( 144923 ) 2024/03/02 14:12:19 0 00 Photo:JIJI
和洋菓子店「シャトレーゼ」を国内外で展開するシャトレーゼホールディングスが運営するホテルが話題です。スイーツでファミリー層を呼び込み稼働率をアップさせる一方で、「汚部屋」批判も集まっています。実は、シャトレーゼには「構造的な弱点」があるのです。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
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● シャトレーゼがホテル再生に着手 黒字化の裏で批判も…?
お菓子やケーキの製造直販で全国に1000店舗を展開するシャトレーゼが、ここ数年、ホテル再生を始めています。経営難に陥ったホテルや旅館を買収し、そこにシャトレーゼの価値を加えて再生するという面白い視点の再生事業です。
現在、全国に11カ所のシャトレーゼホテルを運営するところまで広がっていて、その多くで黒字化を実現したといいます。
一方でそれぞれのシャトレーゼホテルの口コミを調べてみると、全体的に評価はいい半面で、一部のホテルの評価がばらついていることに気づかされます。
実はわたしもコンサルタント歴が長いせいで、ホテル再生を手伝ったこともあります。その過程で、わたし自身はホテル再生には向いていないと思いました。
では、シャトレーゼはどうなのかというと、やはり一部のホテルは苦戦しているようです。
今回の記事ではそれらの口コミを切り口に、シャトレーゼのホテル再生事業について見ていきたいと思います。
● スイーツでファミリー層を呼び込み稼働率アップ! 同時に「引き算」も行っている
まず、シャトレーゼホテルとはどのようなものかを理解するために、長野駅から徒歩5分のところにあるシャトレーゼホテル長野についてご紹介したいと思います。
このホテルは、2022年9月まではメルパルク長野でした。もともと日本郵政グループのホテル事業でしたが、メルパルク全体を民営化後にワタベウェディングへ売却。そのうち長野のホテルをシャトレーゼが買収して、2023年7月にリニューアルオープンさせたものです。
シャトレーゼホテル長野では、15時~17時45分の間にチェックインするとウエルカムケーキとしてシャトレーゼのケーキをドリンク付きで食べることができます。さらに滞在中は、ホテルに2カ所あるアイスバーで好きなアイスバーが食べ放題。そして朝食のバイキングでも、店舗と同じ大きさのシャトレーゼのケーキが提供されます。
旅行サイトで見ると2人で宿泊する場合、朝食付きで一人7000円近辺が最安値となっています。今年4月には現在改装中の1階にシャトレーゼの店舗が開店する予定なので、そうなればお菓子好きにはたまらない宿泊施設になりそうです。
後述するように11のホテルはサービス内容が微妙に異なることもあるのですが、チェックイン時にウエルカムケーキが楽しめて、滞在中はアイスが食べ放題というサービスが滞在客に刺さっている様子です。
そのおかげで、シャトレーゼホテルになってからは家族客が増加したといいます。ホテル再生の方程式としては、これまでの固定客層に加えて新たにシャトレーゼのスイーツ好きな家族客が加わった分、稼働率が上がり、ホテル経営としては増収となり、黒字化しやすくなったというのが基本図式のようです。
ただ当然ですが、ホテル再生というのは簡単な仕事ではありません。前のオーナーがホテル業をやっていてうまくいかず、新しいオーナーはそれにお菓子事業を加えたらうまくいくというようなシンプルな話であれば、皆がそれをまねするはずです。
シャトレーゼホテルの場合、ホテル再生にはそのような足し算だけでなく、引き算もきちんと行っている様子です。
● フロントとスタッフ 「2つのムダ」をそぎ落としている
それは製造業が得意とする「ムダ取り」の手法を、サービス業であるホテル業に導入したという話です。
山梨県にあるシャトレーゼホテル旅館富士野屋は、もともと老舗の温泉旅館だったところをシャトレーゼホテルに改装したものです。その再生についてシャトレーゼの齊藤寛会長が言うには、ホテル業や旅館業には製造業から見たらムダがあるということです。
富士野屋について齊藤会長が指摘されたのは、旅館の顔でもあるフロントです。製造業の視点で見ればスペースが広いわりには結構ガラガラだというのです。それで、これは面白い発想だと思うのですが、その一番重要なスペースを玄関ではなくシャトレーゼグループの高級菓子店であるYATSUDOKIの店舗に改装するのです。
さらに、YATSUDOKIの店舗とレストランの稼働のピーク時間がずれているのもムダがあるといいます。レストランと店舗を隣接させることで、レストランが忙しい時間は店舗のスタッフが手伝えばいいし、その逆もできるというのです。
これらは製造業発想だといえば製造業発想なのですが、ある意味でサービス業の経営にとってはコロンブスの卵のような指摘です。そしてホテルの再生ですから、製造業的なムダ取りという引き算も大いに収益改善に貢献するはずです。
さて、全体としては以前の経営よりも良くなったというのがシャトレーゼホテルの評判ですが、口コミの中には厳しい意見も散見されます。それほど厳しくはないものも含めると、シャトレーゼホテルの改善点とおぼしき口コミは大きく分けて3種類あります。
● シャトレーゼは組織風土的に 横ぐしの運営が苦手
一つ目のかたまりとしては、これはシャトレーゼらしい批判だと思えるのですが、シャトレーゼホテルの間でサービスがそこそこ違うというのです。
