( 149818 )  2024/03/16 22:28:45  
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・大学受験における推薦入試やAO入試に対する見直しの声が多く見られます。

推薦枠の拡大により一般入試の難易度が上がり、内部進学者や推薦・AO学生に特典が渡り過ぎることが問題視されています。

特に内申点を巡る不公平や学力の不均衡、留年や内定差別の問題などが指摘されています。

また、入学後の学業適性や社会での活躍能力を重視すべきだとの意見や、一般入試の公正性、学力の面での評価方法についての問題提起も多く見られました。

 

 

(まとめ)

( 149820 )  2024/03/16 22:28:45  
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・推薦入学とAO入試を見直して欲しい。 

 

確かに大学全入時代ではあるが,「皆が行きたい大学」の難易度は高止まりなのが現実。 

 

また,特に上位私立大学で推薦枠は拡大し続けているため,一般入試の難易度は以前と比して上がっている印象すらある。 

 

大学側も一般枠を減らすことにより見かけ上の偏差値が上がり難関校感やプレミア感を出すことができるため,今後もこの傾向は続くだろう。 

 

しかし,入学後に推薦やAOの学生が授業についていけず留年をしたり,内部進学者だけに試験に有利な情報が回り一般入学の学生が不利益を被るなど,誰も得をしないケースが散見される。 

 

実際,推薦やAOで真面目に選抜するのであれば、東大や京大の様に100人程度が限界だし、家庭の資力の差で結果が左右されてしまう。 

 

少なくとも、一般で受からない生徒が推薦やAOで入学するのは不条理だし、推薦型でも推薦条件+最低限の学科試験は課すべき。 

 

 

・大学のネームバリューは就職とかに影響する部分はあるので羨ましがる方もいるでしょうが、周りの学力に釣り合わないと、授業だけでなく、友達関係も正直きつく、入ってからの努力が必要になると思います。 

 

友人の話ですが、偏差値50未満の私立大学を卒業後、国立大の大学院へ入り、その後、大手電気メーカーに就職し、同期で最も早く係長に出世しました。 

大学に入ることが目標だと、こんなことは為せないと思います。 

 

大学に入ってから、そして大学卒業してから、何を為すかが大事だと思うので、他人を羨ましがるんじゃなく、自分はどうするのか考えて欲しいなと思います。 

 

 

・一般受験でも合格できるトップ郡の子たちには 

いい内申をつけず、そのワンランク下の子たちに 

いい内申を与え推薦で合格させる。 

そのほうが学校の進学実績が上がる。 

だからトップの子が当日普段の実力が出せず、まさかの不合格だったりすると頭のいい子がランク下の大学に入るような現象はよく見られる。 

 

 

・大学をはじめ、あらゆる学校は、人間の基本的な三素養である「身体」「情感」「知性」を総合的に向上させる研究・教育と人材育成に邁進してほしい。この三素養のバランスこそが、人間がAIに淘汰されないための不可欠の要件と考えられる。無論、一人の人間が全てを兼ね備えるのは至難の業だろう。しかし、だからこそ、まずは各教育機関ごとに各分野での実績とイメージを積み重ね、その中から、個人の資質にも良き影響を与えていってほしい。環境の影響は大きい。 

 

 

・アメリカには偏差値評価がなく 

高校の学力も日本フランス韓国などに劣るけども 

大学評価、技術、経済など世界を牛耳っています。 

アイビーリーグでさえ親がOBであったり 

寄付金の多さで入学が有利になったり、スポーツ推薦もある。 

研究や教育環境や優秀な学生を世界から 

取り入れるなど理由があるかもしれませんが 

日本のように偏差値という基準で入学試験の難問を解く能力を 

磨くことがそれほど価値のあることなんだろうか。 

わたしはかつて英文解釈教室や研文書院の大学への数学、などを 

繰り返し学習したりしたものだが、それが 

役に立っているのか疑問である(笑 

 

 

・内申点5が付く子が4になった程度 

 

何を言ってるんでしょうか?1違うなんて大問題ですよ。4.2か4.3でも評価はAになるのか Bになるのか、そこが違えば推薦が取れる取れない、奨学金の問題だってあるのに、たかが1で恐れる必要ないなんて、あり得ないです。 

学校によってレベルは全く違うのに同じ数字で評価を出す内申点や評定は本当になんのためにあるんだろうと思います。 

 

 

・私立大学の場合は、基本合格基準となる学力レベルなんてあってないもの。 

指定校推薦、AO入試、スポーツ推薦と学力度外視で入学を許可される。 

有名私立をまともに試験で入る場合は難しいが前述の方法であれば、学力度外視、入学してからも勉強しなくても卒業出来てしまう。 

早稲田、慶應が欧米の私立大学みたいに名門と名乗るなら、入学してもスポーツ一択、勉強しなければ卒業させないというシステムを取らないと真の名門とは呼ばない。 

それくらいはやって欲しいものだ。 

 

 

・この記事にもあるけど、高校のレベルが全く違うのに、私立の指定校どころか国立の推薦も一律の評定を基準として設けてるのはおかしいと思います。一方では受験機会を奪っているけど、一方はそこまで賢くなくても推薦がとれるというのはおかしいと思います。 

多様性を強調するなら、学内選考により何人として評定を一律にするのはやめるべきでは? 

 

 

・大学に行く意義は、専門性を高めることと、一般教養を身につけるためです。勉強が苦手な人は、本来行くべきではありません。学歴フィルターもあるので、大学のブランド力もあるかもしれませんが、基本的には勉強することを忘れないでほしいと思います。 

 

社会人になって、大学なんて役に立っていないと言う人間ほど、大学で勉強していません。考えてみてください。医者や弁護士は大学で猛勉強しないと、国家試験には受かりません。やはり、世の中でプロフェッショナルという人ほど、しっかりと大学で走ると勉強しています。 

 

 

・高校も大学も、40年以上前は推薦と言ったら、スポーツでも勉学でも、人より抜きんでている一部の一つまみの制度だった。最近はただの人集めにしか思えないような推薦合格者が多数。 

40年以上前は、地方の短大でも3倍5倍。浪人生もいました。 

ど田舎でも指定校推薦が多い、私立高校が人気で、学力が高くない高校が人気になってきました。なんかおかしくなってきてますね。 

 

 

 

・高3の親です。息子は指定校の推薦基準を満たしている大学はある中で一般受験を選び、残念ながらその大学とは今年はご縁がなく、浪人して再チャレンジを考えているようです。 

