( 141809 ) 2024/02/22 12:47:49 0 00 ・たぶん批判を受けている理由は、「俺たちテレビは偉いんだから少々のことは大目に見ろよ」という上から目線的な思想が垣間見えるからだろうね。
局は違うが「セクシー田中さん」の件にしても本質は同根で、どうもテレビの人間には特権意識のようなものがにじみ出ていることが世間に浸透しているんだと思うよ。
・例えば昔だったらドッキリで落とし穴に落とすときでもただ穴掘って落としてたんだと思うし、怪我してもたいしてアフターケアもなかったんだと思う。人権って同じことをするにしても怪我しにくいように工夫するとか、怪我したらちゃんとアフターケアするとかいう話だと思うんだよね。クレームに過度に反応すると面白い番組は作れないと思うけど、それと人権に気を配ることは別だと思うよ。
・この人の言うことは、ある程度当たってるとは思います。 昔は、そこを狙って、ゲリラ的な番組作りで当たったものもあると思います。 でも、今はそれではダメな世の中になったことと、TV局の社会的立場や役割も、大きく変わった、と言うより、ゲリラから正規軍に格上げされて、社会を代表する、リードすることが求められる存在になっている。 そこを自覚していない人だと思います。 そこを踏まえてやるとなると、面白くすることが難しくなっているのだと思いますが、存在のレベルが上がった所にいるのだから、例えばお笑い芸人が、ハゲやデブで笑いを取るので無く、ネタや話の面白さで笑わせるのと同じように、レベルの高い番組作りをすることで自分の存在価値を証明する。 それが理解出来ていないと、こんな的外れな発言をしてしまうのです。
・ネットが発達してからテレビの役割も変わったでしょ。終わってはないけど、面白い必要もない。個々の嗜好は細分化され、ネットチャンネルの方が適している。テレビも無駄な体力を使わず、安い番組を作っていかないと難しいので、ニュースや文化人を登用する番組を増やしていくべき。無駄に芸能タレントに大金をかけてもたいして視聴率はあがりませんよ
・>人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、番組がつまらなくなる。
この意見が真実だとして何が言いたいのだろう?良い番組(視聴率を取れる番組)を作る為には人権意識を多少無視しなければならないと言いたいのだろうか?過去がどうだったかは問題ではない、正しい事、間違った事、色々あったと思うが正していかなければいけない事はたくさんある。昔に比べてフジテレビの番組が面白くなくなったのはこういった考え方でしか番組を作れない凝り固まった人たちが幅を利かせているからだと思います。
・昔のイケイケの頃から頭が抜け出せていない証拠でしょうね。「こういうものが面白いはずだ」「テレビはこういう風に作るんだ」という過去の成功体験からしかものを考えられなくなってる。だからテレ東に敵わないんですよ。 自分で汗かいて、時間も労力も惜しまず、失敗を恐れず、自ら動かないと時代を読み取る事なんてできませんから。
・法的に認められる所の人権は、何も特定の個人やマイノリティだけの名誉権利を焦点化しているわけではなく、全てに平等で満足するもののはず。それぞれの個性やマイノリティにも配慮を、という所のさじ加減が常に悩ましいが、一つ性善説では説明し切れないのは、その主張、クレームは、訴えた本人の純粋な希求なのか、さもなくばその誰かを装った悪平等の類いか、という真贋判断かと。往々にして後者の主張がノイズとなって本質を隠してしまってるのが昨今の風潮ではなかろうか。
・地上波のテレビも大きなターニングポイントに来ていて、もう「面白さ」を追求しなくていいんじゃないですか?そういうのはyoutubeとかネットの有料チャンネルに任せておけばいいと思います。 地上波のテレビは「面白さ」よりも真面目さを追求した番組作りを心掛ける時代に入ってるのではと思いますけどね。
・人権意識は勿論大切だが、殊更にそれを強調したり、過度な人権意識は確かにテレビを面白くなくしていると思う。 よく子供に悪影響を与えかねないという勧告があるが、それをなくして今どうなってるかを考えた方がいい。陰湿ないじめ方が増えただけで件数は子供が減っていることも考えればむしろ増えているのでは? また過度の人権意識のおかげで子供を叱れない教師や大人も増えている。目的の方向性は否定しないが現在のやり方でその目的が達成できるかどうかは甚だ疑問だと思うが…。
