( 149759 )  2024/03/16 14:07:53  
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日経平均株価が3月4日、初の4万円台に(撮影:梅谷秀司) 

 

「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」 

「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」 

経済の教養が学べる小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は「読者が選ぶビジネス書グランプリ」総合1位を獲得、19万部を突破した話題のベストセラーだ。 

 

【写真】経済教養小説『きみのお金は誰のため』には、「勉強になった!」「ラストで泣いた」など、多くの読者の声が寄せられている。 

 

著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。 

 

「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会をつくることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」 

今回は、年初からの株価上昇のウラで何が進んでいるのか、解説してもらう。 

 

■「景気回復の実感」なき株価上昇の意味 

 

 日経平均株価が2月22日に史上最高値を更新し、3月に入ってからは4万円台にも突入した。 

 

 経済ニュースは異様な盛り上がりを見せている。 

 

 「日経平均が、バブル期の最高値を上回った」 

 

 「バブルのときとは異なり、今の株価は割高ではない」 

 

 などという声が、さまざまなメディアから聞こえてくる。 

 

 直近では少し調整局面に入ったようだが、それでも、自分も株高に乗り遅れないように投資を早く始めようと焦る人は多いようだ。 

 

 事実、ビジネス書の売り上げランキングを見ると、投資や資産形成の本が飛ぶように売れているのがわかる。 

 

 しかし、株価が上昇しているという事実の一方で、多くの人は首を傾げているはずだ。 

 

 「バブルのときとは異なり、今の株価は割高ではない」と言われているが、バブルのときよりも今のほうが、日本経済の状態はよいということなのだろうか。 

 

 とてもそうは思えない。 

 

そこで、僕のインスタグラムで聞いてみた。 

 

「日経平均株価史上最高値更新らしいですが、景気がよくなっている実感ありますか?」 

実感ある182票(7%) 

実感ない2454票(93%)  

 

 

 圧倒的に実感がない人が多い。 

 

 もしかすると、金融機関で働いている人は認識が違うのかとも思い、アンケート時に金融機関勤務かどうかも聞いていた。金融機関勤務の人に限ると、以下のような結果になった。 

 

実感ある(金融機関勤務)62票(12%) 

実感ない(金融機関勤務)441票(88%) 

 実感ない人が多いことには変わりないが、実感ある人と答えた人の割合はさっきより増えている。 

 

 これは僕の体感だが、金融機関で働く人の中でも、”市場関係者”(金融市場での取引状況を毎日見ている)に景況感を聞くと、この割合はもっと高い印象がある。 

 

 僕も証券会社で働いていたときは、トレーディングデスクで金利商品や外国為替などの取引をしていたから、”市場関係者”というくくりで、金融市場についての取材を受けていた。 

 

■「日経エコーチェンバー」の可能性 

 

 さて、どうして経済ニュースと世間では、こうも認識とずれるのだろうか。 

 

 「日経エコーチェンバー」の影響があるのではないかと僕は思っている。エコーチェンバーとは、自分と似た意見や思想を持った人々の集まる空間内でコミュニケーションが繰り返されて、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込んでしまう現象のことだ。 

 

 これが『日経新聞』を読んでいる市場関係者の中で起きているのではないだろうか。この先の話は、くれぐれも、僕の仮説でしかない。 

 

 日経平均株価というのは、日本経済新聞社が算出・公表している株価指数である。『日経新聞』にとっては、日経平均株価は景気の指標であってほしいと考えるから、「日経平均が上がっているが、実体経済は悪くなっています」という記事は書きにくいだろう。おのずと実体経済がよくなっているという記事に偏ってもおかしくない。 

 

 市場関係者たちは、そういう記事を目にする。さらに、周りにいる客も、自分の保有している株価が上昇して個人資産が増えていれば、景気のいい話をするだろう。市場関係者たちが、景気についての取材を受ければ、疑いなく「景気は確実にいいですよ」と答えるようになる。 

 

 まさにエコーチェンバーである。 

 

