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「このままでは続けられない」震災の記憶伝える語り部、資金難と高齢化に危機感 それでも伝えたい現状 #知り続ける

毎日新聞 3/10(日) 17:01 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/9951b5983ce0e71d69c26483e87f70fbe5707a43

 

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東日本大震災の被災地では、伝承活動を行う語り部たちが教訓を伝える取り組みをしているが、資金や後継者不足などの問題に直面している。

釘子明さんは岩手県陸前高田市で活動しており、財政的な安定を求めて語り部をなりわいとして活動しているが、支援が不足している状況が続いている。

近年では活動の受け入れ者数も減少し、新型コロナウイルスの影響もあって活動の継続に不安を抱えている。

調査結果によると、被災地の伝承団体は活動の継続に不安を抱えており、支援が必要であると訴えている。

語り部活動の存続のためには、行政や国の支援策が必要とされている。

(要約)

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大量のがれきで埋め尽くされた土地の写真を手に説明する釘子明さん=岩手県陸前高田市で2014年11月28日、本人提供 

 

東日本大震災の悲劇を繰り返すまいと、被災地では語り部たちが教訓の伝承に取り組んできた。1月の能登半島地震など全国で自然災害が多発し、命を守るためにも伝承の重要性は増すばかりだ。一方で、資金や後継者の不足から活動の継続に不安を抱く語り部は多く、支援を求める声が上がっている。 

 

【グラフ】年々不安が増加…活動継続に苦慮する語り部団体 

 

津波が襲った直後の岩手県陸前高田市の市街地=2011年3月12日 

 

「このままでは、私のような個人では活動を続けられない」。岩手県陸前高田市で語り部をする釘子(くぎこ)明さん(65)は2023年の年の瀬、高台に再建した自宅のリビングでつぶやいた。 

釘子さんは13年前の3月11日、母親を連れて地域の公民館に避難したが、自宅は津波で全壊した。その後、避難所で運営の中核を担い、無料共同浴場「復興の湯」の運営に携わるなど、被災者の生活環境の改善に尽くした。 

高校時代からカメラに親しみ、被災状況や避難所の様子を撮影していた。ホテルマンとして30年間働き、初対面の人にも自然体で接することができた。震災翌年に所属したNPOで首都圏の大学生らに体験を語るうち「多くの人に陸前高田の状況を伝えるのが自分の仕事」との思いを深めた。 

「復興まで伝え続けたい」と願った。活動を継続するには経済的な安定が必要と考え、当初から語り部をなりわいとすることを目指した。対外的な信用を得るために一般社団法人を設立し、釘子さんと事務員の2人でスタートした。現在は市内をバスで巡りながら話す場合は1万5000円、市内での講演会は3万円、市外の講演会は5万円――などで請け負っている。 

 

宮城県東松島市の震災復興伝承館。津波被害に遭ったJR旧野蒜駅の駅舎を改装して活用している=2023年2月16日 

 

団体客が多かった14年は約1万2500人を受け入れ、朝から晩まで説明する日が続いた。その後は訪れるボランティアが少なくなったことなどから減少し、新型コロナウイルスの感染が拡大した20年は800人弱に落ち込んだ。21年にオンライン講話も始めたが回復は鈍く、今も年間1000人程度にとどまる。19年秋に開館した市内の県営施設「東日本大震災津波伝承館」が入館無料のため、伝承館に訪問客が流れ、語り部の利用者が減ったと釘子さんはみている。 

来訪者の減少で法人経営が厳しくなり、設立時から月給12万円で雇っていた事務員には2年弱で退職してもらった。コロナ禍で収支は赤字となり、自分の給料を月20万円から12万円に減額したが、それも捻出できない状態が続く。得意のアユ釣りやシロウオ漁の売り上げなどでしのいでいる。 

一方、語り部活動には経費がかかる。パソコンや復興状況を撮影するカメラ、資料や写真の印刷用のプリンターといった機材は酷使するため故障が早く、買い替えの出費は痛手だ。年間約11万円の法人税は負担が大きく、解散を考えている。「語り部の話を聞くことは震災の疑似体験に等しい。意義深い活動だ」と自負するが、資金不足は活動の継続に致命的だ。 

 

 

岩手県釜石市が認定している「大震災かまいしの伝承者」の研修会=岩手県釜石市で2024年1月28日 

 

多くの語り部が、釘子さんと同様に不安を抱えている。伝承団体の連携を支援している公益社団法人「3.11メモリアルネットワーク」が23年12月に公表した調査結果によると、岩手、宮城、福島の被災3県で活動する24の伝承団体のうち23団体が活動の継続に不安を抱えていた。21年公表の調査から毎年回答している19団体に絞ると、不安を抱える団体数は14(21年調査)から18(23年調査)に増えた。 

背景には、伝承団体が収入を得づらくなっていることがある。24の伝承団体のうち20団体が、講師料などの対価収入を活動資金としている。しかし伝承団体の来訪者数は13年の約25万人をピークに、関心の低下やコロナ禍に伴い右肩下がりで、23年は約19万人だ。 

一方で、国の財源を活動資金としているのは24団体中、3団体にとどまった。国に伝承活動の支援制度はなく、被災者の生きがい作りを支援する復興庁の「心の復興」事業など他制度を活用しているとみられる。 

このほか、県の財源と回答したのが3団体、市町村の財源は9団体だった。今後期待する財源として19団体が国を、11団体が県を、12団体が市町村を挙げており、伝承団体の期待に行政が応えられていないことが分かる。 

陸前高田市の釘子さんは、公立の伝承施設での定期的な講演会の開催や、教育委員会による小中学校への派遣を提案する。これらの事業で語り部が定期的に報酬を得られれば「活動の基盤ができ、語り部を事業として存続させられる」と訴える。 

 

津波に遭った流木について大学生に説明する釘子明さん(左から2人目)=岩手県陸前高田市で2015年9月4日、本人提供 

 

ただ、行政も懐事情は厳しい。1133人が犠牲となった宮城県東松島市は23年度、伝承活動に取り組む2団体の支援に、計50万円の補助金を交付した。担当者は「人手やお金の面で、できる範囲はこの程度だ」と話す。被災した駅舎を改修した伝承施設の維持や運営に毎年かかる約1500万円の負担が重い上、職員は被災者向けの交付金の手続きなど複数の仕事を抱えており余裕がないためだ。 

宮城県は23年度、伝承に関する予算として約14億2800万円を当初予算に盛り込んだ。そのうち、活動を支援するために伝承団体に直接交付された補助金は900万円だ。県復興支援・伝承課の担当者は「県の支援が十分とは言えない」と自己評価する。岩手県には同年度、伝承団体を直接支援する補助金制度はなかった。 