親としては、1浪しても(2浪はキツイ)目指すものがあるのであれば目標に向かって打ち込んでほしいです。 

当人より学力がない同級生でも、AOや指定校でさっさと決めた子も理解はします。楽に決めたほうが良いです。若いときの苦労は買ってでもしろというのは、時代には合わないでしょう。 

みなさん新しい環境で目標を持った又は見つけられるような学生生活を送ってほしいものです。 

 

 

・古い話ですが、私が高校生の時代では大学の推薦入学は人気がありませんでした。 

ある地方都市の高校で県内ではほどほどの評価ですが、全国で見ると全く大したことない高校でした。 

しかし、昔からの繋がりで慶應大学の推薦があり、医学部以外の希望する学部に1名入ることができました。 

冒頭に書いたように推薦入学に人気がなかったので、地方の平凡な高校の中くらいの成績の生徒が行きましたが、今考えると行っておけばよかったかなとも思います。 

 

 

・内申点の付け方や評価の付け方が各学校で異なるので、内申点が不平等だと言われる原因ではないでしょうか。 

昔ならテストが大半を占めていましたが、今はテストで点数が良くても、レポートのできや、提出物の内容、授業の振り返り状況、英語なら話すことの評価などが入ります。 

テストができるからと言ってその教科の評価に直結しないという付け方になっています。 

これが各学校によって、評価方法や、各ものの配分(テストは全体の評価の何%を占める、レポートは何%を占めるなど)が異なるので、ある学校ではテストの評が高いが、ある学校ではレポートの配点が高いとなると、同じテストの点数でも評価が異なる、不平等だと言われるところになっているのだと思います 

 

 

・内申点は各高校の基準で付けたもの、そもそも1点を争う受験では公平性など担保できようがない。指定校推薦は見直し廃止していくべき。AO入試は、多様な機会を設ける意味で総論賛成。でも、あくまで補完的な救済制度にすぎない。家庭が金持ちでも貧しくても、一般入試こそが日本で最も公平で機会均等な受験制度だと思う。 

 

 

・自分が早稲田に通っていた頃はAOとか附属で上がってきた子達との学力の差は半端じゃなかった。入学してすぐ、異常にチャラチャラしたグループが何個かあるなぁと思ったら大体がそれで、最初の英語の講義で簡単な小テストをやったのですが受験した人はほぼ全員100点。その人達は1桁とか取ってて本当にゾッとしました。学力の差そのものにというより、どう考えても問題ある構造に。本当に簡単なテストだったので。 

やっぱり行動にもハッキリと差が出ていて、当然大学生になればそれなりに遊んだりあるものですが、そのレベルでなく講義に出ないにしてもそのくせ大学に来て講義やってる教室の前で地べたに座り飲み食いして大騒ぎ…子供かと思ったものです。 

自分の見た景色だけですと主語は大き過ぎないと思います。誰かが夢に向かい努力していれば茶化し、何か調べたりしていれば「マジメやん!」と大声で叫ぶ。しっかり足引っ張ってました。 

 

 

・推薦を使って入学する学生は悪くない。学力じゃ入学出来ないから、能力以上の学校に入学が出来るような既存の制度を上手く利用しただけ。 

問題なのは学力も秀でるものもない学生が推薦で入学出来てしまう制度そのもの。 

私の周りにも推薦で受かった人がいますが、ちゃんと秀でるものがある人もいるけど、何にもないけどただプライドだけ高い人もいます。推薦は前者のような人を受け入れる制度であって欲しいです。 

 

 

・もう大学入試制度が変わることはないという前提で… 

 

共通テストの点数で、8割以上取れれば学費が安いか免除にする(国立私立に関係なく)。 

あとは、その点数に応じて学費の自己負担率が変わる。AOや指定校推薦で入学してもこの基準は変わらない。 

 

大学の卒業は、一定の水準をクリアしないと卒業できない、の2点があれば納得できます。 

 

 

・まぁ確かに推薦合格者を増やして、一般受験の合格者を絞れば偏差値は維持できる、もしくは高く引き上げることができますね。 

ただ、入学時の偏差値だけに拘ってそれで学生の質が落ちれば長期的にはマイナスに作用しますよね。日本の場合大学受験がすべてで大学で何をするかは重要ではないとはいえ、それでも長期的な大学の評価はその卒業生達の活躍にかかってるわけですから。 

 

 

・内申点が批判される理由は、全国で統一されていないからです。 

教師が独自に作った試験問題で評価されるため、A中とB中の5は実力的に同じであるとは言えません。 

実際に学力状況調査により地域によって、学力の高い低いの結果は出ています。 

その学校内での評価であるにも係わらず、高校受験において、平等に扱われることに不満があることを理解しなければいけないと思います。 

 

高校で先生に手取り足取り支援してもらい、推薦により大学進学を果たした学生がいます。 

しかし、大学生になると手助けしてくれる先生はおらず、単位を落としまくって、学業へのモチベーションは下がる一方だそうです。 

実力以上の大学に進学できることはまたとないチャンスだとは思いますが、授業についていけないのでは意味がなく本末転倒です。 

大学の求める学力水準にあった学生のみを受け入れる社会であってほしいと思います。 

 

 

・地方の現役小学校教員です。 

公立中学校においては、1980年台のような授業が成立しないような中学校はあまり聞かなくなりました。 

しかし、私も昭和を含めて40年以上、小学校の教員に携わってきましたが、公立小学校では、高学年になっても落ち着きがなく、授業中に教室を徘徊したり、教員の指導に耳をかさないような児童が確実に増えています。 

情緒的に問題がある児童が増えてきました。 

中には、児童や保護者がSNSで繋がって、特定の教員を攻撃して、その教員を休職や退職に追い込もうとする事態も多々耳にします。 

現在では、中学校より小学校の方が深刻な課題が多いと考えられます。 

文科省は、この事態を把握しているのかどうか疑問です。 

現場にいる教員が、一番学校の児童生徒の実態を把握していますから、文科省は状況を深刻に受け止めることが必要だと感じています。 

 

 

 

・子供はもうすぐ大学生。 

高校は偏差値70以上。 

受験の苦労はしたくなかったし、評定が足りていたので指定校推薦を希望した。 

さらに評定が上の子に持ってかれた。 

その子どこ受けても受かるでしょって、思ったけど、仕方がない。 

偏差値70以上の高校で高評定をとるのは大変な努力だ。 

そこから一般受験にシフトしたが、 

そこからの努力や思いは必ず身になると思っている。 

 

 

・自分が学生の頃、推薦組は勉強についていけずに、留年し、退学するケースが結構あった 

例え卒業できても、国試に受からない方も結構いた 

 

