( 143833 ) 2024/02/28 12:43:31 0 00 ドラマ「セクシー田中さん」公式Xより
ネット空間における「炎上騒動」は日常茶飯事でも、尊い命が失われたとなれば看過できない一大事だ。誰もがスマホ片手に野次馬となれる時代。悪気なく発信した一言が、見ず知らずの人を極限にまで追い詰めてしまう。そんな“SNSの深淵”を探ってみると……。
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人気漫画「セクシー田中さん」の作者・芦原妃名子(ひなこ)さん(享年50)が急死してから2週間が過ぎた今月15日、同作をドラマ化した日本テレビは社内に特別調査チームを立ち上げると発表した。原作の版元である小学館や外部有識者にも協力を仰ぐと説明したが、原作者と日テレの間では原作改変をめぐりトラブルが起きていたと報じられてきただけに、ネット上では「対応が遅い」「第三者委員会でなければ原因が隠蔽(いんぺい)される」などと批判が鳴りやまない。
今回の騒動を振り返れば、その発端となったのは当該ドラマの制作スタッフで脚本家の相沢友子氏(52)の「SNS発言」だった。ドラマの最終回が放映された昨年12月24日、彼女は自身のSNSで〈最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることとなりました〉とつづった。その後の投稿でもあくまで自分は第1話から第8話までしか担当していないと強調し、第9話と最終回が原作者の手によるものだと説明した上で、〈この苦い経験を次へ生かし、これからもがんばっていかねばと自分に言い聞かせています。どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように〉と書いたのだ。
これらの発言を受けて、当初はネットを中心に脚本家を擁護しようとする声が広がった。
ところが後日、原作者である芦原さんが自身のブログなどでドラマ化の経緯を丁寧に説明すると、状況は一変する。日テレ側と事前に交わした「漫画に忠実に」という約束が守られず、多忙な連載執筆を抱えながらも脚本に手を加えなければならなかった日々が明らかになり、ネット世論が逆転。脚本家や日テレ側に対して「もう世に出るな」「わびろ」などの誹謗中傷が繰り返される事態に発展してしまう。
ネットはいわゆる大炎上となったわけだが、これを受けて芦原さんは自身のSNSで〈攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい〉とメッセージを残して、経緯について説明した投稿などを削除。自ら命を絶ってしまったとみられる。
突然の訃報は多くの人に衝撃を与えたが、ネット世論は喪に服すどころか過熱の一途をたどる。SNSは“芦原さんはテレビ局に殺された”と言わんばかりの声であふれたのである。
当の相沢氏もSNSで〈芦原先生がブログに書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました〉と吐露して、〈SNSで発信してしまったことについては、もっと慎重になるべきだったと深く後悔、反省しています〉と釈明し、アカウントを閉鎖するに至ってしまう。
「今やSNS空間は、腹を空かせたどう猛なワニやピラニアが無数に生息する沼と化しているのです」
とは、さるニュースサイトの編集者である。
「少しでもエサになりそうなトラブルが投下されると骨の髄までしゃぶり尽くす。当事者でもない第三者であるネット民の標的にされたアカウントは、投稿の削除や閉鎖に追い込まれる。今回のケースでは原作者が受けた理不尽な思いを晴らしてやろうと、日テレや脚本家へ誹謗中傷が繰り返されたわけです」
やり玉に挙げられたのは、脚本家やテレビ局だけではない。原作者と共にドラマ化の交渉にあたった版元の小学館にも、ネット民たちから批判の声が殺到したのだ。
同社の関係者が明かす。
「社内でも“作家さんや読者からの問い合わせにどう対応すべきか”“事態の詳細を知りたい”という声が上がり、今月6日に社内説明会が開かれました。役員からは、亡くなる直前まで芦原さんが行っていたSNSの投稿については“自身で説明したいという強い意志があった”とした上で、“ネット上の多くの反応が芦原先生を苦しめてしまった。SNSでの発信が適切ではなかったという指摘は否めません。会社として痛恨の極み”との見解が示されました」
この説明会では、企業のリスク管理を研究する桜美林大学の西山守准教授が「仕事上の問題をSNSに投稿することは誰も得しない」「犯人捜しは事態を悪化させる」と指摘したウェブ上の記事が紹介され、義憤に駆られての投稿、それに対する批判の応酬が悲劇を生んだとの説明もなされたという。
改めて西山氏に聞くと、
「テレビ局や出版社の間で、SNSやネットメディアの怖さが軽視されて、騒動のきっかけとなった脚本家の投稿が放置されてしまったことは問題だったと思います。多くの人の目に触れる前に削除すれば、当事者間で解決することもできたかもしれません。投稿が多くの人の目に触れたことで、今は第三者の怒りの声ばかりが暴走してしまい、かえって真実がうやむやになってしまっているように見えます」
第三者であるネット民は、善意の皮を被って問題に首を突っ込み、自分の不満のはけ口にしているようにも見える。