両県は国に対して、担い手確保や育成など、支援制度の創設を求めている。復興庁は23年度、「復興にかかる知見の収集」として1億円の予算を計上したが、伝承団体の課題を調査したのみだ。 

宮城県の村井嘉浩知事は2月のインタビューで、伝承団体の支援について「被害の大きな自治体は過疎化が進んでおり、財政的に大変。国の支援があっていいのではないか」と指摘した。復興庁の出先機関である宮城復興局の職員も「国の積極的な関与が必要だ」と訴える。こうした声に対し、土屋品子復興相は8日の記者会見で「若者、働き手世代の担い手確保が重要。伝承活動の認知度を高めるための発信強化が課題だ」などと述べたが具体的な支援策は言及しなかった。 

 

 

岩手県釜石市が認定している「大震災かまいしの伝承者」の研修会=岩手県釜石市で2024年1月28日 

 

語り部が高齢化していることも伝承団体の不安の一つだ。3.11メモリアルネットワークが23年に公表した調査結果によると、224の団体のうち15団体が後継者不足に悩んでいる。 

後継者を見つけ、語り部活動を持続可能なものにするには、どんな仕組みが必要か。参考になりそうなのが、79年前の1945年に原爆を投下された広島市の取り組みだ。高齢化する被爆者の体験を語り継ぐため、12年度から次世代の伝承者を養成している。 

この事業は伝承者養成に2年の歳月をかける。現在は約200人の伝承者が原爆資料館で定期的に講話をするほか、厚生労働省の費用負担で全国に派遣されている。東北大の佐藤翔輔准教授(災害伝承学)は「広島市の事業は東北の被災地でもモデルとなる」と話す。 

実際に福島県は、広島市を参考に23年度から語り部の育成講座を始めた。 

2月初め、福島県富岡町の集会所で「東日本大震災・原子力災害体験伝承者育成講座」の修了式が開かれ、50~70代の計4人が修了証書を受け取った。講座は昨年10月からこの日まで計3回あり、先輩語り部の講話を聞いたり、互いにインタビューをしたりして、語る内容を見直してきた。 

「どんなに時が流れても、つらさと折り合いをつけながら生きている」。修了者の一人で、同県双葉町の介護施設職員だった岩本美智子さん(50)は講座を締めくくる発表会で、今も続く心の痛みを語りかけた。 

 

「語り部活動の機会を増やしてほしい」と訴える釘子明さん=岩手県陸前高田市で2024年2月19日 

 

ただ、自治体が育成に取り組む場合でも苦労は伴う。岩手県釜石市は19年度から、希望する市民に対して、伝承活動に必要な知識を共有する研修を始めた。今年1月末までに9~84歳の110人が受講し「伝承者証」を受け取った。しかし、2年間の有効期限を迎える際に39人が更新を辞退した。担当者は「市外への進学や転勤が主な理由だ」と説明する。新規申し込みも減少傾向で、担当者は「伝承者がゼロにならないよう、細々とでも活動をつなぐことが重要」と話す。 

神戸大の室崎益輝・名誉教授(防災計画学)は「防災・減災のための伝承は本来、国を含む行政の仕事だ。語り部の言葉を全国の財産とするために、民間の活動を財政的に支えつつ専門的な人材を育てる、行政のさらなる仕組みが必要だ」と提言する。 

能登半島地震の被災地にも支援、調査に入った「3.11メモリアルネットワーク」の中川政治専務理事(47)は「能登では震災を教訓に津波の避難訓練を重ね、命を守った地域があった。人の行動に変化を生み出せるのが語り部。語り部の発信を必要な人へつなぐのは民間が担うが、長期的、専門的視点に立った支援は行政にしかできない。互いに補完し持続的なものにできれば、未来の命をもっと守れる」と話す。 

【毎日新聞・奥田伸一、百武信幸、小川祐希】 

 

※この記事は毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 

 

 

( 147748 )  2024/03/10 22:00:29  
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(まとめ) 

震災や戦争の語り部の活動に対する意見は様々でした。

語り部の存在価値や役割について、記録や映像の重要性、活動の持続可能性、費用対効果、地域の現状など、さまざまな観点から意見が寄せられました。

一部の意見では、映像や記録の保存が重要とされ、語り部の活動に関しては時代や状況に合わせた工夫や管理の必要性などが指摘されていました。

また、活動の持続性や情報の発信方法についても様々な提案や考えが提示されていました。

語り部の活動は、被災地の歴史や教訓を後世に伝える重要な役割を果たしている一方で、時代や状況に合わせた柔軟な運用や活用が求められると感じられました。

( 147750 )  2024/03/10 22:00:29  
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・戦時中の話は映像や記録が少ない分、語り部の価値は確かにある。でも、東日本大震災のように、映像やデータが豊富にある現代では、語り部が持つ「財産」という言葉は少し大げさかな。確かに体験を直接聞くことには意味があるけど、今は情報がいくらでも手に入る時代だ。だから、税金を使って支援するなら、直接災害対策に役立つところにもっと注ぎ込んだ方が、具体的な効果が期待できるんじゃないかな。 

 

 

・お一人の過去の体験話を聞くために数万円払うでしょうか。 

語り部さんによって体験も違うわけなので、みんなのお話を収録して伝承館で流し続けたほうが、訪れた人はたくさんの方の話を聞けるし、資金難も高齢化も関係なくなります。 

善良な動機から語り部を生業にしようとされたのかもしれませんが、他にもっと効率的で実際的な伝承方法があるのに国の補助金を求めるのは無茶というものです。。 

生の声を発信し続けたいなら、伝承館も無料なのですから、震災体験がらみではないことできちんと自身の生計を立てながらボランティアでなさるのがよいでしょう。 

 

 

・言葉で説明するよりも映像を見せる方が何倍も 

リアリティーがあって、伝わると思うよ。 

東日本大震災ではネット上に膨大な映像データ 

が上げられていて、それらを集めて編集して公開 

したり伝承館や各地の施設で観る方が効果的だと思う。 

 

当時、私もユーチューブなどで発災から避難生活 

までの膨大な映像記録をかなりダウンロードして 

保管していたが、それを今、子供たちに見せて解説し、 

災害に対する心構えを養っているが、強烈な映像 

で子供も真剣に見て、衝撃を受けている。 

津波の怖さがしっかり伝わる。 

 

