( 143598 )  2024/02/27 14:29:48  
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日経平均株価を最高値へと動かしたものは何なのか(長田洋平/アフロ) 

 

WEDGE Online(ウェッジ・オンライン) 

 

 既報の通り、2月22日の東京株式市場では日経平均株価が1989年末につけた最高値(3万8915円)を約34年ぶりに更新し、終値は前日比836円52銭高い3万9098円68銭で引けた。金融市場の話題は1ドル150円近傍で張り付くドル/円相場の値動きよりも、最高値更新に期待がかかる日本株の値動きに集中している。 

 

 あくまで名目的な株価水準であり、途中で構成銘柄が大きく入れ替わっていることなども踏まえると、34年前との単純な数字比較に統計的な意味を見出すのは難しい印象もある。しかし、シンボリックな動きとして取りざたされるのも分からなくはない(図表(1))。 

 

 筆者は株式市場の専門家ではないので、日経平均株価指数の割高・割安について言及することは避ける。だが、「そのドライバーは何か」と聞かれれば「インフレの賜物」と答えることにしている。自国通貨が安くなるのも、株や不動産、その他実物資産(外車や高級時計など)が高くなるのも、インフレ圧力の高まりと整合的な現象である。 

 

 全て最近の日本で話題になっている論点だろう。同日、植田和男日銀総裁も衆議院予算委員会で2024年以降の物価見通しに関し「23年までと同じような右上がりの動きが続くと予想している」と述べ、「(日本経済は)デフレではなくインフレの状態にある」と踏み込んだ発言をしている。 

 

 デフレがインフレに切り替われば実物資産を筆頭に名目価値が増加するのは必然ではある。後述するように、理論的な想定に反して歴史的安値で張り付いている円の実質実効為替相場(REER)の然るべき調整経路も、結局インフレになることで決着がつくと考えれば、相応に納得感はある。 

 

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 「インフレで通貨安になっているから株価が上がっている」という例は海外にもしっかり確認できる。22年以降、本欄「唐鎌大輔の経済情勢を読む視点」では「対ドル変化率で見た場合、円よりも慢性的に下 

 

 落幅が大きいのはアルゼンチンペソとトルコリラくらい」と繰り返し論じてきた。図表(2)は今年2月22日時点における過去1年の主要株価指数の上昇率トップ10を並べたものだ。 

 

 アルゼンチン(メルバル指数)やトルコ(イスタンブール100種指数やイスタンブールBIST30指数)が上位を占めている。同じく史上最高値更新が期待されるNYダウ工業株30種は2月22日時点で30位だった。 

 

 結局、(1)通貨安になっていることで日本企業の海外利益が嵩上げされている、(2)円安発・輸入物価経由の外生的なインフレ圧力に加え、未曽有の人手不足も相まって内生的なインフレ圧力も高まっていることで、株式を含めたあらゆる名目価値が膨らみ始めていると整理するのが日本経済の実情に最も近いと筆者は理解している。 

 

 

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 予想通り、メディアを中心に「日本の国内総生産(GDP)が不調なのに、株高は矛盾するのではないか」という疑問が取りざたされている。残念ながら、GDPの不調と株価の続伸の間に矛盾はない。 

 

 かねて国際収支構造の分析と共に論じているように、日本企業が稼いだ収益は国内に還流せず海外に滞留している。これは第一次所得収支黒字の構造からも確認できる。 

 

 筆者試算によれば、その円転率(※第一次所得収支黒字のうち円買いに繋がっていると思われる比率)は年によって異なるが25~30%程度と目される。+30兆円の黒字を稼いでも、日本経済に還流してくるのは+10兆円程度と考えておいた方が良い。 

 

 こうした傾向はよりミクロのデータからも確認可能だ。図表(3)は経済産業省「海外事業活動基本調査」から遡及可能な03年度以降について、日本企業が海外に保有する内部留保残高の推移を見たものだ。21年度調査(21年4月初頭~22年3月末)は約48兆円と過去最大を記録している。円安が始まったのがちょうど22年3月末なので、その影響は21年度調査から既に織り込まれつつあるだろう。 

 

 言うまでもなく、22年度や23年度の調査ではより円安の影響が色濃く反映されるため、内部留保残高はさらに嵩上げされてくるはずである。国内経済情勢はさておき、こうした企業部門の現状が株価に反映されてくれば株価水準は当然、押し上げられてくる。 

 

 企業部門の収益が国内に還流されない以上、家計部門の所得環境も改善が遅れてしまう。結果、国内の消費・投資は振るわない。内需総崩れの様相と共にGDPが全く冴えない状況になっている現状は決して不思議ではない。 

 

 大企業を中心として連日のように賃上げ報道がなされている背景にはそうしなければ労働力が確保できない状況がいよいよ顕現化しているからである。あと10年もすれば、生産年齢人口が現在の就業者人口を割り込む展開も可視化されるだろう。 

 

 そこで起きることは労働者の奪い合いであり、名目賃金は必然的に上がらざるを得ない。原資のある企業から賃上げは始まっていくし、それがインフレ経済を定着させるし、株価も為替も新しい水準を目指す。 

 

 

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 前回の本コラムへの寄稿『<賃上げ>で日本経済の好循環なるか?忘れてはならない人手不足の歪、インフレ調整を強いられる日本社会』でも述べたように、「半世紀ぶりの円安」で張り付いているREERの調整経路は(1)名目ベースで円高が進む、(2)日本が相対的にインフレになる、もしくはその両方が考えられ、過去2年以上、筆者は恐らく(2)だろうと強調してきた。 

 

 図(1)で見るように、日経平均株価指数とREERの乖離は著しく拡大しているが、インフレに応じてREERが押し上げられてくるのだとすれば足許の株高も特段の調整は不要である。四半世紀以上、デフレが日本の経済・金融情勢を議論する大前提だったのだから、それが変われば、名目水準は一気に変わっても良い。 

 

 インフレによって実質ベースで見た円安感は解消され、名目ベースで見た円安感は放置される。「行き過ぎた円安」かどうかは時の物価水準で決まる。 

 

 ドル建て名目GDPの日独逆転に際し、「為替レートが購買力平価(PPP)からかつてないほど通貨安方向に乖離し、物価水準が低い日本では、名目でみると実力が大幅に過小評価される」という意見はいまだ根強い。これは理論的に正しいが、現実的に正しいのだろうか。 

 

 円がPPPから通貨安方向に大きく乖離して10年以上も経過している。今、分析者として疑うべきは「実勢レートが正しいかどうか」ではなく「PPPが正しいかどうか」ではないのか。 

 

 今後、日本がデフレからインフレに切り替わるのだとすれば、実勢相場が過小評価なのではなく、PPPが過大評価であるという見方もできる。実勢相場が過小評価とは言えないのであれば、ドル建て名目GDPの収縮も過小評価とは言えない。言い換えれば、名目ドル建てGDPが「本当に正しかった規模」に修正されているという考え方もあり得る。 

 

 インフレ経済では株価は上がるし、不動産価格も上がるし、通貨は下がる。日銀総裁が「デフレからインフレへの切り替わり」を自認する今の日本においてインフレに付随して起きると想定されていることが起きているだけではないのか。筆者は株式市場の専門家ではないが、日本のマクロ経済環境に照らせば、株価上昇は必然の帰結なのではないかと捉えている。 

 

唐鎌大輔 

 

 

 
 

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