そうあるべきだと思う 

つまり有名どころは卒業させるなら、それなりのハードルを課すべきだよ 

ソレが大学の価値を上げることに繋がり、また学生の質を上げ、社会で戦っていける力を養うことに繋がるのだから 

 

 

・同じ評定4でも、偏差値65と50の評定4には大きな差があると思う。 

中高一貫で、平均点が50前後と難しい定期テスト出されるようなところで評定4超えるのは大変なこと。そんな中での指定校は凄いと思う。 

けど、そこまででない高校での評定4超えで指定校ってなると、なんだかなぁって思います。 

一浪で必死で勉強して早稲田入った子を見ると尚更そう思います。 

しかも進学校は一般受験ありき。推薦させないように仕向けていくしね。 

 

 

・我が子のOG, OBとの交流会のような機会で、就職面接の時に大学入試の種類を尋ねられるたか?と気にされる保護者の方が一定数いたのが印象的でした。 

 

確かに附属からの学生は情報量で就活をうまく突破できてる話は聞きます。早慶は、人気企業の枠は取り合いで、一般入試組の子達は最難関層を諦めがちと。確かに社会では要領の良さは大事だけど、企業の人事も同じような子達ばかりにならないように工夫しているはずだから一般組も頑張って欲しい! 

 

 

・附属高校や推薦組と一般入試組の差は大きい。大学では頭悪そうな集団はだいたい附属高校組だった。 

ま、会社に入ったら同じ肩書でも違いは隠せないよ。とは言え入口の時点ではその肩書は重用なので、中学受験頑張るのも1つの選択。期限切れは早いけど。 

高校受験、一般入試できた人は社会人になっても長く頑張れると思うよ。 

 

 

・日本の大学教育は見直した方が良い。 

入学するのは難しいが、要領よく卒業するのは簡単では、社会に出て役立つ人材は育たない。特に1年次の教養課程の授業に関しては、高校までの散々学んだ内容の繰り返しにしかなっておらず無駄です。大学では専門教育だけに重点を置いてカリキュラムを編成して欲しい。学科ごとに卒業時に取得すべき国家資格を位置づけ、卒業論文と同等の卒業要件として欲しい。専門教育を受けてきて何者でも無い人材では、大学で何を学んだのか分からない。 

医学部なら国家試験に合格して医師と名乗れるように、工学部や理学部なら技術士補など、経済学部や経営学部なら公認会計士、税理士など、法学部なら司法試験合格、司法書士を取得して貰いたい。 

 

 

・内申点の問題点は、学校、区によって基準が異なること。 

この方も書かれている「座っているだけで5がもらえる」学校と、テスト、提出物を一生懸命にこなしてようやく5がもらえる学校があるのが問題なのでは?この内申点が合否を分けるのですよ。 

そして概ね精神的成長の早い女子に高くつきやすい。 

内申点は今後改善されてほしいと思います。 

 

 

・記事にある様に実は地域のトップの工科高校は推薦をもらいやすいため進学実績が良いです。国公立も専攻で上位ならもらえます。工学部ばっかりですが。 

そもそも40人か80人しか各専攻でいませんので普通科と比べ圧倒的に競争率が低いです。早めに進路を決められるとそう言う手もあります。 

高専から大学編入もありますが高専はどこも偏差値60以上なので偏差値が50前後の工科高校が楽です。 

 

 

・県立の商業高校でも、かなりの大学の指定校推薦ありますよ。関関同立はもちろん、国立大学もあるという学校を知ってます。 

 

私の身近にも二人いますが、二人ともその商業高校出身者で一人は滋賀大、もう一人は同志社です。聞けば県立の進学校にはとても入れそうになかったので、とくにアテもなく商業高校に進学したらしいのです。 

 

校内では3年間優秀な成績で、先生から推薦あるけどどう? って言われて、それじゃあ……というノリで進学したらしいです。中学から付属に行ってエスカレーター式で上がるより、コスパの良い新手の進学コースでしょう。 

 

 

・特に取り柄もなく、まぁ勉強はそれなりにできたから一般入試で大学には入った。 

普通の試験とは異なる入り方があることはいいことだと思う。 

学力なんて、どれだけ効率よくアウトプットが出来るか、というだけのことで、官僚選抜にはいいかもしれないけど、それだけのこと。他に取り柄がないから、普通に勉強をしたというだけのこと。少なくとも自分ごとで言えば、到底褒められるような高校生活ではない。そんなに偉いもんではない。 

 

何かを特に努力して取り組んだ人は、それだけで尊敬できる。 

大学を卒業して、就職したら資格試験を受けたりもしたが、若い彼らの倍以上生きてもなお、そんな経験はほとんど無い。 

 

彼らと共に学べるのは、凡人にとっても貴重な経験になるのではないかな。 

 

 

 

・以前は一般入試では受からない学力の生徒がAOや推薦入試で大学に受かるシステムに疑問がありました。 

今も良いシステムだとは思っていません。 

一般入試ではボーダーギリギリだから、絶対受かりたい大学を推薦なども活用はわかります。 

ただ最近は、AOや推薦枠が増えたため、部活しながら定期試験でも結果をだし内申を上げてと頑張っている生徒さんも増えているようなので、入学後次第かなと考えが変わってきました。 

 

入学のハードルを低くするなら、単位認定の試験はハードルを維持してほしいです。 

学力不足なのにAOや推薦入試で入ったら、相当頑張らないと卒業できないとなれば、ある程度学力に見合う大学を選ぶようになるか、入ってから一般入試組との差を埋める努力をし続けるかになると思います。 

 

でなければ企業側が、学歴ではなく学力でふるい落とす試験を課すようになり、有名大卒の威光は失われそうですね。 

 

 

・昔みたいに筆記試験一発勝負が一番公平。 

面接だの小論文だの推薦だのボランティア経験だのが重視され、学力不足の学生の抜け道みたいに受験がかえっておかしくなった。 

東大でも一学年で毎年3000人合格する。 

日本で数年に一人の逸材を選ぶオリンピック選手じゃないんだから、一芸とかいいから優秀な子はまず筆記で合格して欲しい。 

 

 

・進学校は実績を出したいため簡単に推薦を与えません。 

「最後まで諦めず頑張る」を推してきます。 

息子は進学校でした。 

推薦もらえず、一般受験に翻弄されました。 

下のレベルの高校だと、そこはそこで実績を出したいので推薦出してもらえます。 

息子が不合格だった大学や学部に下のレベルの高校の生徒が入学する事が当然あると思います。 

高校受験頑張っても3年後こんな事が普通にあると、可哀想と思います。 

 