地球史で何度も繰り返してきた三陸海岸の大津波。 

しかし、語り部や文書記録では徐々に記憶が薄れ、 

世界三代漁場の恵みを求めて壊滅した海岸の集落 

に再び人が集ってきて、また悲劇が繰り返されて 

きたわけだ。 

その繰り返しを止めるのが映像記録による伝承 

だと思う。 

 

 

・先の大戦とか被爆体験者がなりわいとして語り部やってる人たちも居て、すでに体験者が高齢化や亡くなって体験者ではない人が後継者として語り部してるケースもある。 

それが良いか悪いかは人それぞれだからあえて言わない。 

ただ、時間の経過とともに記憶や体験者自体が失われていくものであるし施設等も維持管理のこともあるので映像等の記録として残しておく必要はあると思う。 

 

 

・税金任せの運営では、最初から難しい。建設費などは補助対象であるが、ランニングコストになれば補助対象ではない。被災自治体ではなおさら財源は乏しい。それを維持するのであれば、行政主体ではなく、住民自体が持続可能な運営方法を進めることが必要だと思う。 

 

 

・伝え残したい気持ちは良くわかるけど生きてる人は生活もしていかないといけない。 

資金難ならもう諦めて辞めるのも有りかと思う。 

生きて生活するには金は必要。そして、震災により強制的に亡くなった人たちの分まで生きてる人は今を楽しむことが何よりも大切に思う。 

 

 

・生の声を聞くというのは大切かもしれない、、例えば高台に逃げる余裕がなくて、津波がそこまで迫っている中で自分はこうしたら助かったとか(多分無理だと思うけど)、そういうノウハウがあるのであれば伝承の意味もあるかもしれないけど、恐らくそういう話ではないと思うし、だとしたら一般的な備蓄の大切さとか日頃から避難場所は抑えておけと言う話であれば然程必要はないということになると思います。 

この方たちが生の声で何を伝えたいのか、それが大事だと思うので、それこそYouTubeなどで配信しても良いのではないかと思います。 

 

 

・生の声は大切だと思うけれども、映像の時代なのだから地元TV局などと連携してコンテンツ化して流すなど効率的かつ誰もが視聴できる形の方が良いだろうと思うし、地方の財源は限られている。他のコメにあるように防災や復興に回した方が合理的だはなかろうか。 

 

 

・敢えて厳しいことを言うようですが、必要ですか? 

建物を建てれば建設費の支払い、維持費が掛かるし、語り部がいるのであれば給与も出さなくてはならない。 

映像では不足する部分を埋めるのにこれらのお金を毎年捻出してまで聞かなくても良いのだと思います。 

東北の地震があってからも熊本県や能登半島などで同じく被害に遭われた方もいます。 

語り部が本当にやらなくてはいけないことはここは自然災害があった際に大被害を受ける地域なので、ここに住む人を減らす活動をしていった方が賢い。 

今してる地震対策以上の地震が来たらまた同じ状況になるんですから。人間が対策したことなんて簡単に自然は超えてくるということを学ぶべきだと思います。 

文章が下手ですがバカにする気持ちはいっさいありません。 

 

 

・伝えていくことはとても大切ですが、時間が経つにつれその活動も形を変えていく必要があると思います。 

常時その活動が求められるわけではないですし、学校関係で若手をボランティア活動の一環として育成していくのも良いかもしれません。 

 

被災地を見てきたものとしては心苦しいですが、災害が起こると「震災特需」なるものがあって一部の被害の少ない宿や飲食業が成金状態になるのも印象的でした。 

 

 

 

・私は岩手県宮古市の田老から南下し、宮城県閖上まで海岸線を7年前に車で走った事があります。 

その当時は橋があちこち流されており、地盤のかさ上げがされていました。 

その2年後に再び行きましたが、海岸には堤防がそびえ立ち、街に進行の違いはあれど、復興されていることを実感したと同時に、街によって温度差を感じた事も事実です。 

震災は大変不幸な事ですが、人の逞しさを伝えて行く事も必要です。 

 

 

・実際の映像だけじゃ伝わらないものはあるかもしれない。 

ただ、それは必要とする人が居れば伝えてあげればいい。 

語り部の存在を否定するつもりは無いし人の為になるのならやってくれとは思うが、正直な所お金を払ってまで聞きたいかと聞かれればそれなら映像を見ます、と言いたくなると思ってしまう。 

時代と共に失われていく役目も色々あると思う。勿論残すべきものもあるけど。 

その取捨選択は、その時代の人々がやっていくものなんだと思う。 

 

 

・2011年のゴールデンウィークに陸前高田市、大船渡市でボランティア活動をした。その後2014年の春休みには2度目のボランティア活動。そして2015年のゴールデンウィークのボランティア活動では福島、岩手の地元の方々との交流会に参加した。その時、釘子さんの話を聞きました。あれから9年になります。その後も日本各地で地震や豪雨災害そして台風など。日本は災害の多い国ですから、全国各地の語り部さん達をワンチームにして、全国の自治体の災害対策イベントの時に地元の防災士やボランティア活動に興味がある人たちの勉強会を開催して、その講演会費などは防災予算として国庫から出してたらと思います。 

 

 

・能登復興支援に協力しています。 

津波被害もありましたが東日本の教訓を得て助かった方々も大勢いますしボランティアの運営などは神戸、東日本、熊本と経験や知識を蓄えて、よりスムーズになり進化しているとベテラン勢は仰っています。 

後世に脈々と受け継がれていますよ。 

ただ・・皆が皆被災地を直接訪れることはできないので動画配信等に切り替えるなどしたほうが現代的な気もします。 

 

 

・被害が少なくて得をする人が支援すればいいんじゃない。国や自治体や保険会社など。そもそも伝承って声に出さなくても映像の方がインパクトあるし、聞く側が危機感を持ってくれれば手段はどうでもいいような気がする。そう考えれば学校の教材になるような資料をまとめた方が効率良さそう。国レベルで必要なのは現地の状況を知ることより、各自治体の沿岸の住民が何をすべきかを考えることだと思う。 

 

 

・国の支援と言うけれど、国の非公共ソフト予算での支援は長くて3年が限界。それも経常経費の単なる補助ではなく自立に向けて活動を向上させるものなど以外の現状維持的なものは支援は難しい。さらに多くの国民は復興税が37年まで延長されてることに納得してない中で更なる支援という要請は支持が得られにくいと感じます 

 

 

