( 142453 )  2024/02/24 12:37:29  
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アストロズ戦に先発したエンゼルスの大谷翔平。奥の数字はピッチクロック(投球間の時間制限)=2023年5月9日、アメリカ・アナハイム - 写真=時事通信フォト 

 

2023年シーズンから米大リーグは試合時間の短縮を目的に、新ルール「ピッチクロック」を導入した。この結果、観客動員が増え、年齢層も若返った。ライターの広尾晃さんは「今季から台湾、韓国も導入予定だが、日本のプロ野球は見送った。野球界の未来を考えると非常に残念だ」という――。 

 

【写真】台湾の球場に設置されていたタイマー 

 

■ピッチクロックを導入したMLBが得たすごい成果 

 

 米大リーグ(MLB)は北米四大スポーツの1つだが、競合するアメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)に比べてファン層が高齢で、若者層に人気がなかった。その一因として「試合時間の長さ」が指摘されていた。 

 

 NFLの試合時間は15分×4クオーターの計60分、NBAの試合時間は12分×4クオーターの計48分、インターバルやハーフタイムショーなどがあるのでスタジアムの滞在時間はともに2時間以上にはなるが、MLBは平均試合時間が3時間10分前後、しかも時間の制約がない野球は圧倒的に長く、スピーディな展開を好む若者には不評だった。 

 

 そこで2023年シーズンから、MLBは「ピッチクロック」を導入した。 

 

 「ピッチクロック」とは、 

 

 ・投手は、ボールを受け取ってから、走者がいない場合は15秒、走者がいる場合は20秒以内に投球動作に入らなければならない。これに違反した場合、自動的に1ボールが追加される。 

・打者は、制限時間の8秒前までに打席に入り、打つ準備を完了していなければならない。これに違反した場合、自動的に1ストライクが追加される。 

・走者がいるときに、投手が牽制や投手板を外した場合、制限時間はリセットされる 

(※MLBでは2024年から、走者がいる場合は20秒以内→18秒以内とさらに短縮することを決めている) 

 

 というルールだ。 

 

 MLB30球団の本拠地のバックネットには経過時間を示すタイマーが設置され、テレビの放送でもタイマーの数字が表示された。これがMLBの試合運営に劇的な変化をもたらした。 

 

■時短で観客数も年齢層も大きく変化 

 

 MLBのロブ・マンフレッド・コミッショナーは、時短のためにこれまでも「申告敬遠制度」や「ワンポイントリリーフの廃止」などを導入したが、まったく効果がなかったために「ピッチクロック」の導入に踏み切った。 

 

 マイナーリーグや提携する独立リーグなどでの実験的導入を経て、2023年から導入した。 

 

 その結果として、MLB30球団の平均試合時間は2022年の3時間3分44秒から2時間39分49秒と、約24分も短縮された。 

 

 筆者は、シーズン中はMLB中継のテレビをつけながら仕事をしているが、昨年は大谷翔平の投げる試合など、あっという間に終わった印象だ。 

 

 スピーディな試合はMLBのファンにも好評で、観客動員は6455万6658人から7074万7365人と9.6%も増加した。 

 

 全30球団のうち26球団が観客動員数を伸ばし、メジャー全体で週末の動員が150万人を突破したことは11度に上ったという。 

 

 とりわけ重要なのは、年齢別で18歳から35歳のファンの入場券購入率がこの4年間で10%増。チケットを購入したファンの平均年齢は、2019年は51歳だったが、昨季は45歳になったという。(米のスポーツメディア「ジ・アスレチック」2024年2月9日より) 

 

 

■日本でも「ピッチクロック」はすぐに導入できる 

 

 MLBでは時短のために「ピッチクロック」だけでなく「牽制球」のルールも改定した。 

 

 ・投手が牽制球を投げるか、もしくは投手板から足を外す行為は1打席あたり2回までに制限され、3回目以降は走者をアウトにできなかった場合ボークとなる 

 

 これにより無意味な牽制球がなくなった。これも「時短」に貢献したと考えられる。 

 

 さらに2020年に新型コロナ禍の特例措置として導入された、延長戦の「タイブレーク」も、引き続き行われ延長戦の大幅短縮が実現している。 

 

 ネガティブな面もなくはない。一部の投手には「ピッチクロック」が投球に影響を与えたという。大谷翔平が9月に、二度目の右ひじ靭帯(じんたい)復旧手術を受けたのも「ピッチクロック」が関与したとの見方もあるが、それを裏付けるデータは今のところない。 

 

 ちなみに「ピッチクロック」の日本での導入に際しては公認野球規則の改定をする必要はない。 

 

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公認野球規則 8.04 

塁に走者がいないとき、投手はボールを受けた後12秒以内に打者に投球しなければならない。投手がこの規則に違反して試合を長引かせた場合には、球審はボールを宣告する。 

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 とあるからだ。公認野球規則の方が12秒と「ピッチクロック」より3秒短い。 

 

 2006年にこの規則が導入されたが、NPBでもアマチュア野球でも適用されることはほとんどなく、実質的に野放しになっていた。 

 

■しかし現時点での導入予定はない 

 

 日本のプロ野球の平均試合時間は9回時点で3時間7分、延長戦も含めれば3時間13分となっている。 

 

 NPBの観客動員は増加する傾向にはあるが「ピッチクロック」の導入は、新たなファン層を開拓するうえでも有効だろうと思われる。 

 

 しかしNPBは今季(2024年シーズン)の「ピッチクロック」の導入を見送っている。 

 

 昨年7月10日のオーナー会議で「ピッチクロック」の検討を始めるようNPB事務局、実行委員会に指示した。 

 