・メディアの役割は市民が判断を下すために必要な、正確かつ公正中立な情報を提供することではないですかね。 公正中立が求められるのは人権などの話についても同様で、メディアが「人権バンザイ!」の方向に偏り過ぎると、それに起因する問題が報道されにくくなる懸念があります。
・これは例えば「出演者の人権を尊重し芸人を本人との同意のうえで酷いいじり方をして笑いをとってギャラを払う」という番組の構造が、視聴者(もしくは番組を見ないのにネットメディアなどの評価に便乗する人々)が人権を持ち出して番組を批判すると現場が委縮して面白い番組が制作できなくなる、という文脈であればあながち間違いではないと思う。
・工夫次第で(人権に配慮しながら)面白い番組、愛される企画はいくらでも作れると思いますよ。勿論、優秀なプロデューサーも多いと思いますが「こういうのがウケるだろう」的な考えの内容自体が既に使い古された切り口だったり、過去の成功体験に裏打ちされたものだったり。もっとも、スポンサーに配慮しながら数字を取らないといけないので、あまり突飛な冒険も出来ないかもしれませんが。
・日本人の多くが近代以降に概念化された「人権」とは何かを理解していないで発言しています。 歴史の授業で学習したはずなのですが、寝ていて重要なことを理解していないのでしょう。 きっと、このように書くと、学習していない方々は「では人権って何なんだ」と揚げ足をとるでしょうから、それを楽しみに待ちたいです。
・かつてテレビが社会の中で主体的影響力有で、役割を果たしていた時代・・昭和30年代から40年、50年代ぐらいまでかな?この頃のお笑い、ドラマもアニメも結構人権配慮に乏しい舌禍がたいした問題意識もなく視聴率は現実にとれていたと思うよ。今でも昔のテレビドラマ等特にユーチューブあたりでは放送ある時には注意書きとして時代背景云々と注釈が付くことも・・。本当のところ経済発展重視、勤労生活重視・・内向き的部分が大半で外国に目を向ける意識も乏しかったと思う。メディアの役割等殆ど関心すらなかったのでは??ドッキリも下品記憶も自分にはある・・その時代経験者は当たり前な価値観の変化に戸惑いも有り、無口にうなづくことが一番と・・叩いたり叩かれたりも堪らない感覚から。この炎上も本心だろ・・見ざる聞かざる言わざる。無難に乗り切る方法を模索している連中も多いと思うよ・・・?
・1年くらい前にヤフコメで、安田大サーカスのクロちゃんの番組などでの扱いについて、たまに過激なものがあり、子供間のいじめに応用されかねないのでは?と苦言を呈したら、青ぽちの集中砲火と「こういうやつがテレビ番組をつまらなくした」「クロちゃんにとってそういう心配は逆に迷惑」などとコメントを入れられた。 この番審委員の発言とほぼ同じ発想だと思うんだが、この記事へのコメントとかリアクションをみると、ヤフコメ民のダブルスタンダード具合がよく分かった。
・NHKのようなスポンサーの意向に左右されない局でさえ組織の維持の為に中立公正ではいられないのですからスポンサーからお金を集める民放が中立でいられる道理は無いと思いますけどアメリカのように立ち位置を明言して放送すればいいんじゃないですかね 中立公正ですみたいな顔をして偏るから余計に叩かれるんだと思いますしできるだけ中立であろうとする為に窮屈になる 明言することでその意見が好みの方が集まりますしそうでない方もそういう物だと見なくなるだけなので住み分けできると思います
・番組審議会の委員の発言をフジテレビの担当者簡潔に概要としてまとめたのであろうが、本当にこの発言通りだったのか?余りに言葉足らずのようで、本当にこの発言通りとは思えない。フジテレビ社員の国語力にも問題があるのでは?5~6年前から民放連のHPで各社の番組審議会の概要が見られるようポータルサイトでまとめてあるが、それを見るとフジテレビは一番まともな審議をしているのが分かる。TBSテや日本テレビ、テレ朝などは単に番組の感想を述べるだけで、「放送法」で求められている番組審議会の意義を満たしていない。民放連もその危機感から各社の番組審議会の内容が視聴者にも容易にチェックでき、テレビ各社も他社と比較して改善できるように一括まとめたポータルサイトを設置した。今なら旧ジャニーズ問題で話題となった「メディアの沈黙」や、松本人志「性加害」問題に対してテレビ局独自の調査報道がないことを問うべきなのに、それがない。