・戦争の語り部と震災の語り部はちょっと毛色が違うと思う。 

戦争は人的災害。まさに一般人が巻き込まれた結果の惨事であるし、その様子は映像等の記録が少ないこともあり、語り部の意味も多少はあると思う。 

震災は自然災害。しかも様々な記録媒体があの惨状をしっかりと記録している。語り部が話す内容よりも、あの津波の映像、その後の壊滅した街の様子を映像で見た方が、話しに慣れが出てきて、まるで物語のように流暢に話す語り部よりも記憶に残ると感じるが。。。 

 

 

・被爆体験を語り続けることは大切なことだと思う。 

津波の悲惨な状態を語り続ける必要がわからない。 

津波にあったら大変なことはわかるから常に忘れず注意、警戒を怠らないようにしなければなりませんが、津波に流されて悲惨な状況をいつまで語り続けなければならないのでしょうか。 

 

 

・語り部と言うけどその人その人で体験は異なるでしょう地震で逃げた人と津波で逃げた人では違う復興の進み具合をバスで巡っても何も伝わらないと思います後継者に伝えても所詮第三者では話も誇張されたり変わるのではないですか戦争体験を語る近所の爺さんもだんだん話が大きくなると言われてます今は映像で簡単に知ることが出来ます 

 

 

・記録の残し方や、伝承の仕方を工夫して、低コストでも出来るようにしないと続かない活動だと思います。 

 

何でもかんでもやればいいというものではありません。日本は昔から多くの災害が発生して犠牲者も多いですが、すべての災害の記録を見たり聞いたりする時間はありません。 

 

大切なのは何が要点で、どういう教訓を得て、その教訓を活かすために今行政は何をしているのかだと思います。 

 

 

 

・震災が起こってから10年以上たったが、まだそれほど記憶が薄れることはない。 

当時は誰もがどうしたら?と思っていたが、あのときと今は違う価値観から知ることより備える方に移行している。 

地震大国日本において、各地で起こる地震において、人はより現在の動向に目を向けてしまうのでしょう。 

震災を過去のものとせず、頑張って頂きたいです。 

 

 

・震災の記憶を語り継ぐことは大事です。しかしながら将来、実体験者がいなくなっていくと、震災の記憶が風化していきます。記録をしっかり残すことと後世がその記録を見ることができる環境づくりが大事です。 

 

 

・能登の大地震の後遺症が全く冷めやらない時に東日本の大震災の支援的な事を慌てて語りはじめた様に感じます。 

勿論、現在もそれなりの支援は続いてるはず国家として復興税として巨額の資金は蓄えられてるが、それはあくまで東日本のみならず全国の大きな自然災害に対しての税であることで東日本大震災地域だけにプールされたものではないのです。 

そうでないと全国国民は納得しません、逆に何故、東日本だけにその税収資金が充てられるのかとなります。 

激甚災害とされる大地震で忽ち今現在避難生活や不自由をされてるところに優先的に充てる事が今やらなければならない事に水を差す様な発言や報道は不謹慎です。 

本来なら随分落ち着いてきたのだからどうぞ能登大地震に今は充てて下さい、と言うのが人の情け恩というものでしょう。 

若しくは、今はまだ言わないという心情があるべきでしょう。 

 

 

・自分も被災地出身ですけど、語り部バブルがありました。 

 

1時間ちょっと話すだけど5000円ほど、つまり時給5,000円という都市部でもありえない金額で、酷いのになるとその時現場に居なかった人が震災発生時の情報を集めて語る場合もありました。 

 

正直に言うと、震災により打撃は受けたけど、収入や暮らしぶりは上がった人も多い。 

それまで見向きもされなかった場所が旅行会社がツアーを作りお金を落としてくれる。 

普通のインスタントコーヒーを焙煎コーヒーの値段で提供するカフェやら阿漕な商売をする被災者もいた。人の同情票を買い、商売してる者が割といた。 

 

被災地を見学する事で得られる事に関しても自分は疑問です。もうそろそろ被災地ネタはやめていいと思います。 

 

 

・一昨年初めて被災地を南から順に廻った 

各地域に伝承館や資料館があり無料有料さまざまでした 

 

個人的には有料で全然構わないのですが、そろそろ県や国が選択と縮小を促してもいいのではないかと思います 

 

言いづらいでしょうが利用者が減ってきたという事はそういう時期に来た、という事でしょう 

 

必要な証言はアーカイブに残して県や国の施設で観てもらうことも出来ますし 

 

 

・続けることが厳しいなら終わりにしても良いのではないか?何年語り継ぐのをゴールとするかだけどやはり人の寿命を考えても30〜40年は難しい。100年前の関東大震災の語り部はもういない。しかし昔と違って映像も沢山のこっており、語り部の動画は永久に残ります。 

貴方達語り部の今までの努力と功績に感謝いたします。有難う御座います。 

 

 

・ボランティア活動だと思ってました。対価をいただいているとなると、批判を受けることは承知した上でですが、それなりに脚色してしまう心情が働かないでしょうか。対価をいただくのでしたらツアーバス会社や旅行代理店と連携する活動もいいかもしれません。 

 

 

・先日、被災地のバスツアーに参加した。驚いたのが伝承館の類がものすごく多く、働いているかたも多いのですが、どこも同じような展示、話だったこと。大川小学校、請戸小学校の例は参考になりました。 

もう少し施設を集約して中身を濃くしていかないと訪れる人は減るだけだと思いますし、運営は早晩破綻すると思います。 

こういうことを言うと「不謹慎」と言われるかもしれませんが、伝承も、復興もビジネスですので、なんでもかんでも補助金でやろうとすることは正しいことなのでしょうか? 

 

 

・東日本震災はかつての戦争などとは違う点がいくつかある。 

 

まず一つは記録やデータが豊富なこと。人の知識による伝承がなくても映像等十分に残っている。 

また一つは人が反省したり教訓にすべき点はあまり無いこと。戦争は人が起こしていることであり人による議論の余地があるが地震や津波は自然現象であり人の介入する余地はない。 

 

そう考えると自治体が予算を割いてまで語り部活動を維持しなければならないのかということは疑問を感じる。 

 

 

・昨日は釜石市の北隣、大槌町「大槌語り継ぐ会」の、伝承について考える会へ参加してきました。地元高校に伝承サークルが出来て、広島のような取り組みが始まっていること、13年経っても語ることをためらう人、100人いれば100とおりの経験をしてきたことなど、忌憚のない意見がいくつも出されていました。テレビ、新聞などメディア何社かが取材に来ていたので、近日記事が載るでしょう。会の運営者たちは他に収入源を持っているので、運営資金の話は出ませんでした。千葉県から(今日のラグビー試合観戦に)来られた方が、「経験だけではなく、何か今後の教訓になる話も聞きたい」と話したら、語り部ではない地元参加者が、これまでなかなか話せなかったことをその場で話し出したことが印象的でした。母親は昭和チリ地震津波を経験していたが、大震災の津波はその時とは異なる海の変化が見られた。過去がこうだからまたこうとはならない、わけですね。 

