( 149424 )  2024/03/15 13:57:26  
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京葉線といえば沿線に東京ディズニーランドがあることでも知られているが、千葉都民の通勤の足でもある。1990年3月、京葉線東京-蘇我間全線竣工開業式(時事通信フォト) 

 

 2024年春のJR東日本ダイヤ改正は北陸新幹線の金沢-敦賀開通が目玉だったはずが、京葉線の通勤快速廃止がちょっとした炎上状態になっている。「千葉都民」と呼ばれるほど、千葉県に住んで都内で働く人が多いことから影響を受ける人が多いためだ。ライターの宮添優氏が、3月16日ダイヤ改正で京葉線通勤快速が廃止されることで人生設計が狂いかけていると訴える人たちの声をレポートする。 

 

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「片道20分、トータルで40分も通勤時間が増え、子供の送り迎えすら難しい。鉄道は公共交通機関であり、ライフラインのはずです。なのに、利用者の要望はほとんど無視されている。新生活がどうなるのか、家族みんなが、今から不安でしょうがない」 

 

 千葉県のちょうど中央に位置する大網白里市在住の会社員の松田直人さん(仮名・40代)は、東京・有楽町の会社まで、JR京葉線へ乗り入れる「通勤快速」を利用して毎日通勤している。朝5時半に起床し朝食などをとり、保育時間がスタートする7時ぴったりに子供を保育園に送ると、そのまま駅まで自転車で猛ダッシュ。午前7時過ぎの東京行「通勤快速」に飛び乗り、1時間強で会社に到着する。時刻表通りならば始業の9時には余裕をもって到着できるのだが、湾岸部を走り、かつ他線の影響を受けやすい京葉線は遅延も多く、もとより、定時出社が難しくなることは珍しくない状況ではあった。そんな中、京葉線を管轄するJR東日本は、3月のダイヤ改正で、朝夕ラッシュ時の「通勤快速」を廃止し、全ての列車を「各駅停車」に変更すると発表。 

 

 この発表に、松田さんをはじめとした、京葉線通勤快速ユーザーが猛反発。千葉県知事や千葉県内の財界関係者からも、あまりに一方的で強引だと、苦言があちこちから上がっているのだ。 

 

「都内に通えて程よい田舎で、家賃も駐車場代も安い。コロナ禍で在宅ワークが増えたことをきっかけにこちらに引っ越してきましたが、このままここに住むメリットが無くなった。いや、このままだと今の生活が崩壊してしまうのです。引越しも考えていますが、まさか電車のダイヤのせいでこうなるなんて、想像もしていなかった」(松田さん) 

 

 松田さんの場合、確かに状況は気の毒ではあるが、コロナ禍をきっかけにした自主的な疎開の側面が強い。そのため、今後、通勤に便利な場所に引っ越すことで問題は解決するかもしれない。だが、一時的な移住ではなく、その場所に永住しようとしていた人たちからは、もはやすべてを諦めたような、弱々しい訴えばかりが聞こえる。 

 

 千葉駅の隣、JR京葉線快速電車が千葉県内で「最後に」停車する蘇我駅を利用する、千葉市在住の団体職員・藤原亮子さん(仮名・40代)が重い口を開く。 

 

 

「蘇我駅から通勤快速に乗れば、次の停車駅は都内の新木場駅で、その間にある県内の駅は全て通過なんです。そのおかげで、身動きできないほど混むこともなく、都内まで1時間以上かかる場所からでも、なんとか通勤できました。以前住んでいた都内に比べれば生活環境もよく、子供達も土地を気に入ったので”ここを実家にしよう”と新築の戸建ても買いました。なのに、次のダイヤ改正で、通勤に1時間半以上かかるようになる。そして、混みやすい各駅停車に乗るしかなくなります。夫も都内勤務のため同じように悩んでいます。買ったばかりの家も、都内へのアクセスが悪くなり、資産価値が減るんじゃないかという心配までする始末です」(藤原さん) 

 

 JR側は、コロナ禍前と比べ利用客が3割程度少ない利用状況を「改正」の根拠としているが、あまりに反発が多かったからか、早朝帯の東京方面上り快速電車2本のみを継続して運行すると発表した。だが快速電車は、通勤快速に比べ停車駅数は7駅も増える上、千葉県内の主要駅を出発する時刻が朝6時台と早すぎて、利用できないユーザーも多いのだ。したがって、通勤快速ユーザーたちからは、廃止が覆らない今なお非難の声が上がり続けている。一方、京葉線ユーザーでも、通勤快速を利用しない人々たちからは、逆に「改正」を歓迎する声もある。 

 

 千葉県習志野市のJR海浜幕張駅を利用し、毎朝都内の職場まで京葉線で通っている公務員の高梨翔さん(仮名・20代)は、海浜幕張駅には止まらない通勤快速電車の存在に疑問を持っていた1人だ。 

 

「通勤快速電車が遅延すると、私が乗る各駅停車まで遅延するし、途中駅で通勤快速や快速電車の通過待ちに何分もかかっていました。この駅(海浜幕張駅)は、沿線の中でも重要な駅でしょう。大型商業施設にも近く、付近の再開発も進んで住人も急増しているんです。それでも止まらない電車なんか必要ない、というのが本音です。都心に近ければ近いほど家賃も高くなるのに、なぜ家賃の安い遠方の人たちだけが優遇されてきたのかと」(高梨さん) 

 

 沿線ユーザー間でも、利用駅によって今もダイヤ改正に対する評価は真っ二つに割れているようにも見える今回の事態。京葉線と同じ千葉東京間を別ルートで走るJR総武快速線でも、減便に伴う利便性低下を防ぐという理由から、2022年3月に朝夕に設定されていた通勤快速は廃止になっていた。国鉄時代を経験し、5年ほど前に退職した千葉県在住の元JR社員・塚田治さん(仮名・70代)は、経営の合理化や都心に近い沿線ユーザーの声ばかりが拾われ、他地域のユーザーが不利益を被るパターンが今後は増えていくだろうと話す。 

 

「今回の京葉線のように、同じ路線内であっても便利になる区間と不便になる区間が出ることが普通になってくるでしょう。特に千葉は、首都圏とはいえ千葉の先がない。神奈川はその先に静岡や西日本があるし、埼玉は東北への玄関口なわけです。東京直通の電車でも、千葉市以西、もしくは以南のように利用客が少ないとみなされた地域では、改正の名の下に整理が進み、そこで生まれた余裕は、都心駅やその利用客に振り分けられる。田舎に住んでいると損をする、というようなことになるかもしれません」(塚田さん) 

 

 話題の京葉線は東京駅から東京湾を沿うように走り、千葉市の南側にある蘇我駅で外房線と内房線へと接続する。前出の松田さんの最寄り駅である大網駅は外房線で、蘇我駅から房総半島を横断して太平洋沿いを南下し内房線へと接続、再び蘇我駅へとつながる。確かに、塚田さんが言うように「千葉の先がない」。 

 

 都心、都会に暮らしているとなかなか気がつきにくいが、地方や僻地では、とっくの昔に列車や路線バスが廃止され、陸の孤島があちこちに出現している。しかし今回、都心に住んでいればそんな心配は無用だろうと思われていたところに、一部利用者たちにとっては「インフラ」を取り上げられるような事態が襲いかかっている。人口減少や都心回帰が進み、こうした光景が珍しくなくなる日も近いのか。 

 

 

 
 

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