・過度に批判を恐れるがあまり、おもしろいけど一定の批判が生じる番組より批判が生じにくい番組が増えているとは思います。 昔よくあった子供に見せたくない番組ランキングのようなものがあるとどうしてもランキングには入りたくないと思うのが製作側の考えではないでしょうか。
・それはそうだな。 ブラックジョークなども、正直 面白さに違いない。 あくまで我々視聴者はテレビから ショーを見ているに過ぎない。 最近はテレビでも頻繁に一般人が出てくるとか、 普段の日常を見せられているわけだから、 ホームビデオでも見ているみたいだ。 そりゃ、面白いわけがない。 これだけ、視聴者に忖度していては 作る側もやりがいなど得られないだろう。
・視聴率を稼ぐ為には、ちょっとやそっと度を過ぎた事をしてもいいだろう的な発想なんだろうな。指標が視聴率だから。スポンサーに対する指標もね。どれだけ見られたかがCM枠の一つの基準だろうからさ。 NHKだって視聴率を気にして番組を作る。 特にエンタメにその傾向があるのかな。 だからより一層スクランブルにして欲しい。 NHKのエンタメなどみないし。
・フジテレビの「番組審議会」の委員にはテレビから永久追放になった自称国際学者の三浦某も就任しており、委員の人選がいかに不自然なのかがよくわかる。従って委員の一人が「人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり番組がつまらなくなる」と暴言をはいても何の不思議もない。こういう輩を委員にするようなテレビ局だから、番組で自社の社員アナウンサーの誕生祝を延々と公共の電波を使って放映すると言う愚行を平気で犯すのだと得心する。
・具体的にどういう場合があるのか、わからない。 人をおとしめて笑うとかいうのなら、その笑いがつまらない(価値がない)のではないかと思う。 人権というのは、人間が人間という理由だけで認められる、人間として尊重されるべきという権利であり、侵すことのできない権利である。 その人権を侵害することが、テレビ放送の価値を上げることにつながるとは考えにくいのだが、
・つまらないというのは枝葉末節に囚われていることを意味します。そもそも人権は西洋の神の法、自然法、いわばキリスト教に由来するものであり、明治になって無理矢理とってつけられたものです。我が国には西洋かぶれになって人権を導入する前に人を重んじる思想がありました。それを仁や愛と呼び、それに根差したものが人権だの利権だのと呼ばれるものになるべきが真の政治なのです。ところが実際、仁や愛に根差さぬ人権や利権を重んじるのが近現代の政治となり、拝金主義や物質主義、享楽主義など腐敗した禽獣的な結果を招いているのであります。明治政府が江戸学問を軽視したことがすべて原因にあります。学問修養、いわば教育、生き方の本質は知性ではなく徳性にあるのです。それを忘れてはなりません。
・テレビ電波返上して、番組をネット配信だけにしたら人権に縛られずに好きなように番組作りできるんじゃない? 実際、テレビから追放されてYouTuberで活躍してる人たくさんいるし。 というか、今テレビなんてほぼ高齢者しか見てないんだから、通販番組とか、高齢者向きの番組作っていればそれでいいでしょ。今やテレビに新しい事なんて求めてないし。 そもそも、公共の電波を使い、放送法に縛られ、スポンサー収入に依存した収益構造を続ける限り、高度な人権意識を求められるのは当然。
・制作者の発言という面を見れば批判は仕方ないと思うが、 現実的に ドリフのネタは全てできなくなる恐れがあり 笑いの文化が委縮する可能性が高い。 例えば、有名な風呂屋のコントならば、 男性風呂で性的な面を強調している(また洗い) 薄毛を笑いしている、 いかりや氏を多人数でいじめに近い扱いをしている これ全部引っかかるし 加藤茶のギャグも ちょっとだけよ(元ネタが風俗で相応しくない かあちゃん一本つけろや(子供が酒を要求するのは相応しくない) 今なら全部アウト。
それこそ本音と建て前だよな
・人権意識を植え付けているのは情報番組でのコメンテーターやエンタメ番組での行き過ぎた演出からではないかな。 今の世の中はメディアでの知名度が選挙にまで影響しているんだから、番組制作側や出演者に相応の意識は必要であり有識者の見解は正しい。
