( 141598 )  2024/02/21 14:49:06  
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株高に騒いでいて、いいのか 

 

 「株価がバブル超え目前!」「春闘で昨年以上に高い水準の賃上げ実現か?」――。最近、景気のいいニュースが増えてきている。 

 

【画像】「平均給与の推移」を見る 

 

 株高に関しては、日本企業の好調な決算や円安などの影響で、外国人投資家を中心に「日本買い」の動きが加速しているのだ。中国経済失速からの逃避先として、「安定」「堅調」の日本株が選ばれているという話もある。 

 

 賃上げの動きも活発だ。トヨタ自動車労働組合の要求額は、基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせて1人当たり月7940~2万8440円で、これは比較可能な1999年以降で最高だという。本田技研労働組合も昨年要求1万9000円を上回る2万円で、32年ぶりの高い目標を掲げている。 

 

 ただ、こういう話で大騒ぎをするのは「日本経済復活」という点ではあまりいいことではない。 

 

 「株価がバブル超え」「春闘でベア獲得」というニュースに国民が強い関心を持っているということになれば、「数字」が欲しいメディアはこれまで以上に「大企業」にフォーカスを当てた経済ニュースを大量にタレ流すようになる。 

 

 これは最悪だ。「日本経済復活」のために国民が本当に関心を持たなくてはいけないのは、「大企業」ではなく「中小企業」だからだ。 

 

 本連載では3年以上前から繰り返し、しつこいくらいに述べてきたことがある。社会保険料が高いとか、円安がどうとかいう以前に、日本企業の99.7%を占める中小企業の給与が常軌を逸した低賃金だからだ。 

 

 特に低賃金なのは、日本企業の7割を占める小規模事業者だ。これは「製造業その他」の場合、従業員20人以下。「商業・サービス業」の場合は従業員5人以下。要するに、家族で経営している「個人商店」がこの30年間ずっと従業員の給料を上げることができなかった。 

 

 GDPの7割にも及ぶ個人消費が冷え込んで、気がつけば「安くてうまい」「コスパ重視」がすべてにおいて重要視される。底なしのデフレスパイラルへと転落したというワケだ。 

 

 こうした構造不況の中で、企業のわずか0.3%に過ぎない「大企業」の株価がバブル超えをしようが、春闘で賃金が上がろうが、日本経済全体はそれほど大きな影響はない。企業の99.7%を占めて労働者の7割が働く中小企業は、大企業の株高で業績が上がるわけではないし、春闘で賃上げをするわけでもないからだ。そもそも、経営者に対して労働者の待遇改善や賃上げを迫る「労働組合」自体が存在しない。 

 

 厚生労働省が発表している「令和4年労働組合基礎調査の概況」の企業規模別(民営企業)労働組合員数および推定組織率(単位労働組合)を見ると、「小規模事業者」に当たる企業規模「99人から29人以下」の労組推定組織率は0.8%しかない。「中堅企業」に該当する「999人から100人」でも同10.5%にとどまっている。 

 

 つまり、トヨタ労組がどれほどベアを獲得しようとも、社長を含めて従業員が10人といった「個人商店」からすれば、「別世界」の話なのだ。 

 

 

 「大企業が賃上げをすれば、消費が刺激されて国内の景気が良くなることも分からないのか! 義務教育からやり直せ」というお叱りが四方八方から飛んできそうだが、残念ながらそれも「幻想」に過ぎない。 

 

 よく給料の上がった大企業社員が、たくさんのお金を使えばそれなりに景気が良くなる、といういわゆる「シャワー効果」を主張する人も多い。しかし、大企業社員は日本の労働者の3割に過ぎない。これらの人々がこれまでよりもちょっぴり多く消費をしたくらいで国内の景気が良くなって、残りの7割の労働者の賃金まで上がるというのは、さすがに経済をナメすぎだ。 

 

 そもそも、これがご都合主義的な幻想だということは「中小企業は30年も賃金が上がっていない」事実が証明している。 

 

