( 149877 )  2024/03/16 23:33:48  
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日本映画が米アカデミー賞で快挙を達成した中、否定的な意見もある。

受賞式での一部の出来事がアジア系差別として議論を呼んでおり、SNS上で激しい意見が交わされている。

議論は主に、プレゼンテーターによるアジア系受賞者への態度や対応に焦点が当てられている。

一部の意見は、混乱や偶然だとするものもあるが、無意識の差別や気づかれにくいアジア系への差別も指摘されている。

日本人として、このようなアカデミー賞の問題をどう受け止めるべきか、議論が広がっている。

(要約)

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米アカデミー賞で『ゴジラ-0.1』が視覚効果賞を受賞。日本初の快挙だが……。 Photo:JIJI 

 

 現地時間3月10日に発表された今年の米・アカデミー賞。宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞、山崎貴監督の『ゴジラ-0.1』が視覚効果賞を受賞した。日本映画の快挙に国内は湧いたが、その裏で授賞式の様子については「アジア人差別」だという声が上がり、SNS上で議論が紛糾している。日本人として、今回のアカデミー賞をどう評価したらいいのだろうか。(フリーライター 鎌田和歌) 

 

● 「アジア系差別ではないか?」 きっかけとなった授賞式の動画 

 

 SNS上で広く拡散されて議論を呼ぶきっかけとなったのは、助演男優賞と主演女優賞の発表時の様子だ。 

 

 前提として、前回アカデミー賞のそれぞれの受賞者は中国系ベトナム人のキー・ホイ・クァンと、中国系マレーシア人のミシェル・ヨーで、どちらも『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(通称エブエブ)での演技で受賞した。また、例年プレゼンテーターは前年の受賞者を含む1~3名で行われることが多い中、今回は5名がプレゼンテーターを務めていた。 

 

 まず、今年の助演男優賞のロバート・ダウニー・ジュニア(『オッペンハイマー』)は名前を呼ばれて壇上に上がると、トロフィーを持つキー・ホイ・クァンをほとんど見ずに片手で受け取り、横に並んだ他のプレゼンテーター2人とは握手をしたり、拳を合わせたりした。 

 

 前年度の受賞者に対して全く敬意がないように見える態度ではある。 

 

 さらに、主演女優賞のエマ・ストーン(『哀れなるものたち』)は、ミシェル・ヨーの隣にいたエマの親友として知られるジェニファー・ローレンスが一緒にトロフィーを渡すかたちになり、壇上でしっかり抱擁を交わしたジェニファーへの態度と比べて、他のプレゼンテーターへの対応は簡素だったように見える。 

 

 SNSの意見を見ると、エマ・ストーンはまだ壇上で混乱したようにも見えるが、ロバート・ダウニー・ジュニアの振る舞いは言い訳できないのではないかという見方が強いようだ。 

 

 

● 差別?差別じゃない? 意見が分かれる3つのポイント 

 

 すでに様々な意見が噴出しているが、SNS上での反応を見ると大きく3つに分けることができそうだ。 

 

 (1)ドタバタした壇上の一瞬で、そう見えただけ 

(2)失礼ではあったかもしれないが差別ではない 

(3)白人の無意識のアジア人差別が表出した瞬間だ 

 

 (1)については、プレゼンテーターが5人いたことが混乱の元で、受賞者は誰に対してアクションするか戸惑ったのではないか、といった意見がある。一方、アジア系の受賞者2名がプレゼンテーターとなった今年に限ってプレゼンテーターが5人であったことを偶然とは思えないという声も。 

 

 アジア系のプレゼンテーターだけでは見栄えが……といった考えが(意識的にせよ無意識にせよ)主催側にあったのではないかという推測だ。ただ、2009年に同じくプレゼンテーター5人での授賞式があり、このときのスタイルを踏襲したかっただけではという見方もある。 

 

 また、エマ・ストーンについてはミシェル・ヨーが「あなたを混乱させてしまったけど、オスカー像をあなたに手渡すという輝かしい瞬間を、あなたの親友ジェニファーと共有したかった」という内容をインスタグラムに投稿している。確かにエマ・ストーンが受け取ろうとした瞬間にミシェル・ヨーからジェニファー・ローレンスの方へ歩いて行って、2人で渡しているようにも見える。 

