( 148409 ) 2024/03/12 14:22:31 0 00 ジャカルタのBYDディーラーにて Photo by Takeya Eiya
インドネシアの自動車市場では、中国のBYDが参入するなど電気自動車(EV)が注目されている。これまではトヨタ自動車を筆頭に日本ブランドが圧倒的シェアを占めたが、EV販売のトップに韓国Hyundaiが躍り出るなど、地殻変動が起きつつある。人口2億7000万人の巨大市場で、中国と韓国のEVは、日本車のシェアを奪うほどの力はあるのか? 現地ディーラーへの突撃取材から検証する。(ジャーナリスト 竹谷栄哉)
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● 中国BYDのEV販売店に 政府高官や富裕層が駆け付けるわけ
中国の電気自動車(EV)メーカー最大手BYDの、ジャカルタにある正規ディーラー店を訪れた。全面ガラス張りの3階建ての建物で、スタイリッシュな雰囲気が漂う。駐車場には政府高官の専用ナンバーを付けた車やBMWなどの高級外車が並ぶ。
「当店は年明けにオープンしたばかりですが、すでに2000台が売れました。2カ月でこの契約台数は絶好調です」。店長は得意げにこう話す。
BYDは現在、インドネシア国内で小型車の「DOLPHIN」、SUV(多目的スポーツ車)の「ATTO3」、セダン「SEAL」の3車種を販売している、価格はそれぞれ4億2500万ルピア(日本円で約403万円)、5億1500万ルピア(同約488万円)、6億2900万ルピア/7億1900万ルピア(同約597万円/同約682万円)。インドネシア国民にとっては高級車である。
家族連れで来店していた男性に声をかけてみた。材木商を営むスディオノ氏(仮名)は、「EVは環境に優しいし、走行音が静かでいいと聞いている。何より、近代的な内装や設備が気に入ったよ」と購入に前向きな様子だった。
BYDはインドネシアで年産15万台のEV工場の建設をする計画で、投資額は13億ドル、24年内に着工する見通し。店長は「インドネシアでの生産が始まれば、もう少し価格は下がるだろうし、さらにお客がたくさん来るはずです」と自信満々だった。
インドネシア自動車製造業者協会(GAIKINDO)の統計によると、23年に最も売れたEVは韓国の現代自動車(Hyundai)の「IONIQ 5」である。BYDを後にしたその足で、Hyundaiのディーラーにも行ってみると、さらに度肝を抜かれた。
● インドネシアEV販売トップのHyundai 1000万円以上もする超高級車とは
同じくジャカルタにあるHyundai正規ディーラー店を訪れた。店員から「こちらがHyundaiのEVの代表モデル、IONIQ 5です」と説明を受ける。なるほど、なかなかカッコイイ。「経済的に余裕のあるご家庭から試乗の申し込みが絶えません」という。その値段は「オプションにもよりますが7億7200万~9億1500万ルピア(日本円で約732万~約867万円)」と聞いて度肝を抜かれた。他に「IONIQ 6」もあるが、これに至っては12億2000万ルピア(同約1156万円)もするという。
こんなに高価なEVがインドネシアで売れているとは、にわかに信じ難い。「最近、中国のBYDも売れているみたいですね?」と聞いてみると、「IONIQ 6は、価格的にはBYDのATTO3とSEALの2台分になりますが、その価値は十分にあります」とサラリ。店員は、「EVは発売されてまだ日が浅いですが、他社も含めて数が増えて認知度が上がれば、ますます売れるのは間違いありません」と続けた。
渋滞がひどいジャカルタでは、主要道路で平日朝・夕の渋滞発生時に限り、偶数日にはナンバーの末尾数字が偶数の車両、奇数日には奇数の車両しか乗り入れられない規制がある。しかし、EVはこの例外となっている。富裕層は、渋滞対策としてのメリットも大きいと考えているそうだ。
Hyundaiは22年、15億ドル強を投じて同社初となる東南アジアの完成車工場をインドネシアで稼働し、EVに積極的だ。EV向けバッテリー部品もインドネシアで生産し、24年に輸出を開始する方針。現在、韓国LG化学の子会社とEV向けバッテリー部材を生産する新工場建設も進めている。また、24年内に、新型EV(日本でいうミニバン型)を生産・販売する計画も明らかにしている。EVの車種を増やし関連のサプライチェーンも構築することで、より安価なEVを販売する戦略だ。