「SNSで声を上げた人たちは、芦原先生の代理として攻撃したつもりだったのかもしれません。けれど、芦原先生はSNSで攻撃するつもりはなかったと言っておられたし、それ以前にも“素敵なドラマ作品にして頂いた”として、キャストや制作陣、そして視聴者に感謝の言葉を書かれていました。そのことを踏まえれば、第三者が脚本家やテレビ局、版元に至るまでを批判して攻撃するのは、先生のご遺志に反するのではないでしょうか」(同)
本来は部外者であるはずのネット民たちの安直な正義感が、原作者を追い込んだ可能性は否めない。
「芦原先生からすれば経緯を説明したにすぎないのに、それを勝手に解釈した第三者たちがネット上で攻撃を始めてしまった。ドラマにかかわった人たちに感謝の思いを届けるどころか迷惑をかけてしまったと、先生に自責の念を持たせてしまったのではないでしょうか。SNSの声って人を殺すほど相手を傷つけるものなんです」(同)
原作者の急死を経てもなお、SNSの名もなき人々の声は収まるどころか肥大化していく。
「今回の問題で危惧されるのは、芦原さんはテレビ局や脚本家が原作を改変したせいで亡くなったんだ、とたたく投稿が多く見受けられ、一部メディアの論調もそちらに迎合しつつあることです」
と指摘するのは、インターネットリテラシーに詳しい国際大学GLOCOM客員研究員の小木曽健氏だ。
「冷静に考えれば、芦原さんの遺書は公開されておらず、ネットユーザーの投稿内容は大半が臆測や個人的な見解です。むしろ芦原さん自身の最後の投稿内容を見れば、自身が経緯を説明したことで炎上が起きて事態をコントロールできなくなった、その騒動による心労で傷ついた可能性も大いに考えられます。その場合は、テレビ局や出版社だけではなく、騒動初期にネットで攻撃的な投稿を繰り返した人たちも、芦原さんの死と無関係ではないということを認識しなければなりません」(同)
さらに小木曽氏はこうも言う。
「この問題には登場人物がたくさんいて、相当なボタンの掛け違いがあったのは間違いありませんが、表に出ていない事実もあるはずで、 当事者ではない人たちが善悪をジャッジするのは非常に危険だということ、この点をしっかり理解する必要があります。臆測に基づく騒動で芦原さんが亡くなった可能性を考えれば、不測の事態の『連鎖』という、もっと最悪の事態も想像できるはずです。“いったん立ち止まろう”という気持ちにもなれると思うのですが……」
日常生活に置き換えても、訳知り顔で物事を語ったり、事情も知らないまま罵詈雑言を叫ぶ人物がいれば、周囲から距離を置かれるだけだろう。
「ネット空間において誹謗中傷や過激なコメントをする人は、世の中のごく一部で、大多数の人はそれらに同意しておらず、だからと言って反論することもなく、普通はただ黙って見ているだけです。でも、そうした大多数の人はネットの世界では姿が見えないので『存在しない』ことになってしまう。すると、あたかもネット全体が怒りや批判に満ちているように見えて、極端な考えが“主流派”であるかのような錯覚に陥ってしまうわけです」
むしろネットやSNSはそういう「クセを持った道具」なのだと冷静に見守ることが肝要だとして、小木曽氏はこう続ける。
「日常で一線を越えたら罰が科されるのと同じように、ネットでもやってはいけないことは一緒なのです。匿名のアカウントでも、一線を越えた誹謗中傷を投稿すれば、最終的に身元が特定されます。『自分はこの投稿を自宅玄関に張れるだろうか』とぜひ読み返してほしいです。それがネットに投稿できる適切な内容の『判断基準』だと考えてもらえればと思います」
ネット空間における誹謗中傷が社会問題化したのは、2020年に女子プロレスラーの木村花さんが22歳の若さで亡くなった事件の影響が大きい。恋愛リアリティー番組「テラスハウス」(フジテレビ系)に出演していた彼女は、SNSなどで誹謗中傷されたことを苦にして、自ら命を絶ってしまった。
その遺族代理人を務め、日本におけるSNSの開示請求第1号案件を担当した清水陽平弁護士に聞くと、
「今回のケースでは、脚本家の方などを名指しした上で侮辱的な内容を書き込めば罪に問われる可能性もあります。法改正で一昨年7月から侮辱罪が厳罰化され、拘留30日未満または科料1万円未満だった法定刑に、1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金が加えられました。とはいえ、実際にSNSで他者への攻撃的なコメントが減ったかというと、全くそんな印象は受けません」
いったいなぜなのか。その背景には、SNSの運営側の問題もあると清水弁護士は言う。
「たとえばXならウェブフォームもありますが、削除依頼はなかなか認められません。警察に捜査してもらおうにも、データ管理をしているのは海外法人なので日本の警察の捜査は難しい。中傷する者を特定したいと考えても、イーロン・マスク氏がツイッター社を買収して以降、スタッフを大量に解雇したこともあるのか、対応が遅くスムーズに進まない状況が続いているのです」
加えて、こんな事情もあると清水弁護士が続ける。
「匿名で批判をするのは簡単で優越感が得られやすいのですが、多くのネットユーザーは“自分の考えを述べているだけで侮辱はしていない”と考えている節があります。私が木村花さんへのSNSでの誹謗中傷に対して相手を特定した際も、投稿への後悔はあっても反省していると思えるケースはまれでした。自分の発言は問題ないと居直っているような方もいますし、書き込みした事実を特定できているのに否定したり、損害賠償を支払わず逃げている人もいます。SNSの誹謗中傷に関する法整備は、まだ発展途上なのです」
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