 

 ただ、ミシェルのコメントが出てもなお問題を指摘する声はあり、これは後述する。 

 

● 実生活でも「あるある」 指摘されるアジア系への無視 

 

 (2)の意見は、不遜に見えるロバート・ダウニー・ジュニアの態度も、ドレスのファスナーが壊れたと慌てたノリではしゃいでいるように見えるエマ・ストーンも、トップスターである受賞者の振る舞いとして失礼かもしれないが、そこにアジア人への差別意識があったと受け取ることはできないという意見。 

 

 ロバート・ダウニー・ジュニアが別の場面でキー・ホイ・クァンと抱擁を交わす画像があったことから、意図的に彼をスルーしたわけではないと擁護する人もいる。 

 

 たまたま前年度の受賞者がアジア系だったから、アジア人差別のように受け取られてしまったけれど、悪い偶然だったというのだ。 

 

 (3)については、経緯がどうであれ、これは無意識の差別の表出だとする意見だ。例えば前年度の受賞者が黒人であった場合、黒人差別への意識が高いアメリカにおいて、差別を指摘されないために、スターたちはもっと丁重に気を遣った振る舞いをしたであろうという推測がある。 

 

 アジア人に対してはスルーしたとしても、それがすぐに差別だと判断されることがないため、より雑に扱われるのではないかという意見だ。 

 

 これについて、アメリカなどで暮らしたことのある人から、アジア系差別は確かにあるという声が相次いだ。その内容については、あからさまに罵倒されたり、攻撃されたりすることよりも、無視の方が傷ついたという声が多い。 

 

 例えば、機内食で他の人が「肉と魚どちらが良いか?」と聞かれているのに自分だけ聞かれなかったり、レストランで空席ばかりなのに予約でいっぱいと言われたり、アジア系だけが奥の席にまとめて座らされたり……。 

 

 

 故意なのかそうでないかわかりづらいために、差別だと指摘しづらい。差別ではないかと指摘しても「ミスしただけ」「偶然です」などと言われてしまう。 

 

 今回の件も壇上での様子は、不運な事故のようにも見えるし、無意識の差別意識の表れにも見える。それだけに、「故意にやったわけじゃないだろう」という擁護意見に、納得しがたい感情を持つ人もいる。アジア系への差別を知らないから、そう言えるのではないかと。 

 

 ミシェル・ヨーは前述のように、インスタグラムでコメントを出した。これは不運な誤解であると知らしめるための投稿だ。 

 

 しかし、被差別側がこのように「私は気にしていない」とか「これは差別ではない」という態度を取ることが実際にある差別を温存させるとして、ミシェルの投稿を批判する人もいる。 

 

 とにかく、今回改めて問題提起されたのはアジア系への差別の根深さだ。アジア系として差別をされた経験を持つ人たちは、今声を上げなければ軽視や蔑視が繰り返されると感じている。日本人は差別に抗議したり、声を上げたりすることが少ないと言われがちだが、SNSでは声が可視化されやすい。 

 

● 日本はやはり「アニメとゴジラ」なのか またいつの日か俳優の受賞を見たい 

 

 今回、日本の作品は長編アニメーションと視覚効果賞を受賞した。2022年に村上春樹原作の『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)が国際長編映画賞を受賞しているが、2000年以降の日本映画での受賞はアニメ作品関連の印象が強い。国別の印象として日本はアニメ(漫画やイラスト含む)とゴジラと言われがちだが、アカデミー賞においてもその傾向がうかがえるように感じられる。 

 

 日本人俳優の受賞者は、今も1957年のミヨシ・ウメキ(ナンシー梅木/助演女優賞)のみ。アジア系はオーディションに受からない、そもそもアジア系の登場する作品が少ないといった問題が指摘されているが、いつかまた日系の俳優がアカデミー賞に輝く日が来るだろうか。その日が来ることを待ち望みたい。 

 

鎌田和歌 

 

 

 
 

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