( 145253 )  2024/03/03 14:08:43  
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午前0時を回った瞬間、それまでハザードランプをともし、本線上で違法駐車していた無数のトラックが一斉に走りだす。筆者の知る限り、この「0時待ち渋滞」は10年以上前から続いている。東名高速道路上り線 東京料金所で撮影(画像:坂田良平) 

 

 東名阪をつなぐ日本の大動脈である東名高速道路――。その終点である上り線の東京料金所では、何年も「0時待ち渋滞」が問題になってきた。 

 

【画像】えっ…! これがトラック運転手の「年収」です(計15枚) 

 

 0時近くになると、1台、また1台とトラックが東京料金所の路肩に駐車し始める。やがて、駐車車両の列は二重三重になり、扇状に広がる料金所手前のスペースはハザードランプをともしたトラックで埋め尽くされる。後列は本線上に伸び、ときに数kmにおよぶ渋滞が発生することもある。 

 

 だがこの渋滞は、すぐに解消する。0時を回った途端、一斉に車列が動き始めるからである。 

 

 なぜ「0時待ち渋滞」が発生するのか。原因は、 

 

「『1分』でも、午前0時から午前4時の間に対象区間を走行すれば、高速料金が30%割引される」 

 

高速道路料金の自動料金収受システム(ETC)深夜割引にある。 

 

 深夜割引の恩恵を求めるトラックは、高速道路を退出する時間を調整しようとする。結果として、東名高速道路上り線の東京料金所のようなトラックが集中する場所において、「0時待ち渋滞」が毎夜引き起こされるのだ。 

 

貨物運送事業における営業損益(画像:全日本トラック協会) 

 

「社長に『絶対に深夜割引を取ってこい』っていわれるんですよ。もし、深夜割引が適用される前に高速を出てしまったら、割引相当額を給料から天引きされますから……」 

 

さすがにここまでドライバーに負担とプレッシャーを掛ける運送会社は、今では少数派だと信じたい。 

 

 特に長距離輸送を担う運送会社にとって、「高速料金が30%も安くなる」深夜割引は魅力的だ。東京インターチェンジ(IC)から茨木IC(大阪府)までの大型トラックにおける通常のETC料金は、1万7720円。しかし深夜割引が適用されれば、1万2400円。その差額は 

 

「5320円」 

 

にもなる。 

 

 ドライバーに「深夜割引を取ってこい」と命じる経営者の事情も厳しい。全日本トラック協会が会員企業の経営状況をまとめた「経営分析報告書 令和3年度決算版」によれば、貨物運送事業における平均営業損益はマイナス223万1000円であり赤字である。 

 

 同報告書によれば、2009(平成21)年以降、会員企業の平均営業損益がプラスに転じたのはわずか1回、2016年だけである。赤字幅に違いはあれど、ずっと赤字が続いているのだ。つまり、運送会社の多くは、本業である貨物運送事業で赤字を出し、それ以外の事業で本業の赤字を補填しつつ、経営を行っていることになる。 

 

「深夜割引を取ってこい」と命じる運送会社経営者であっても、実は心のなかでドライバーにわびている人も少ないはずだ。経営のために1円でもコストカットをしなければならない運送会社の懐事情が、「0時待ち渋滞」を生み出す原因のひとつとなっている。 

 

 

物流トラック(画像:写真AC) 

 

 現行の深夜割引制度が導入されたのは2004(平成16)年度である。目的は、一般道を走るトラックの騒音問題を解消し、沿道環境を改善することにあった。以降、一時期割引率が40%や50%に変更されたことはあったが、現在まで継続されている。 

 

 今回、深夜割引を改定する目的として、NEXCO3社が挙げたのは以下である。 

 

1.「0時待ち渋滞」の解消 

2.現行の深夜割引制度が、ドライバーの深夜労働を招き、結果として労働環境の悪化につながっていることへの反省 

 

 加えて、サービスエリア(SA)、パーキングエリア(PA)で問題となっている駐車マス不足の解消も狙っているものと筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)は考えている。詳しくは後述するが、新たな深夜割引制度は、深夜帯のトラック運行を促進するものであり(その意味で「2」の目的は破綻している)、結果、深夜帯にドライバーがSA・PAで休憩・休息を行うことで発生している駐車マス不足の解消にもつながるからだ。 

 

 NEXCO3社が国土交通省と検討を行い、2023年1月に発表した新たな高速道路深夜割引制度の概要を挙げる。 

 

・ETCを搭載し、NEXCO3社(NEXCO東日本、NEXCO中日本、NEXCO西日本)が管轄する対象区間を走行した全車両が対象 

・割引適用時間帯は、22時から翌5時の間 

・割引適用時間帯に走行した分だけが3割引 

・400km超の走行を対象に長距離逓減制を拡充(40%~最大50%) 

・割引は、ポイント還元で実施 

 

新深夜割引制度について、筆者が四つの問題があると考える。 

 

 ひとつ目は「値上げである」こと。もちろん今の御時世、値上げを無条件に悪と決めつけることは適切ではない。だが、本件は社会のインフラたるトラック輸送ビジネスの採算性に大きな影響を与える制度変更であり、値上げをするにしても、もっと適切な値上げの制度設計があるはずだ。 

 

 ふたつ目は、「割引がポイント還元で行われる」こと。現行制度では、(トラックに限らず)深夜割引が適用された場合、請求される高速料金は、正規料金に対し深夜割引の30%が差し引かれた金額である。だが新制度では、請求金額はあくまで正規の高速料金であり、割引相当分の30%は後日ポイント還元される。国内運送会社の8割は従業員30人以下である。経営基盤が弱い会社もあり、そういった会社では、キャッシュフローの問題を生じかねない。 

