( 147348 ) 2024/03/09 13:33:03 0 00 Photo:123RF
ファストフード大手のマクドナルドが1月に値上げを行い、「モスバーガーやバーガーキングと同じ価格帯」になったことが話題です。実は日本のビッグマックの価格は世界的に見ると“不適切にもほどがある”かもしれません。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
【画像】マックの「ハンバーガー価格」と日経平均の驚きの関係
● マクドナルドの値上げで モスバーガー、バーガーキングと同水準の価格に!?
マクドナルドがこの1月の値上げで、モスバーガーやバーガーキングとほぼ同じ価格帯になったことが話題です。他よりも断然安いイメージがあったマクドナルドが格安ではなくなったことで、残念がる声もあります。では、この値上げは「顧客から見て不適切」なのでしょうか? さまざまな観点から検討してみましょう。
マクドナルドは、2020年代に入ってからこまめに値上げをするように戦略を変え始めました。
ビッグマックの場合、2020年は390円だったものが2022年に410円に値上がりし、23年1月に450円に値上がりしたと思ったら7月には都市店価格が導入され、わたしが住んでいる新宿では500円になりました。そして今年の1月からは、ついに530円(都市店価格)に値上がりしました。約4年間で35%も値上げしたというわけです。
他の人気メニューでは、てりやきマックバーガーが440円、ベーコンレタスバーガーが460円、フィレオフィッシュが440円(すべて都市店価格)です。モスバーガーの人気メニューのテリヤキバーガーが430円、フィッシュバーガーが390円、モスチーズバーガーが480円ですから、確かに価格は拮抗(きっこう)しています。
マクドナルドよりもボリュームが多いことで若者に人気のバーガーキングでも、サイズ感がマクドナルドに近いメニューで比較すればワッパーJr.が490円、フィッシュバーガーが400円、ダブルチーズバーガーが460円ですから、やはり「マックとライバルは同じ価格帯」と言っていい状況になったようです。
これだけ値上げをしても、マクドナルドの業績は好調です。値上げ後の2024年2月の日本マクドナルドの売り上げデータでは前年同月比で客数は3.2%増、客単価は2.5%増と売り上げはむしろ増えています。
「顧客離れを起こさないレベルでうまく値上げをした方が勝ち」なご時世なので、マクドナルドのこっそり値上げ作戦は不適切どころか正解なのかもしれません。
● マクドナルドの価格は 「昭和の方が不適切」だった?
人気ドラマ『不適切にもほどがある!』に乗っかって説明させていただくと、マクドナルドの価格はむしろ昭和の時代のほうが不適切だったかもしれません。
それまでむしろ高価格のイメージがあったマクドナルドが格安のイメージに変わったのは、バブル期の80年代後半でした。
そのきっかけは、サンキューセットの大ヒットです。バーガーとドリンク、ポテトのSが付いて390円。このサンキューセットがバカ売れしたのです。
当時、マクドナルドのハンバーガーの単品価格は210円でした。安いどころか、むしろ高い印象だったのです。そんなハンバーガーのセットが390円で食べられるというのは、昭和のサラリーマンのおじさんたちには衝撃でした。
当時のランチ価格は600~800円ぐらいが相場でした。私が記憶に残っているのは、新宿の飲食店の経営者たちの勉強会に参加したときのことです。ランチタイムになると行列ができるマクドナルドに比べて、普通の飲食店は目に見えて客足が減りました。どうすればサンキューセットに対抗できるか一緒に考えたのですが、どうやってもあの価格に対抗できるランチは作れないというのが結論でした。
● 平成になると格安路線は「ますます不適切」に? 日経平均の推移とピタリと一致!
