( 149404 )  2024/03/15 13:33:12  
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社内の人材交流について、熱く語るスターツ出版の菊地修一社長。1時間超のインタビューの中で、20分ほど割くことになった(撮影:梅谷秀司) 

 

 2006年に出版され、大ヒットしたケータイ小説『恋空』。もともと、携帯の投稿サイト上で書かれた作品を書籍にしたものだが、当時、250万部を超える大ベストセラーとなった。 

 

【写真】「ケータイ小説ブーム」を生み出した「スターツ出版」が、今再び、「青くてエモい本」で注目を集めている 

 

 この『恋空』を出版し、「ケータイ小説ブーム」を生み出した「スターツ出版」が今、ヒット作や話題作を立て続けに送り出して、注目を集めている。 

 

 特徴的なのが、現役中高生からの圧倒的な支持。「スターツ出版文庫」はTikTokを中心にSNSで多く紹介され、「エモくて泣ける本」の代名詞となっている。 

 

 「勃興するブルーライト文芸」と題し、新たなムーブメントの誕生を追う本連載。第3回は、このムーブメントを牽引している、スターツ出版の代表取締役社長である菊地修一氏へのインタビューをお届けする。 

 

■中高生からの熱烈な支持で、3年連続でミリオンヒット 

 

 ――まず、スターツ出版の歴史について教えてください。 

 

 菊地:スターツグループは、今年で創業55周年の総合生活文化企業グループです。 

 

 グループ全体の核は不動産業ですが、創業者であり現・会長の村石久二の「ペンを持つ企業をつくりたい」という思いのもと、スターツ出版は、文化事業を担う会社として41年前に創業しました。グループ93社の中では3番目にできた歴史がある企業ですね。 

 

 もともとは、スターツ創業の東京都江戸川区で発刊した地域情報誌「アエルデ」から始まり、女性誌「OZmagazine」や、東京メトロ駅構内で無料配布しているフリーマガジン「メトロミニッツ」などを発刊して現在に至っています。ですから、当時は書籍をあまり作っておらず、編集者も数人しかいなかった。 

 

 一方で、これから出版は厳しくなると思い、レストラン・トラベル・ビューティサロンがWeb予約できる「OZmall」という女性向けサイトを自社開発し、運営しています。 

 

 ――現在のように、さまざまな文芸作品を出すようになったきっかけはなんだったのでしょうか?  

 

 菊地:21年前に『Deep Love』というケータイ小説を出版しました。作家さんからの持ち込みだったのですが、これがミリオンヒットになった。次の年に出したのが『天使がくれたもの』で、これもミリオンヒット。その次が『恋空』ですね。これは他社の小説投稿サイトに書かれていた作品を書籍化したのですが、これが大ヒットして、なんと3年連続でミリオンヒットが出た。 

 

 

 ――わずか数人の編集部でそれは、すごいですね。人気の理由はどこにあったのでしょう。 

 

 菊地:3作品とも、当時の中高生の気持ちをよく表していたんだと思います。携帯メールを介した口コミでどんどん流行し、クラスで噂が飛び交い、全国でケータイ小説のムーブメントが起きました。 

 

 ただ、流行はずっと続くわけではなく、『恋空』ブームが収束したときには、返本の山になってしまって。それを見て、「ミリオンヒットに溺れてはいけない」と思った。ですから、毎月文庫本を数冊作ってコツコツいこうと思ったわけです。 

 

 でも、肝心の作家さんをどう探していいのかわかりません。作家さんを発掘するために、自社で投稿サイトを開発しようと、17年前、「野いちご」という小説投稿サイトを作りました。「OZmall」を開発した社内のITエンジニアによる自社開発です。 

 

■自社の小説投稿サイトで、読者の等身大の作品を 

 

 菊地:そこには趣味で小説を書いている人たちがたくさん投稿してくれました。無料で小説を読めるので、人気の作品にはどんどん読者が付いて口コミを書く。作者が書いたあらすじに対して「主人公にはハッピーエンドを迎えてほしい」といった投稿があったりします。 

 

 すると、だんだん作者と読者が一体で作るような物語が増えてきたんです。彼らが二人三脚で作るコンテンツが生まれてきた。 

 

 そうして生まれた等身大の作品を文庫本にするわけです。ただ、最初の頃はスターツ出版の認知度も低かったので、作者に出版契約許可の電話をしてみたら、詐欺と間違えられたり、いろいろな苦労はありましたね(笑)。 

 

 そうして一般の方が作家デビューするようになって、それが今でも続いています。 

 

 これまで延べ500人ほどの方が作家になっている。その中には中高生や主婦もいらっしゃれば、さまざまな職業の方がいらっしゃいます。また、現在ではより大人の女性向けの「Berry's Cafe」、また「ノベマ!」など、ターゲットを分けた投稿サイトも開発・運営しています。 

