( 149454 )  2024/03/15 14:28:40  
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衰退の危機にある喜多方ラーメンの復活に向けて奮闘している、江花さんは何者なのか。ラーメン愛にあふれた人生を伺った(筆者撮影)この記事の画像を見る(◯枚) 

 

 札幌、博多に並ぶ「三大ご当地ラーメン」の1つとして知られる、福島県喜多方市の喜多方ラーメン。 

 

【写真で見る】こちらが「3000円ラーメン」 

 

 そんな喜多方で、インバウンド向けの「3000円ラーメン」が登場。 

 

 昨今のニセコの盛り上がりもあり、ネット上では「海外客を相手に、楽して儲けようとしているのでは?」といった声が寄せられているが、現地で取材してみると、背景には喜多方ラーメンの衰退があり、今回の「3000円ラーメン」は地元のさまざまな事業者を巻き込んだ、真面目な打開策だったこと……を前回の記事ではご紹介した。 

 

関連記事:インバウンド向け「3000円」喜多方ラーメンの真相 

 

 そんな「3000円ラーメン」の中心人物が、「あじ庵食堂」店主の江花秀安さんだ。 

 

 勘違いした人たちから、毎日のように嫌がらせの電話も入っていると言うが、それも織り込み済みだと言う。 

 

 衰退の危機にある喜多方ラーメンの、復活に向けて奮闘している、江花さんは何者なのか。ラーメン愛にあふれた人生を伺った。 

 

■客が来ない日々…老舗の大将たちが声をかけてくれた 

 

 「あじ庵食堂」は2008年8月8日にオープンした喜多方ラーメンのお店としては新しめの人気店だ。 

 

 店主の江花秀安さんは喜多方市出身で、会津若松にある洋食居酒屋でアルバイトをしていた。25歳のときに東京に社員旅行で来たときに、中野にある「中華そば 青葉」のラーメンを食べて衝撃を受ける。 

 

 昔から食べてきた喜多方ラーメンに似ているという感覚を受け、もう一度地元の喜多方ラーメンをひととおり食べ歩いてみることにした。ここから江花さんはラーメンの世界にのめり込んでいく。 

 

 ある日、コンビニで一冊の本に出会う。香川県にあるラーメン学校「大和麺学校」の校長・藤井薫さんの書いた本だった。この本を読んでラーメンを学んでみたくなり、江花さんは大和麺学校へ通うことになる。ここでラーメン作りのノウハウを学び、職人として歩み始める。 

 

 地元に戻り、ラーメン店で修業することも考えたが、自分の味で店を出したいという思いが強く、思い切って店をオープンすることにした。老舗の名店「上海」の隣の物件で、カウンター7席のみの小さなお店だった。 

 

 

 試食会をして知り合いに食べに来てもらったが、 

 

 「こんなものは喜多方ラーメンではない」 

 

 と口々に言われた。 

 

 麺学校で教えてもらった通りに作ると、スープがきれいになりすぎてしまい、喜多方ラーメンのじんわりとした旨味が出ないのである。 

 

 「自分でやりたいという思いが強すぎて、喜多方ラーメンの歴史を無視して作ってしまっていました。 

 

 ラーメンらしい雑味を生かしたスープや、チャーシューを煮込んだ醤油をタレに使うなど、喜多方ラーメンが本来持っている良さを生かせずにラーメンを作っていたんです」(江花さん) 

 

 お客が来ない日が続く「あじ庵食堂」に老舗の店主たちがアドバイスをくれた。 

 

 「ラーメン 一平」の大将・小枝利幸さんはチャーシューの作り方やスープの取り方を教えてくれた。 

 

 そして喜多方ラーメンの元祖といわれる「源来軒」の大将・星欽二さんはスープの煮込み時間や灰汁取り、チャーシューのタレの作り方など事細かに教えてくれたという。 

 

 「使っている食材は同じでも、まったく違うものができるんです。大将たちが声をかけてくれたことで、ここから喜多方ラーメンの仲間に入れてもらいました。私だけが若かったので、聞けば何でも教えてくれて、本当にありがたく思っています」(江花さん) 