 

 

 

・行っていることはすごくいいことだ思う。ただこれで企業して生活していくのは無理だと思う。 

市のボランティアとして土日のみにする。 

ただし給与ではなく、ボランティアの交通費程度にする。 

あと高齢化は避けられない。映像で語り部を保存し、写真と共に後世に伝えていくしかないのではないか。 

まぁこれは市役所がやってくれないと始まらないけど。 

 

現実的にはこれが限界ではないだろうか。 

 

 

・言い方は悪いことを承知で言わせてもらえば、今の時代に語り部は要らないと思う。 

過去の戦争などでは記憶媒体の少ない時代であって、実際の空襲の模様や被曝の様子を見るのは現実的には無理なので、語り部という人が後世に伝えてきた。 

しかし技術が進化した現代において、地震などによる自然災害はビデオなどを利用して見ることができる。 

特に東日本大震災での津波の様子などは生中継したくらいだから当然のことながらビデオとして残っている。 

被災の様子はこうした方法で後世に残せばいいと思う。 

確かに口で伝えるほうが現実性があると思うが、続けられないのであれば無理をする必要はないのでは?と思う。 

 

 

・公共性の高い内容であれば、損益無視で運営できる市町村がその任を果たせばいいと思いますので、このような個人にまで税金をばらまく必要性は感じません。活動が無駄だというわけではなく、あらゆる情報を一か所に集めて、より意味のある知見を後世に伝えられるように。 

 

 

・当時の記録、記憶を残して伝えるのは大切なんだろうけど、問題は語り部と伝承館の2つが必要なのかということではないだろうか。 

 

無尽蔵にお金があるワケではないので、二重にコストをかけるのは難しいかと。 

 

語り部が伝承館のスタッフとして活動できればよかったのでは、と思うけど、難しかったのかな。 

 

 

・東北の地震の場合、被害が広範囲に及んでいて、震災遺構や記念館、語り部があちこちに増えすぎた。震災以前の状態に街も人も戻る見込みがないことがわかりつつある今、すべてを継続させることはできないだろう。 

 

 

・日頃から避難グッズはリュクに入れ準備をする。沿岸部に滞在の際は地震が来たら高台へ逃げる。この2点さえ忘れければ、別に風化しても構わないと思うし語り部等は必要無いと思う。あとは避難訓練をすればいいと思う。 

 

 

・東日本大震災のお金の使い方は本当に酷い。 

 

特に意味もない土地のかさ上げに数兆円をかけ、人がいなくなることが分かりきっている公営住宅に膨大なお金をかけた。 

 

他方で住宅再建費用は絞り(とはいえ一軒あたり数百万規模の支援があったが)、この記事にある語り部のようなNPO団体への支援にはかなり冷淡だった。 

 

災害があまりに大きすぎて、かけるべきお金が何なのかもよく分からないまま膨大なお金を撒き散らし、結果、被災地に残ったのは全国で一足先にやってきた「過疎集落」。 

 

壮大に無駄な社会実験だった。 

 

 

・御本人の意思は崇高だと思います。 

 

しかし、長期に渡って行うとすればビジネス感覚が必要になると思います。 

酷な話ですが、被災地はピンポイントではありません。 

 

残念ながら人々の記憶は、悪気はないのですが、時間と共に薄れて行きます。 

 

東日本大震災の記憶を後世に伝える為に、組織的に動かないと、単独で、しかも一つの地域での活動では先細りになると思います。 

 

 

・よくない言い方ですがそういうふうに語り部がいなくなってしまったらか今回の悲劇が起こったのでしょう。 

しかし絶対につなぐ意思はツナミデンデコいうふうに大事に伝わっていました。 

反面石碑等では震災後にこんな警鐘があったのにと見直されたりもしました。 

知らせ続ける工夫も大事なのでしょう。 

 

 

・語り部を事業継続する意味はない 

貴重な話は収録して遺産として残して、県単位くらいの自治体でしっかり管理して伝えればいい 

 

震災は悲惨だったし(自分も被災者)、戒めとして経験談は必要だが今の時代に事業化して人が口頭で語り継ぐ必要はない 

これから天災あったら団体増やし続けるの?って話になるし 

それより纏めて一括管理して、予算は物理的な復興に使う方がいい 

もちろんやりたい人が個人でやるのは自由だけど、行政がやるべきは具体的な体験の整理と記録と保存とであって語り部事業の継続ではない 

 

 

 

・現在は、youtubeなどで当時の状況をいつでも見ることができるため、必ずしも生の体験を語らなくとも、十分伝わる環境になってきていると思う。語り部の方たちもネットを使った配信など、時代にあった伝承を考えていった方がよいと思う。 

 

 

・>19年秋に開館した市内の県営施設「東日本大震災津波伝承館」が入館無料のため、伝承館に訪問客が流れ、語り部の利用者が減ったと釘子さんはみている。 

 

事前に県に語り部の活用について話し合いはしなかったんだろうか? 

 

阪神・淡路大震災や熊本地震にも言える話になるが、今後は、『歴史の証人』としての語り部の話の記録の作成・保存も必要になるだろうなぁ 

 

 

・3.11を軽んじては断じていないが、対価を得て語っていくには限界がある。記録として残して、後世に語り継いでもらう方が良いと思います。どうしても時間が経てば風化していきます。めげずに頑張る姿勢は頭が下がりますが、そろそろ3.11と向き合って生きるのではなく、3.11を背にして前を向いて生きていく時期にきているのではないでしょうか。 

 

 

・資料の乏しい時代の出来事の語り部は有効でしょう。 

が、何時までも語り続けることが出来ることは無い。 

伝えたい事、内容を今のうちに映像等の記録で残して行くことの方が重要ではないのでしょうか。 

実感を伴わない後継者、チリ地震津波の記憶も薄れての今回の地震 

今回は、安全と思われる場所に移転し、後世に於いてこの堤防は何、なぜこの堤防より海側は住めないとなった時の為にも資料があれば津波前後を映像で伝えた方がより多くの人に伝えることが出来そう。 

 

 

・語り部が話す当事者だからこその臨場感も後世に伝えるのに役立つ事だけど数多くの映像が残っているのでそれらと合わせて体験の語り、実際の映像を組み合わせたものを残して見てもらうようにする方がいいと思う。 