 実は「失われた30年」の間も、「春闘」を迎えるたびにマスコミが大騒ぎをするので、大企業はなんやかんやと賃上げを続けてきた。にもかかわらず、7割の中小企業労働者はビタッと低賃金が固定化されている。これはつまり、「大企業が賃上げをすると中小企業にも賃上げの動きが波及していく」というシャワー効果が机上の空論に過ぎないということだ。 

 

 むしろ、何かとつけて「株価だ」「春闘だ」と全体の0.3%に過ぎない大企業だけをチヤホヤしてきたことが、もはや日本名物といっても差し支えない「低賃金重労働」を固定化させたきた側面もある。 

 

 大企業の春闘のたびに賃上げに踏み切るのは結構な話だが、そうなると大企業としては人件費が増えるわけだ。その分、利益を上げなくてはいけない。持続的に成長している大企業はいいが、国内だけで事業をしているようなところは厳しい。ご存じのように今、日本は急速に人口が減っており、あらゆる市場がシュリンクしているからだ。 

 

 となると、残る利益アップの道は「効率化」しかない。 

 

 ムダを省いて、原材料費や運送費などの経費を見直して削減していく。そういう動きの中で、大企業の取引先である中小企業は、競合との価格競争などで、よりシビアな条件を求められる。 

 

 では、独自の優位性や資本力がない中小企業はどうやって「価格競争」をしていくかというと、固定費を削るしかない。最も手を付けやすいのが、人件費であることは言うまでもない。つまり、大企業が春闘やらで賃上げを加速すればするほど、競争力のない中小企業に対して、「生き残るために人件費も抑える」という「賃下げ圧力」が強まる傾向があるのだ。 

 

 どうすればこの悪循環を断ち切ることができるのか。筆者は3年前からたびたび提言しているが、多くの国がやっているように、日本も中央政府や自治体が物価上昇幅に合わせて、段階的に最低賃金を引き上げていくべきだ。 

 

 例えば、米国では2024年1月に全米50州のうち22州が物価高を受けて最低賃金を引き上げた。ベトナムも7月1日から約6%引き上げる予定だ。 

 

 しかし、日本政府や日本の経済の専門家は「最低賃金を引き上げると倒産が増えて失業者が街にあふれる」という世界的にもかなり独特の思想を持っているので、実行される可能性は低い。 

 

 

 その代わりに最有力とされているのが「賃上げしやすい環境づくり」だ。賃上げをした中小企業に税制面で優遇策を設けたりして、とにかく企業が自主的に賃上げしやすい環境整備をすべきだというのだ。 

 

 「いいじゃないか! 高すぎる税金をチャラにすれば中小企業だってバンバン賃上げするぞ」という声が聞こえてきそうだが、現実はそんなに甘くない。実はこの「環境づくり」というのは「ふわっ」とした政策を好む日本では定番中の定番なのだが、国民の血税をジャブジャブ費やす割にはほとんど結果がでない「愚策」なのだ。 

 

 中でも分かりやすい例が、「政治家が不正しない環境づくり」だ。 

 

 今から約30年前、リクルート事件や東京佐川急便事件など「政治とカネ」の問題が続いたことで、政治改革が叫ばれた。普通に考えたら、法律を改正して政治家の不正を取り締まるような制度を作って厳罰化すべきだが、政治家自身がいろいろと屁理屈をつけて、世界でもかなりユニークな主張を始める。 

 

 「政治家がカネで問題を起こすのはカネに困っているからだ。国民がコーヒー1杯我慢するつもりで税金で政治家を支えてやって、カネの心配がなくなるような環境づくりをすれば、クリーンな政治が実現できる」 

 

 旧ソ連や中国のような共産主義よりも共産主義らしいロジックだが、当時の日本国民は「確かに言われてみれば一理ある」とあっさりだまされて、自分たちの血税を政治家に差し出した。それが現在、政党に配られている315億円にも及ぶ「政党交付金」である。 

 

