケースもある。 

 

 一方、値上げに踏み切ったケースでは、コスト高の中、他店にならって自然に値上げした店もあれば、値上げに伴って1杯にかかるコストを上げ、クオリティの向上を試みる店もある。 

 

 ただし、何しろ「1000円の壁」という具体的な、業界で意識されている概念があるので、1000円を越える価格設定をする際には、その一線を超えていくことに皆一様に自覚的である。その一線を越えるために、先に述べた通り1杯のクオリティを上げたり、「適正価格がない」とよく言われるラーメン界で自らがプライスリーダーになろうと、決意を新たにしたりする。 

 

 

 1000円超えの値付けをしたラーメン店では、利益をさらに商品や人的資源、設備に投資して、サービスの充実が図られている。1000円を超えたことで客層が変わり、結果的に客数が増え、利益アップにつながった店もあるそうだ。 

 

 ちなみに、かつて筆者がよく行っていたラーメン店は500円ちょっとで本格的な家系ラーメンを食べることができて、しかもライスが無料だったので、大変重宝していた。しかし、店主の態度が常軌を逸して悪く、行くたびに必ず嫌な気分にさせられるのでやがて足が向かなくなってしまったのだが、口コミサイトでその後の動向をうかがってみると、相変わらず店主の陰湿で攻撃的な接客態度が猛威を振るっているようで、静かに怒り狂っているお客が後を絶たない。 

 

 しかし、値段はこのご時世にあっても据え置きのままであり、このラーメン店のように「接客の質は意地でも向上させないが、その代わりラーメンも安いまま」という、妙な形で筋を通している珍しいケースもある。 

 

● ラーメンファンは 「1000円の壁」を許容できるか 

 

 消費者の感覚として「1000円の壁」はどうか。昨年行われたあるインターネット調査によると、「1,000円を超えるラーメンには、とても手が出ない」という質問に対し、「はい:72.0%」「いいえ:28.0%」となった。 

 

 【参考】 

https://www.moratame.net/wp/robamimi/202302_112/ 

 

 実に7割の人が「1000円の壁」を前にして、尻込みしているのがわかる。 

 

 この「ラーメンは安くあるべき」という、一昔前から続く当たり前だった庶民感覚が、ラーメン店が「1000円の壁」を越すための障壁となっていて、それによってラーメン店の経営が苦境に追い込まれがち――といった指摘をしていた専門家もいる。 

 

 サッカーの本田圭佑選手が、「あの美味さで730円は安すぎる。もうちょっと値上げするべき」といった旨のポストをX(旧ツイッター)で行い、これがきっかけでラーメンの価格設定についての議論が一層盛んになった。 

 

 

 ただ、「1000円の壁の崩壊はすでに成った」との見立てもあり、これによって一杯の質の向上や、ラーメンの価格帯の三極化(低価格、1000円前後、1500円以上)の可能性も指摘されている。 

 

 筆者自身、ラーメンは安くあってほしいという感覚があるから、1000円を超す会計になると少しビックリしてしまうことが多かった。 

 

● ビジネスモデルが異なる 「高級ラーメン」の新ジャンルも 

 

 しかし徐々に、1000円を超えるラーメン屋はもはや当たり前になったと言っていいほど増えてきていると感じ、そのためラーメン屋に行く機会はかなり減ったが、月に2回ほどのその機会において会計はしっかり1000円を超すし、それに納得できる満足感を得てもいる。そして、似た感想を抱いてラーメン屋に向き合っているご同輩も多いようである。 

 

 我々庶民の感覚は言うまでもなく個人の自由であり、ラーメンが高いと感じるなら食べに行く必要はまったくないし、誰かに何か言われたからといって「ラーメンは安く(1000円以下で)あってほしい」という感覚を修正する必要もまったくない。 

 

 ただし、現在では「以前のように1000円以下でどんなラーメンでも食べられる」という考えが通用しにくくなってきているのも、また事実である。 

 

 1会計ひとり2000円を越すような「高級ラーメン」と称すべきジャンルも最近増えてきている。従来のラーメン店では「客の回転数を上げて薄利多売」が常識であったが、高級ラーメン店ではお客が1時間かけて1食をじっくり味わうなど、ビジネスモデルからして違う。 

 

 つまりは、ラーメンのあり方が多様になってきているということである。これからのラーメンは価格設定がそばや寿司のように幅広くなって、その中で1000円を越す、「ちょっとご褒美感ある1食」というあり方が特別でなくなっていくであろうことは、ある程度覚悟しておいた方が、社会と個人の感覚の間に生ずる軋轢を減らす意味においてはよさそうである。 

 

武藤弘樹 

 

 

 
 

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