( 142108 )  2024/02/23 12:44:16  
00

芸能活動を休止しているお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏(写真:アフロ) 

 

 芸能活動を休止しているお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志氏が、1月22日に文藝春秋などに対し、名誉棄損による損害賠償と謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴した。請求額は5億5000万円である。これに対して、攻撃の手を緩めない「週刊文春」は、2月8日発売号で11人目の新証言を取り上げた。 

 

【写真】れいわ新撰組の候補として街頭演説している水道橋博士。隣はあの人。 

 

 「闘うメディア」と称される「週刊文春」とはいったいどのような組織なのか──。同誌の元編集長で、現在は文藝春秋総局の総局長を務める新谷学氏の著書『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)を紐解きつつ、週刊誌に詳しいお笑い芸人の水道橋博士に、週刊文春というメディアの特徴について聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト) 

 

 ──「ダウンタウン」松本人志さんの、性加害疑惑が連日報道されています。このタイミングで、新谷学さんの著書をあらためて読み、どんなことをお感じになりますか。 

 

 水道橋博士(以下、博士):吉本興業の関係者およびテレビの関係者は「全員この本を読みなさい」というのが僕の感想です。松本さんの疑惑が最初に報道された時に、即座に吉本興業が事実無根だと主張したのを見て「悪手すぎる」と思いました。 

 

 何がどこまで本当かはさておき「事実無根」なわけがない。文春や新谷さんは負けを含めて裁判慣れしています。「週刊文春」がどういうメディアか知っていたら、あんなことは言わなかったはずです。 

 

 僕は文藝春秋から『藝人春秋』という自分の本を出しており(※)、一時期まで文藝春秋の本社を訪れて毎週読み合わせをしていました。週刊誌をどのように作っているのか興味があったし、編集部を覗きたい気持ちもあって足を運んでいたのです。 

 

 ※2014年から2021年にかけて、水道橋博士は文藝春秋から、芸能界や政界の裏側を独自の視点で語る『藝人春秋』というシリーズ本を出版した(全3巻)。 

 

 『藝人春秋』の中で、橋下徹、石原慎太郎、猪瀬直樹の3氏を僕は告発しています。この本の内容は訴訟騒ぎになる可能性もあったので、文春の法務部に内容や書き方など見てもらった経験もあります。 

 

 ──「週刊文春」はほかのメディアと何が違うのでしょうか。 

 

 博士:『藝人春秋』はそもそも文藝春秋のパロディです。その中で一度、文藝春秋の成り立ちについても書きましたが、文春は弱いものいじめをするメディアではなく、権力を監視し、スクープを打つことを根本的な姿勢としています。 

 

 通常、出版社にはオーナーである創業家がいるものですが、文藝春秋にはそれがありません。権力者は出版社のオーナーに頼んでスクープやスキャンダルを止めようとしますが、文春にはこの手は通用しない。 

 

 文藝春秋は社員たちが会社の株を分けて持っており、報道機関としては非常にまともな構造だと思います。 

 

 この本を書いた新谷学さんは、もともと「週刊文春」の編集長をやり、次に文藝春秋総局の総局長になった方です。このポジションは文藝春秋社の各雑誌の編集長たちをまとめる役です。 

 

 「週刊文春」は政権のスキャンダルを書き続けてきたメディアで、政権との結託はありません。新谷さんはこの本の中で「親しき仲にもスキャンダル」という言い方で説明していますが、一緒に食事をする仲の政治家であっても、スキャンダルを見つければ必ず報じる。この本では、その基本姿勢について明確に述べています。 

 

 ──いい言葉ですね。 

 

 

■ 水道橋博士が驚愕した山崎拓の「親子どんぶり」 

 