・視聴者がテレビは作り物という当たり前の意識が抜け落ちすぎなのではないか?人権とかコンプラだとか騒ぐ割に刑事ものはOKにしているのは視聴者のダブスタだと思うけどね。同じ警察署管内でワンクール12人が殺されるとかって超犯罪都市なのに何も考えずに見ているわけなんだし。報道以外は作り物で出演者が許諾しているから作れるし放送出来る前提で、出演者がNGを出しやすい環境さえ整っているなら問題ない。コンプラも法令遵守なのだから過剰な自主規制まで含めたような対応を取ってきたテレビ局も悪い。メディアが表現の自由を手放すと言うなら話は変わってくるが、そういう話になるとそっち界隈の人たちは大騒ぎするわけでしょ。
・テレビを勉強になるものにした方がいいと思う。面白いのも大切だが、くだらなく、みた人間が学校や職場や家庭で人をからかい気分を害させて、それを笑う習慣ができたのはテレビの影響が大きい。それによって、社会がおかしくなった
・テレビが面白くなくなったってのは事実であり、その理由が人権やらコンプラなどに縛られた結果ってのもまたまぎれもない事実。 だから従来の視聴者は規制の緩いユーチューブやらネット配信に流れていって視聴率が上がらなくなっている。 テレビを見て不愉快なら見なければいいだけの話なのに、それをわざわざSNSに書き込むバカがいるから問題になる。 人権云々を問題にしたいならテレビ局ではなく、まずはSNSはもちろん、ヤフーニュースのコメント欄を問題にすべきではないのか。 AIが進化したいまなら、NGワードにならないようにスペースを入れたり、違う漢字を使ったりするような巧妙なやり方はもちろん、文章全体を解析して誹謗中傷かどうかのスクリーニングは簡単にできると思うのだが… 何でもかんでもテレビ局を叩けばいいという風潮にはウンザリさせられる。
・実際昔の方が面白かったからね。 そういう価値基準に変わってしまったのだから昔を懐かしんでも仕方ないけどね。 工夫次第でなんて簡単に言う人もいるけど、規制が強化されれば委縮する。当たり前の事なんですよ。緩和されれば競争が過激化する。その匙加減なんですよね。
・フジテレビの委員会での発言と知り「やっぱりな」と、改めてフジの体質を認識できました。フジはジャーナリズム、メディと言った、本来よって立つベースを疎かにし、ひたすら楽しく、賑やかに、面白くを追及した番組制作をしてますよね。そんな体制故かも知れませんが、女子アナウンサーの華やかさを取ってみても他局に比べて実に解り易い表情、服装、振る舞いです。ま~産経グループと考えれば納得のいく実態ですから、それほどの驚きは無いですが。
・ある種の正しさはあるでしょう。 得体のしれない、具体的な誰かに配慮した つまらない番組作りをしていると特定の性的マイノリティや 体に問題ある人は出せませんし、罰ゲーム要素のある 番組なんて絶滅するんじゃないでしょうか。
配慮し続けると言葉も気をつかってワイドショーとかも 無くなるかもしれませんね。 そうなると 毎日旅番組とかスポーツ中継、ショップチャンネルだけ流すことに なりそうですけどこれなら自分で旅行や運動すればいいですねw
・一週間くらい前に出た話題だね。その時の記事では、「テレビが行儀の良いことを目指しすぎる動きの中で、テレビ以外の媒体の方が真実だったり、面白いと思われないか、危険性を感じる」みたいな発言内容が書かれている。要はその程度のことに、変に「人権」なんて言葉をからませるから、わけわかんなくなって炎上する。まあ、俺みたいな年寄りでも、最近はAbemaとかしか見てないから、TV局がどうなろうとどうでもいいが。
・人権意識が強くなると番組がつまらなくなる? 番組審議委員会というのはどの局も放送法があるが故に作っている委員会。特段必要としていないし、制作者が彼らの意見をリスペクトしているなど聞いたことは無い。言わせておけばいい。審議委員会の存在が重要ならテレビはもっと違った形になっている筈。少なくともワイドショーの乱立などあり得なかった。
・メディアの役割云々というか。 多分審議委員はバラエティ番組やドラマを念頭に言ったんだろうし、ドラマについては自分も表現の自由の観点で配慮しすぎはなあと思うけど。 でもスタジオや路上などで収録もしくは生放送のバラエティ番組は、職場を見世物にしているだけでしょ。つまりはそこらへんの一般企業の仕事と同じ。 そこらへんの職場でやっちゃいけないことは、スタジオでもやっちゃいけないし言っちゃいけないのは当然だろ。
大体。パーティーでの高齢者の軽口を執拗に叩いて職から下ろしたのは、どこの誰? 政治家のパーティーで駄目なのにテレビならありってなんで?
庶民からかけ離れた振る舞いをしていながら庶民の代弁者ぶるって、何のギャグ?