 

・公立は小学校の時点からすでに下位はかなり授業の理解が遅れていて、上位は簡単な宿題出され過ぎて無駄が多いと感じている。わかりきっている漢字を何回も書かせるとか、どんだけ人の時間を搾取してんだよと思う。あまりにも学力差が大きすぎる集団に一律の宿題を課すなどということに無理があり、上位層にとっては無駄であり、だから私立中行くという選択になるのだ。 

タブレットを普及させたのなら、習熟度別の課題を出すという工夫をなぜやらないのかな。足並み揃えた公教育からは優秀な人材は生まれにくいと思う。やれる奴はどんどん先に行けという公教育になってほしい。そこで突出してきた人たちの才能を潰さないようにどんどん伸ばすようにすることで、高齢化人口減少の日本が再起する最後のチャンスが生まれる気がしてならない。 

 

 

・日本の大学は、単なる暗記力を問う入試を長年やってきたが、暗記ができれば優れた研究者になるわけでもなければ、優れたリーダーになるわけでもない。そこで大学は入学要件を探索的に変えてきているということをまずは理解する必要があるだろう。その代表がAO入試だ。 

 

学力いう名の暗記力が大したことなくても、指定校で早稲田に合格したなら堂々と行けばいい。その大学のアドミッションポリシーを満たす学生は、大学の求めている人材なのだし、暗記はコンピューターや、そういう能力に長けている人間に任せて、別の領域で力を発揮すればいいのだから。 

 

 

・国公立を目指して共通テストを受け2次を受け 

不合格で、滑り止めの早稲田にいった子と、 

推薦で早い段階で早稲田にいった子は 

明らかに学力の差がある。 

偏差値50以下の高校トップと、 

偏差値70の高校の下位を比べると 

こなした勉強量や難易度は明らかに偏差値70が上なんだけど、 

推薦は内申点で判断されるため、 

偏差値50以下のトップには早稲田の推薦があっても 

偏差値70の下位だと推薦がない。 

 

無理して高レベルの高校に行くなら、 

ランクを下げて低レベルの高校で推薦をもらったほうが 

いい大学にいけるのではと思ってしまう。 

 

 

・本格的に学力に逆行する時代が来そう。 

所謂仕事IQ的なジャンルの専攻が出てくるとウケる気がしてる。 社会的にも客的にもゆとり世代の仕事観にうんざりしてると思うし、昭和的なバイタリティが求められてくるはず。 

 

開発サボると長期的に貧困になる事が証明された。 世界に置いてかれるようになった日本でも、また頑張ってもらいたいな。 

 

 

・私立大学がどんな基準で合格を決めても問題はない。 

国公立であっても、地域活性化のために地元の生徒を優先的に入れても構わない。 

何でもかんでも一点刻みの学力テストで選ぶ必要はない。 

 

そもそも、ICTを活用して全ての大学が授業を公開し単位を出せばよい。 

大学で受講しなければならない実験やゼミなどは、必要単位を取得後に申し込むようにすればよいのだ。 

日本の大学入試が、今の日本を立て直す人材を輩出できなかったことは明らかなので、入試制度を根本的に見直しても良いのでは無いか? 

 

 

・指定校推薦は、第二次ベビーブーム世代が高校くらいの頃は、一部の進学校だけに1名〜数名枠しか与えられていなかったし、資格が5科目で4.2以上の評定とあるが学校内での競争になるから実際は4.5以上ないと勝ち取れない。つまりほぼ学年の上位者しか指定校推薦もらえないよ。さらに、私立は一般入試は2科目とか3科目だが、指定校推薦は5科目の成績だから、むしろ科目に偏りのない優秀な子がくる。私立の一般入試だと歴史とか英語めちゃめちゃできるけど数学、理解科目ボロボロとか平気でいるから。昔の進学校の指定校推薦の子は国立受けれるような子が沢山いたから私立大も成績にばらつきのないバランスのいい優秀な学生欲しいから指定校推薦やっていた。今はそれほどレベル高くない学校でも、少子化だから指定校推薦がある。これが問題だよ。 

 

 

・大学受験の指定校推薦枠は、その学校の最低ランク、あるいは高校受験でスポーツ推薦で入学した普通科以上のクラスにくらべて成績が低いスポーツクラス等の学生に用意されているのです。成績上位者は一般で頑張れで、AO推薦すら受けさせてもらえない学校もあります。不公平と理不尽の塊です。 

一流大学(あるいは志望大学)から指定校推薦が来る高校の最低クラスで評価4以上をキープするか、一流大学(あるいは志望大学)から指定校推薦が来ない低レベルの高校で上位のクラス&成績をキープしてAO推薦を狙うか、が賢い選択です。 

大学受験まで考えているのなら、中学・高校受験の時点で大学の推薦入試要項をよく把握すれば比較的おバカでも一流に簡単に行けるシステムです。もしくは特段身長がある、体格が良い、レアスポーツ選手であれば、評価基準ガン無視でスポーツ推薦枠で入れます。(ちなみに過去の成績等は評価外。体格が全てです) 

 

 

 

・大学受験の指定校推薦枠は、その学校の最低ランク、あるいは高校受験でスポーツ推薦で入学した普通科以上のクラスにくらべて成績が低いスポーツクラス等の学生に用意されているのです。成績上位者は一般で頑張れで、AO推薦すら受けさせてもらえない学校もあります。不公平と理不尽の塊です。 

一流大学(あるいは志望大学)から指定校推薦が来る高校の最低クラスで評価4以上をキープするか、一流大学(あるいは志望大学)から指定校推薦が来ない低レベルの高校で上位のクラス&成績をキープしてAO推薦を狙うか、が賢い選択です。 

大学受験まで考えているのなら、中学・高校受験の時点で大学の推薦入試要項をよく把握すれば比較的おバカでも一流に簡単に行けるシステムです。もしくは特段身長がある、体格が良い、レアスポーツ選手であれば、評価基準ガン無視でスポーツ推薦枠で入れます。(ちなみに過去の成績等は評価外。体格が全てです) 

 

 

・大学は本当に何かを学びたい者が行く所。 

大学ごとにある程度レベルを決めて、入学の間口は広く、留年なんて制度を無くして真面目に学んだ学生以外は卒業出来ないようにすりゃいいだけなんじゃないの? 

