( 140523 )  2024/02/18 14:30:43  
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高濃度が検出された三井水源地(画像:諸永裕司) 

 

 2023年7月、日本で規制されている化学物質であるPFASが、岐阜県南部に位置する各務原市の飲料水から高濃度で検出された。PFASは有機フッ素化合物の総称で、代表的なものにPFOSとPFOAがある。分解・蓄積されにくく、なかなかなくならないことから「永遠の化学物質」と呼ばれている。その種類は1万種類以上あるとされている。 

 

【画像】えっ…! これが水質調査の「結果」です(計9枚) 

 

 汚染源ではないかと疑われたのは、市内にある航空自衛隊の岐阜基地だった。「航空自衛隊が封印した岐阜基地「PFAS汚染」 原因は航空機事故で使われる泡消火剤か」(2024年2月12日配信)に続く記事。なお文中の「ng(ナノグラム)」は、10億分の1gを意味する。 

 

※ ※ ※ 

 

 発がん性が指摘される有機フッ素化合物のPFOSとPFOAが飲み水から高濃度で検出された岐阜県各務原市。汚染はどこまで、どのように広がっているのか――。 

 

 各務原市は2023年8月、高濃度が検出された三井水源地から半径500mにある井戸を調べたところ、44か所のうち13か所で国の定める目標値(PFOSとPFOAの合計で50ng)を超えていた。その大半は 

 

「航空自衛隊・岐阜基地のすぐ西側」 

 

にあり、最大で450ngだった。一帯の地下水は基地のある東から、水源地のある西へと流れている。 

 

 岐阜基地には、研究開発の要であり、航空自衛隊で唯一となる飛行開発実験団のほか、航空管制や飛行管理業務を担う岐阜管制隊、航空機部品の保管および航空機を運用するために必要な物品を提供する第2補給処などがある。また、航空機事故による火災に対応するため、PFOSを含んだ泡消火剤も備えていた。 

 

 市はさらに、市内全域の95か所で水質調査を行うことにした。基地内にある2か所の井戸(専用水道)も対象となった。その結果、5か所で目標値を超えていた。また、基地内の井戸は33ngと38ngで、このときは目標値を下回っていた。 

 

 

濃度等高線図(画像:諸永裕司) 

 

 検査結果が発表される前日の9月27日、岐阜基地で渉外を担当する基地対策専門官は、市環境室長にこんなメールを送っていた。 

 

<濃度等高線の地図については、公表を見送るという話をお聞きしました> 

 

市は水質調査の結果を濃度ごとの等高線で示した地図にまとめていた。 

 

・30~50ng 

・51~100ng 

・101~150ng 

・151ng以上 

 

の4段階に分け、濃度分布から基地が汚染源だとうかがわせるものだ。公表されると基地に疑惑の目が向けられるためか、基地側は神経を尖らせていた。このため、 

 

<三井水源から500m以内の井戸の調査に関し、地図上に濃度を記載した地図を作成される予定はありますでしょうか。また、あればいただくことはできないでしょうか> 

 

などと、見せてもらえないかと再三、市側に求めていたものだった。 

 

 だが、基地対策官のメールにあるように、濃度等高線図は最終的には公表を見送られることになった。その背景について、関係者はこう打ち明ける。 

 

「地図はすでに作成されていたのですが、岐阜県知事から各務原市長に、公開しないよう求める連絡が入ったため、公表できなくなったのです」 

 

 各務原市に地図を公開しないよう求めたのかについて、岐阜県は 

 

「その後も追加調査の予定があり、調査完了後にすべてのデータを整理して対応してはどうかと意見を伝えた」 

 

と回答した。いずれにしても、各務原市が作成した濃度等高線図はお蔵入りとなった。 

 

岐阜県のウェブサイトに記載された古田肇知事の略歴(画像:岐阜県) 

 

 それだけではない。市は汚染源を特定しようとする動きを防衛省からも封じられていた。2023年9月、岐阜県の古田肇知事は、 

 

「必要があれば市と連携し、国に対する基地内での土壌調査の要請についても検討する」 

と県議会で答弁した。 

 

 それから約3週間がすぎた10月23日、知事発言の意図について、岐阜基地を管轄する防衛省東海防衛支局は、岐阜県の担当者から聞いたとする内容を各務原市にメールで伝えている。 

 

<知事発言は(略)最終的には土壌調査までも見据えるというニュアンス 

 土壌調査について、県において検討段階にもなく白紙> 

 

知事はすぐに調査を要請するわけではない、と東海防衛支局は説明した。その翌日、今度は市の意向をたずねた。 

 

<「井戸調査が終了した段階で、次の調査(土壌調査or原因地特定のための調査)に移る」とお聞きしていましたが、市として(略)地質調査は既定路線という認識でよろしいでしょうか?> 

 

市の環境室長はメールを返す。 

 

<原因場所(略)周辺の土壌調査をすることによって汚染土壌を特定し、汚染土壌を除去することによって地下水汚染が解消できる、といったイメージをお持ちの方が少なからずおみえになることは間違いありません> 

 

そのうえで、東海防衛支局が関心を寄せる土壌調査については、サンプリング技法が確立されていないとしながらも、防衛省への要望書を作成中であると伝えた。 

 