あるホテルではケーキがバイキングで提供されていたのに、ここでは一つしかケーキが選べないとか、提供されるケーキが最高級のYATSUDOKIのもののホテルもあれば、安価な(でもおいしいのではありますが)シャトレーゼのホテルもあるといった具合です。
実はシャトレーゼホテルの公式ページを見ても、シャトレーゼホテルでどのようなサービスが受けられるのかは読み取れません。
予約をするためにじゃらんなどの予約サイトを訪れても、価格や部屋の広さ、設備の概要などは書いてあるのですが、顧客が一番知りたいスイーツのサービスの中身がわかる場所に書かれていない。一番ちゃんとわかるのが実は口コミのページだったりします。
そしてこれは、実にシャトレーゼらしい欠点だとわたしは感じました。シャトレーゼはホテル全体といった横ぐしの運営が組織風土的には苦手なのです。
シャトレーゼの社内はプレジデント制を敷いていて、社内に150人ものプレジデントがいらっしゃいます。株式会社シャトレーゼの場合、それぞれのプレジデントが洋菓子や和菓子など縦割りの責任者として責任を持つスタイルです。
わたしは経済評論家として、シャトレーゼは武田信玄型の経営をする企業だと考えています。
シャトレーゼの地元である山梨県甲府市は、武田信玄のおひざ元で、その信玄公は「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉で知られるように、人を育て、その人が国そのものを形作る国造りをした人物です。たくさんの人数の社員に小さな縦割り組織の責任を持たせることで人を育てるというのは、信玄公的発想ではないでしょうか。
そのシャトレーゼが経営するホテルですから、おそらくそれぞれのホテルの再生をそれぞれの人物に責任を持たせているのでしょう。
いい意味でそれぞれのホテルが競争しながら再生させていくのでしょうけれども、そうなるとホテルごとに特色が出てくることになります。それもいいことなのですが、そのせいでブランドマネジメントという横ぐしが抜けてしまって、サービスが統一されていないというのが一つ目の課題でしょう。
さて、二番目にほぼすべてのシャトレーゼホテルの口コミに見られるのがハードウエア面の課題です。
ホテル買収後、リニューアル投資をしてシャトレーゼホテルとして再オープンするのですが、それでも「廊下のカーペットが古い」とか「共用部分の壁紙が汚れている」といった元々のホテルの古さが目に付く部分は気になるのでしょう。口コミでは、そのようなマイナスの指摘が散見されます。特に宿泊客が気にするのがWi-Fi設備が古い場合のクレームです。
限られた予算の中でホテルを再生しようとすると、当然ながらすべての改修に手が回るのは難しい。特にシャトレーゼホテルは昔からの経営でうまくいっていないホテルや旅館を改装するので、どうしても古い部分は目立ってしまうようです。この二番目のマイナス点は、わたしはそれほど気にすることではないように思います。
● M&Aの成功には 「性悪説的な厳しさ」が必須
さて、三番目に一部のシャトレーゼホテルは他のシャトレーゼホテルよりもマイナスが大きな部分があります。それは働く人に起因する悪い口コミです。
具体例を挙げると、部屋が汚かったという口コミがあります。前の宿泊客の髪の毛が落ちていたとか、冷蔵庫に残り物が入っていたとか、きちんと清掃がなされていたらそんなことが起きないようなことが書き込まれているホテルがあります。
アメニティーが不足しているというような場合にクレームをつけたところ、「対応します」と言っておきながらチェックアウトまでに対応してもらえなかったという口コミもあります。
このようなホテルではスタッフの対応に対するクレームが多くみられることから、働く人に問題があるようです。コンサルタントとしての立場で眺めると、内部の人間関係がギスギスしている場合によくみられる症状です。
そしてこれは、ホテル再生でよくみられる課題でもあります。
ホテルの買収というものはホテル運営をする組織を一緒に買収するわけで、人も一緒に付いてきます。その人がちゃんと再生できないリスクは常にあるのです。
これはコンサル経験からくる私見ですが、M&Aがうまくいくケースは往々にして性悪説によって立った経営者が行うほうが多いように思えます。
経営が傾いた組織の中にはたちの悪い従業員も一定数いるわけで、それを早めに見抜いて厳しく処遇する、ないしはそういった従業員が悪さをしないように目を光らせて早めに手を打つといった厳しさが重要だったりするものです。
それに対して人に期待をし過ぎる経営や、人を信じやすい経営者は、M&Aの結果を出せないケースが結構あるのです。シャトレーゼは長い時間をかけて、従業員や取引先、契約農家など同じ考えを持つ人の数を増やし成長してきた会社です。
そういった強みを持つ会社は、実はM&Aによる事業再生は本質的には向いていないかもしれません。
それを避けるためには、M&Aの前に買収する企業の内部の人についてじっくりとデューデリジェンスをすべきなのですが、わずか2年ほどで11ものホテルを買収したという事実だけから推察するに、その過程が甘かったのかもしれません。
さて、このように口コミから見るといいことばかりではないように見えるシャトレーゼのホテル再生ですが、最初に申し上げたように、全体的には黒字になるホテルも多く、かつ宿泊客はシャトレーゼのファンになってくれる好循環を生んでいるようです。
若干気になるのが、ハイペースでの展開から起きるネガティブな反応だということではあるのですが、まだ再生も始まったばかり。シャトレーゼのファンとしては、うまく乗り越えてシャトレーゼホテルにも成功していただきたいと思います。
鈴木貴博
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