( 140878 )  2024/02/19 14:43:12  
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(Kohei Hara/gettyimages) 

 

 2023年の名目国内総生産(GDP)がドイツに抜かれ世界4位に転落した日本。アフターコロナの時代を迎え「安い日本」という言葉が飛び交う。各国の中央銀行の金融政策の違いから発生した面はあるとはいえ、現実として国力が低下していることが円安に繋がっているのも事実だ。 

 

 日本企業が競争力を維持できない理由は、少子高齢化のほか高度成長期の成功体験が忘れられず変化を拒むという硬直化した企業文化などいろいろ言われている。欧米やアジアとの国際比較を行いながら、文化と心の関係を研究している東京女子大学現代教養学部の唐澤真弓教授に、日本人の気質を解説してもらいながら国力復活のヒントを探ってみた。 

 

唐澤真弓教授 

 

 米メジャーリーグも開幕が近づき、今年も大谷翔平の活躍が期待されているが、昨年、ワールドベースボールクラシック(WBC)の決勝前に彼が発した「憧れるのをやめましょう」という言葉は日本人に響き、新語・流行語大賞にノミネートされた。外国にも拠点を構えている筆者としては「その通り」と思ったものの、響きはしなかった。 

 

 なぜなら、海外に住む日本人ビジネスパーソンがライバル企業に憧れを持っていては競争が激しい世界のビジネスで勝てない。論理的に考えても勝負事やビジネスにおいてその感覚が良くないことは一目瞭然だ。 

 

 「『普通』、『日本人ぽい』など何となく共有し、形成されている理想の日本人像があります。日本人は、ネガティブ思考の傾向が強めですが、それを認め、何かが足りないと感じて研さんする国民性でもあります。ただ、それでは理想像に追いついてもこえられません。彼の言葉は『こえなければいけないもの』という意味で響いたと思います」と唐澤教授は分析する。 

 

 「日本人に憧れという感覚は大事です。歴史をみれば、中国に憧れ、明治からは欧米に憧れ、戦後は米国に憧れました。ところが、バブル期に経済でトップに立ち、憧れが消え目標がなくなりました。日本人は課題を与えられるときっちりこなす性格ですが、トップに立ったことで自ら目標や課題を設定するのが難しかった。『オリジナリティで勝負しろ』と言われて困ってしまった」。日本人気質が結果的に経済的な停滞を生み出すきっかけとなってしまった。 

 

 

 さらに「先読みや予測が好きな国民性で、時には忖度となってしまいますが、それを考えながら行動します。人事を尽くして天命を待つではないですが、結果よりプロセス重視です。幼い時からプロセス重視の教育を受けてきたのに、会社でいきなり結果を出せと言われても大変です。成果主義が叫ばれて久しいですが、日本にいまだに馴染まないのはそういったところがあると思います」 

 

 賃上げのムードが高まり、今年もベアが行われる流れになっているが、これまでの成果主義を取り入れようとしてきた状況と矛盾する。「本当にベアを長らく保てるのであれば悪くありませんが、維持できるのか……」と唐澤教授は疑問を呈す。 

 

 日本の給料が上がらなかった理由の1つとして、労働組合の組織率の低さ(厚生労働省によると2023年の組織率は16.3%)や、1980年代までは頻発していたストライキが減ったことなどが考えられる。2023年のハリウッドのストライキは労働者の権利を獲得することに有効だというのがわかるが、バブル崩壊後は会社が倒産しては意味がないという論理や反社会的というイメージが強くなりストライキをしなくなった。ストライキを継続していれば、現状より給与水準は上がった可能性はある。 

 

 ほとんどの労働者が経営層に就くことがないまま定年を迎えるが、ストライキについて世論は、労働者側ではなく経営者側につくことが少なくない。「長年、教育現場を見てきましたが、小さい頃から自分の意見を言うという事をしません。その辺りの教育も考えないといけないですね」と唐澤教授は語る。 

 

 賃上げはまさに交渉だが、自分の意見を経営側にぶつける土壌が形成されていないという。結果、経営側主導となり賃上げが進まなかった。 

 

 最近、転勤しない形の雇用が増えつつある。これまで転勤する場合、夫婦でいえば、単身赴任を除いて妻の方がキャリアを諦めて夫の転勤地に引っ越すケースが多い。身体的な機能に男女差はあっても、脳がつかさどる能力には男女で明確な違いはないことが分かってきており、女性活用できず日本の国力を下げる要因になっている。 

 

 「例えば、米国の大学で男性教授が違う大学からオファーをもらった場合、大学側は妻の新天地での仕事のケアもします。個人主義と思われがちですが、家族と女性のキャリアに配慮しているのです」。日系企業も実行すれば、女性活用、人材不足解消、離職率減少などにプラスの効果をもたらすはずで、一考の余地がある。 

 

 

 少子高齢化で人口が減少していく日本は、今まで以上に外国市場に活路を求めていかないと経済を維持できない。維持できなければ国力もこれまで以上に減退する。しかし、日本とは異なる文化や環境に対してうまく折り合いをつけるしかない。 

 

 「能登半島地震、羽田空港での日本航空機の事故で乗客全員が無事避難できたことは、他者との関係性の中でバランスを取ろうとする性格が出ました。また、勤勉でコツコツと働く姿勢は世界で評価されています。例えば、フランス国内の有名レストランのナンバー2は日本人が多かったりします」と、勤勉性は海外でも強みとなる。 

 

 ただ、同時に難しさもあるという。「近年、個人主義が入ってきました。これまで人との関係性の中で生きてきたので、個人主義がどういうものなのかは理解しきっていません。ネットの世界では、自分の意見を言うだけでたたかれる可能性がある世の中ですが、その中でも若い世代は『私なり』、『自分なり』を模索しています。ここに摩擦が生じて、落としどころを見つけられていないのが現状だと思います」 

 

 模索していたバランスを見つけられず大きく崩したのがトヨタだ。「上司はパフォーマンスばかりに焦点を置き、下の者は上の目を気にすると自浄能力がなくなり、反省して、改善する日本人の良さが消えてしまいます」とトヨタの代名詞であるカイゼンが消え、不正にまで発展してしまったと解説する。 

 

 「管理体制を強くするというより、見守りながら、締めるところは締める感じがいいのだと思います。新しい形のインターデペンデンス(相互依存関係)を作らないといけないでしょう」 

 

 また、「日本の壊したほうがいいシステムもありますが、欧米の価値観に基づいた個人主義だけをいれると日本社会は崩壊する可能性が高いです。欧米のインディペンデンス(自主性)を混ぜた、新しい日本的なインターディペンデンスを確立するべきです」と唐澤教授は繰り返した。 

 

 「日本人は強い人、できる人より優しい人のほうが好きだと思いますからね」 

 

 新気質を作るにはそれなりの時間がかかる。今は「その過渡期」だそうだが、双方の良いところ取りができれば、足腰の強い新しい日本経済が生まれる可能性は低くない。 

 

武田信晃 

 

 

 
 

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