・>人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、テレビ局の挑戦も締め付けられ、番組がつまらなくなり、世の中から見捨てられてしまうのではないか。
どんな文脈で使われたか分かりにくいけど、仮にバラエティやドラマなどのエンタメ番組だったら、まぁ分からなくもない
でも、それはそれでダブルスタンダードなんじゃないかな? 「テレビ局の番組」って箱には報道や情報番組だってあるわけで、そこでは人権問題に切り込むことだってあるわけでしょ
ってことは、そことの矛盾だって出てくると思うけどね
・人権を守ってテレビが面白くないなら、そのうちYouTubeやネットにもそこにメスが入らないと可笑しくなるよね、そうなると全部同じで面白く無くなるかな? 違うよね、スポンサーの問題だよね だったら、NHKだけにして 民法は全てペイパービューにすれば良い。 それで好きなことやればいいと思う
・メジャーが多くの人間の責任を負っている以上堅苦しくなるのは当然のことでそれが嫌ならインディーなりアンダーグラウンドなりに降りればいい。お金も力もあるけど好きなことやりたいは甘えでしかない。フジテレビさんだって昔は予算のない深夜枠でいい番組たくさん作ってきたじゃないですか。
・人権と番組と視聴率 確かに昔からすれば、若干面白みに欠ける番組が減ったと思う 例を挙げれば 8時だよ全員集合 みたいな家族で笑える番組が 極端になくなった あの番組は家族で笑ってみてたけど 以前、今の芸人が頑張ってまねしていたけど面白かった
いま、息子はテレビをつけていても スマホでYouTubeを見て楽しんでいる 個人的にはやめさせたいけど 息子曰く、TV面白くないもんの一言 スマホは個人の世界観であり 家族間のコミュニティー崩壊になっている
昔みたいに家族で笑える番組や、見れる番組が欲しいと思う
人権人権も大事だが、時間帯で笑い・ドラマ、教養、ニュース等 区別して放送して、視聴率も視野に入れなければ 広告収入にも影響が、スポンサーからも認められるメディアであってほしいです
・この審査委員のメンバーですが、但木敬一氏は弁護士ですが もと検事総長をされていたので、人権派の弁護士ではなさそうです。 副委員長の早稲田大学教授の岡室教授は演劇の専門家。 他のメンバーは、孝脚本家、放送作家、ノンフィクション作家、大相撲解説者 などマスコミ側の人達。 国際政治学者の三浦瑠麗氏はご存知のとおり、お騒がせな何でも屋。 この中で唯一、明治大学の齋藤教授だけ教育学者です。 これがフジテレビの審査委員っていうのだから この人達が人権について議論をすると、こんな感じになるのは当然のこと。 番組を面白くして視聴率を上げるためには 人権に対して過度に神経質にならないほうがいい。って アドバイスしたんでしょうね。 有識者としてフジテレビに厳しく諌言するような人物は不要 っていう姿勢が如実に表れています。 まぁ、世論調査を操作するような禁じ手をつかう フジテレビらしい態度といえます。
・確かに人権第一でしょうが、この委員の言って居る事も理解出来ますよ。 要はその分岐点をどのように見るかという事でしょう。 日本の弱い所は何か出るとそれに突っ走り、猫も杓子も論になる傾向有りますからね。 ですから最近の日本は冗談も駄目等、きっちり考えて行動や発言を、と言う堅苦しい雰囲気も事実でしょう。 この辺りが日本は綺麗事だけに縛られている、と言われるゆえんでしょう。
・昔のビートたけしのような毒のある自由な表現に面白さがあるという考えがテレビの人にはまだあるのかも。ただここのコメント欄にあるような特権意識は昔は分からないが今はもうないだろう。それより些細なことですぐ炎上するネットに辟易しているだけ
・とんねるずの番組など、フジテレビは人権的にどうなの?という番組が多いですよね。 芸人をいじって笑いを取る。自分は嫌な気持ちになるので視聴しないです。 40年ぐらい前はそれが受けていましたが、もうそういう時代ではない。だから、視聴率が取れなくなって、凋落が著しい。 フジテレビの上層部は、そこに気が付かないと、いつまでも視聴率の回復は難しいでしょう。
・フジテレビは特にそういう姿勢を感じる でも、局の人は全然そんなこと自覚していない
世の中をバカにしているから ヤラセでごまかしたってバレやしない、って思っているし 「茶の間が望むのはこういう展開」って思いこんでるから 原作者の作品をめちゃくちゃにしても 「数字が全て」なんて言ってしまう
