( 145858 ) 2024/03/05 13:47:23 0 00 歴史をもとにできている言葉は意外にも多い(写真:dejiys/PIXTA)
スマホ社会の現代日本。 若者たちは黙々と動画やゲームの画面と向かい合い、用事は絵文字を含む超短文メールを素早く打つばかり。 時間を割いて他人と会って話すのは「タイパが悪い」とすら言う彼らと、「生きた」日本語の距離がいま、信じられないくらい離れたものになっています。 言い換えるならそれは、年配者との間の大きなコミュニケーションの溝。 「日本人なのになぜか日本語が通じない」という笑えない状況は、もはや見過ごせませんが、「その日本人同士と思うところが盲点」と、話すのは、言語学者の山口謡司氏。
【簡単解説】若者には伝わりづらい? 史実・故事由来の日本語
『じつは伝わっていない日本語大図鑑』と題された一冊には、日本人ならハッとする指摘が満載。
その中から、会話が通じない「落とし穴」になりがちな日本語の興味深い例を紹介してみましょう。
■言葉の理解は、歴史・文化を知ってこそ
日本語は、本当にもののたとえが上手です。
●「赤子の手をひねるように」→簡単な ●「奥歯にモノが挟まったように」→言いたいことを素直に言わない ●「芋を洗うような」→すごい混雑ぶり ●「絵に描いた餅のように」→実現不可能な
●「腫れ物に触るような」→緊張感をもって慎重に ……などなど。 (※各言い回しの詳しい説明は、記事の最後に) これらは、頭に何となく具体的なイメージが浮かびますから、若い人であっても、比較的容易に意味をつかむことができると思います。
けれども、ウクライナ戦争に関して、先ごろ出された次のような新聞記事についてはどうでしょう。
単純なイメージをふくらませたところで理解に至らないある比喩の言い回しが添えられていました。
それは、ロシアがますます侵攻して、欧州有数の岩塩鉱があるウクライナ東部のソレダルという土地を占領したというもの。
そこから採れる良質な塩は、ウクライナ人にとっては「国民の誇り」にほかならず、まさにウクライナ人の命のもとだったそう。
やむなくウクライナはアフリカから塩を買わざるをえない窮状に追い込まれてしまった――。
一方、もともと塩の輸入国だったロシアは一転して、塩の大量保有国に。
こうした状況を伝えた最後に書かれていたのが、この結び文です。
「塩の純輸入国だったロシアは生産量が増えたが、敵に塩を送る気配はなさそうだ」(読売新聞2024年2月7日付)
■意外にも歴史をもとにできている言葉は多い
我が国で古くから言いならわされた「敵に塩を送る」という言葉を織り込んでいます。
この言葉は、越後の上杉謙信が、宿敵・甲斐の武田信玄に塩を救援物資として送ったという逸話からきています。
海を持たない山国の甲斐で人の命に関わる塩が不足とは一大事。
敵の弱みに付け込まない謙信の振る舞いは、優れた人間性を示すと同時に、最終的にはそういう行為が巡り巡って自分たちのプラスになることもありうるという、いわばある種の教訓も込めながら伝えられてきました。
このように、有名な史実や故事が由来となっている言葉は、私たちの身の回りにたくさんありますが、年配者なら長い人生の途中で何度かは耳にして、多くの人が意味をだいたい知っているはず。
けれど、はたしてスマホの動画やゲームに夢中になっている現代の若者たちに、それらの理解がどこまで及んでいるのか……少なからず疑問です。
「敵から塩を送られる」とは、「かたじけない、身に染みてありがたい、感謝すべきこと」などと、即座に意味を把握できる若者は、実際どれくらいいるのでしょうか。
先日も「常陸牛」など、茨城県がブランド化している「常陸」の字を20~30代の約半数が読めなかったという調査が話題になりました。
おそらく、いまや我が国の喫緊の課題となっている若者たちの活字離れ(読書離れ)と連動していると思われるのですが、豊富な活字知識の蓄積がある中高年と、対照的に奥深い日本語とは遠く離れている現代の若者たち……。
世代間のコミュニケーションがスムーズにいかない一因が、こうしたところにもあるような気がしてなりません。
■たかが言葉一つ、されど言葉一つ
難しい言葉なんか知らなくたって、コミュニケーションは成り立つ。
確かに若い人からはそういう声も聞こえてきそうです。
しかし、言葉一つでも、史実や故事が由来になっているものは、他の言葉とは圧倒的に重みが違います。