もはや日本の私立大学の、とりあえず大学行く組の志願者、学生の大部分はお客様と化してるんだから。 

 

とはいうものの、真剣に先を見据えて希望校の指定校推薦を得るのも、実際はとても大変です。勉強もちゃんとします。 

 

 

・私も首都圏の中学受験はめちゃくちゃコスパ悪いと思います。かなりお金をかけて塾に通わせて、子供も大変な思いをして合格までしても、大学付属の中学でないと大学の枠はないですし、MARCH以上の大学に行けるとは限りませんよね。公立の高校でも、こういった推薦枠はあるので、成績がある程度あれば、自分の学力以上の大学に入ってしまうことがよくあります。それから、ある程度の進学校なら、上のクラスにいればとても良く面倒を見てくれて、一般入試で早慶やMARCHぐらいには十分合格できます。 

 

 

・そんなこと言っても逆もあるからな 

進学校で、優秀な子は、 

一般受験でも合格できそうとして推薦されない場合もある 

本人がそう希望するならともかく 

高校の先生から、そういうふうにもっていかれる。 

こうなると本来の趣旨とは異なってしまう 

 

むしろ、偏差値の低い学校の優秀な生徒の方が、人格的にも推薦に足りうるように見え、学力以外でも評価されて大学に入るのは、素晴らしい面もあると思います 

 

 

・基本、私学は欲しい生徒を採るのが当たり前。それを不公平と言うなら夫々の大学に望まれる生徒になるか紙試験の点数が公平としている国立大学に行く選択がある。民間企業と県市町村役場への就職に違いがあるのと同じではないか。コネが効く民間企業ではコネが当該企業にプラスに働くと期待するから採るのだろう。それに対して公平ではないと抗議しても意味はない。プロ野球も同じで欲しい選手を採る権利があるのに一律の試験などはあり得ない。日本人は固定化した公平観が最良と催眠術に掛けられ、覚めてないのではないか。だからいつまで経っても景気は良くならないし、政府頼みから抜け出せないのだ。自立心、自分の売り込みの時代に待っているだけでは世界のトレンドに乗り遅れる。国際競争力のない公務員を除いて。 

 

 

・10年近く前に早稲田卒業したけど推薦出身は普通に真面目に勉強するしバイタリティ高く活動してたイメージ。入学後や就職後に入試経路が不利になる事はないから、引け目なんか感じず早稲田に来て色々な経験積んで成長してほしい。楽しいしラーメン屋は充実してるぞ 

 

 

・社会でも、達成する方法は一つじゃない。自分に合った方法て、目標に挑戦すれば良い。推薦狙いも悪くないし、簡単じゃない。簡単だと思うなら、そうすればよいだけ。しかし、大学に入るのが目的じゃないのが普通です。 

どんな、ところでも、トップを貫き、推薦される人柄をもつことは、とても誇らしい事だと思う。 

 

 

・不公平かどうかはともかく、勉強能力高い=将来性確約があるわけでもなく、一芸の高い人と将来の期待値は変わらないのではないだろうか。勉強での苦労を訴えやすいが、一芸での苦労も半端ない。むしろ自己をもっている一芸の方が色々なネタを持っていると考える。 

結局のところ、他者の苦労も想像できず、推薦もされないような人材が『不公平だ』と声を上げてるだけに感じる。勉強第一がダメとかではない。あくまでもどのような人物を大学で学んでもらうのかを判断するのは大学であったり社会の要望だったりすることに気付いて欲しい。 

 

 

・本当に指定校とかAOとか止めた方がいいと思います。 

帰国子女や日本人なのに留学生扱いで入学できるとか。 

知り合いのお子さんはアメリカの大学を全落ちして早稲田大学に入学しましたよ。 

帰国子女なのか留学生なのかよくわかりませんが。 

親は絶対に受験方法を話しません。 

早稲田大学はその程度のレベルなのでしょうか。 

英語ができれば何でもいいという感じ。 

 

 

・中高一貫は環境を買う側面もあるし大学だって公立に進むより一段もしくはそれ以上の大学に進める可能性を広げてくれる。浮きこぼれも落ちこぼれも。 

march以上を指定校狙って偏差値低め公立高の子はそもそも意思も固くしっかりしていて受験しても入れた子も多いし、大抵は流されて遊んじゃってもったい子もいる。三年間しかないと挽回も難しいし、気づいたところでもう大学受験間に合わないので入れるところを選ぶことに。 

話は変わるけど公立中に進学した友人の子供は面倒見がよくしっかりしてるせいで問題児や多動児の隣にされお世話係をずっとさせられてた。それで内申上乗せされればよいけど学力面では遅れをとりますよね?理不尽だなと思いました。 

 

 

 

・大事なのはどこの大学に合格したかではなく、大学で何を学んだか、どんな経験をしたかだと思う。偏差値が自己満足や見栄を張る一つの指標になってしまっている。「いい大学」に合格することと実務で仕事が出来るということは間違いなく別物だ。 

 

 

・授業がうまいというか余談が面白い先生はいますね。 

私は社会が好きなのですが高校が小倉競馬場の近くで競馬好きな生徒もいまして私もそのひとりでした。 

当時、パーソロン系の芦毛の名馬が大活躍していた時代。 社会の先生がたま〜にサラブレッドの名前を出してくるんですがそれだけでワクワクしていましたね。 

私は遅刻や欠席が少なく無かったので推薦なんて夢のまた夢でしたね。 

 

 

・大学の成績はやっぱり一般で入った方の方が優秀なのか? 

それとも、大学で初めて習う講義ならスタートラインは一緒だから、成績はそれぞれなのか。 

 

一般で入っても講義をサボったり、全然勉強しなかったら、推薦の人達に抜かされていくのか。 

 

これまでずっと勉強してきた英語なら一般の人の方が圧倒的にできる人が多いのか。 

 

実際に今大学に通っている方の意見が聞きたいです。 

 

 

・大学経営の為に指定校枠やaoは仕方ないけど、とにかく卒業は、相当厳しくした方が良い。 

大学運営の為にもそうなっていくかと思う、 

成績不振とは正当な理由なので、マスコミも半分とか留年させたとか視聴率をとるため過度な報道されるかと思うが、大学のレベルに合わせた卒業率にさせた方が良い。 

 

 

・指定校なんて2クラスに1人くらいしか枠無かったんだけどね。11クラスで1組が文系二類、11組が理系二類、2組が一類準特進(書類上は一類であるが試験内容は二類と同一の試験を受ける、ゆえに普通の一類と内申点が重なった時、優遇された)3〜10組が一類で、大概二類と準特一類が指定校枠で受験パスしていましたね。 

ただ、普段の試験が勝負なんで中間試験終わったら直ぐに期末試験の勉強をする必要がありました。 

 

 

