( 150215 )  2024/03/17 23:37:31  
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3月4日からグラフィック広告に登場していたが、約1週間で削除となった(プレスリリースより) 

 

 キリンビールは3月13日、缶チューハイ「氷結無糖」の広告に3月から起用していた経済学者・成田悠輔氏のネット広告を12日までに削除したと明らかにした。今回のCM起用については、成田氏の人権を軽視した過去の発言を巡ってSNSで問題視する声が上がり、不買運動が起きるなど炎上状態になっていた。「最大の炎上対策はいつも炎上しておくこと」とXに投稿していた成田氏のCM起用をめぐる今回の騒動について、人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が取り上げる。 

 

【写真】独自の炎上対策 

 

 * * * 

「成田悠輔さん、キリンが何を考えて使ったのか、図りかねるくらい謎の起用でした。大企業の大掛かりな広告事業、そこにいきなり成田悠輔、というのも同業として疑問です」 

 

 広告代理店社員で現在はネットメディアを中心に担当する広告マンが語る。製作スタッフも兼務することのある彼は、発言がどうこう以前にキリンビール株式会社(以下、キリン)「氷結無糖」(以下、「氷結」)の広告に成田悠輔さんが起用されたことそのものが不思議、とまで述べた。 

 

「キリンの広告、いくらでも出たいという著名人はいる。はっきり言ってキリンが選べる立場で、言い方が難しいですが成田悠輔さんより知名度も好感度も高い著名人はいくらでもいる。それは事実でしょう。はっきり言えば小峠英二さん、若槻千夏さんと誰もが知るタレントと来て成田悠輔さん、というのもわからない」 

 

 広告業界は代理店、クライアント、制作会社やデザイン事務所も含めて多岐に渡る。ましてや今回のような大掛かりな広告展開ともなると一大事業である。その一大事業に、経済学者の成田悠輔さんが選ばれた。小峠英二さん、若槻千夏さんは以前からお馴染みの出演だったが、そこに成田悠輔氏。かくしてネット上、とくにSNSで数日「集団自決」というキーワードがトレンド入りするほどの大炎上となった。 

 

「少しでもなにかあると降板、というのが広告の世界です。誰もが目にするようなメジャーな広告となるとイメージが大切です。それなのに『いろいろあった』(お騒がせ、という意味で)人の起用ですからね、この規模の広告事業、ましてキリンのような超一流企業が炎上商法でもあるまいし、本当に『不思議』です」 

 

 実のところ、成田悠輔さんのキリンCMそのものの出演は今回が初めてではない。2022年「麒麟特製レモンサワー」のユーチューブ広告に起用されている。だが今回の主要メディア全面展開となる「氷結」は広告規模として大きなものだ。注目も度合いも違う。 

 

 

 成田悠輔さんは日本の高齢社会に関して言及することが多く、その中でたとえば、下記のような意見を述べていた。 

 

〈どうしたら今の、この高齢化と様々な人生のリスクを軽減できるだろうかと言うことを考えて、たどりついた結論は、ま、集団自決みたいなことをするのがいいんじゃないか、特に集団切腹みたいなものをするのがいいんじゃないかということです〉 

 

〈僕はもう唯一の解決策は、はっきりしてると思っていて、結局、高齢者の集団自決、集団切腹みたいなのしかないんじゃないか〉 

 

 その中で使われていたのがこの「集団自決」であった。キリン「氷結」の広告展開の一環だったが反発は凄まじく、いつもは対立と分断ばかりとされたネット民が右も左も一斉蜂起、数日に渡る抗議活動の末にキリンは成田悠輔さんの起用を取りやめ、成田悠輔さんが使われている広告部分そのものをすべて削除した。 

 

 別の出版社の広告部にいた経歴のある編集者は「意見は自由」という前提でこう語る。 

 

「使ってはいけない言葉ってあると思うのです。時と場所、そして立場によってはさらに使ってはいけない言葉です。以前あった騒動だと『ホームレスの命はどうでもいい』とか、『自業自得の人工透析患者はそのまま殺せ』とか、『低身長の男は人権がない』とか。飲みの席や家の中で言ってる分には友人や家族から軽蔑されるだけで済むかもしれませんが、著名な活動をしている人が社会に向かって発信したら、そりゃ批判されますよ」 

 

 成田悠輔さんはそれを〈抽象的なメタファー(比喩)〉とすることもあれば、〈メタファーではない〉とする場合もある。 

 

「いずれにせよ批判覚悟で言うのは自由ですけど、そういうイメージがつくと(広告として)使いづらいのは当然でしょう」 

 

 擁護する中には「切り取り」であるとする人もあるが、どうか。 

 

「切り取りだって使っちゃだめでしょう。そういう言葉を使うのは自由ですけど、その擁護してる人だって、職場で公然と『老人は集団自決しろ』とか口に出して言ったりしないでしょう。それをわかっててネットの匿名だからと擁護するの、ちょっとずるいですよ」 

 

 あくまで彼の意見だが、確かにネットはともかくリアル会社で高齢者は邪魔だから死ね、といったニュアンスの言葉を公然と発する人はなかなかいないように思う。 

 

 

 そもそもキリンビールの元社長でキリンHDの現会長、磯崎功典さんが70歳、キリンHD社長の南方健志さんが62歳である、「老人」がどこまでの年齢を指すのかという問題もあるが、何を取ってつけたとしても、悪い意味でインパクトを与えることはあってもまあ、普通は使わない言葉である。 