 

 

 私は作家さんと食事をする機会もありますが、作家さんたちはみなさん、作家になるなんて考えてもいなかった人がほとんど。連絡があったときはびっくりした、という感じで。 

 

 ――2023年末に映画が公開され、大ヒットした『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の作者さんも、元は高校教員で、現役の中高生に近い人です。作家と読者の距離の近さが、スターツ出版の書籍の人気を支えているような気がします。 

 

 菊地:彼女は学校の先生で、授業で戦争の話をしても、生徒がピンとこないことに危機感を持ってあの作品を書いたといいます。そこで書いたものが、うちの編集者の目に留まった。 

 

 ――作家さんが、読者に近い目線で作品を書いていることが、ヒットの理由なのかもしれませんね。 

 

 菊地:そうですね。スターツ出版の本が売れている大きな理由は、読者に寄り添っているからです。一般人である書き手と読者の方が二人三脚でシナリオを作ったのが原点だったわけで、そこで生まれた作品の共感性は高いわけです。それは、ケータイ小説の時代から今に至るまで、同じですよね。 

 

■書籍作りは「チーム」で 

 

 ――作品作りで気を付けていることはありますか?  

 

 菊地:基本的にチームで動くことを意識しています。編集チームと営業チーム、投稿サイトのチームの全10人ぐらいで一つのレーベルを担当しています。もちろん編集作業は一人が行うのですが、基本的に作品はチーム全員が読んで、あれやこれや意見を言いますし、表紙デザインの決定もみんなでわいわい言いながら、良いところ、悪いところを言い合いますね。 

 

 その作品に対して、それぞれの視点から見て思うことがあると思うので、チームで行うことによって、より良いものに近づくんじゃないかなと。 

 

 ――ある出版社の話で、インフルエンサーのところへ出版の打診をしに行ったところ、同じ部署の隣の机の人が打診をかけていた……なんてことをよく耳にします。 

 

 菊地:そういうことはあり得ませんね。そこが、他の出版社との大きな違いになるのかもしれない。同じ部署内はもちろん、営業と編集の仲が悪いみたいな状況は、うちの会社ではあり得ないですね。出版に限らない話ですが、個人が中心で動くだけではダメだと思います。 

 

 ――スターツ出版では紙の小説を電子コミックにしたり、またその逆も……といったメディアミックス戦略も意欲的です。そうした事業展開が利益増に拍車を掛けているようにも思いますが、たとえば小説の担当者と、マンガの担当者は違うわけですよね?  

 

 

 菊地:そうですね。 

 

 ――担当者間で、トラブルが起きたりしないのでしょうか?  「自分が育てた大事な作品を、あの人に担当させるなんて……」というふうに。 

 

 菊地:それは、なりませんね。というのも、みんな仲がいいんですよ。むしろ作家さんを紹介しあっている(笑)。 

 

 僕が一番大事にしているのは「人の和」です。スターツ出版では、「穏やかでのびのびとした社員の成長が持続できる企業風土」を3カ年の成長戦略の一番上に掲げています。 

 

■最も重視しているのは「社員のコミュニケーション」 

 

 ――なるほど。具体的にどのような取り組みをやられているのでしょうか。 

 

 菊地:「シャッフルランチ」という部署横断のランチ会や、ノウハウ共有を目的に、若手が講師になる「私たちの仕事セミナー」など、そういうことをしょっちゅうやっています。 

 

 20年間継続している、全社員が1泊2日でさまざまなアクティビティを体験する社員旅行「モアジャム」など、僕はそうしたイベントに一番エネルギーをかけている(笑)。 

 

 出版に限らず多くの会社が、自分の部署の小さな世界の中だけで、黙々と仕事をしていることが多いと思います。隣の部署の人たちは何をやっているのかさっぱりわからない……そんな現実があるのではないでしょうか。 

 

 でも、そういう部署の垣根を取り払って、隣の部署、あるいはまったく違う部門の人たちと仲良くなれば刺激があるし、新しいものが生まれるし、つらいときには相談に乗ってもらえる。なにより会社が好きになって、仕事も楽しくなると思います。 

 

 ――たしかに、いろんな人と話すことで、新しいアイデアは生まれますよね。 

 

 菊地:会社で働くって面白いよね、と思ってもらいたい。それが人生の大きな要素ですから。もちろん、楽しいことばかりだけではダメだけど(笑)、でも、たまに思いっきり楽しい思いをしてもらえば、日々の仕事は自然とみんな一生懸命になり、結果として数字もついてくるんです。 

 

 ――こうした取り組みはどういう経緯で始まったのでしょうか?  

 

 菊地:当初はスターツ出版も、よくある普通の中小出版社だったんです。でも、「このままだと成長はない」と思い、社員同士のコミュニケーションを活発にしようと。 

 

 

 
 

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