 

 三つ目は、「分かりにくい」こと。具体的に説明しよう。例えば、1回の運行で高速道路上を1000km走行するトラックがあったとする。現行制度では、例えば999km走行した時点で23時59分でも、残りの1kmを0時以降(= 割引適用時間帯)に走行すれば、1000kmすべての高速料金が割引される。 

 

 新制度では、例えば999km走行した時点で21時59分で、残りの1kmを22時以降(= 割引適用時間帯)に走行すると、割引されるのは1km分の高速料金であり、999km分の高速料金は割引されず、正規料金を請求される。このような制度自体の複雑さに加え、新制度では事前に正確な割引金額を運送会社側が把握することが難しくなりそうだ。 

 

 というのも、新制度では、高速道路内に新たに設置されたETC無線通信専用アンテナで車両ごとの通行記録を収集するからである。アンテナがどれくらいの間隔で設置されるのかは現時点で不明だが、当然、割引適用時間帯に走行した真の走行距離と、アンテナが測定した走行距離には誤差が生じるだろう(アンテナが測定した距離のほうが短くなるはずだ)。 

 

 四つ目は、新制度が「現行の物流プロセスの変更を強いる」ことである。これが最大の問題だと筆者は考えている。前述のとおり、新制度における割引対象は、22時から5時の間に走行した距離だけである。となれば、例えば日中近場で運行し、夕方から長距離荷物を積み込み、目的地に向かってコンプライアンスの範囲内で高速道路を走行した後、夜から朝にかけてSA・PAで休息を取るといった運行はしにくくなる。 

 

 このような運行では、深夜割引が一切適用されず、現行制度の恩恵もゼロになった結果、高速料金が約4割も上昇するケースも出るだろう。新制度では、とにかく22時から翌5時の間は走行し続けないとメリットがどんどん失われていくからである。 

 

 現在の、特に長距離輸送における物流プロセスは、現行の深夜割引制度に大きな影響を受けている。新制度に変われば、工場や物流センターなどにおける出荷・入荷や、小売店などにおける荷受けも、これまでの時間から変更を強いられる可能性が高い。 

 

 新制度では、「(適用時間帯の開始時刻となる)22時に、できるだけ近い時間にトラックを出発させたい」と考える荷主も出てくるだろう。となれば、荷主側の物流担当者や倉庫作業員らも、今までよりも 

 

「遅い時間」 

 

まで勤務せざるを得なくなるかもしれない。そうなれば、出荷前に行われる仕分け作業などの庫内作業の時間帯も見直しを求められるケースは多発するだろう。 

 

 

物流トラック(画像:写真AC) 

 

 そもそも、運送会社が高速料金に対し、自腹を切らなければならないという状況がおかしいのだ。 

 

「高速料金を負担してくれない荷主」 

 

がいるから、運送会社は微々たる利益を必死に確保すべく、深夜割引にすがってしまうのである。 

 

 東京都トラック運送事業協同組合連合会が、2023年10月に発表した「第39回運賃動向に関するアンケート調査結果」によれば、高速料金については92.7%が 

 

「原則として収受している」 

「指定された場合のみ収受」 

 

と答えており、同年5月に実施した調査より、「利用しても収受できない」という事業者は1ポイント減って4.9%になった。 

 

 しかし、この結果を喜んではならない。「指定された場合のみ収受」というのは、 

 

「荷主の許可がないと高速道路を利用できない」 

 

ということだ。実は「指定された場合のみ収受」の割合は、2022年3月以降、もっとも高い44.8%まで増加している(2022年3月の調査では、「指定された場合のみ収受」の割合は40.4%であり、1年半の間で4.4%も増加している)。現在でも高速料金は負担してくれるものの、「深夜割引を使え」と強制する荷主がいる。 

 

 断言するが、「0時待ち渋滞」を本気で解消したいのであれば、行うべきは深夜割引制度の改定ではない。「荷主が高速道路料金を負担してくれない」という諸悪の根源を絶つために、 

 

・高速道路料金負担の義務化 

・違反した場合の罰則制度 

 

を法制化することだ。 

 

「0時待ち渋滞」を本気で解消したいのであれば、むしろ深夜割引そのものを廃止する英断も必要だ。深夜割引のような時間帯割引がある限り、適用時間帯前に交通集中が発生することは避けられないからである。 

 

 岸田内閣は、2023年6月に発表した「物流革新に向けた政策パッケージ」において、「労働生産性向上に向けた利用しやすい高速道路料金の実現」を掲げている。そのとおりで、今求められるのは、物流の生産性向上や省力化・省人化のために最適な高速道路料金制度の見直しである。新たな割引制度によって、業界に混乱を引き起こすような、もっと言えば岸田内閣が推し進める「物流革新」政策の足を引っ張る制度改悪などもってのほかである。 

 

 ひとつだけ、NEXCO3社を擁護するとすれば、今回の新たな深夜割引制度は、2023年1月に発表された点である。「物流革新に向けた政策パッケージ」が発表されたのが同年6月だから、政策との整合性のなさには同情する。 

 

 今からでも、こんなばかげた深夜割引制度は撤回し、ぜひ 

 

・トラック輸送ビジネスの生産性向上 

・ドライバーの労働環境改善につながる制度のあり方 

 

を再検討してほしい。ましてや、新たな深夜割引制度のために、巨額なインフラ投資が必要となるであろうETC無線通信専用アンテナの設置を行うなど“愚の骨頂”だ。 

 

 もう一度いう。新たな深夜割引制度を撤回し、NEXCO3社と政府は、どのような施策が物流の未来、ひいては日本の未来につながるのかを再考してほしい。 

 

坂田良平(物流ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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