( 152268 )  2024/03/23 23:42:50  
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Photo:PIXTA 

 

 東京都はこの4月から、高校(私立・都立)や都立大学などの授業料を実質無償化する。また、大阪府でも4月から高校授業料の完全無償化が段階的に始まる。2026年度には全学年が対象になる予定だ。いい教育を受けるチャンスが多くの人へ広がる、公平性が高くてすばらしい政策のように思えるが、実は正反対の結果に陥ると指摘する先行研究がある。(イトモス研究所所長 小倉健一) 

 

● 「教育費無償化」政策の効果は 政治家の妄想でしかない 

 

 今回は、近年、主要政党が誇らしげに掲げるようになった「教育費無償化」について述べたい。 

 

 「教育費無償化」とは、もちろん、国民がお金を払わなくていい制度ではない。学生の授業料を税金で全額負担することを意味している。学生とその親は支払わず、学生でもない人、子どもがいない人など、何の関係もない人がみんなでお金を出し合う仕組みである。この「教育費全額税負担」の政策の目的は、政治家によって説明はさまざまだが、大きく下記の三つがある。 

 

 1 進学率の向上 

 

 教育費の負担が税金で賄われることで、経済的な理由により高等教育を受けられなかった学生が進学しやすくなる。これは、特に低所得家庭の子どもたちにとって、教育を受ける機会が拡大することにつながる。教育を受ける機会の公平性を高める。 

 

 2 少子化問題の解決 

 

 学費が税金で負担されることにより、家庭の経済状況が改善され、お金が足りないことによって子どもを産まない選択をした家庭が、もう一人子どもを生むようになる。 

 

 3 「教育の質」のレベルアップ 

 

 私立学校の学費が税金で負担されることによって、公立学校に通っていた生徒が私立学校を進学の選択肢に入れるようになり、競争原理が働くことで公立学校のレベルがアップする。 

 

 結論から言えば、この上記三つは、政治家たちの妄想でしかなく、現実は違った方向へ動き出していくことになりそうだ。丁寧に説明をしていこう。 

 

 

● 「進学率の向上」も「少子化の解決」も 教育費無償化に税金を投じる理由にならない 

 

 まず、日本人の高校進学率だ。《令和2(2020)年度の学校種類別の男女の進学率を見ると,高等学校等への進学率は,女子95.7%、男子95.3%と、高い水準にある》(内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和3年版」)だ。95%とは、高校へ進学したい人はほとんどできている状況だ。中学校卒業を控える子どもの中には、高校への進学など希望せずに、海外へ行ったり、就職したりしたいという人もいるだろう。 

 

 すでに95%を超える人たちが高校進学をしているのに、無償化(全額税負担)によって、これ以上、進学率が上がることはないだろう。教育機会の平等の達成も含めて、すでに達成されている状況で、これ以上税金を投入する理由などない。 

 

 次に、少子化問題の解決だ。子育て支援が出生率に何のプラスの効果もないことは、政府が認めるところだ(浜田聡参議院議員への2月20日付の政府答弁書)。《少子化の背景には、個々人の結婚や出産、子育ての希望の実現を阻む様々な要因が複雑に絡み合っていることから、特定の施策と合計特殊出生率との間に「因果関係」が「ある」とは言えないものと考えており》と回答している。 

 

 教育費を全額税金で負担することは子育て支援政策と考えることもできるが、出生率と直接的な関係はない。冷静に考えて、高校生の子どもを持つ母親がもう一人産むというのは、妊娠の適齢期を踏まえれば、あまり意味が無さそうなことは分かりそうなものだ。 

 

● 教育費無償化が実は 「不公平」な政策である理由 

 

 では、「教育の質」は、学費に税金を投入するとアップするのだろうか。先行論文(George Psacharopoulos「Funding universities for efficiency and equity: research findings versus petty politics(効率性と公平性を追求した大学への資金提供)』2008年)から明らかにしていこう。 

 

 

 《偶然にも、大学資金に占める民間資金(授業料、寄付)の割合の順位は、大学の質と一致している。世界大学学術ランキングのトップ20の大学のうち、17校が米国にあり、2校が欧州(英国)にある。実際、米国の大学は欧州の大学に比べて、より寄付金が多い。しかし、大学の品質にとって重要なのは、公的か私的かの法的定義ではなく、教授を任命したり解雇したりする自由であり、そしてフラットな公務員的な給与ではなく、スター人材を維持する能力である》 

 

 同論文では、次のようにも指摘している。要約してご紹介しよう。 

 

 ●大学卒業生が中等教育卒の人より多く得た収入と、大学進学の私的コスト(ほとんどの国では、在学中に見送られた収入)を比較した「私的収益率」について、経済協力開発機構(OECD)に加盟する11カ国のデータを確認すると、指摘収益率の平均値は21.1%だった 

 