この格安路線がさらに“不適切”になるのが、平成に入ってからです。
90年代後半にデフレが鮮明になったことで、当時のカリスマ経営者だった藤田田社長が「これからはマクドナルドもデフレの時代だ」と宣言して、ハンバーガーの価格をわずか5年間で210円から69円に値下げしたのです。
実は昭和から令和にかけてマクドナルドの価格の推移をグラフにすると、面白いことに日経平均の推移のグラフとピタリと一致します。
このマクドナルドのデフレを意識した2000年代の値下げ戦略は、結果として日本マクドナルドの業績に悪影響を及ぼしていきます。
藤田社長が退任し、日本マクドナルドの経営はアメリカの本社がコントロールするようになって以降、この不適切な(?)格安路線をどう是正していくのかが経営課題になります。
途中で店頭からメニュー表を廃止するなど何度か経営が迷走するのですが、2010年代に入ってからは価格ではなくバリューを全面に打ち出し、100円マックの廃止を実行しました。結果的にマクドナルドの価格は徐々に、経営の観点で見た適切なレベルへと値上げされていきます。
2023年に170円まで戻したハンバーガーの価格推移グラフを見ると、1989年当時のハンバーガーの最高値210円を突破するのも、あともう少しというところに来ているようです。
ただし日経平均と同じで、過去最高値を突破して喜ぶのは株主だけで、消費者にとっては残念な値上げかもしれません。
● 日本のビッグマック価格(530円)は 世界的には「不適切にもほどがある」かも
ここで考えてみたいのですが、マクドナルドの価格は日経平均のようにこの先、過去最高値を突破していくのでしょうか?
それを考えるために役立つのが、イギリスのエコノミスト誌が編み出した「ビッグマック指数」という考え方です。ビッグマック指数とは、世界各国のビッグマックの価格を比較することで為替レートが適切なのか、それとも不適切なのかを考えることができるという便利な経済指標です。
そもそもなぜ、ビッグマック価格を比較すると経済が語れるのかというと、ビッグマックの価格にはさまざまな経済の要素が織り込まれているからです。
つまりパンや肉といった基本的な消費者物価に加えて、人件費の要素も価格には入っていますし、光熱費などエネルギー価格の要素も入っていて、さらに店舗の賃料のような不動産価格も反映しているのです。
そのビッグマック指数で基準になるのはマクドナルドの本社があるアメリカです。
2024年1月に発表されたビッグマック指数の基準は、アメリカのビッグマック価格である5ドル69セントです。日本のビッグマック価格は私の住所がある新宿を基準にすると、現在は530円。この二つの数字から、いわゆる購買力平価説による為替レートが算出できます。
計算してみると、ビッグマック指数から考察される「あるべき為替レート」は1ドル=93円ということになります。
庶民の感覚的には「悪い円安で必要以上に物価が上がっている」と言いたくなるかもしれません。しかし、一段俯瞰(ふかん)して経済を眺める立場から見れば、「そのレートだと円高に行きすぎなんじゃないのか?」とも思えるわけです。
確かに2010年代前半には1ドル=79円まで円高が進み、製造業を中心に日本経済は大きな打撃を受けた記憶がよみがえってきます。
「よくわからないけど、1ドル=120円ぐらいが正しいレートなんじゃないの?」
仮にそのような前提を置いてみましょう。そもそも「よくわからないけど」という前提を置くこと自体、経済コラムとしてはツッコミどころ満載なのですが、それを言い出すと為替レートの適切さなど誰にもわからないという話に立ち戻ってしまうので、ここは我慢をして私の話を聞いてください。
仮に1ドル=120円がいまの世の中のある種の均衡を満たしてくれる適切な為替水準だと想定してみたとしたら、実は現在のビッグマックの価格は「まだ適切な価格よりも安すぎる」ことになります。
これもアメリカのビッグマック価格5ドル69セントを基準にすればすぐに計算できるのですが、1ドル=120円の世界でのビッグマックの適正価格は680円です。今の530円という価格は不適切にもほどがあるのかもしれないのです。
● マクドナルドの「しっかり値上げ」戦略は すこぶる適切な対応
そんなに高いハンバーガーなんて、買えないですか?
実はそうでもないのです。たとえばマクドナルドの都市店の場合、夜マックメニューの倍ダブルチーズバーガーの値段がちょうど680円です。そして倍ビッグマックなら730円。それが不適切なのかというと、そんなことはなくてみんな喜んで購入しています。
ライバルのメニューをみても、ダブルモスチーズバーガーは640円ですし、ボリューム満点のバーガーキングのダブルワッパーチーズも640円です。
結局のところ不適切な価格設定だったのは、むしろ昭和のバブルの時代の頃からの話。それが不適切なまま平成の「価格氷河期」を経て、令和の現在、ようやく適切な経済を目指して世の中が動き始めているということではないでしょうか。
なので、結論としてはマクドナルドの「しっかり値上げ」戦略は、今の世の中で見ればすこぶる適切だということです。そのうえで賃上げもしっかりして、日本経済復活に貢献することをお祈りします。
鈴木貴博
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