 そして、政府も実体経済をよくすることよりも日経平均株価を上げさえすればいいと考える。メディアは、株価が上がっていれば景気はよいとの記事を平気で書くからだ。 

 

 

 事実、政権の経済政策の評価をする際に、日経平均株価がどれだけ上昇したかについて言及することが多い。 

 

 先ほどのアンケートでもわかるように、日本の景気がよいと思っている人はほとんどいない。日本では、投資を行っている20歳以上の割合は約3割。その中で、景気がよくなっていると感じるほど大量に投資をしている人の割合はさらに少ない。 

 

 しかし、日経エコーチェンバーの内側にいると、その外側にいる人たちが感じている「実感」には気づきにくい。その結果、世間の景況感とは必然的にずれてしまうのではないだろうか。 

 

 そして、そのウラで深刻な事態が進んでいる。 

 

 貯金ゼロの単身世帯は2021年から2023年にかけて、33.2%から36%に増加し、貯金ゼロの2人以上の世帯は22.0%から24.7%に増えているのだ(金融広報中央委員会の調査に基づく)。 

 

 日経平均が最高値を更新しているあいだに、貧困層の割合も増えていたのだ。 

 

■ケーキを食べればいいじゃない?  

 

 はやりの新NISAによって、投資しやすい環境が整っている。 

 

 それ自体は悪いことではないが、マリー・アントワネットの言葉を、僕は連想してしまう。 

 

 「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」(本当はマリー・アントワネットの言葉ではないという説もある) 

 

 そもそも、多くの人が投資を始める理由は、老後への不安からだ。 

 

 「将来、十分な年金をもらえない。2000万円足りなくなる」と言われ始めたころから、投資ブームが始まった。 

 

 ピケティの「r>g」という話もあった。労働分配の成長よりも資本分配の成長のほうが大きいから、貧富の差は拡大する。つまり投資をしている人のほうが有利になる。 

 

 そういった話を踏まえると、新NISAに政府の別の意図を感じてしまう。 

 

 「社会保障だと不十分だから、自己責任でお金を増やしてね」 

 

 そうは言っても、(実質)賃金はなかなか増えない。すると、政府はこんなことをささやくのだ。 

 

 「労働分配が少ないなら、資本分配をもらったらいいじゃない」 

 

 しかし、フランス革命時の庶民がケーキを食べられなかったように、貯金ゼロでは投資することはできない。結果的にますます格差は拡大していく。 

 

 

 日経平均株価だけ見ていては、そのことに気づくはずがない。 

 

■株価の上下よりも大切なもの 

 

 経済は、経世済民の略。「世の中を治め、民衆を苦しみから救済すること」の意味だったはず。 

 

 日経平均のことではないはずだ。 

 

 『きみのお金は誰のため』の中では、先生役の投資家が以下のように話している箇所がある。 

 

うつむいて話を聞いていた七海が顔を上げた。 

「投資の目的は、お金を増やすことだとばかり思っていました。そこまで社会のことを考えていませんでした。大切なのは、どんな社会にしたいのかってことなんですね」 

 

苦笑いで恥ずかしさを隠す彼女に、ボスが優しく声をかける。 

「そう思ってくれたんやったら、僕も話した甲斐があったわ。株価が上がるか下がるかをあてて喜んでいる間は、投資家としては三流や。それに、投資しているのはお金だけやない。さっきの2人は、もっと大事なものを投資しているんや」 

ボスは七海と優斗を順に見つめてから、ゆっくりと続けた。 

「それは、彼らの若い時間や」 

『きみのお金は誰のため』152ページより 

 先日、“岸田総理に今すぐ読ませたい!! 「きみのお金は誰のため」”というタイトルのYouTube動画がアップされていた。投稿者はなんと、自民党の参院議員・西田昌司氏だ。 

 

 西田氏の言うとおり、総理にはいち早く読んでもらいたいものである。 

 

田内 学 :元ゴールドマン・サックス トレーダー 

 

 

 
 

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