・どんな方法でも入ってしまえば良いというのは、学歴をただの資格と見ているのだと思います。しかし、本質的に重要なことは、18歳前後までの勉強歴です。この時期までに基礎学力と勉強する習慣を身につけないと、自分の頭で考えることができず、他人のいうことを鵜呑みにするだけの人生を送ることになるでしょう。 

 

 

・AO(総合型選抜)は見直した方がいいよね、ただの青田刈り状態。確かに一芸も大事だけど、最低限の学力が担保されないと価値がないと思います、ただ好きなことやってるだけじゃないって…。嫌いな・できない学科(学力)はそっちのけって、社会に出て仕事するようになったらその論理通用しないですよ。 

結論として、すでに導入している大学もありますが旧センターで60-70%を受験条件に追加した方がまともな、そして価値ある入試形態になるかと思います。(まぁ学科は学科で90%とかいらないけどね) 

 

 

・私自身は常に一般受験です。昔は推薦とAO入試を批判していましたが、社会に出ると同じようなものです。結局、上に気に入られるか次第(笑)上手に生きることも大切ですね。私はそれができないので苦労していますが受け入れています。また世の中も多様性を認めてきているのでどれがいいとか悪いとか言うこと自体がナンセンスです。他人に評価されることに価値観を置く人もそうでない人も等しく生きられる世の中になってほしいです。 

 

 

・この記事は本当に受験に詳しい人が書いているのかわからない。 

まず学力が低い高校からでもその学校の中で成績上位なら指定校制度で偏差値の高い大学に簡単に入れてしまうとあるけど、まず大学はどこの高校にも指定校の枠を与えている訳ではないこと。 

その高校の進学実績等も考慮した上で指定校の枠を与えるかどうかの判断をしている。 

また学力がそんなに高くない高校への枠はあまり人気のない学部だったり枠がひとつだったりする。 

高校が指定校の枠を獲得しても、指定校で入った生徒が中退したりきちんと卒業出来ないことが多ければ翌年から枠を取り消すことは普通にあるので指定校の枠が継続して取れているならきちんと授業について行きテストをクリアして卒業しているということだと思う。 

指定校推薦は全く不公平なシステムじゃない。 

誰もが3年間を通して良い成績をとって評定基準を満たせば指定校推薦の申請することは出来るよ。 

 

 

・これは自分の子の受験の時に不公平を感じました。 

有り得ないレベルの子が、有名私立に指定校で受かってしまい、国公立大学を受ける優秀な子達の方が、有名私立に受かりにくくなっています。 

国公立大学に落ちてしまうと私立指定校の子よりレベルの低い私大になってしまう。頭脳は本来国公立大学受験組の方が遥かに高いのにですが、一般入試の倍率が高すぎてしまうためです。 

うちは国公立大学に合格できたから良かったですが、就職の時にきちんと一般か指定校か企業も確認して欲しいです。 

 

 

 

・公立高校はカリキュラムも教科書も基本的に同じ 

 

いいえ、東京都立は違います。 

普通科でも目指す大学レベルによって教科書もカリキュラムも違います。 

東大などを含むレベルの大学を目指す高校。 

そうでないレベルの大学を目指す高校。 

分けてます。 

各校特色あるのが都立の良いところ。 

 

 

・ほんとになんだかな、、ですよ。高校受験の時からありましたから。偏差値が10違くても、内申がいいってだけで、単願や併願にかなりの差がついたり。我が子もそれで、都立はやめて私立専願にしました。授業態度良く(面談時に毎回言われました)や提出物、忘れ物もなく、素行不良も全く無く、得意科目に関してだと95点以上でもオールA判定の4です。3年間。その先生、贔屓がひどくて、お気に入りの子を難関高の推薦で入れてあげたいが為に、定期テスト80点で5をあげたらしいです。子供達もざわついてたらしい。こんなこと、許されるべきではないと思います。だから公務員は、って言われる代表例ですね。 

 

 

・中上位レベルの中高一貫校出身ですが、成績の悪い子は中学一年から毎学年、学校に親の呼び出しがあり、自分の学年だけでも転校を余儀なくされる子は20人以上いました。中一の入学式の名簿の人数引く高三の卒業式の名簿の人数からわかりました。また、早稲田大学の指定校推薦で入学した子は旧帝国大学の一般受験を通学事情で断念したような優秀さであったと記憶しています。 

調査データが少ないように思います。指定校推薦を狙う子は公立校でも私立校であっても少なくとも小六か中三で意識するのでどの高校はどの大学と学部に推薦枠があるか決めるので推薦枠の学校ごとの不公平感は考えないでしょう。ミッション系は関連大学の推薦枠が多いけどそれは事前の中高選びの参考に過ぎません。 

 

 

・一般入試で受かった人に何らかのメリットを与えればいいだけではないだろうか?例えば推薦で入った人には単位取得を厳しくする等入るのは簡単だが卒業するのは難しいみたいなシステムを作り差別化を図る事が重要だと思う。 

 

 

・高1から内申が良いから良いじゃんって言う人もいますけど、教師の主観がガッツリ入る内申を入試の基準にすることが間違ってます。言ってしまえば教師ガチャみたいなもんですし入試に関しては客観的事実のみを基に実施してほしいですね。そのためにいくら推薦とはいえペーパーテストは課すべきだと思います。 

 

 

・>中高一貫校から、違う環境を求めて高校受験をするのは、余程追い詰められた子だけです。大人に例えるなら離婚を決断するようなものかもしれません。20年間で3名程しか見たことがありません。そのうちの1人は学校側に猛反対されて高校受験を断念しました。行きたくない学校にさらに3年間も通わなくてはならないのは本当に可哀想でした。 

 

 

中学受験最大のデメリットですよね。そういった子の高校受験指導をしたことがありますが、 

 

「明らかに学校に合わないんだろうなといった子は、他にも沢山いますが、高校受験をするのは私以外には数名だけです。」 

 

と言っていました。なかなか変えられないのだと思います。ちなみにその指導した子は希望の高校に行け、相当充実した高校3年間を過ごしました。高校卒業直前に、 

 

「出来るならもう一度、高校1年からやりたい。」 

 

と言っていたほどです。 

 

 

・推薦入学が不公平だとかの意味が理解できない。 

学校毎に推薦基準をクリアして申し込んでいるわけだろう。そのような高校を卒業して基準をクリアすればよかっただけ。受験側の努力や戦略の問題だろう。 

大学側は推薦が学力等の問題を引き起こしているならば長い期間継続してないよな。 

私は約50年前の貧困層で自立して大学へ、経済的余裕もなく1校必中の一般受験でした。不合格なら進学を諦めたな。現在は余裕あるから数校或いはそれ以上の受験ができ、より難な大学へとの為の一般受験も一つの戦略だと思う。 