 博士:僕は初めて新谷さんに会った時に、新谷さんが記者時代にどんなスクープをしたのか聞きました。その一つが、自民党の幹事長だった山崎拓氏の「親子どんぶり」だったんですよ。山崎拓氏が愛人に、その母親と3人で性行為をしたいと頼んだというスクープです。あまりにも性描写が強烈で、ワイドショーで読み上げることができなかったほどです。 

 

 「あのスクープの担当だったんですか!?」と思わず言ったほど、僕はすごく驚いた。なにせ「週刊文春」を20年以上読んできたけれど、一番印象に残っているのはあの記事でしたから。 

 

 しかも、この本にも書いてありますが、なんとその後に、山崎拓さんと和解し、一緒に食事をする仲になっているんですよ。「でも、何かあったらまた書きますよ」「親しき仲にもスキャンダルです」と新谷さんは書いています。 

 

 ──徹底していますね。 

 

 博士:松本人志さんおよび吉本興業、そしてテレビ業界は、このタイミングで、なぜもっとこういう本を読んで文春を研究しないのか。裁判をやるのなら、この本の中に敵の手の内がすべて入っているのに。無手勝流に挑んで、文春に勝てると思っているのでしょうか。 

 

 最初に報道があった時から、松本側が文春を研究する必要があるということを僕はX(旧ツイッター)にポストして言い続けてきましたよ。 

 

 「自分たちに不利なことは報じられないから、今回もマスコミを封じられる」なんてまだどこかで思っているのかもしれませんが、文春にはその手は通用しません。 

 

 スピードワゴンの小沢一敬くんも含め、事実確認を一切しないで「性行為を目的として飲み会をセッティングした事実は一切ありません」なんて、ああいうコメントをよくできるなと思います。 

 

 なんという呑気な芸能界。現場の人たちは、バーターと力でスキャンダルを封じてきた芸能界しか知らない。すごく残念です。このままでは松本さんと文春の裁判はいい戦いにならないでしょう。圧倒的に文春のほうが強い。 

 

 ──「週刊文春」という雑誌は独特で、政治、経済、社会問題、健康、セクシー系の話題、グラビア、漫画、芸能人のエッセイ、様々なタイプの広告、そしてスキャンダルなど、驚くほどコンテンツが多様で驚きます。あれほど異なるタイプの記事が入り乱れている雑誌も珍しいですよね。 

 

 

■ 文春が松本人志に見せた「武士の情け」 

 

 博士:たとえば、「週刊大衆」(双葉社)や「週刊アサヒ芸能」(徳間書店)などの雑誌は、ある年齢層の男性をターゲットにしています。 

 

 ネットが普及する前は、どういう雑誌を作れば、どの程度売れるかということがかなりはっきりしていたけれど、今は無料で読めるものが膨大に増えて雑誌そのものはかなり売れ行きが細っています。 

 

 「週刊現代」や「週刊ポスト」はヘアヌード路線を始め、「週刊現代」は「死ぬまでSEX」特集をずっとやっていました。活字を読むおじさん向けのコンテンツですよね。 

 

 こういった中で、「週刊新潮」や「週刊文春」は男女両方をターゲットにしており、飛行機のファーストクラスにも置かれている。歯医者さんに置いてあるのも週刊文春ですね。 

 

 ヘアヌードを春画で載せて、一時、この本の著者である新谷さんは更迭されていましたけれど、基本的に「週刊文春」に度の過ぎたエロはありません。 

 

 ──宮崎謙介・元衆議院議員の不倫報道があった時に、奥様の金子恵美・元衆議院議員が妊娠していた。奥様の体調を考慮してスクープを出すタイミングを調整したという話が印象的でした。 

 

 博士:雑誌は人が作っているものですから、そういう配慮はあります。文春はたくさんスクープを持っていますが、何をいつ出すかを決めるのは編集長です。 

 

 松本さんの性加害疑惑なんて数カ月前から仕込んでいたはずです。松本さんは「M-1グランプリ」(ABCテレビ・テレビ朝日系)の審査委員を務めていましたから、タイミングとしては年末のM-1に出場できないようにスクープを放つこともできたでしょう。でも、放送を待ってから出した(※)。あれは武士の情けだと思います。 