 

 その後、味もしっかりと安定し、喜多方ラーメンとして認められ、人気が出てくるようになった。 

 

■イベントに出店するたび、喜多方ラーメンの衰退を感じ… 

 

 この頃から、全国でラーメンイベントが盛んに開かれるようになり、三大ご当地ラーメンとも言われる喜多方ラーメンも当然イベントから声がかかるようになってきた。 

 

 「あじ庵食堂」は「蔵のまち喜多方・老麺会」からOKをもらい、喜多方ラーメンの代表としてイベントに出るようになった。 

 

 張り切って出店したイベントだったが、ここで江花さんは喜多方ラーメンの衰退を感じるようになる。 

 

 「毎年出店するたび喜多方ラーメンの力が落ちてきていると感じたのです。都心では旨味を重ねた“足し算”のラーメンが隆盛を極める中、シンプルであっさりした喜多方ラーメンはウケないのです」(江花さん) 

 

 こうして江花さんは他県のラーメン店とも親交を重ねるようになり、徐々に視野を広げていく。喜多方ラーメンを再び元気にしていくために自ら動き出したのである。 

 

 

 こうして開発したのが「山葵塩そば」だ。喜多方ラーメンらしい豚ベースのスープと極太の多加水麺に、シジミの旨味溢れる塩ダレを合わせた逸品。これがとても上品で美味しい。 

 

 食べ進めていくうちに白髪ネギの上に載る山葵が少しずつスープに溶け出して美味しい。バラ肉のチャーシューは喜多方ラーメンならではだ。 

 

 「ご当地ラーメンとは、100年続く『ホッとするラーメン』であるべきだと思っています。決して東京のラーメンのように濃厚にする必要はありません。大事なのは軸を持つこと。“喜多方ラーメン”という軸の中で味を磨いていくことが大事です」(江花さん) 

 

 喜多方ラーメンの歴史を無視して作ってしまった、かつての失敗は、ここでしっかりと活きたわけだ。 

 

■店を続けることは「自分のラーメン」を見つける旅 

 

 今年から「あじ庵食堂」で提供している、極上の喜多方ラーメン「SUGOI」もまさに“喜多方ラーメン”という軸の中で磨き上げた逸品だ。 

 

 喜多方ラーメンの豚のスープをベースに、小麦「夏黄金」「ゆきちから」で作った特製麺、会津牛チャーシュー、会津牛ワンタン、ナルト、ノリを合わせる。別添で会津牛そぼろ、地元産の春菊のおひたし、白髪ネギが付く。これが会津漆器と喜多方ラーメン箸で提供される。 

 

 まさに極上の名に恥じぬ一杯だが、こんなに豪勢にしても喜多方ラーメンらしさを感じるところが何より凄い。喜多方ラーメンの底力を感じる一杯だ。 

 

 喜多方市のリブランディング事業として始まった企画だが、こういうラーメンは枠からはみ出ていないことが大事だ。 

 

 3000円で提供しているラーメンで、もちろん賛否あることはもともと想定済みだったわけだが、作っている職人が喜多方ラーメンの枠の中でこだわっていると言い切れることが大事なのだ。 

 

 「ラーメン店を続けるということは、自分のラーメンとは何なのかを見つける旅にほかなりません。繁盛店はみんなその積み重ねで今日まできています。そのそれぞれの店の歴史が伝統を作り、今に続いているのです」(江花さん) 

 

■若い職人たちととも、喜多方の再生が始まった 

 

 後継者不足などの影響で、近年、横綱クラスの老舗の閉店ラッシュが続いている喜多方。ピーク時には127軒あったラーメン店が今や80軒弱にまで減っており、何もせずにいれば、さらに厳しい状況になることは間違いない。 

 

 しかし、一方では事業を継承し2代目となった若い職人たちもいる。こういった若い世代とともに、一致団結して喜多方のラーメン文化をさらに発展させるべく、江花さんはこれからも奔走し続けていく。 

 

井手隊長 :ラーメンライター/ミュージシャン 

 

 

 
 

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