その言葉(言い回し)を発しただけで、歴史の知識や教養がおのずと立ち昇ってきます。
それらを知っていることが、会話の豊かな潤滑油になり、あなたの人間としての奥行きも示してくれるはずです。
たとえば、年配者も交えてスポーツ観戦などに行くことがあった場合、「応援しているのは、どっちのチーム?」と尋ねられて、「僕は『判官びいき』ですから、Aチームを」などと答えたなら、年配者からは「ほう、なかなか学のある奴だ」などと思ってもらえるかもしれません。
もしも、その人が会社の上司だったなら――、次からあなたを見る目もきっと変わるのでは。
●「判官びいき」……「判官(はんがん/ほうがん)」とは、鎌倉時代の武将である九郎判官(源義経)のこと。兄の頼朝に憎まれて悲運の最期を遂げた薄幸の英雄を、多くの人々が愛惜し同情したことから転じて、弱者や弱い側に同情して肩をもったり応援すること
その他、故事由来のこのような言葉も、覚えておいて損はないでしょう。
●「外堀を埋める」 ●「いざ鎌倉」 ●「背水の陣」 ●「ルビコン(川)をわたる」 ●「さいは投げられた」 (※それぞれの意味は、記事の最後に) 歴史由来だけではありません。
日本語には、歌舞伎や日本建築などの文化と結びついている言葉も多数あります。
たとえば、あなたは次のような言葉を、由来と正しい意味を認識したうえで、日々の会話の中にスマートに滑り込ませることができますか。
例を5つ挙げてみますので、説明を読みながら確認してみてください。
●「板に付く」……板とは舞台のこと。役者が経験を積んで、その芸が舞台にぴったり調和する意から転じて、職業や任務、地位、服装、態度などがその人にしっくり合うこと
●「反りが合わない」……人と気心が合わないこと。刀の反りと、それをしまう鞘(さや)が合わない意から
●「うだつが上がらない」……出世ができない。いつまでも身分が低いままでパッとしない。「うだつ」とは、家の建築で梁(はり)の上に立てる短い柱。屋根の重みを受け、上から押さえつけられているように見える。それにたとえて
●「タガがゆるむ」……タガは竹や金属で作る輪。桶や樽などの外側にはめ、きつく締めあげて、堅く丈夫に仕上げるためのもの。それがゆるむとは、すなわち、緊張がゆるんだり、気力や思考力などが衰える、などの意
●「お膳立てが揃う」……始めようとしていることの準備がすべてできた。すっかり支度が整った。そのような場合に使う言葉。食膳に料理が全部並べられたという意から
■語彙を増やせば人生も豊かになる
現代における世代間のコミュニケーション・ギャップは、読書も含め活字のシャワーを浴び続けてきた上の年代と、スマホ画面と首っ引きの若いデジタル世代の間に横たわる深い言語の溝に問題があることは、確かです。
しかしながら、歴史や文化に由来する言葉については、まったく別だと言えましょう。
なぜなら、いまを生きる老いも若きも皆、同じような過去に連なっている人間です。
昔の人が残した戒めや、故事が伝える教訓などは、現代人にとっての財産でもあります。
それゆえ、若いから昔のことには関心ないとか、興味ないとか、そんなことを言うべきではないと思うのです。
日本人が代々寄り添ってきた格言などを、若い方は、もっと若い方に、順々に伝えていく……そうした使命のようなものがあるのではないでしょうか。
せめて過去の人に学ぶ貴重な言葉の習得だけでも、ふだんからできるだけ努めてほしいと願うばかりです。
具体的には、次のようなことを心がけてほしいと思います。
●日本に関する教養を広げる
本を読む。映画(時代劇や、アニメでも)を観る。演劇を観る。落語を聞く……。
いずれからも、私たちの歴史に触れ、日本文化を感じ取ることができる。知識を得て、いままで知らなかった言葉も知り、語彙が増える。
●視野を広げる
室内にこもってゲームばかりするのではなく、外に出て行動してみよう。
たとえば旅に出る……など。古い寺社を訪れたり、新しい建築物に目を見張ったり。初めての人と話をする機会もあるはず。
そうした経験が重なることで、日本語も豊かになる。
■たとえの各言い回し:詳しい説明
●「赤子の手をひねるように」……まったくたやすくできるさま
●「奥歯にモノが挟まったように」……言いたいことがあれば素直に言えばいいものを、思わせぶりに言い切らないさま
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