メディアとして矜持、なんて他人事なテレビマンはかなり多い
・人権じゃなくてコンプライアンス意識な。 俳優の小沢仁志さんがよく仰言ってたけど「コンプラコンプラうるせえよ。そんなんだから面白いもん作れねえんだよ。」は正しくその通りだと思った。 何のための深夜番組帯とかあるんだ?って話、ちゃんとそこの枠をしっかり確保・有効活用しておけばよっぽど教育環境の悪い子供でもなければ大人以外の目に触れることなく"大人だけの番組"をごちゃごちゃ言われることなく作れるだろうし楽しめる。「子供の教育に悪い!」とか言うやつはそもそも子供第一じゃなくて本質は自分の主張第一としてる身勝手な大人(笑)であるのはとっくに分かりきってんだから「嫌なら観るな」理論に基づいて放っておけばいい。 そもそも今の子供とかはアニメ以外の番組なんてそんな楽しいなんて思わないし、子供達の意識はYouTubeの方に行ってんだからそっちをなんとかしろと。そっちの方が昔の番組よりヤバい動画いっぱいある。
・こういうところがフジテレビ没落の理由なんでしょうね。 世間の人権意識が高まってるという事は、昔のような人権無視した番組を面白いとは思わず、引く人が増えているという事です。 視聴者側の変化にも目を向けないと。
・行き過ぎたポリコレがエンタメを破壊するってのは実例が枚挙にいとまがなく、うんざりしてる人は大勢いるだろう でもテレビはエンタメを第一に考えてくんなくていいよ、別に 面白くなくていいから公平、公正であってくれ まぁそれも無理だろうけど
・別に人権意識と面白いつまらないは関係ないと思います。ただポリコレにばかり拘り過ぎていれば、ハリウッドのようにつまらなくはなるでしょう。視聴者はTVにただ娯楽を求めるているだけで、説教を求めている訳ではありません。
・人権意識というよりかは、 声のでかい少数派に怯え、意味不明なコンプライアンスがまかりとおることが問題なんだよ。 しかも、メディア内の自主規制ならいざ知らず、国民にまでそれを押し付けようとしやがる。 表現の自由を守れ。
・>テレビ離れが進んでいるのは、テレビという媒体の問題や、番組がお行儀が良すぎるからではなく、多くの番組では、政府やスポンサーの大企業に対して萎縮ないし忖度して、その記者会見や広報文書の『建前』をそのまま流すだけで、一般市民の立場からの批判的・専門的な検討や、政府や大企業がむしろ公開したくないと考える『本音』(人権問題など『不都合な真実』)についての独自取材に基づいた調査報道など、付加価値のある情報が提供されることが少ないからではないでしょうか。
そう、最近はマスコミは共同通信様の作ったネタを垂れ流すだけなので、チャンネル変えても変えても同じ内容の報道だけ。「特ダネ」が消えたよね、昨今は。本来なら、マスコミは相手がアメリカだろうと財務省だろうと、国民にマイナスの輩相手なら攻撃するようなスタンスであるべきで、何を忖度してんだこいつら、と思うよ最近は特に。
・単純に「面白い」の定義がフジらしく低レベルだからそんな感想を持つんじゃないかな?
お笑いだったら誰かを落とすのではなく話術で面白がらせる方に持っていけばいいし、知的好奇心って言葉があるように人は知らないことを知ると面白いと感じると思うけど、人としてNGな事をやって面白がらせるって公共の電波使う資格ないでしょ。
・フジテレビの方の仰る通りです。何も間違っていないと思います。
個々の細かい人権とやらを細部まで意識していたら最終的に行き着くのは本音では何も言えない何も表現できない世界です。こういったコメントや意見ですらも全て淘汰されるんでしょう。
分かりやすい指標として、過去のお笑い番組やアニメ、ドラマ、漫画、はては小説や音楽、芸術などの全てを人権意識とやらをもとに評価してはどうでしょうか?大半は消え去ると思います。
・民放を含めて人権で放送萎縮を懸念する以前に 知る権利や映し側の強い権利、権力を主張するから 昨今の原作者の自死等、あらぬ方向になる 元々見る側も撮られる側も対等と言う前提の 根幹を崩したのもそちら側の責任の担はあることは 自覚しているのですか?
・矛盾しているけど、正しい。 あくまでもフジ的な番組制作だが、悪意がなくても自由にやれば問題が発生する。 放送するか直前にチェックで視聴者には判らないが、制作現場はまた別の問題よ。 で、何故炎上するかが問題となる。 結局視聴者はフジ的バラエティに無理難題を望んでいるだけと解っているのか?八つ当たりか?
