( 141893 ) 2024/02/22 14:18:48 0 00 岸田内閣が発言した「ドライバーの賃上げ10%」は実現可能か?(出典元: Alexandros Michailidis / Shutterstock.com,、Photo/Shutterstock.com)
2024年2月16日、岸田首相が「2024年度、トラックドライバーに対する10%前後の賃上げが期待できる」と発言した。岸田内閣が推し進める「物流革新」政策に対する自信の表れともとれる発言である。だが、2018年から2022年の4年間における、トラックドライバーの賃上げ率は、大型ドライバーで4%、中小型ドライバーで5%に過ぎない。「2024年度中にドライバーの賃上げ10%」が単なる人気取りのハッタリ発言なのか、それとも実現可能なのか。
【詳細な図や写真】賃上げ10%に向けた主軸は2つ(出典:内閣官房資料)
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「日本の賃金を上げる」、これは政府が掲げる大方針であることは、皆さまご承知のとおりである。2023年夏、政府はこれから10年強で、最低賃金を今の水準の1.5倍にするという目標を示した。仮に2035年度に達成したとすれば、賃金の伸び率は毎年3.4%程度となる(本稿での賃金は特に記載のない場合、名目賃金を指す)。
一方、国内最大の労働組合である中央組織、連合(日本労働組合総連合会)が2023年12月に掲げた2024年春闘における統一要求の賃上げ目標は「5%以上」である。
こういった国内における賃金上昇の機運を鑑みても、トラックドライバーの賃金を2024年度中に10%アップするというのは、実に意欲的な数字である。
岸田内閣は、どのようにしてドライバーの賃上げ10%を実現しようというのか?
主軸となるのは、2023年12月に公表された「標準的な運賃」の改定と、今までドライバーが無償で実施することの多かった荷役等の付帯作業料の適正収受である。
「標準的な運賃」は、トラック輸送における運賃において、政府が示す業界の目安となる運賃表である。最新版は2023年12月に公表されており、政府は2023年度中の改正を目指す。距離や重量、あるいはトラックの種別ごとに設定された運賃単価は、これまでの「標準的な運賃」と比べて、約8%高く設定されている。
加えて、速達割増し、積込料・取扱料、利用運送手数料の設定について、具体的な金額を示したのは評価に値する(これまでは、たとえば積込料・取扱料については、「積込み、取卸しその他附帯業務を行った場合には、運賃とは別に料金として収受」と記載しているだけであった)。
政府の目論見としては、「標準的な運賃」の約8%、加えて荷役作業等の付帯作業料を適正収受することによるプラスオンによって、運送会社の売上・利益アップにつながり、結果、ドライバーに対する10%の賃上げが実現する、という皮算用なのだろう。
「第4回我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議」(2024年2月16日開催)において発表された、その他の運送会社の売上向上に貢献するであろう要因について列記する。
・荷待ち・荷役の時間が合計2時間を超えた場合は、待機時間料金や荷役料金等に対し、割増率5割を加算する。
運送契約書において、「有料道路利用料」を個別に明記する。また、有料道路を利用させない場合には、ドライバーの運転の長時間化を考慮した割増しを設定する。
リードタイムの短い運送では「速達割増し」を設定。逆にリードタイムを長く設定した場合の割引も行う。
多重下請構造是正の一環として、親請事業者の手数料を10%として「標準的な運賃」内に明記する。
公共工事設計労務単価(公共発注者の積算用単価、2024年3月から適用)において、工事に必要な資材運搬を行う一般運転手の単価を7.2%引き上げる。
こういった施策を実現するための予算として、2024年度一般会計予算で28億円の予算を検討している。
では、これらの施策によって、本当に2024年度内にドライバーの賃上げ10%は実現するだろうか? 筆者は3つの懸念を感じている。
1つ目の懸念は、「標準的な運賃」が改定されたところで、すぐに市場における運賃価格が変わるわけではないことだ。