 この「政治家が不正しない環境づくり」が大失敗だということは、今の裏金や不記載問題を見れば明らかだ。高い給料と政治活動費を税金からもらっているにもかかわらず、「国会議員」という身分を守るためには、選挙で勝つにはカネはいくらあっても足りない。つまり、政治家がよくいう「政治にカネがかかる」ではなく、「政治家という特権階級にしがみつくのにカネがかかる」のだ。こういうセコい「保身」の動きは、どんなに「環境づくり」をしても防げるものではない。 

 

 

 同じことが中小企業経営者にもいえる。実はこれまで国は「賃上げしやすい環境づくり」を掲げて、中小企業に莫大な補助金をバラまいてきた。しかし、政党交付金と同様に「結果」に結びついていない。 

 

 なぜかというと、先ほどの政治家と同じだ。競争力もなく、資金繰りに悩んでいるような中小企業にとって、カネはいくらあっても足りない。だから、賃上げ名目で補助金を受け取っても、会社を存続させるための「運転資金」に当ててしまうのだ。 

 

 「賃上げしやすい環境づくり」は「政治家が不正しない環境づくり」と同じで、「性善説」に基づいている。これくらい税金でサポートしてやれば当然、賃上げをするだろう。そんな「素直な経営者」を念頭に置いている。 

 

 しかし、日本の中小企業は約370万社もある。ベンチャースピリッツにあふれて商品開発や事業拡大をしている中小企業もあれば、家族が食べていくだけで精いっぱいで、補助金がなければ廃業みたいな零細事業者もある。 

 

 後者のような企業に対して、「環境づくりをするから賃上げをして」とお願いしたところで「はい、やりますよ」と適当にあしらわれるのがオチだ。ましてや日本の中小企業は7割が「赤字」といわれているのだ。 

 

 そういうカオスの状況の中で、確実かつ平等に賃上げを実行していくには、ボトムラインを一律で引き上げる。つまり最低賃金の引き上げがベストだと思うが、先ほど述べたように、日本では不可能だ。 

 

 そこで予想されるのが「増税」だ。これまで説明したように「中小企業が賃上げしやすい環境づくり」は、どれほど血税を注ぎ込んでも結果が出ない。しかし、それでも続けないといけないので財政が厳しくなる。となると、残るはわれわれ国民が負担をするしかない。 

 

 つまり、政党交付金の時のように「日本経済復活のためには、中小企業に賃上げをしてもらう環境づくりをしないといけません。だから、国民がコーヒー1杯分、500円を我慢して中小企業を支えましょう」とか言い出して、「中小企業支援金」などの名目でカネを徴収されていくのだ。 

 

 「そんなバカな話があるわけがないだろ!」と思うかもしれないが、われわれは既に似たような術中にハマっている。 

 

 「異次元の少子化対策」とやらで、われわれは28年度時点で医療保険の加入者1人当たり月平均500円弱の「支援金」を徴収される。子どもを産み育てることに魅力を感じられない社会をつくってきた政治の責任を棚上げして、国民にタカってきているのだ。 

 

 日本経済の低迷も実は政治の責任が重い。世界では中小企業=ベンチャーの位置付けで競争を促進させてきた。起業した会社の多くがバタバタと倒産する中で、テスラやGAFAのような巨大企業に成長するプレーヤーが育つ。 

 

 しかし日本の場合、自民党が中小企業経営者団体「日本商工会議所」の選挙支援を受けている関係で、「中小企業を倒産させてはならぬ」という世界的にもまれな保護政策が行われてきた。それが産業の新陳代謝を阻害して、経済を停滞させてしまった。 

 

 これまでのパターンからすると、政治の責任を棚上げにして、最終的には国民の「がんばり」で乗り切ろうとするはずだ。「お上」という言葉があるように、権力者に羊のように従順なのは、日本人の美徳でもあるが、この「政府のタカり癖」だけはそろそろ本気で怒ったほうがいい。 

 

(窪田順生) 

 

ITmedia ビジネスオンライン 

 

 

 
 

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