 

 

・早稲田大学は昔からそういう選考をしている。 

私立大学の場合、どういう学生を入学させるのかは個々の大学側が決める。学力以外の点に基準があって何が悪いのか。 

その大学に入学したいのならその大学が欲しがる人間性をアピールすれば良いだろう。そこにも競争があるのは当然。指定校にもその校内での競争があるし。 

 

 

・団塊ジュニア世代です。高校は公立新設校5期生。推薦枠は殆どありませんでした。 

自分は一般受験で大学に進みました。その高校のレベルからすれば上位の進学先であり、卒業後程なく推薦枠が出来たと恩師から聞きました。 

残念ながら高校のレベルが落ちており、一般受験での合格可能性は低そう。しかしながら、推薦枠は残っているようです。 

 

 

・合格実績がほしい学校が 

実力のない子の内申点を盛って推薦を与え 

成績優秀層の推薦資格を奪い多数の大学を受験させて合格実績をつくる。 

そんな学校があるのが問題なのだと思います。 

 

3姉妹がいますが、長女の学校がそんな感じでした。 

次女の学校は優秀層の推薦資格をなくすとかはありませんでしたが 

えっあの人が何故に?という選択 

 

末っ子の学校は成績上位層かつ実力で合格できる立ち位置+活動実績 

末っ子の学校の推薦選抜方式なら大いに納得。 

推薦を選択する子は留学したいから語学強化する時間がほしい。等、何か目的があって推薦する子が選抜されています。 

 

大学側も推薦に試験を設け最低ラインをつくるとか 

入学後の卒業要件を厳しくすれば良いのでは? 

 

最低ラインをクリアできないような子を推薦するような学校、 

留年するような子を推薦する学校の推薦枠をなくせば適切な子を推薦するようになると思う。 

 

 

 

・首都圏の公立進学校に通ってました。それなりのレベルの学校なので当時も指定校推薦の枠をフルで使ったら生徒の3分の2はそれで進学出来たけど、学校ができる限り一般受験での進学を勧めていました。それでもやっぱり推薦枠取りたいのでお願いしてそれで行く子はまあまあいましたけど。私は枠から漏れたので一般受験、しんどかったけどいい経験したと思ってます。 

 

 

・偏差値が低いと学力が低いと決めつけてる。必ずしも偏差値の高い人が優れた大学になったり、その後院生になったり、研究者になるとは限らない。社会科学でも数学が必要な所だと、推薦で作文と英語だけとかで入学すると卒業は困難になる。国立大の社会科学系を出たが、そんな人を何人もみた。論経では微分を使うから、だからそれが共通必修になってると地獄になる。私立だと経済でも数学を避けることができることもあろうが国公立だとまずそういう甘い事はない。高卒で大学の教授になる人もいる。自分は偏差値は平均的だったが、4年時に教官に助手に誘われた。要は好きな学問にどれだけ熱中するかだろう。ブランドや一流企業狙いだと早慶上智を狙う人は多いだろう。理科大だと多分ブランドというよりは学問を探求したい方だろう。標準では測れない事が大学では時々ある。 

 

 

・共通テストへの移行を契機に、AOも推薦も入学の合格点数も決めるべきだった 

9-10月にテストを行い点数を満たさないものは大学への入学を認めないとして、毎月テストでもやればいい、そうすれば自然と皆が勉強するのでレベルはあがる 

高校の内容の半分もわかっていないようなものは大学にいかなくても良いと思う、理由は少なからず国庫から補助金が出ているから 

 

 

・高校受験することで、一気に学力が上がる。中高一貫教育ではそのハードルがない分、レベルが落ちる。 

指定校推薦など数えるほどしかなかった今の親世代からしたら、今の子供達は随分甘やかされているように感じる。大学の学力レベルを維持するには、一発勝負の受験は必要。 

 

 

・中学の定期テスト順位で大体の能力がわかります 

 

指定校推薦は 

偏差値60前後の生徒の上に偏差値50前後の生徒が位置づく結果となり、それもかなりの割合でいます 

 

一般入試と指定校推薦では 

本来の勉強における偏差値は入れ替わるという 

悲惨な結果が待ち受けている 

 

しかしそれが学歴フィルターと世間に認識される学力と結びつく悲しい仕組みです。 

 

 

・指定校推薦のことは、かなり前、週刊文春だけではなく、他の週刊誌も、試験やその合否 が、不透明なことを記事にしていたことがあった 

少子化が続くであろう今後、指定校推薦の内容も見直されるかもしれない 

 

 

・自分も、関東の偏差値60くらいのたいした進学校でも無い普通高校卒しさです。 

クラス分けでは、私立文系コースでやってたんですが、成績はかんばしくなく遊んでばっかりでした。しかし、学校には真面目に行ってましたし、部活や委員会活動では部長もやらせてもらってました。そんなふうに適当に生きてたら、担任から都内のある大学に推薦してやるから、どうする?と突然言われてビックリ!マジですか。って感じでしたね。笑 

最終的には、断った(別で志望大学があったため)んですけど、あんときオッケーしてたら、人生がもっと楽に過ごせたのかも。と思い出しましたね。 

 

 

・偏差値30代の高校出身ですが、早稲田大学の指定校枠がありました。 

ただし、推薦をもらえるのは内申点が5.0の人だけで、その中でも選抜がありました。 

指定校推薦入試は、簡単に大学へ入学できるとの風潮もありますが、各高校によって制度や枠が異なるため、一概に容易な入試制度とは言い切れないようにも感じます。 

 

 

・早稲田の学生は学力の低い人が多くなっていると言いたいのですね。しかしそれは高校の勉強の話でしょう。 

学力重視であった今までと違い、これからは能力も多様なものが求められる時代です。時代が求める姿が、入試にも表れているだけなのだと思います。 

高校の科目勉強で、社会に適応できる優秀な学生が育つという考えは古いです。世界に通用する人材の育成は、多様な集団の中でこそ育つものです。同じような人間のいる大学は、多様性に欠け競争力を失うでしょう。 

その意味では、早稲田は時代にあった大学へと生まれ変わろうとしているとも言えます。今までの価値観でいうところの「学力」は、高校卒業という文科省の定めた規程を修了している段階で、ある程度担保されている以上、その先は大学の求める姿にあった学生でいいはずです。 

これからは個性の時代。多くの個性豊かな学生のいる大学が世界での競争でも通用する大学へとなっていくでしょう。 

 

 