 だが、NPB事務局の見解によれば「過去5年間の投球間隔は、MLBの定めている秒数をほとんどクリアしている」とし、まずは打者交代における時間短縮が妥当と判断。 

 

 前打者の打席完了から次打者が打席に入るまでの時間を「30秒以内」とすることを徹底するとした(「30秒ルール」)。2023年の平均は36.9秒だったが6.9秒短縮できれば1試合で6分19秒の短縮が見込まれるという。 

 

 これにより試合時間は3時間前後になる。NPBの井原敦事務局長は「今考えているのは3時間を切る、2時間50分~3時間が、試合時間の一つ適正な目安かな」と述べたという。 

 

 筆者にはMLBよりも20分も長い試合時間でよしとする根拠がよくわからない。ちなみに上記の「30秒ルール」を守らなくても罰則はないという。 

 

 

■「野球離れ」に対する危機感がない 

 

 球団関係者に話を聞くと「ピッチクロック」の導入に難色を示す背景にはコストの問題があるという。 

 

 本拠地球場のバックネット裏にタイマーを設置しなければならないし、時間表示システムを導入し、放送とも連動させる必要がある。専門の人員が必要な可能性もある。 

 

 またNPBの場合、本拠地球場だけでなく、地方球場でも公式戦を行う。年に1、2試合しか試合を行わない地方球場にも「ピッチクロック」のシステムを設置する必要が生じる。 

 

 さらに球場の営業サイドからは「試合時間が短くなれば、ビールや食事などの売り上げが減る」という懸念の声も上がっているという。 

 

 率直に言ってNPBサイドにはMLBのような「野球離れ」に対する危機感がないのだと思わざるを得ない。 

 

■台湾、韓国では今シーズンから導入 

 

 一方で、日本の社会人野球を統括する日本野球連盟(JABA)は2023年、「スピードアップ特別規定」を設け、ピッチクロックのほか、牽制の回数制限などMLBと同様の「時短」政策を導入した。 

 

 昨年7月に行われた社会人野球の都市対抗大会で、初めて導入したが、1試合の平均時間は昨年と比べて約7分短縮されて2時間37分となった。JABAは2024年シーズンも引き続き「ピッチクロック」を実施するという。(時事通信 2023年8月1日配信記事) 

 

 筆者は昨年11月末に、台湾でアジアウィンターリーグを観戦したが、台湾の球場のバックネットにはタイマーが設置されていた。 

 

 今年1月、台湾プロ野球(CPBL)は「ピッチクロック」などの「時短」ルールを一軍二軍ともに導入すると発表した。おそらく、アジアウィンターリーグでは試験的に「ピッチクロック」を導入していたのだろう。 

 

 それに先立つ昨年10月には、韓国プロ野球(KBO)が「ピッチクロック」の2024年度からの導入を発表している。(日刊スポーツ2023年10月19日配信記事) 

 

 国内でも独立リーグの九州アジアリーグは2023シーズン全試合の平均試合時間が3時間9分であった現状を踏まえ、リーグの目標である2時間50分を目指すため「ピッチクロック」を導入すると発表している。(九州アジアリーグ2024年1月30日配信の「NEWS」より) 

 

 世界の野球界の趨勢は「時短」なのだ。 

 

 

■今年末の「プレミア12」はどうするのか 

 

 「いや、日本には日本のやり方がある。何でもかんでもアメリカや世界に合わせる必要はない」とは日本の野球関係者の口癖ではあるが、WBCに象徴されるように、日本野球は「国際試合」を通じてステイタスを高め、長期低落傾向が続く国内の野球人気を維持してきたのだ。 

 

 2026年の第6回WBCでは、ほぼ間違いなく「ピッチクロック」が導入される。観客動員1位のMLBだけでなく世界3位、4位のプロリーグであるKBO、CPBLが導入しているのだから。 

 

 それ以前に、今年11月に行われる「第3回WBSC世界プレミア12」(※)でも「ピッチクロック」が導入される可能性がある。大会は台湾と日本で行われるが、日本以外の多くの国で今期から「ピッチクロック」が導入されるからだ。 

 

 ※日本、韓国、台湾のほか、アメリカ(MLBは参加せずマイナーリーガーなどが中心になる見込み)、オーストラリア、メキシコ、オランダなどが参加する 

 

 152年前に野球が日本にもたらされて以降、アメリカでルール改定が行われれば、日本野球では1年後にはそれに準拠して「公認野球規則」を改定し、ルールを改めてきた。 

 

■日本野球のガラパゴス化 

 

 しかし、近年、異変が生じている。 

 

 2020年からMLBで導入された「ワンポイントリリーフの禁止」「タイブレーク制の導入」、そして2023年の「ピッチクロック」「一、二、三塁ベースの大型化」「極端な守備シフトの禁止」などについて、日本はこれまで通り、公認野球規則を改定はした。 

 

 だが「ただし、我が国では○○については、適用しない」と付記している。 

 

 MLBでは2022年にナショナル・リーグがDH(指名打者)制を導入した(ユニバーサルDH)。これにより大谷翔平のナ・リーグのドジャースへの移籍が可能になったわけだが、日本のセントラル・リーグと、高校野球、大学野球の一部はまだ導入していない。 

 

 今では少年野球も含めて世界でDH制を導入していないのは、日本のこれらの団体だけだ。要するに「ガラパゴス化」が進んでいるのだ。 

 

 「なんでこんなにいろいろ変えるんだ。アメリカのやり方にはついていけない」あるプロ野球審判のOBはそう言った。NPBの裏方の正直な声ではあろう。しかしながら「だからと言って、このまま放置する」のは無責任すぎる。 

 

 

 
 

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