( 151381 )  2024/03/21 14:19:50  
00

給料を得るために最低限の仕事はこなすが、それ以上はがんばらない。そんな働き方がアメリカで注目されている(写真:mjilapong/PIXTA) 

 

最低限の仕事はこなすが、それ以上はがんばらない。そんな「静かな退職」という働き方がアメリカで注目されている。「働かないおじさん」を筆頭に、自らはアクションを起こさない働き方は、もはや日本の職場ではお馴染みの光景だが、モチベーションを研究する金沢大学の金間大介教授は、海外の研究仲間に日本人の「指示待ち気質」を説明することに苦労するという。本稿では、金間氏の著書『静かに退職する若者たち』より一部抜粋・再構成のうえ、日本とアメリカの労働文化を比較しながら、「日本の職場の問題」を浮き彫りにする。 

 

【この記事の他の画像を見る】 

 

■「静かな退職」とは何か?  

 

 2022年の夏ごろに「Quiet Quittingってご存じですか?」と、知り合いの企業経営者から聞かれた。アメリカの若者を中心に反響を呼びだした概念で、ある技術者がTikTokに投稿した動画がきっかけと言われる。 

 

 実際に見てみると、わずか17秒の動画で、がむしゃらに働くことだけが人生ではない、といったナレーションが流れる。正直、特に面白いわけではない。 

 

 日本語では「静かな退職」と訳されているが、これは誤訳だ。あえて訳すなら「平穏への解放」「静かなる撤退」というところだろう。というのも、「Quiet Quitting」は実際に仕事を辞めるわけではないからだ。 

 

 職場で給料を得るために求められる最低限の仕事はこなすが、それ以上はがんばらないという状態を指す。加えて、新しい取り組みやプロジェクトへは参加せず、出世にも興味を示さない。当然、業務終了後は仕事のことは一切考えない。 

 

 HuffPost、Wall Street Journalなど、アメリカの主要オンライン・ジャーナルで2022年秋ごろから取り上げられてきたQuiet Quittingに関する記事を要約すると、以下の通りだ。 

 

 仕事において会社や顧客の期待通り、あるいは期待以上の成果を目指すことは、やりがいがある反面、多くのストレスを伴う。そのストレスさえもエネルギーに変えられる人もいるのだろうが、そうではない人も多い。 

 

 若者の中には、そうして仕事に情熱を注ぐことで、もともと偏っていた食生活がさらに偏ったり、睡眠の質あるいは量が低下するなどして、徐々に身体の不調を感じるようになる人もいる。あるいは、体調の悪化を感じることはなくても、「何のためにこんなにがんばっているんだ」と考える人は少なくない。 

 

 

 「とにかく、一生懸命働くことをやめる」という意味で、英語では「Escape hustle culture」というフレーズがとても多く使われている。Quiet Quittingも「がむしゃらに働くハッスル文化からの逃避」を意味している。 

 

■イーロン・マスクによる「ハッスル文化」の揺り戻し 

 

 「(意識の高い人が多そうな)アメリカ社会においても、そう感じる人は増えているのか……」というのが、多くの読者の率直な感想かもしれない。特に2022年は、日本経済の低迷ぶりが、「安い日本」、「買われる日本」を示すデータとともに一気に浸透した年だったので、余計そう感じる人も多いだろう。アメリカとの経済力の格差を、極めて身近な「所得」、「給与」という尺度で、まざまざと見せつけられたばかりだ。 

 

 それでは、実際にどのくらいアメリカの中でQuiet Quitterが増えているのか。残念ながら直接的なデータは存在しないものの、関連するデータとして頻繁に活用されるのが、アメリカの著名な調査会社ギャラップが公開しているデータだ。実際に同社を有名にした調査票の1つに、「Q12」(キュー・トゥエルブ)がある。 

 

 この調査では、広く労働市場からランダムに回答者を抽出し、12個(と、言っているが実際はQ00を含む13個)の質問をするものだ。項目は、仕事に対する満足度、生産性、ウェルビーイングなど多岐にわたる。これらの結果を総合することで、従業員のエンゲージメントを算出している。 

 

 エンゲージメントとは、簡単に言うと、労働者の組織に対する愛着心や熱意を表したもので、エンゲージメントが高い従業員ほど、労働生産性やウェルビーイングが高く、離職率が低くなるとされる。 