・メディアの役割を神聖に考えすぎている有識者とのギャップを感じた。公平、公正な放送なんて、間接的に資本を海外企業に取られうる一般企業には無理だと思う。
・>「人権意識が強くなると番組がつまらなくなる」
これは、逆を返せば、 「番組を面白くするためには、人権意識は低くてもよい」ということになり、 メディアの姿勢としては、とんでもないことだ。 人権とは何かという意識さえなく、ただ面白ければよいという姿勢でやってきて、その面白さも認められなくなって、TVはすっかりオワコン化した。 長くこの方向性で番組作成をしてきたから今日の惨状を迎えたというのに、 未だにこんなことをほざいているとは、改革への意欲も何もないと見える。
・「幸せな90年代」の幻に未だに囚われているだけでは? 自分達の作るものが本当に面白いと思うなら批判を気にせず世の中に出せばいいのに、その度胸もないし時代に合ったものを作る器用さもないから、しょうがなく身内の集まりで愚痴っているだけに見える。
・日本はこの手の発言をすると総攻撃を受ける。正論ばかりのが表に出て来る。そのくせ、ネットには平気で、人権もモラルもない投稿が溢れている。そして人権もモラルもない投稿をする人が、この手の発言にバッシングにも等しい投稿をする。たぶのこの投稿も賛同をうけないだろう。
・いや、無料の地上波はつまらなくなるだろうな。 そして、自由な表現の「有料放送」は面白く充実していくだろう。 ドラマもお笑いも。
つまらない地上波,おもしろい有料放送。 つまらなくて良いんじゃないの、それが一般大衆メディアの役割でしょ。
・>・人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、テレビ局の挑戦も締め付けられ、番組がつまらなくなり、世の中から見捨てられてしまうのではないか。
タブー破りなんか挑戦でもなんでもないぞ。言う側が身を削るわけじゃないからな。 「攻めた」とかいうけど、あれだってクレームがくるかどうかの感覚でしかないよな。 タブー破りしてれば面白いって感覚は90年代末期と炎上YouTuberの、創造性のない悪ふざけを面白いと思う感覚そのものだわな。 そういう感覚がバイトテロをアップする流れに繋がったわけだけど、ああいうのを見て過激だとか面白いとか思うやついるのか? ただ過激な企画に体張れば面白いみたいな感性ならもう退場でいいよ。
むしろ人権意識が本当に強いのなら、あえて踏み込んだ表現になることだってあるだろう。 でも、それは自分事と捉えての発信になる。 この発言者の感覚だとそういう意識でもないよな。
・フジテレビは旧態依然、それを未だに良しとしている傾向がある。無知なタレントコメンテーターを使って辛辣なコメントをして煽ったり。過激な演出したり。全く受け入れられていないことに気づいてない。 それが団体や個人攻撃の火種になる。だからこそ民放最下位まっしぐらなんだと思う。
・それはこれまでそういうコンテンツにばかり頼ってきたからでしかない。 つまらないのはこういう人間が、似たような品性のタレントを使って番組を作るから、何かを笑いものにする形でしか番組を作れないってだけだろう。
・確かに人権は別だがコンプライアンス重視で地上波は面白くないですね。人権意識と言うよりも、何でも人権問題に結び付けるからですね。
・絶対に異業種からの参入が無いテレビ局、電波法に守られている事に胡座をかいている。電波使用料の安さに問題がある、興味のある方は是非調べて下さい。電波オークション制を導入して異業種からの参入障壁を無くすべき。東京キー局が5局もあるのに何処を選局しても、同じ様な顔ぶれと企画内容では視聴率の低下も仕方なし。自由競争原理を導入して潰れるべきは潰れた方が良いのではないでしょうか。
・過剰な配慮はつまらなくさせる原因ではあるが当然あるべきものは守るべきだと思う。 作り手も含めてバランス崩れてるから見てる側が楽しく見れない。
・今話題のドラマみたいに時代錯誤になって しまった発言。昭和ならうんうん、と同意 してくれる人もいたが。 時代に合わせた表現ができないと言うなら クリエイターとしての力不足と言うしか ないだろう。
・>いじめや差別を助長し、他者の人権をないがしろにする『笑い』
この線引きがとても難しいですね。 少しでも他者をからかうこと、いじることが許されないのか? つまらなくなる、というのには一理あると思います。
「ふてほど」が何故ヒットしているのか? 行き過ぎた人権意識が、却って滑稽なのは確かでしょうね。
・>人権意識が強くなりすぎると良い表現ができなくなり、番組がつまらなくなる
番組面白くするために誰かの人権を踏みにじれってこと? 酷すぎますね 踏み躙られる人の気持ちを考えないんでしょうか? そんな事しないと面白くならないなら、そんなものに存在意義はあるのでしょうか?