そもそも、(「標準的な運賃」に限らず)運送会社が荷主に対して運賃値上げを申し入れたところで、すぐに荷主が承諾してくれるわけではない。なんやかんやと言い訳をして承諾を遅らせようとする荷主もいるし、そんなことをしない荷主においても、運賃値上げを承諾するためには所定の社内手続きとそのための準備期間が必要となるケースもある。
実際、国土交通省が2023年2~3月にかけて実施した調査では、「標準的な運賃」を荷主に承諾してもらった運送会社は、約43%に留まっている(2022年度の実績)。本調査では、以下のように考察している。
「令和2年度の初めに『標準的な運賃』を告示して以降、2年目の令和3年度に運賃交渉について荷主の理解を得られた事業者は約15%であったものが、3年目の令和4年度に約43%と約3倍増となったことは一定の成果」
3年をかけても半数に届かなかった「標準的な運賃」に対し、「一定の成果」と自己評価していた。一方、2024年1月に発表したばかりの新たな「標準的な運賃」が、2024年度中に荷主に広く受け入れられ、かつドライバーの賃上げにまでつながるという見通しは、無理がある。
トラックGメン(国土交通省)の設立や、下請中小企業振興法に基づいた経済産業省や中小企業庁による価格転嫁に応じない企業の実名公表など、荷主に対する値上げ圧力が以前とは比較にならないほど厳しく、強くなっていることは確かだ。だが、それでも2024年度中に新たな「標準的な運賃」が浸透するかと言えば、難しいだろう。
荷主サイドに立って考えれば、物流コストの上昇は売上・利益を左右する、あるいはサプライチェーンの存続にもかかわる大問題である。結果、今までドライバーに無償で押し付けていた手積み・手卸しや、集荷先・配送先におけるフォークリフト等を用いた自主荷役を廃止する流れも加速するだろう。
となると、政府の目論見である付帯作業の適正収受による運送会社の売上向上は難しいことになる。
これが2つ目の懸念である。
そもそも、一方で手荷役・自主荷役の削減をうたっておきながら、一方でその対価を皮算用し、ドライバーに対する賃上げの原資として期待しようというのは、二枚舌を疑ってしまう。
3つ目の懸念は、「運賃が上がっても、それがドライバーの給与にまで反映されるかどうかは分からない」ことだ。
全日本トラック協会では毎年、会員運送会社の決算報告を取りまとめ、運送会社における損益計算書の平均値を公表している。これによれば、2022年度における運送会社の営業損益は、マイナス223万1,000円であり、運送収入における割合は、マイナス0.1%である。
この現状を鑑みれば、「標準的な運賃」と付帯作業適正収受によって、運送会社の売上が上がったところで、「まず赤字経営を是正しよう」と考え、ドライバーの賃金アップを先送りにする運送会社経営者がいたとしても責められない。
運送会社の経営は非常に苦しい。原油高や、ドライバー不足に伴う募集コストの増加だけでなく、トラックの購入価格も年々上がっている。もちろん、多くの運送会社経営者は、「ウチもドライバーの給料を上げていかないと…」とは考えているだろう。
だが、無い袖は振れないのだ。
ドライバーの収入を、しかも10%もアップさせるのは大変だ。ざっと計算したところ、仮に人件費以外のコストがすべて現状のままだったとしても、ドライバーの賃上げ10%アップを実現するためには、運賃を含む運送収入の売上を16%以上アップさせなければならないことになる。
結論を言えば、岸田首相の「2024年度中にドライバーの賃上げ10%」発言は、現実性に乏しい。だがそれでも、筆者はあえてこの発言を支持したい。
ドライバーの待遇を憂い、「トラックドライバーの賃上げは必須だ」という機運は醸成されつつあるが、肝心の「じゃあいくらまで賃上げすればいいのか?」という議論は進んでいない。
岸田首相が、「ドライバーは年率10%ずつ賃上げを期待できる」という基準を示した点で世間は変わる。たとえ、ハッタリに近い絵空事であったとしても、仮にも首相の発言である。波紋は起こるはずであり、だから筆者は支持をするのだ。
岸田内閣が推し進める「物流革新」政策は、ようやく具体的な施策が動き始めようとしている。もちろん、現時点では閣議決定等の段階だが、国会での審議を経て、「物流革新」政策がどのように法制化され、あるいは実行され、そしてドライバーの待遇改善につながっていくのか、今後も注視していこう。
執筆:物流・ITライター 坂田 良平
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