 

 ここでは、その結果を活用し、2023年8月にアップデートされたデータを引用しよう。データは、「Engaged」、「Not engaged」、「Actively disengaged」で100%となるよう構成されており、上記の図表には、このうち「Engaged」と「Actively disengaged」を掲載した。 

 

 

 これを見る限り、「Engaged」、つまり仕事に対し熱意をもって取り組もうとする人の割合は、減っているどころか、緩やかに増加傾向にある(ちなみに近年の日本の「Engaged」は5%台で推移しており、びっくりするほど低い)。 

 

 この点だけ見れば、Quiet Quitting現象の兆候は認められない。個人的にこのデータで着目したいのは「Engaged」と「Actively disengaged」のギャップだ。アメリカ社会では、ある方向への勢いが増してくると、それに対するアンチテーゼとも思える意見が強くなることがしばしば見られる。 

 

 Quiet Quittingについても、そのような解釈が可能だ。事実、先に上げた主要ジャーナルには、Quiet Quitterに対する批判的な意見が多数登場する。 

 

 「努力は若者の権利であり社会に対する義務でもある」、「がんばらない姿勢は現実逃避に過ぎず、仕事の不満や燃え尽きに対する万能薬ではない」、「ただ単に怠惰を正当化し助長するのみ」、「本当に休息を必要とする人もQuiet Quitterと思われてしまう」、といった具合だ。 

 

 そして、読者の皆さんも記憶に新しい、ツイッター社(現X社)を買収したイーロン・マスクが従業員に送ったとされる次の文も、Quiet Quitterへのアンチテーゼと言えるだろう。 

 

「Goingforward,tobuildabreakthroughTwitter2.0andsucceedinanincreasingly competitive world, we will need to be extremely hardcore.」 

 

(ますます激化する競争の中で成功するためには、極めてハードコアであることが必要だ) 

 この先、この対立した構図がどのように進むのかを予想するのは難しいが、しばらくは共存していくだろう。 

 

■すでに「静かな退職者」だらけの日本 

 

 ここまで、アメリカを中心としたQuiet Quitting VS.ハッスル文化の構造を見てきた。ここからは、これを長い前置きにして、日本社会と対比してみよう。 

 

 このQuiet Quittingという思想、日本人である我々は、わざわざ面白がって学ぶ必要などないかもしれない。すでに一定の読者の皆さんはお感じのことだろう。何のことはない、Quiet Quittingこそ日本文化になりつつある。 

 

 

 「いい子症候群の若者たち」の実像と、アメリカ発のQuiet Quittingという概念は、大部分において重なるところがある。特に整合性が高いのが「自らはアクションを起こさず、指示待ちに徹する」という姿勢だ。 

 

 さすが課題先進国ニッポンだ。アメリカで最近話題になった現象を、何年も前から先取りしている。 

 

 ちなみに、海外の研究仲間に、日本人の「指示待ち気質」を説明することは至難の業だ。むろん僕の拙い英語力のせいもあるわけだが、たっぷり考える時間があったとしても、やはり難しい。 

 

 「Waiting for instruction from their supervisors」 

 

 「Preferring being controlled on their jobs」 

 

 というと、いったんはわかってくれることが多い。ただし、(少なくとも僕と交流のあるアメリカ在住の研究者たちは)それを主に低賃金労働者や高齢者のことだと思うようだ。 

 

 だから、「いやいや、大卒の若者のことですよ」と、改めて説明するわけだが、ますます「Why?」「I don’t get it !」の集中放火にあい、撃沈することに……。 

 

 なので、ここはせめて日本人の皆さんと共有・共感・共鳴させていただこう。日本における「静かな退職」現象は、新しくもなんともない、「今そこにある危機」という状態だ。 

 

■日本では本当に辞めてしまう 

 

 ただし、アメリカと日本のQuiet Quitterが大きく異なる点が2つある。1つ目は「Actively disengaged」というところ。「積極的にハッスルしないことを主張する」なんて、いかにもアメリカ人らしい印象だが、日本の若者はむしろ逆だ。一定の意欲を見せつつ、与えられた仕事をそつなくこなし、それ以上の目立つ行動はしない、というのがいい子症候群であり、だからこそ先輩世代を困惑させる。 

 

 

 
 

IMAGE