 ●高等教育を受けることは、10%以上のリターンをもたらす、まれな投資機会の恩恵を受けることを意味し、高等教育を受ける個人は、極めて効率的な投資決定を行っている 

 

 ●教育水準は高所得と関連しており、これは世界の全ての国で普遍的な所見である。このことは、大きな公平性の問題を提起している。つまり、高等教育から多大な恩恵を受けるはずの人々の投資を、なぜそのような報酬を得ることのない人々の税金で賄うのか、という問題だ 

 

 この論文の「高等教育」とは、主に「大学」のことであることに留意が必要だが、個人にとって、高校や大学に進学することで生涯収入が大きく増すことは統計データとして日本にも存在している。それだけのリターンを得られるのだから、原則として税金で賄うのではなく、学生(実態は親)から学費を支出させるのは、当然の議論だろう。 

 

 そして同論文は、公的資金(税金)を高等教育に投じるのであれば、大学に直接的に配分するのではなく、生徒に投下することで、間接的に大学に配分すべきだとしている。 

 

 《つまり、どの大学が資金を獲得し、他のどの大学が資金不足のために閉鎖されるかを学生に決定させるのである。このようなシステムによって導入される強力なインセンティブは、小手先の規制に頼ることなく、学生や教授の効率性と説明責任を保証する。そして、より多くの資金がより貧しい学生の手に渡れば、公平性が是正されることになる》 

 

 

 さらに、以下のようにも論じている。 

 

 《入手可能なファクトに基づけば、現在の大学財政の仕組みは非効率かつ不公平である。学生から授業料を取ることで、もっと効率的に、そして逆説的ではあるが、もっと公平性を高めることができる。この考えは、先進国でも発展途上国でも、どんな国でも当てはまる》 

 

 《高等教育を「無料(無償)」で提供することは、多くの有権者にとって魅力的だ。効率性のために授業料を課すことは、平均的な有権者には説明しにくい。そして、「無料」の教育が実際には無料ではなく、みんなの税金で賄われていることを説明するのはもっと難しい。さらに、最も難しいのは、富裕層も貧しい人も同じ価格(ゼロ)であるという点で、「無料」の教育が実は不公平であると説明することだ》 

 

 《それ故、票を失わないために、政治家は教育費無償化症候群の誘惑に陥ってしまう。「無料」の高等教育が実際には無料ではなく、社会経済的に悲惨な悪影響を及ぼす可能性がある> 

 

 《学費を徴収する主なポイントの一つは、学生に経済的な責任を持たせることだ。学生たちは、経済的なリスクを十分に把握し、それに従って親と共に決断を下すべきである。学費を徴収することで、無計画な学生による入学の需要を減らすことが期待される》 

 

● 教育費無償化の政策は 子どもたちにとって「害悪」だ 

 

 「産経新聞」(2月28日)では、次のような報道があった。 

 

 《大阪府教育庁が、毎年3月に実施している公立高の入試日程などを見直す方向で検討していることが28日関係者への取材で分かった。令和6年度以降に段階的に導入する私立高の授業料完全無償化で私学人気が急上昇し、今春入学となる公立高志願者が激減。現行の選抜制度では生徒らの需要に応えられないと判断した》 

 

 大阪府では、「子どもたちの自由な学校選択の機会を保障するとともに、学校間の切磋琢磨を促し、大阪の教育力の向上を図ることを目的」(大阪府ホームページ)として、24年度の高校3年生から段階的に授業料無償化制度を導入していく予定だ。 

 

 今、あなたが大阪府知事で、公立高校が荒廃しているとして立て直しを考えたいとする。そこで、公立高校と私立高校の間に競争原理を導入して競わせ、公立高校の「教育の質」を高めたいと考えたとしよう。すると、二つの方法を思い付くはずだ。 

 

 一つは、大阪維新の会のように私立高校の授業料を無料にして、公立校と条件を同じにする。 

 

 二つ目は、公立高校の授業料を私学の標準的な金額にまで高め、教師にも私学並みの結果・水準を求める。 

 

 教育の質を高めるのは、後者であることがお分かりいただけるだろうか。しかし、大阪維新が選択したのは、一つ目の方法論だ。お金をばらまく政策であり、有権者受けはするのだろうが、私立学校が公立学校化してしまう結果になる。選挙に勝ちたいからといって、子どもたちの教育水準を下げるような選択をするのは容認し難い話だ。 

 

 たくさんの改革をすれば、間違ったことも起きよう。しかし、過ちを改めざる、これを過ちという。 

 

 結局のところ、「大阪維新が魅力的な政治をしている」という演出に教育費無償化を使っているのだろうが、維新の「目の上のたんこぶ」ともいうべき東京は、大阪よりも潤沢な財政を抱えている。すぐ真似されて、うわべの魅力も半減してしまうのが目に見えている。 

 

 そして何より、子どもたちにとって害悪な政策の看板はさっさと下ろすのが一番だ。 

 

小倉健一 

 

 

 
 

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