<調整中の「要望書」案では、土壌調査の実施に対する要望も入れるか、現在検討中です。従いまして、現在のところ「既定路線」とはなっていないものの、暗黙の共通認識となりつつある> 

 

 

防衛省東海防衛支局のウェブサイト(画像:防衛省東海防衛支局) 

 

 翌10月25日17時27分、市の環境政策課は要望書の原案を東海防衛支局に添付ファイルで送った。1時間半後、施設企画課長補佐から返信のメールが届く。 

 

<要望書の「1.基地内調査等について」の「土壌」の語句について修正・削除することは可能でしょうか> 

 

理由として、3点を挙げていた。 

 

<・基地への土壌調査をすることにより、値の検出された周辺の民間の土壌調査も実施する必要 

・土壌調査の評価基準が定まっていない中、落としどころが不確定(値が0になるまで何百mも掘るのか、土壌の入れ替えを含めて費用はどこが負担するのか等) 

 ・省としても回答困難(現時点でPFOS等の検出と自衛隊との因果関係について確たることを申し上げるのは困難)> 

 

 1について、仮に基地周辺の調査をする必要性があるとしても、市が基地内の土壌調査をすべきでない理由にはならないだろう。そもそも、市が行う調査のあり方を決めようとするのは 

 

「越権行為」 

 

ともいえる。 

 

 2について、「落としどころが決まっていない」ことは、基地側が土壌調査をしたくない理由にはなっても、市の調査を止める理由にはならないだろう。地下水汚染との関連をみきわめるのに「何百m」も調べる必要はない。汚染対策の費用は 

 

「汚染者負担の原則」 

 

に従って払われるものだ。 

 

 そして3については、論外だろう。まさに因果関係がわからないからこそ調べるのだ。 

 

「土壌」という文字を横線で消した文書(画像:諸永裕司) 

 

 市が作成した要望書の原案は次のようなものだった。 

 

<有機フッ素化合物(PFOS・PFOA)については、科学的な検証等はその途上であり、土壌に排出されてから地下水に移行する期間等も明らかではなく、明確にその原因を特定することは困難なものと考えております。しかしながら、当該物質を効果的に除去および低減するためには、地下水以外の公共水域や土壌等にもその調査範囲を広げ、その残留状況を把握することも肝要であると考えています。 

 

これらを踏まえ、貴省による基地内土壌調査の実施等、市民の不安払拭や民生安定等のための様々な対策をとっていただくことを切に要望します> 

 

 原案を受け取った翌10月26日、東海防衛支局の企画係長は念押しするように「修正案」を市に送っている。「今後の当市の取り組みと連携し」という表現を挿入するとともに、文面にある「土壌調査」のうち「土壌」という文字を横線で消したものだった。 

 

 要望書は8月に素案が作られ、調整を重ねて11月にも防衛省に提出されるはずだった。要望書についての市の決裁文書は、区分が「市長決裁」で、宛先は「防衛大臣 木原稔」、その下に市長、副市長以下、水道部を含めた計21人の決裁印が押されている。日付は「令和5.10.25」と手書きされていたが、要望書はいまも出されていない。 

 

 関係者によると、要望書の提出には、岐阜県知事も難色を示したという。岐阜県の古田知事は 

 

「その後も追加調査を予定しており、調査完了後に必要なすべての要望事項をまとめて提出するほうが適当ではないか、との意見を伝えた」 

 

としている。 

 

 

決裁文書(画像:諸永裕司) 

 

 ところで、この幻の要望書には、基地内の土壌調査と並んで、財政支援の項目も盛り込まれていた。 

 

<非常に多額の支出が必要であり、独立採算を原則とする上水道事業においては、それらの経費は市民の皆様から徴収する水道料金に影響することが考えられます。 

この度の事案は、燃料費の高騰などの通常の経済変動によるものではないことから、この多額の対策経費を市民の負担に転嫁することは、到底理解が得られるものではありません。 

 

しかし、土壌調査を行えなければ、汚染源は特定できず、汚染者負担による賠償も得られない。水質浄化のための費用負担は市にのしかかったままだ。基地内に汚染された土壌があれば、除去されない限り地下水の汚染も続くとみられる> 

 

 しかし、各務原市によると、第2期工事の概要が定まっていないことなどを理由に、防衛省によるPFAS汚染に対する新たな予算措置は決まっていないという。 

 

「土壌調査を自ら行わず、市による土壌調査も阻み、財政支援にも踏み出さずにいる理由」 

 

についてたずねたところ、防衛省から回答はなかった。 

 

 なお、防衛省の調査では、全国21か所の航空自衛隊基地にある消火水槽から国の指針値(PFOSとPFOAの合計で50ng)を超えるPFOSとPFOAが検出された。すでに処理されたものも含めると、 

 

・那覇基地(沖縄県那覇市、160万ng) 

・小牧基地(愛知県小牧市、110万ng) 

・小松基地(石川県小松市、90万ng) 

・美保基地(鳥取県境港市、45万ng) 

 

など高濃度でみつかっており、防衛省では泡消火剤の処分が課題となっている。 

 

諸永裕司(フリージャーナリスト) 

 

 

 
 

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