・いざ自分の子供のことになると必死になってしまって近視眼的になるのはわかる。今自分の子が、高校受験が終わった段階だけど、この記事を読んで、ああほんとにそうだなと思ってしまった。ウチは大学附属の私立高校推薦組だけど、家が近くて偏差値的に余裕の公立にしとけば良かったかなあと正直思ってる。まあ子供にしてみれば、部活で選んだという理由はあるんだけど、、、。附属の大学以上の大学に行く気はしないだろうし学費はバカ高いし遠いしで、ホントに良かったのかなあとは思う。決まったからには全力で頑張ってもらうしかないんだけどね。 

 

 

 

・アメリカは、スポーツ枠、有名人家族枠、コネ枠、金持ち枠、政治枠、一芸枠などがあり、その結果、学力枠は少なく難しい。でも、このやり方は、莫大な寄付金を集めるのに、有効であり、研究に投資出来ている。日本は、学力枠が多く、(当然、学力だけでは、裕福になれない)寄付金が少なく研究資金が少ない。早稲田は、アメリカ式を目指していると思います。納得行かない方々もいるけど、研究資金なしに大学の発展はないと思います。 

 

 

・推薦もらえるのもその人が何かしら頑張っているから。いろいろな入学ルートがあって良いのではないかな。社会でたら平等なんてなくて、人事評価も最後はいろいろな力が入ってくる。これがあるから、一発逆転できる人もいる。それが人生、面白いかと思いますね 

 

 

・偏差値のかなり低い息子がAOで中堅大学に滑り込んだ。案の定苦労しているようで多分ストレートに卒業できない。中堅とはいえ国立落ちも多い大学でまわりの学生はうちの子をみて愕然としていると思う。多様性は学習できるでしょうが。 

「学力が低いのに早稲田」を問題とするのは分かる。しかし今は「早稲田だから賢い」という先入観に疑問をもつ時代なのかもしれない。実際Fランと揶揄される大学でも学費無料の優秀な学生がいる。もう大学名で判断するべきではないと思う。苦労して有名大学に入学した人々は認めたくないだろうが、学力のみの試験だとしたら大学の経営が難しくなってしまう。 

 

 

・上の子は進学校で、成績は上位でしたが、推薦、AOに甘えるな、一般で入らなければついていけない、とハッパをかけられて受験、結果第一志望は落ち、受かった第二志望へ入学しました。 

一転、下の子は大学受験にはギリギリの偏差値の高校にも関わらず推薦枠には入れず。AOチャレンジを勧められて、一般ではかなり厳しかった大学に合格しました。大学の同級生は、はるか偏差値の上の高校出身だそうです。 

高校によっても随分違うものだと驚きました。 

下の子と比べると、上の子は損だった気もしますが、AOも推薦も戦略としてはアリだと思います。海外の大学の様に、入学の門戸は広く、進級・卒業は厳しくであれば、無理をすれば淘汰されてしまいますから、偏差値が低い高校からでも平等感があるかと。本来大学は、入学より卒業に価値のある場所ですしね。 

 

 

・>あったとしても「5が付くと思っていた子が4になった」程度 

 

この辺の感覚でしょうね。県によっては内申の4と5の差は非常に大きい。それで合否が変わることは十分ある。それを「その程度」と思う感覚が受け入れられない保護者が少なくないということでしょう。 

 

>レベルが1つ下の高校へ行くことになっても、大きく変わることはない 

 

うちの県だと第一志望に落ちると数十点の加算点を失うのでレベルが3つ下の第二志望に行くことになる。偏差値で言うと7~8は落ちるので別次元の高校になる。しかも多くの場合は市外の遠い高校へ行くことになる。場合によっては私立に行くことにもなる。それを嫌がってみんな塾に行く。 

 

学校の先生のお子さんも塾に通っている場合が多いので、この感覚は先生も共有されてるはずです。 

 

 

・とある大学でパート事務してましたが、大学って必死よ。地方に説明会しにいったり地方受験もできるし指定校推薦、OA受験、センター併用、一般受験と何回も受験する機会設けて、本当学生集めに必死!事務には関係ないけど社員さんは部長だろうと地方受験の監督に長期出張し受験週は土日もなく総出です。子どもの数が本当に減ってる。国立大でも定員割れしてると聞きます。大学は来てくれれば成績気にしないんだと思う。 

 

 

・学力ってなんなんでしょうね。国語、算数、理科、社会。読み、書き、そろばん。基本的なものが身についていれば社会に出てそう苦労することはないとは思いますが。大学ともなればやっぱりより専門的なことを学ぶ訳だから。今から30数年前。私の大学受験の頃までがピークだったような。大学のブランドとその実力がかけ離れていなかったのは。バブル崩壊後以降、なんか世の中の価値観みたいなものが、大きく変化していったような気がします。学力の低下。ほんと君大卒なの?という者が周りにも。しかも要領も悪い。私も人生経験を重ねて年をとったのでしょう。たふん私が若い頃もそうだったのだと思います。とりあえず大卒の肩書のためだけに進学したようなものでしたから。でも優秀な奴は優秀でしたよ。 

 

 

・数十年前から指定校も、AOもどきの様な推薦入試はありました。ネットもさほど普及しておらず、雑誌を買って、国立も試験無しで入れるの?と驚いた記憶があります。ただ、やはり頭のトレーニングは必要で、自分のやりたい事を実現するためには学歴よりも、勉強をする耐性がついている事が重要だとは思います。 

 

 

・自分は立命だが、大学の頃受けた授業で京大でも教鞭とってる先生が、受講者の2割くらいは京大生と同レベルと評したが、その講義のテストの際は実際授業来てたより遥かに多くの名ばかり受講生が試験を受けに来たのが懐かしい。 

 

 

・AOは、大学側が一般受験生とは別の素養を備えた学生を募集して、そこを目掛けてAO受験生が応募してくるので、まだ理解できます。 

大学は同じでも、お互い別カテゴリーの学生で、そこに優劣を考える意味も乏しいでしょう。 

しかし、指定校推薦は理解し難いです。 

指定校推薦での進学者に求める素養は、一般受験合格者に求める素養とは別物ですか? 

求める素養に大差が無いとすれば、一般受験生に比べて学力が劣る学生が入学出来てしまう指定校推薦は、罪な制度だと私は思います。 

一説によると、学力の高い生徒だけが集められる特進クラスと、その他の学力の生徒を集めている一般クラスを設けている高校の場合、指定校推薦枠は一般クラスの生徒に高校側が割り当てているというケースがあるそうです。 

これってますます理解できないケースです。 

 

 

 

 
 

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