( 152403 ) 2024/03/24 13:40:10 0 00 近江鉄道(画像:写真AC)
国は「第2次交通政策基本計画」(2021年5月閣議決定)において、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進にかかる費用を運賃に上乗せし、整備を加速させる方向性を示した。
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こうした流れを受けて、国土交通省は2021年12月24日、「鉄道駅のバリアフリー化により受益する全ての利用者に薄く広く負担を頂く制度」の創設を発表した。同時に、市町村のバリアフリー基本構想の対象駅では、バリアフリー化・ユニバーサルデザイン化を推進するための整備費に対する国の補助率を1/3から1/2に引き上げることになった。
この費用上乗せ方式の方向性は、「原則対象設備の整備費用等を超えない範囲」として、「設備の供用開始後から、総徴収額回収が終了するまでを原則」とするものである。
推進費用を運賃に上乗せする考え方は、鉄道路線を新設する際に工事費を運賃に上乗せする「加算運賃制度」と似ている。これは、受益者が緊急の施設改善に必要な資金を負担し、プロジェクトの実現を図る方法である。
JR西日本と南海電気鉄道の関西空港線、JR西日本とJR四国の瀬戸大橋線など、多くの生活者のために大規模なインフラ投資が必要な鉄道路線で採用され、皆で負担するイメージだ。
国土交通省が2018年4月に実施した社会調査によると、約6割の生活者が、バリアフリーやユニバーサルデザインを推進するためには、1乗車あたり10円の上乗せが妥当と回答している。
調査はインターネットリサーチを使って、関東大都市圏、近畿大都市圏、中京大都市圏、その他の大都市圏(札幌、仙台、新潟、静岡・浜松、岡山、広島、福岡・北九州および熊本の各大都市圏)、大都市圏に含まれない地域の合計5エリアで実施された。設定は、高齢者(65歳以上)と非高齢者(20~64歳)の2属性で、「400人×5エリア×2属性 = 4000サンプル」。
また、国土交通省は先に、首都圏と近畿圏の鉄道利用者1000人を対象に、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進のための上乗せ運賃の支払い意思について調査を実施している。首都圏の利用者は1乗車あたり
「14~22.3円」
の上乗せ額を、近畿圏の利用者は1乗車あたり
「15.7~19円」
の上乗せ額を支払うと回答し、一定の負担意思が示された。
こうした調査の動向もあり、東京・大阪・名古屋の三大都市圏のJR各社と大手私鉄各社は、1乗車あたり10円程度の上乗せを前提に、鉄道事業者と国土交通省との調整が続くことになった。その後、2023年4月に本格導入された。
国土交通省は、都市部ではバリアフリー設備費用を運賃に上乗せし、地方ではバリアフリー予算を重点的に確保することで、全国の鉄道駅のバリアフリー・ユニバーサルデザイン化を加速させる意向を示している。
運賃を上乗せして整備するこの手法は、モータリゼーションで経営状況が極めて厳しい地方の公共交通事業者にも有効なはずで、全国への普及も議論される可能性が高い。その場合、生活者の支払い意思額をより正確かつ客観的に測定するプロセスを通じて、国、自治体、公共交通事業者、生活者の社会的合意を形成することが不可欠である。
よって、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進のための精度の高い支払い意思額調査手法は、今後ますます社会的な重要性を増していくものと思われる。
ローカルバスのイメージ(画像:写真AC)
こうした動きをきっかけに、政策実務や研究の世界でも
「交通税」
に関する議論が再燃している。2022年4月時点、滋賀県では鉄道などの公共交通を維持するための税金である交通税の導入に向けた議論が本格化している。
交通税そのものについては、筆者(西山敏樹)のような都市交通研究者の間でも長らく議論されてきた。交通税の理念は、交通と移動の権利を平等な基本的人権として位置づけ、公共交通事業を生活者全体にとって永続的なものとする目的税である。