・こういうレベルで番組の「面白さ」を評価し制作しているのだから、テレビ番組が面白くないのも当然だ。
いま話題のダウンタウンでも、これまで散々パワハラ、セクハラ、モラハラ紛いのバラエティ番組を垂れ流し、それが視聴率を稼いできた…そのことが日本の大衆民度の低さの証明だろう。
ジャニーズ問題と吉本問題と安倍問題は、いずれも日本社会の「人権」意識の低さ、幼稚さの見え易い通信簿だった。
・さすが政権忖度テレビ局のフジですね。「人権意識が強くなると番組がつまらなくなる」 自民議員なら「人権意識が強くなると、自分の票や利権が減ります」みたいなものですかね。双方国民の感情とは乖離してますね。
・実際にそうだと思う。 直近でブラタモリがどうこう言う教授がいたし。 あと茂木みたいに自分が好きな事以外は認めないという多様性と言われてる世界で自分とは違う思考のものはレベルが低いだの認めない奴らとか。
・人権意識が強くなれば番組はつまらなくなる。 番組の種類にもよりますが、当り前の事です。 実像を描く場合と虚像を描く場合では手法が違ってくる。
・「人権意識が強くなりすぎるとつまらなくなる」というのはすなわち、「誰かが楽しむために、ほかの誰かを傷つけても仕方がない」と言っているのと同義だと考えます。
・お笑いのメディアに出る以上、ある程度の人権は冒されても仕方がない。 情報番組でも、発言に対しての避難は覚悟すべきである。 その覚悟が無ければ人前に出るべきではない。
・息苦しく世知辛い世の中作りに加担してるのは小川だということは分かりました。きっと不適切なんて観てないんでしょうね。 それとなんで三浦みたいなのがいるのか疑問です。フジだからですかね。
・そういったところを配慮しつつ面白い番組を作るのがプロなんだろうけど、昔の番組のほうが面白かったのは厳然たる事実・・・。
・『人権意識』というより、クレームに弱くなるとつまらなくなるのではないか、と思います。 『不適切にもほどがある!』がウケているのは、そう感じている人も多いからですはないでしょうか。
・今の若い世代はもはやテレビに面白さは求めてないと思うよ。とくにフジテレビはとっくのとうに世間から見放されてるからね。 人権は守るのが当たり前でしょ。 フジテレビは何を言ってるんだか…
・フジテレビはいまだ1990年代の栄光を忘れられないから、こういう的はずれな発言が出てくる。 今はテレ東にすら抜かれ全国ネット最下位という現実を直視すべきだろう。 バラエティでバカやってもYOUTUBEに勝てるわけが無いんだから。
・完全同意です、人権が絡むと創作は駄目になります。 なお、セクシー田中さんの一件は人権ではなく契約を守らなかった話です。 混同しないように注意しましょう。
・「人権意識が強くなると番組がつまらなくなる」のは十分に理解できるからさあ、そんなつまらない番組流してないで、ネットのPPVで「面白いと思う」プログラムやればいいじゃん。
(俺は見ないけど)
・今のテレビが色々と堅苦しい制限でつまらなくなっている一面があるのは否定できない。 とは、言うものの流石にこれは舌足らずでは済まない失言だろうね。
・フジのテレビを好んで見る人とそうでない人は割りとはっきり分かれますよね。因みに私の身の回りでは、殆どフジテレビを好んで見る人はいません。
・基本、考えない人や考えられない人が 大勢いるのかもしれない。
人権意識が低いと、人として終わりだよ。 面白い、面白くない、 そこの領域に到達する前の所で、躓いてるね
・過剰な人権意識と平等主義がハリウッドをつまらなくしたのは事実、これが続けば(民主党の牙城だから続くのだろう)ハリウッドは衰退するしかない
・極端な話、1人のクレームのせいで99人が見たいモノが観れなくなるのが現状(質はこの際考えない) 結果、芸人を使った内輪ウケしかしない番組かダラダラ同じ内容を垂れ流す自称・情報番組しか作れない
これが1番悪いのでは?
・テレビやメディア業界は特権階級意識、選民思想が強すぎる。 だからどういうところが問題なのか理解できてない。
・多分あの人でしょうねw。むしろこういう発言をするからあの人はフジテレビの番審委員になったんだと思いますけどね。フジテレビらしいというかなんというか昭和で頭が止まっている局ですね
・フジテレビにメディアの役割など理解できない。
極端な政権寄りの人物や自社の解説委員などが人権などお構いなしの意見を垂れ流す。
このテレビ局の姿勢は政府のプロパガンダ手段に使われているようなもの。
・人権意識… そもそもドラマやバラエティなんかは テロップで「注意を予め促しておけば良い」だけなんじゃ無いの? 事実とは異なるとな個人の感想なんだから
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