 

 ※『M-1グランプリ』が放送されたのは2023年12月24日。松本人志性加害疑惑の第一弾が週刊文春に報じられたのは、同年12月27日発売号だった。 

 

 この本の中に、渋沢栄一の著書『現代語訳 論語と算盤』(筑摩書房)からの引用がありましたが、ペンを持つ者は武士の精神を持たなければなりません。そして同時に、ビジネスを疎かにしてはならない。 

 

 そのあたりのことを考えることができる、大学でジャーナリズムを勉強してきた人たちが「週刊文春」を回しています。これに対して、吉本の経営陣はというと、松本さんのマネージャーを務めてきた人たちが幹部を占めている。 

 

 ──吉本興業の大崎洋前会長や岡本昭彦社長、藤原寛副社長などですね。 

 

 

■ 「著名人と指名手配犯は同じだと思う」 

 

 博士:『よい謝罪 仕事の危機を乗り切るための謝る技術』(日経BP)という本を出し、お笑い情報誌「マンスリーよしもと」(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)の初代編集長を務めた竹中功さんという方がいます。 

 

 吉本タレントの謝罪を仕切ってきた竹中さんは、芸人がいかに問題を起こすかということをよく分かっていました。でも、今の経営陣は権力闘争の末に、こういうジャーナリズムを分かっている方を辞めさせてしまった。 

 

 ヤクザも同じですけれど、芸人の世界では師匠から戒めや戒律を習います。たけし軍団も性には奔放だったけれど、松本軍団みたいなことはしません。師匠の教えがあるからです。 

 

 NSC吉本総合芸能学院の第1期生がダウンタウンです。彼らがリーダーだから、彼らがルールを作ってきた。僕は彼らの作るルールは、芸人の戒律を侵しているとかなり前から思っていました。 

 

 ──この本の中には、たけしさんのフライデー襲撃事件の話も出てきます。あの事件は、マスコミが反省する重要なきっかけだったと書かれていました。また、小室哲哉さんのスキャンダルを報じた時に、小室さんが引退してしまったことで、世間から文春に対して批判が殺到したというお話もありました。意外とそういう世間からの批判を文春が気にしていることがうかがえます。 

 

 博士:たけし事件の時は間違いなく行き過ぎた取材がありました。そして、暴力で報復したたけしさんとたけし軍団が法の下に裁かれたということもまた事実です。 

 

 そのあたりの事情は、『たけし事件:怒りと響き』(太田出版)という本で、何があり何が問題だったのか総括されています。写真誌がいかに衰退していったか、こういうものを読んで受け継がないかぎり、また同じことが起こると思います。 

 

 一方の小室哲哉さんは文春砲によって引退しました(※)。芸能人には引退するという選択肢があります。僕は松本さんの報道を見て、松本さんはこれを機に引退を選ぶと思いました。松本さんは様々なメディアで、「2、3年の内に引退する」と公言していたからです。 

 

 ※週刊文春は2018年に、作曲家で音楽プロデューサー、小室哲哉氏の不倫疑惑をスクープした。妻のKEIKO氏(2021年に離婚)の闘病中に、知り合いの看護師の女性と自宅で過ごしていたという内容。 

 

 松本さんはすでに余生に困らないだけ稼いだし、島田紳助さんはスキャンダルが出た時に、引退することでプライベートまで追いかけられることがなくなりました。 

 

 ──芸能人にとって、プライバシーはあってないようなものです。 

 

 博士:芸能人はみなし公人です。表にいる間は追われるものです。今の時代、みんなカメラを持っていますから、どこで盗撮されてもおかしくない。芸人にはそういう覚悟が必要で、僕は著名人と指名手配犯は同じだと思う。 

 

 

 
 

IMAGE