風化させたくはないが、いつまでも大金使って人雇ってやっていく事業ではない。 

 

 

・東北は次の地震まで70年ぐらいだと思います。孫のだいには移住出来ているようにすべきでは。 

3次産業に就職すれば移住できると思います。 

 昔のように一次産業しかない時代ではありません。 

 明治維新でサムライは刀を捨て別の職業に就きました、頑張りましょう、自然に抗うのは無謀です。 

 

 

・最近、紹介されて「被災者と呼ばないで」という中学生の文章を読みました。英文も付いていたので、英文も読みました。「前を向いて生きている」「抵抗した結果」という言葉が胸に刺さって、何とも言いようのない気持ちになりました。決して、語り部や後世に伝えることを否定したり意味のないものとは思いません。この13年間、確かにあの震災のことは伝わってきています。事実もあるし、バイアスがかかっているものもあるし、玉石混淆です。だけれども、困難に最大限抵抗して、その結果前を向いて生きているなら、震災のことをこれ以上伝えなくても、事実だけを資料として残せばよいのでは、とも思いました。当事者がこの中学生のように、何を感じて何を思ったか、そしてどう行動したかをありのままに伝える。それが人間の営みかなとも思います。 

 

 

・第三者的視点で恐縮ですが、こうした活動を上手く回すには、発信者と受け手側のマッチングが重要になると感じます。 

まず、発信者側の「発信したい」という強い情熱や、活動そのものを生きがいとするような姿勢。 

それから情報の受け手側の「もっと知りたい」という興味や共感です。 

ここを掘り下げていく必要があって、そのための媒体としてはインターネットの動画配信などのサービス、それからネットの電子出版やブログなどを利用し、低コストで広く配信し、情報利用者にアピールしていくと良いのではないでしょうか。 

情報の押し売りや押し付けをしても却って逆効果で、影響がマイナスになることもあります。関心のある人に刺されば良いくらいに考えることです。利益を目的とせず、活動している人たちが何かで満足できていればいいと思います。ちょっと超自然な話になりますが、その活動が天意に沿っていれば自然と導かれるようにも感じます。 

 

 

・単純な疑問。国内外から集まった義援金は100%被災地に届いているのか?赤十字や色々な団体を経由する際にかなりの手数料等がピンハネをされていると聞くが被災地に向けた義援金と謳っているなら100%が被災地の復興に届けられる事を願う。日赤等の運営費が必要なら運営費として別枠で寄付を求めるべき。 

 

 

・資金難とかと聞くと語り部というよりガイドなのかな 

各地に散って移住した誰かが話す機会があれば話せばいいと思うし 

被災地域や度合いによっても支援のような一律ってこともないし 

良くも悪くもネットに様々な情報はあるし 

今は能登の復旧復興なんじゃないかな 

発信するなら今じゃない 

 

 

 

・震災関連の記録風化や遺構保全、重要です。出来る範囲で、その土地の伝承や教訓として残るものが意義のあるもので、無闇にお金を注ぎ込んで残すものなのか。復興支援で相当な額の税金や義援金が使われ、心の傷は癒えぬともかつての被災地も復興し再建た街並み、高級車ディーラーやパチンコ・パチスロ店舗が増加した姿を見ると、復興支援は成功したと思う。納税者、義援金を支出している立場だからといって個人で声を上げることは不可能だが、政治家は多角的に検分して欲しい。 

 

 

・こういうのはボランティア活動だと思っていたが、しっかりビジネスになってたのね。 

私も被災者で津波の体験をしているが、そちら側から金銭の話をされると、なんか違うなぁと思ってしまう自分がいる。 

今はワンタッチで震災や津波の映像もすぐ見れるし、モニュメントもたくさんある。 

13年経つが、時代の流れは大事だと思うが、、、 

 

 

・膨大な画像(動画)データもあるので、語り部の活動は終了でもいいのでは。 

後は後世の人間がどう受け取るかですね。 

私が津波を見知ったのは昭和三陸大津波の白黒写真と、体験したおばあちゃんの話だけでしたが、充分肝に銘じて注意深く行動してます。 

まさか自分の生きている時代にも、そんな大きな津波が来るとは予想外でしたが。 

でも、何回言っても『我が事』と受け取らない人間はいつの時代もいるので、そこは諦めるしかないですね。 

 

 

・これを生業としようとするから無理なのではないかな。 

職業を持ちながらボランティアとしてやってはいかかがかな? 

たくさんの映像と音声がある現代においては、体験者が生で語ることに大きな意義は見いだせないから生業にならないわけで… 

責めているのでは無くこの方以外にも語れる人も山といるわけで… 

仕事にはならないでしょうね。税金を投入もその辺で理解は得られないでしょうね。。 

 

 

・時とともに体験者の記憶は曖昧になり、遅かれ早かれ体験者自身も居なくなる。 

文章や動画で市役所や図書館などの公的機関に責任をもって保存させれば費用もそれほど掛からず長く伝えられるのだからそちらを考えるべきだし、既にそうしているならそれで良いのではないか。 

 

 

・語り部も古いやり方で当時の様子は動画でたくさんアップされている。津波の怖さや流される人も。 

話したい事をたくさん動画に残す等やり方を変えるのも一つの方法だと思う。 

もちろんお金に余裕がある語り部さんは今のままでお願いしたいが。 

 

 

・最初から語り部の一本でやらないで、他の仕事と兼業で活動していた方が良かったのではと思います。 

当初は忘れては駄目という思いもあったりして訪れる人も多かったでしょうけど、どうしても風化の波が起きますから、それで全ての費用を賄うのも厳しいものがあると思います。 

それに、震災当時の映像なんて、YouTubeとか検索したら幾らでも出て来ますから。 

わざわざ現地に行かなくてもと知れるという人が居ても不思議じゃないですから。 

 

 

・この手の話は、各個人に話すことももちろん大切ですが、各自治体の予算を決める首長や議員が聞いて、考えることが必要かと思います。 

視察という名の海外旅行へ行くよりも、国内で知らないことを知る努力は必要じゃないでしょうか。 

 

 

・啓発セミナー的なもの以上の意味を感じない。 

語り部を継続する、後継者を見つける、というが、一体いつまで続ける意義があると考えているのか。 

関東大震災から100年だがその語り部など聞いたことも無い。必要なのか、復活させるべきなのか。 

東北は確かに幾度も地震や津波に襲われているが、東日本大震災と同規模と言われる過去の地震は1200年前だ。語り部を1200年続けるべきなのか。そんなことは可能なのか。 

 

 

・東日本大震災の語り部って必要ですか? 