● 日本車が支持される理由 EVは「富裕層のセカンドカー」
さて、実際にディーラーに行ってEVを見てみたが、インドネシアでシェアを拡大していくには課題が多いというのが率直な感想だ。
まず、最大のネックが価格。小型車でも約420万円もする。インドネシアでは他に、中国メーカーのWulingが2人乗りEVを販売していて日本円で200万円台と比較的手頃だが、それでもジャカルタの最低賃金が月額506万7381ルピア(約4万8000円)であることを考えると、ボリュームゾーンの中間層には全く手の届かない代物であることに変わりない。
実は、ディーラーの店員にこっそり、「あなたはEVを購入するか」と尋ねたところ、「こんなに高い車は、まず妻が許してくれない。お金があるなら違うものを買おうと言われると思います」(BYDの店員)、「セカンドカーが買える身分になったら検討したいです」(Hyundaiの店員)といった本音コメントが聞けた。
そもそもインドネシアでは6人以上の大家族が多く、小型車ではそのニーズをカバーできない。HyundaiのIONIQ 5がEVで最も売れているのは、「EVの中ではシート数が多いSUVだから」(自動車アナリスト)と評されるのも納得だ。
他方、日本のような車検が義務付けられていないインドネシアでは、「日本車がとにかく安心・安全。メンテナンスをしなくても長く走れる」といった評価が定着している。そのため、日本車は中古車(の買い取り)価格も高い。対してEVはバッテリーに寿命があるため中古車価格が安定しないとされていて、この点も購入に躊躇する理由の一つだ。
また、ジャカルタの充電ステーションの数は十分とはいえない。先述した渋滞対策としてのメリットは大きいが、庶民の購買意欲をそそる要因としては限定的だろう。
結論から言えば、インドネシアにおいてEVは「富裕層のセカンドカー」としての位置付けとなっている。富裕層である程度行き渡れば需要が頭打ちする可能性が高い。
しかし、それはあくまで現時点での意見だ。インドネシアならではの事情から、今後の自動車市場は意外を早く大転換を迎える可能性がある。
● 政府が推す「ニッケル」付加価値化 中国勢の勢いが後押しとなるか
先の統計によると、23年のインドネシアの自動車販売台数(卸売り)は100万5802台。そのうち、EVは約1万7000台で全体の1.7%程度。EVにハイブリッド車とプラグインハイブリッド車を含めたLCEV(低炭素排出車)カテゴリーでは計約7万台で、全体の10%に満たない。
一方、ブランド別ではトヨタが33万6777台でシェア33.5%、続いてダイハツが18万8000台でシェア18.7%、ホンダが13万8967台でシェア13.8%だった。これに三菱自動車やスズキなどが続き、日本ブランドが8~9割を占める。
日本勢が盤石に見える一方で、インドネシア政府は「EV生産を引き上げ、25年に自動車生産の20%となる40万台、35年までに100万台を目指す」と示している。これは、世界最大の埋蔵量を誇るニッケルがEVバッテリーの原材料となることを念頭に、資源をそのまま諸外国に輸出するよりも高付加価値製品(つまりEVやバッテリー)として国内外に販売したい思惑によるものだ。
そして中国EVメーカーは中国市場が飽和状態で競争が激しいことから、新たな市場を求めており、これまで以上に海外へ攻勢を強める方針だ。BYD、Wulingのほか、上海汽車傘下のMGなどもインドネシアに進出し始めている。
インドネシア政府は「世界のEV生産の中心地」になることを本気で狙っていて、EVの開発・生産を促進するさまざまな規定を強化している。税優遇なども含めた政策の後押し次第で、今後ニッケルを使ったEVは大きく成長することも予想される。その際、先駆者利益を獲得した中国や韓国のEVメーカーが、日本勢より有利に立つ可能性は高い。
2月14日に行われたインドネシア大統領選挙では、現職のジョコ大統領の路線を踏襲するプラボウォ・スビアント候補の当選がほぼ確実となった(正式発表は3月20日予定)。EVを推進する政策は継続・発展するとみられ、日本の自動車メーカーは油断できない状況が続くはずだ。
竹谷栄哉
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