先のバリアフリーやユニバーサルデザインの運賃上乗せは、鉄道駅のエレベーター、スロープ、トイレなどの整備などに充てられる。一方、交通税の主な目的は、公共交通事業そのものを維持することである。要するに、この税の目的は、公共交通システムが使いやすく、ユニバーサルデザインによって誰もがいつでも利用できる状況を確保することにある。
滋賀県は大阪や京都といった大都市のベッドタウンが多いにもかかわらず、モータリゼーションが顕著な問題となっており、鉄道やバスの利用者が大幅に減少している。
県内を走る近江鉄道は赤字削減のため、2024年度から鉄道施設や車両は自治体が所有し、運行は事業者が担う「上下分離方式」の導入を計画している。鉄道、道路、空港などの上部(運行・運営)と下部(インフラ保有・管理)を分離し、両組織の会計を独立させることで、公共交通事業の持続可能性を確保する。
多くの場合、国や地方自治体が下部を担う。また、JR西日本は2022年4月11日、利用者の少ないローカル線の収支を全国に先駆けて公表しており、滋賀県内も含めた厳しい経営状況が示された。2022年3月のダイヤ改正でも、滋賀県内の路線で大幅な減便が行われ、厳しい経営状況を表象する事例になった。
こうしたなか、2022年4月20日、県税制審議会の諸富徹会長(京都大学教授)は、鉄道など公共交通の運営を維持するための新たな財源として、滋賀県民に負担を求める交通税の導入を求める答申を三日月大造知事に提出した。
答申には、
「地域公共交通の維持・充実は地域の暮らし全般を支える基礎的なニーズで、地域公共交通を支えるための税制の導入に向けて県民と議論を行い、具体的に挑戦することを提言する」
旨などが記されている。滋賀県の流れは、公共交通を維持するための目的税である交通税の導入に踏み込んだ政策動向として注目されている。
ただし、交通税の考え方は、公共交通を利用しない人も含めた
「自治体内の生活者の全体」
が費用を負担し、経営を維持するという原則に基づいている。固定資産税、県民税、自動車税などの既存税に上乗せされる見込みで、導入されれば滋賀県が全国初となる。
しかし、自家用車利用者を中心に、過度な税負担を強いる交通税への反発は根強い。筆者は日本各地を回って関連調査を行ったが、大半は
「自家用車があるのだから交通税をとる必要が感じられない」 「鉄道事業者やバス事業者の努力が足りないだけ」 「税金を投入しても人口が減るし効果が見込まれない」 「そもそも鉄道やバスに乗る人が払えばよいだけ」
という声ばかりだった。日本人は公共交通を皆で守るという価値観がほとんどなく、調査の過程でがっかりした記憶がある。
ローカル鉄道のイメージ(画像:写真AC)
しかし現実には、答申にもあるように、地域の公共交通の維持・充実は、地域生活のあらゆる側面を支える基礎的なニーズである。
高齢化、けが、病気などで自家用車を永続的に運転できる保証は誰にもない。将来への投資として、税負担額と徴収された目的税の使用方法に関する質と量について、生活者としっかりとした社会的合意を形成していくプロセスが不可欠となる。それこそが、交通税対策の円滑な運用につながる。
鉄道事業者やバス事業者も、
「車両更新にこれだけの費用がかかる」 「運転士の確保にこれだけの費用がかかる」 「将来の維持発展のための新規技術にこれだけの費用がかかる」
などの情報を開示し、合意を得ながら、バリアフリー運賃のように目的別の運賃をプラスでとる、目的別交通税をプラスでとる方法もありうる。まさしく、医療の世界におけるインフォームド・コンセントの感覚であり、日本の交通界に必要なものである。
以上のような社会動向を踏まえると、公共交通システムそのものを維持するための支払い意思額を正確に調査する手法は、今後ますます社会的な重要性を増す可能性が高い。
公共交通システムそのものから、個々のエレベーター、エスカレーター、誰でもトイレなど、さまざまなインフラに至るまで、その負担のあり方、すなわち負担額や改善策の質・量について、皆が検討し、決定することが不可欠となっている。
西山敏樹(都市工学者)
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