( 144953 ) 2024/03/02 14:38:51 0 00 ベストカーWeb
将来のトラックの動力源として、燃料電池(FC)や水素エンジンが期待されています。しかし、燃料の水素を大量かつ安価に入手するのはまだまだ難しく、普及には程遠いのも事実。ただ一つブレークスルーとなりうるのが、高温ガス炉を使って「水から水素をつくる」ですが、このほど都内で開催された展示会「SMART ENERGY WEEK」で、それがいつ実現するのかを取材しました。
文/緒方五郎(商用車ライター) 写真/トラックマガジン「フルロード」編集部
トラックの脱炭素化・脱化石燃料化で、燃料電池自動車(FCEV)や水素エンジン車が期待されているのは、EV以上の航続距離と積載量が確保できるためです。
FCEVは水しか排出しないので最もクリーン、水素エンジン車は排気ガスを出すものの、ディーゼル車に近い使い勝手が得られます。しかし、それ以前に肝心の燃料が入手しにくく、しかも軽油より高い(ガソリン相当)といわれており、仮に水素を使うトラックが実用化されても、燃料があまり実用的ではないのが実情です。
水素が高価な理由は、いまの水素(グレー水素、CO2を放出しなければブルー水素)の原材料が天然ガス、石炭などの化石燃料で、さらに製造段階でも化石燃料を使うためです。製造段階に太陽光発電などの再生エネルギーを使う例(グリーン水素)もありますが、生産量はごく限られたものになります。
それでは、水素は化石燃料や工場の副生成物からしか得られないのでしょうか?答えはノー。水素原子2個と酸素原子1個が結合したH2O、すなわち水を熱分解すれば水素が得られます。ですが、そのためには巨大なエネルギーが必要ゆえに、水から水素を大量生産することは、きわめて困難なのです。
水から水素をつくる技術として、以前から知られていたのが「高温ガス炉」です。いったい何者なのか想像のつかない字面ですが、ひと言でいえば、「高圧のヘリウムガスを冷却材とする、高温で運転可能な次世代原子炉」です。
「高温で運転可能」というのは、冷却材に水を使う軽水炉(日本を含む世界各国の商用原子炉で用いられる方式)が摂氏280度で運転するのに対して、高温ガス炉は摂氏950度(原子炉出口冷却材温度)と、3倍の温度域で運転できるからです。そのために炉心構造もそれまでにないものですが、本稿では原子炉技術の解説は置いておきましょう。
この高温を、高圧ヘリウムガス(炉心を冷却しても放射性を帯びず、かつ不活性なガス)で炉外へ運び、水素製造プラント、ヘリウムガスタービン発電プラント、淡水化プラントなどで活用することが、高温ガス炉の用途として考えられてきました。
日本原子力研究開発機構(原子力機構)では、過去30年以上にわたって高温ガス炉の研究をしています。茨城県大洗町にある研究用高温ガス炉「高温工学試験研究炉(HTTR)」では、実際に原子炉を稼働させて、すでに高温連続運転や炉心冷却喪失試験を完了しています。高温ガス炉は現在、日本と中国にしかなく、その研究は先駆的といわれています。
そして2022年度から、経産省の「超高温を利用した水素大量製造技術実証事業」として水素製造の実証プロジェクトに着手しています。これも世界を先駆けるプロジェクトです。
HTTRによる最初の水素製造試験は、現時点でもっとも普及している水素製造法である「メタン水蒸気改質法」を用いた既存の水素製造プラントをHTTRと接続し、2030年度までに水素製造試験を行なう計画です。それまでに、高温・高圧のヘリウムガスを原子炉~プラント間で安全に往来させるための「機器」「配管システム」の技術も確立する予定です。
この段階では「水から水素」ではなく、原料となる天然ガス=メタンを水蒸気(水)と反応させて、水素と一酸化炭素へ改質させるものとなります。改質に必要な摂氏750~900度もの高温は、通常は化石燃料を燃焼して発生させていますが、これを高温ガス炉の高温ヘリウムガスに代えることで、製造時のCO2排出量はゼロとなります。
なお、HTTRに装荷される燃料集合体に含まれるウランは約4kgで、プラントで燃焼して使う化石燃料と比べると、はるかに少ない製造コストで済むそうです。つまり現状の製造方法でも、水素価格を引き下げられる可能性があるわけです。ちなみにHTTRは、研究炉といっても30メガワット(MW)という発電所クラスの出力をもっています。
もちろん、メタン水蒸気改質法とは異なる水素製造方法も検討する予定です。原子力機構では、候補として「高温水蒸気電解法」「メタン熱分解」「IS法」の3例を挙げています。
このうち「水から水素」は、高温水蒸気電解法とIS法の二つです。前者はHTTRによる発電、あるいは「ヘリウムガスタービン発電」による電力を利用して、水を電気分解する方式。後者は高温ヘリウムガスの熱を直接使い、ヨウ素(I)と硫黄(S)のブンゼン反応を経て水素を取り出すという、原子力機構独自の方式です。
ただ、ヘリウムガスタービン発電やIS法なども研究段階のものであり、これから実験と試験、実証テストを経ていく必要があります。仮に実用化できても、それはかなり先の話になるでしょう。
お話をうかがってみると、FCEVや水素エンジン車が「水からつくった水素」で走れるようになるのは、少なくともあと20~30年という時間が必要に思えました。それまでの間に、高温ガス炉とメタン水蒸気改質プラントのタッグが実用化できた場合は、化石燃料に対する需要とCO2排出量を漸減させながら水素をつくっていく、というステップを想定しているようです。
もちろん、いまの現役世代が40~60代になっているかリタイアしている頃でしょうが、もしも水、それも海水から水素を得られるとしたら、交通、物流はもちろん生活や産業のためのエネルギー資源を、ほぼ自給できることになり、日本のエネルギー環境が根本から変わっているかもしれません。
しかし、東日本大震災で大規模な核災害が起きてしまっただけに、たとえ安全対策が大きく進化しているとされる次世代原子炉であっても、新設あるいはリプレースへの抵抗は起きるでしょう。「水から水素」は、将来のエネルギーをどうしていくべきか?という、日本国民全体で考えるような課題と直結したお話でもあると考えます。
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