 

「ネットでどこの誰かもわからない立場で書き込んだり、さっきも言いましたが家とか飲みの席とかごく内輪の中で言ったりは勝手にすればいいと思うんです。でもこれ、キリンの『氷結』を買ってもらうための広告というのが大前提じゃないですか、私も古くからのネット民ですから老害は死ねとか、そういうノリというか、ネタだなんだもわかりますけど、買っていただくのにそういうことを繰り返し言ってる人って、無理ですよ」 

 

 キリンの「氷結」は大ヒット商品で多くの愛飲者がいる。当たり前だが高齢者だって多い。ターゲット層として高齢者自身はもちろん自分の両親や祖父母が含まれることもあれば、既出の通り職場や学校、ありとあらゆる社会に存在する。日本中、世界中に存在する。だからこそ今回の大炎上以前から成田悠輔さんの発言は日本のネット界隈にとどまらず世界中に報じられた。もはや老人がどうこうではなく、人間に対する憎悪(ヘイト)であると。 

 

 筆者の恩師、元大学教員で自身も「老人だけど、いい?」と笑う70代男性はこう語る。 

 

「喩えどうこうの話じゃなくて、どうして『集団自決』って使ったのかね。だって日本人は集団自決で大勢死んだんだ。肉親や親しい人が死んだんだ。南方で、満州で、沖縄で。それでも『集団自決』って言うのは勝手だけど、言った人に対してはそれ相応の態度になっちゃうよね。実際、キリンもそう判断したわけだし、多くはそうだったわけだ」 

 

 サイパンのバンザイクリフ、沖縄のチビチリガマ、そして満州開拓団を始めとする大陸における悲劇。例えば兵庫県豊岡市但東町の高橋地区から旧満州に渡った開拓団500人は旧ソ連軍の侵攻を前に集団自決に追い込まれ、298人が死んだ。こうした家族が、私たちの先人たちがたくさん、集団自決で死んだ。 

 

 また旧樺太、真岡郵便電信局の電話交換手の女性たちが「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」と職務を果たして集団自決した悲劇はよく知られるが、たくさんのこの国の記憶は、想いは消えていないし、消してはならない。「民族の記憶」とでも呼ぼうか。 

 

「高齢化社会の問題を負の面でも語ることは大切だけど、わざわざ『集団自決』って表現を使う必要はないよね。何度も使ってるのは事実だしね」 

 

 だからこそ、「それはよくない」とネット民も左右関係なく声を上げた。世界中もおかしい、と声を上げた。誰もが高齢者となる定め、擁護側で冷笑したとて「お前も高齢者になったら自決するのか」である。老害は確かにあるのかもしれないが「老害」ではなく老いも若きも等しく迷惑な人は「人害」のように思う。 

 

 

「あと社会保障に絡めて成田さんが言ったという『かつて三島由紀夫がした通り』ってのもわかんないんだよね、三島由紀夫は自らの高齢化と老害化を事前に予防するために切腹した、ってエビデンスは皆無だし、メタファーにしたって違和感あるんだよ」 

 

 含みのある言葉だが、いろいろ考えさせられる。 

 

「世代間対立って括るマスコミもあるけど、私はそれだけじゃないと思う。『老害を私たちの手で殺せ』じゃなくて『集団自決』って自分たちで死ね、ってことでしょう。それだけ強い言葉だってのに、この喩えには最終的な責任がない状態なんだよね、ちょっとずるいよね」 

 

 偶然かもしれないが別々の発言に「ずるい」が重なった。それでも、なんであれ意見は自由だし好きに発言するのは構わないのかもしれないが、冒頭の広告マンはそれについて「そういう話ではない」と、あくまで「広告の話」だとする。 

 

「大前提として、キリンは『氷結』を売りたいのであって、別に高齢化問題を解決したいのではないでしょう。実際のところ、成田悠輔さんといえばこの発言、というイメージになっていることは否定できないですよね、他に学者さんとか知的な著名人を使いたいならいくらでもいますよね、キリンの広告の仕事なら引き受ける人もたくさんいるでしょう。なぜに成田悠輔?というのが率直な感想ですし、案の定の結果ですよね、本当に不思議です」 

 

 彼は重ねて「あくまで個人的な意見」としてこうも語る。 

 

「ねじ込みがあったのかはわかりませんけど、起用に向けて相当なプッシュがあったことは確かだと思います。キリンの広告なんて、そうでないととれないのは当然ですからね。大勢の関わる仕事でなぜ成田悠輔だったのか、ここから先は憶測で言えませんけど、大きな力があったことは確かでしょう。私も経験しています。でもそれが成田悠輔、というのは本当に不思議です」 

 

 そしてこうも付け加える。 

 

「『氷結』のプレスリリースには彼の売りとされる『イェール大学』の文字がないんです。『経済学者ならではの観点でコメント』『日常の晩酌も研究する学者である成田さん』とふんわりした表現しかありません。プロフィール欄も著書や出演番組のタイトルを除けばかなりふんわりしたもので、これだけの騒動の結果を見て言ってるわけじゃなく、成田悠輔である必然性ってなんだったのかな、と、なんどもおんなじ言葉ですいませんが、不思議としか言いようがないですね」 

 

 

 
 

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