 

よく、引き合いに広島の被爆体験を出しますが、あれは人災。こちらは天災。 

全く違うものであり、あちらが必要だからこちらもとはならないと思いますが。 

それに、この語り部さんが語りかける人って観光客でしょう。その人達全てが東日本大震災の経験って生きるんですか? 

 

伝承館などの遺構もそうだが、あったところで、いたところでって皆思ってましたよ被災者は。 

 

 

 

・ひどい体験をした方は、他の人には同じような体験をして欲しくないと思う。ただ個人の力は限界があるので、政府が一元管理して対応すべき。ただ政府は金権政治、国民は忘れやすい。だから、伝えることが大事です。自分がその立場になればわかるでしょう。 

 

 

・喋りが上手いのかどうかも重要。子どもにしたら、毎年眠たくなるような話されて、ちゃんと聞かないと先生に怒られ、ただ時間が過ぎるのを待つ、みたいな講演会のようなものだったら要らない気がしますね。 

 

 

・やりたいのはわかるが、今は一番いらない時期。 

100年後、200年後に必要なのであって今はいらない。 

数百年後に脅威を伝え、住宅区域の設定や防波堤等の備えに活きなければ何に意味もないし、ここ100年は努力の多寡に関わらず一定程度は教訓は残る。 

 

万単位の多くの命を守る、という目的から考えれば使命は大きく、やり方が間違っているようにしか思えない。 

 

 

・直接的に自らの言葉で語りかける語りべは、災害を語り継ぐうえで極めて大切だと私は思う。こういう声にこそ国や行政は手を差し伸べて欲しい。例えば新年度、自民党への政党交付金をペナルティとして一時的にでも差しどめするべきである。そのお金を災害の被害者やこういった活動に回す方が遥かに有益なことである。 

 

 

・>語り部活動には経費がかかる。パソコンや復興状況を撮影するカメラ、資料や写真の印刷用のプリンターといった機材は酷使するため故障が早く、買い替えの出費は痛手 

↑ 

無駄な物もありそう 

若い人たちに伝承するなら、なんでも紙に頼るのではなく、いちいちプリントアウトしたりせず、今はスマホ一台である程度は出来る 

 

(高齢者の方々が使いこなせるかはまた別問題としてだけど、経費経費ってのは少し違うかなと。語り継ぐのに必ずしもお金をかける必要性は無いって言いたいだけです) 

 

 

・東日本大震災から13年で資金難と言うが、2013年1月から25年間、納税者すべてが支払う税金で、通常の所得税に上乗せされて徴収され、個人の所得に対して税率2.1%がかかっている。 

これらの税金は本当に震災の被災地のために使われているのか疑問。 

いつもの事だが、震災の被災地以外の関係のない事で使われていないのか非常に危惧する。 

お役所のやっていることは闇の中で全く分からない。 

 

 

・戦争体験の語り部は実体験を語っていただき、本人たちしかわかりえないことを、戦争はだめだ、ということを聞けるし聞く必要を大いに感じるので可能な限り継続いただきたい。 

震災に関しては少し違うかな。新しい時代の話だから映像、語りを残せるからな。 

 

 

・もう被災から10年以上経過した以上、語り部で生計を立てるのは難しいでしょ 

後世に歴史を残すことが目的なら映像や文献で残す事も可能だし 

身の丈にあった活動を模索すべきだと思う 

 

 

・大切な事だし必要な事だと思うが、被災者一個人が法人を設立して運営するのはそもそもムリな行為では?語り部として請われて講演をするのなら成立するだろうけど。回転資金も集まらないなら解散しても良いと思う、法人ならボランティアとは行かない。 

 

 

・伝承館に流れたのはそちらの方が魅力があって分かりやすいからでしょ? 

そちらも無料でやって、語り部や育成にまで金を流せば2重になって無駄が過ぎる。 

 

上の世代は講演会したがるけど、若い世代につれてはスマホやタブレット、PC慣れし、まとめて話してくれたり、自分のペースで学ぶ、っていう時間の使い方や流れに慣れてしまっているから、それらはもう受け入れ難いと思いますね。 

だから切り抜きやショート動画が散々流行っているわけで。 

 

部活でも、ボランティアでも、パレードでも、語り部でも、本人達は意義があると思ってやってるんだろうが、自分(達)で働いた金でやらず、すぐクラファンや行政(税金)に縋るのは甘えが過ぎると感じる。 

 

どれも素晴らしいですよ、主旨や目的は。 

ただインフラや病気など必要不可欠でもないことを、自分の金や余剰範囲を超えて他人の金に縋る『やり方』はあまり理解できないかな。 

 

 

 

・昔、私が学生時代に太平洋戦争の語り部の方にお願いをしたら無償で来て話をしていただけました。 

80年以上も前の戦時中なので今ほど映像も記録も少ないので知らなかった事も多く凄く興味深かったことを今でも覚えています。 

 

一方で東日本大震災…。ネットには個人で撮影された映像や画像が多数あり、マスコミ各社が撮影した震災直後の惨状が鮮明に記録されています。 

それでいて有償で語り部をされるのは"商売"としてですよね? 

こういう言い方をすると不謹慎だと言われるとは思いますが、商売である以上は需要と供給というもののバランスが必要で、 

東日本大震災の情報はネットに溢れています。 

つまり供給過多で需要はほぼ満たされています。ましてや戦争と違い自然災害は"二度と繰り返してはいけない"と言って防げるものでもありません。 

近年の特に自然災害の語り部というものの必要性が私には分かりません。 

 

 

・よく言われることだが、口述伝承って、どうしても記憶が曖昧になり、誇大表現になる。熱く語るより、事実を見せて、考えてもらうことのほうが、後の世のためになる。記録映像が無い部分に関しては、絵などで表現し、文字でも残す。語り部だけが言える事は、災害後の当事者の気持ち。けど、気持ちは年月とともに変わってしまうので、発生その後の時点時点で、VTRに残すほうが正確だろう。 

 

語り部自身が 自分の考えをまとめて、生活を前進させる目的なら、ある意味有用かもしれない。だが、公費を一部の人の「気持ち整理」に使う事になるのは、同じ被災者でも新生活で前を向いてる人からすると、違うように見えるだろう。 

 

 

・語り部だけで生活しようとしてるのが間違い。個人でやるなら半農半漁みたいに個人事業の傍ら語り部をするべし。または市町村に掛け合って、震災遺構や伝承館の職員に採用してもらうしかない。仕事として語り部をやろうと思うなら、それくらいしなきゃなりません。 

 

 

・語り部の活動自体もYouTubeとかで事足りそうだしそう言うので残していくのでもありなんじゃないかなと思います。 

そして本当に必要な活動なのであればこう言うことに復興税が使われれば良いのに。 

 

 

・伝えることは大切だと思いますけど、それを生業にするのは、ちょっと難しいものがあると思います。 

いろんな方が未来に伝える活動をしていますので、確かに応援したいと思うものには募金なりしますが。 

 

 

・YouTubeで発信してはいかがでしょうか? 

