( 142963 )  2024/02/25 15:51:11  
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写真:Shutterstock 

 

物流2024年問題に代表されるように、今の日本では人手不足が深刻化しており、基本的な経済活動の維持すらままならない状況に陥っています。なぜ日本でだけこのような特殊な問題が発生するのか疑問に思っている人も多いと思いますが、その原因を見事に説明してくれる教科書のような発言が経済界のトップからありました。原因こそ単純ですが、問題は根深いですから、解決は容易ではないかもしれません。 

 

【写真】大阪万博の開催決定を松井元大阪府知事、世耕元経産相らと喜ぶ松本正義氏(2018年撮影) 

 

 発言の主は、関西経済連合会の松本正義会長(住友電気工業会長)です。松本氏は、大阪万博のパビリオン建設をめぐる「デッドラインは過ぎている」という建設業界幹部の発言に対して怒りを爆発させ、「建設会社はけしからん。万博を成功させようというコメントはどこにもない」と発言。さらに続いて「絶対に万博は成功させなくてはならない」「やめるとか延期するとか(言う人がいるが)、(中略)絶対に許されない」「松本が怒っていたと、書いておいてほしい」など、精神論を延々とまくしたてました。 

 

冒頭でも記したように、今の日本では空前の人手不足が発生しており、あらゆる分野で業務がうまく回らないという事態が発生しています。特に現場仕事を必要とする業界の人手不足は極めて深刻です。重要なのは、今、発生している人手不足は決して一時的な要因ではなく、日本経済の仕組みそのものに起因する構造的問題であるという点です。 

 

より具体的に説明すると、日本は人口減少と高齢化が進んでおり若年層の人口比率が急激に低下しています。つまり、総人口が同じであったとしても、高齢者の比率が上がり、若者の比率が下がっている状態です。実は諸外国でも程度の違いこそあれ、少子化や高齢化は進んでいるのですが、日本のような深刻な問題は発生していません。その理由は、組織運営のあり方や個人のキャリア形成が日本とはまったく異なるからです。 

 

日本企業では、職務の専門性に基づいて採用や昇進が行われるのではなく、新卒一括採用、年功序列の人事を基本としてきました。職種の専門性は重視されないため、一定以上の年齢になると誰もが皆、管理職になり、現場の仕事から外れます。したがって会社の中で現場仕事に従事するのは基本的に若い社員ということになります。 

 

 

一方、諸外国の場合、基本的に職種によって人を採用しますから、年齢が上がっても多くの人が同じ業務に従事します。こうしたやり方であれば、人口構成が変化しても企業の運営にはそれほど大きな支障は生じません。総人口が1億人であっても8000万人であっても、例えば2割の人が当該業務に従事する必要があるのなら、それぞれの人口規模に応じて従事者が仕事をすれば良いわけです。 

 

ところが日本の場合、現場仕事に従事するのは若い人だけですから、若年層人口の比率が低下していくと、必然的に現場仕事に従事する人が足りなくなるという現象が発生します。こうした人事体系は日本だけに見られる極めて特殊なものであり、諸外国ではまず目にしません。このため極度の人手不足という問題は日本で顕著に発生することになるのです。 

 

この話を聞くと、現場から離れた人をまた戻せばよいと思うかもしれませんが、仕事というのは続けていてこそスキルが上がっていきますから、一度、現場を離れてしまうと元に戻すのは簡単ではありません。 

 

一連の事態を改善するには、人手が足りない仕事には高い賃金を提示し、新卒の希望者を増やすと同時に、外部から積極的に転職を促すよりほかありません。同時にIT化、自動化を進め、より少ない人数で、同じ仕事を回せるようにする必要があります。 

 

つまり、今、起こっている人手不足の原因ははっきりしており、対応策も分かっているのですが、なぜか経済界は対処してきませんでした。なぜそうなってしまうのかという原因を端的に示しているのが、冒頭に紹介した経済界リーダーの昭和的価値観です。 

 

日本ではいまだに、すべての物事は気合いや精神で乗り切れると考えている人が大勢いて、科学的に状況を分析し,合理的な解決策の提示を忌避する傾向が顕著です。先ほどの経済界トップの発言を聞くと、科学技術の粋を集めた米国の大型爆撃機B-29に対して、竹槍で戦おうとした戦時中の日本と何も変わっていないように思えます。 

 

繰り返しになりますが、今、日本で起こっている人手不足は構造的な問題であり、その場しのぎや気合いで乗り切れるものではありません。物流問題は宅配など身近な問題に直結していますから、とても分かりやすいですが、人手不足による問題は、電話や水道などの公共インフラや住宅のリフォーム、飛行場の運営など、ありとあらゆるところに及んでいます。 

 

人やモノの移動が妨げられれば、当然それはコストとなって跳ね返ってきますから、私たちの生活を圧迫する要因となりますし、安全性や経済の成長も阻害される可能性が出てきます。ここまで状況が深刻化しているにもかかわらず、経済界の中枢を担う人物から、安易な精神論が飛び出してくるというあたりが、問題の深刻さを表していると言えるでしょう。 

 

  

 

加谷 珪一 

 

 

 
 

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