わざわざ被災地まで足を運ぶのも大切ですが時間や費用の面で折り合いが付かない人も多いかと思います。 

あと人間の記憶は良くも悪くも改ざんされたり忘れたりと10年以上経てば尚更変わっていくと思います。 

むしろその方が伝えたい事が変わらず伝わると思うのですが… 

 

 

・1つ言える事は「語り部は職ではない」ということ 

貴重な証言であることは確かだがそれは情報として維持管理され利用が進む場合であって、「語る人」を維持しても意味が無い 

 

映像記録を撮り当該自治体のHPに掲載して全国から視聴可能にすれば明日の3.11など災害発生日間近になれば教育の一環として全国の学校から視聴されるだろう 

 

現地で体験者からじかに語りを聞く事に固執していては時間経過という自然の摂理に飲み込まれるだけだ 

 

 

・今や映像記録が多数あるんだから仕方ないよ。 

思いは大事だけどニーズがあって初めて成立するのが事業だから。 

寄付が集まらないのも、そこまで価値が見出されていないからでしょ。 

気持ちは理解するけど無理筋だと思うね。 

絶対に必要なことではないと思う。 

 

 

・大事なのは事実とそれから得られる教訓、対策であり、語り部というのがそれに該当するのかは疑問があります。 

苦労話ははっきり言って不要です。 

それよりもその話のエッセンスとしてあるこういうことに困ったからこうする必要があるということを整理する方が大事なのではないかと思います。 

人情話や感想は正直、主観でしかないし苦労は震災でなくても苦しい境遇の人もいるわけですからね。 

いつ自分が同じように災害に遭うかわからない。その時ためになる情報が欲しいわけです。 

 

日本人はその辺りごっちゃにしすぎるのが悪いところだと思いますね。 

 

 

・残念ながら、需要と供給の問題。 

百聞は一見に如かずではないけど、YouTubeなんかで映像を見るだけでも違うし。 

おまけに公的施設の伝承館なんてものがあるのなら、個人勢は余程の人でない限り淘汰されていくのも致し方なし。 

商売ではなく、暇な時にボランティアでやるのも一つの手だと思うが、そこまではやりたくないのかな。 

 

 

 

・現代では情報を記録する術は個人でもメディアでもたくさん方法があるのでお金を対価にするほどの価値はほとんどない。 

正直そんなお金があるなら何かしらの復興の資金にしたいのが実情だろう。 

個人的には、これからまだまだ大きい震災があると思われる中で高齢化と過疎化が著しく進んだところを元通りにしたところで無駄にしか思えない。 

労働者世代もまた転職しないといけない、年金世代も帰る家がなければ帰れないし、大半は戻れるころには介護施設生活で意味がない。 

復興特需がなくなれば若者も寄り付かない、過疎地が出来上がるだけ。 

 

 

・原爆と違って、人災ではない事が、教訓をどう活かすかが難しい。そして、その地域に住んでいない人達に対する教訓になり難いのも、語り部の意義が難しい所。ご自身方のコミュニティの防災力を高める活動を強化するべきです。 

 

 

・必要とされてないということでは? 

伝える手段を間違っている可能性もある 

防災観点からは公共団体がそれなりの税金を使ってやっているし、語り部といわれても具体的に何を伝えてくれるのか想像できない 

そもそも伝えるのは人でなくてもよいのだから高齢化は関係ない 

体験を記録化しておけば済むこと 

 

 

・震災『ビジネス』のひとつかな。 

需要が無いから儲からないんだよ、自分が経験した事を講演会で話すのは良いけど何故金銭を取る? 

本当に伝えたいきたいだけなら交通費さえ出して貰えばボランティアで出来るはず。 

 

 

・体験者の言葉は非常に大事なこと。付け加えるなら厳しい言葉だが死んだ人の話を聞かずに元被災地に家や町を造った事は誰も言わないよね。先ずはそこからだと思うのだが、日本中あちこちに有るけど、無理やり防波堤や砂防ダム、排水ポンプ等を造って居ますがそれがあると言うことは必ず被災すると言うことです。 

日本も人工が減ってきているのだしもう一度街の在り方を問うべきではないでしょうか? 

 

 

・日本には災害が毎年、色々やってくるからどうしても時系列で薄れていく。今はやはり北陸地震の方に。まだまだ電気、ガス、水道使えないところがあるのでトリアージじゃないがそちらの方の復旧優先してあげないとね。 

 

 

・でも個人が食いつなぐための仕事は要らないわけだから、それこそ利権になっては不味いわけでyoutubeなどに記録を残していってカンパ募るなりクラウドファンディングかけるなりすれば良くないかな。 

何度かこういう経験者から聞くという機会はあったけど、いろいろな背景を理解してないと理解できないことが多かったけどな。 

 

 

・逆にお聞きしたいのですが、資金がない・後継者がいない・やりたいと思う人がいない、そういったモノ・コト・仕事を無理に続ける意味はなんでしょう?なぜ資金が足りない足りないと資金集めしてまで続けているんですか? 

 

わざわざ語り部として口で伝えずとも、今の時代様々な媒体があります。そしてそこまでして続けたいなら、周りを巻き込まずに自分自身で働きながら資金を稼いで、できる範囲でやりたい方だけでやるべきです。 

 

 

・これは職業としてやってるんでしょうか? 

ボランティア?副業? 

被災者は何万人と居る中でごく一部の方が私生活を犠牲にしてまでやる必要性はないのではないかと思うのですが。これだけ映像や資料などが残されてるのですから。悲惨さや避難する重要性は知れ渡ってると思います。 

 

 

・関東(戦前)→阪神淡路→東日本→能登 

 

前回の大震災が風化するころには次が起きている。 

現状では震災に対するマネー・マンパワーは能登に回した方がよい。 

 

人災である戦争は回避が可能だが、地震はできない。 

語り部の意義の大きさが異なる。 

 

平時における災害への備えを広報し続けることを継続し 

個人的な感情の部分は無理に伝えなくてもよいのでは。 

 

 

 

 
 

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