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金融政策決定会合を終え、記者会見する日本銀行の植田和男総裁=2024年3月19日、東京・日本橋本石町の同本店 - 写真=時事通信フォト 

 

日本銀行は3月18日、19日の金融政策決定会合で、マイナス金利政策の解除を決めた。日本経済はこれからどうなるのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「マスコミなどは『大規模緩和からの転換』と大騒ぎしているが、実質は何も変わっていない。日本円の暴落、紙くず化はやはり避けられない」という――。 

 

【写真】日本銀行の植田和男総裁(写真左)と岸田総理 

 

■日銀は本当に「大規模緩和の転換」をしたのか 

 

 私は1月19日に参議院議員に繰り上げ当選し、2期目に返り咲かせていただいた。そこで最初に明確にしておきたい。本稿は私の個人的見解、予測であり、所属する党の公式見解ではない。 

 

 そもそも金融論はイデオロギーや政治的な主義主張とは無縁である。日本人を幸せにする正しい政策か、間違った政策かに尽きる。本稿では日本銀行(以下「日銀」)の財務内容がいかに悪化しているかを書くが、そのような分析は政治理念によって変わるものではない。事実は事実だからだ。 

 

 本稿は、マーケットの最前線に於いて長年、切った、張った、で戦い、実績を上げてきた自他ともに認める現場人間の分析、予測だ。そのつもりでお読みいただきたい。 

 

 3月18日、19日に開かれた日銀の政策決定会合で、日銀はマイナス金利政策の解除を決めた。長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)や上場投資信託(ETF)などリスク資産の買い入れを終了することも決めた。これにマスコミは「大規模緩和からの転換」「正常化への第1歩」と大きく報じ、大騒ぎとなった。 

 

 にもかかわらず市場への影響はほとんどなかった。むしろ為替は、多くの識者が予想した円高ではなく、逆に円安が進行して再び1ドル150円を超えた。長期金利の水準は大きく変わらなかった。 

 

■「異次元緩和をさらに推し進める」ことが示された 

 

 この「なぜか?」を事後的に滔々(とうとう)と分析しているコメンテーターもいるが、分析するまでもなく、理由は簡単だ。 

 

 「マイナス金利政策」を解除したところで市場金利はほとんど変わらず、日銀は「YCC解除」という言葉で変化を印象付けようとしたのだろう。しかし実際は「異次元緩和をさらに推し進める」ことを確認したに過ぎない。そのことをマーケットに見透かされたからだ。金融環境が何も変わらなかったのだからマーケットが反応するわけがない。 

 

 さらには、インフレが進行しても日銀にはもう打つ手がなくなったことも印象付けてしまった。今回の金融政策決定会合で打った政策変更は豆鉄砲だった。今後は、決定会合のたびに日銀のインフレに対する無力さが明らかになっていくだろう。化けの皮が1枚ずつ剝がされていくと思う。 

 

 

■株と国債の爆買いは「禁じ手」 

 

 「今、日銀は政策変更をすべきなのか?」と聞かれれば、答えは当然にYESだ。 

 

 日銀は、大規模緩和を続けるにあたって「禁じ手」を使ってきた。金融政策目的で株を保有している中央銀行は日銀以外、G20の国にはない。日銀はETFを大量に爆買いし続け、日本最大の「株主」になってしまった。 

 

 その保有額は、長期債の購入(=お金のバラマキ)に比べれば桁違いに小さい金額なので、異次元緩和政策にはさほど影響がなく、やめても(株式市場に影響が出たとしても)日銀自身が窮地に追い込まれることはない。はるか以前に止めるべきだった。せっかく進めてきた国の民営化と真逆の逆民営化政策だった。日本は社会主義国家ではないはずだ。 

 

 長期債も同様で、日銀ほど(対GDP比)長期国債を保有しているG20の国はない。私が金融マンだった頃の日銀は、長期債などほとんど保有していなかった。他国の中銀は「まだ日銀がこけてないから」との理由で日銀を「炭鉱のカナリア」として、日銀のはるか後方をおそるおそるついてきただけだ。 

 

 その他国の中銀は、すでにUターン(=国債保有の増額中止、減額)を始めている。日銀だけが崖に向かって驀進中だ。インフレを抑制し、金融正常化を実現するには、日銀は保有する長期国債も大幅に減じるべきなのだ。 

 

 中央銀行は、株や国債などの価格が大きく変動する金融商品を保有すべきではない。市場をゆがめるだけではない。債務超過に陥ってしまうと信用が失墜し、その発行する通貨の価値も失墜してしまうからだ。これは伝統的金融論の肝である。 

 

■物価高を抑えるために「大規模緩和の終了」は不可欠 

 

 東京都区部の消費者物価指数(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)は2022年10月から前年同月比2.0%を超え、高い時は4%に達した。現在でも3.15%(2月)の高い水準にある。 

 

 今後、政府のエネルギー補助金が打ち切りとなれば、物価高に対する国民の肌感覚は、さらに悪化するだろう。為替が円安方向に進めば、インフレ加速のリスクはさらに高まる。 

 

 このような経済環境の中で、市場金利の原点(日銀の誘導目標)であるオーバーナイト無担保コールO/N物レートがゼロ%という史上最低レベルのままでいいはずがない。少なくともCPIと同じ2%以上であるべきだ。長期金利も「名目長期金利=実質金利+期待インフレ率+政府の倒産確率」という伝統的金融論が唱える数式に当てはめれば現状の金利0.7%はあまりに低すぎる。 

 

 長短金利があるべき姿から長期にわたって乖離(かいり)すると、インフレが加速し中央銀行の制御が効かなくなる。市場金利が政策金利を無視して荒れ狂うことになる。そうなると日本経済はめちゃくちゃだ。 

 

 以上を考えると日銀は金融政策を少なくとも中立程度にまで修正していかねばならないのは明らかだ。異次元緩和を継続するべき地合いではない。 

 

 しかし「するべき」と「できる」とは全く違う。日銀の植田和男総裁も「政策変更は絶対必要」と思っているはずだ。問題はそれができないことだ。日銀の債務超過を筆頭として、日本経済のダメージがあまりに大きすぎるからだ。そこが日銀、そして日本経済の大問題なのである。 

 

 

■日銀は何も変えていない 

 

 黒田東彦・前日銀総裁が始めた「異次元緩和」は、正式には「量的・質的金融緩和」という。質的とは、日銀が長期国債などの購入に踏み込むことであり、量的とは日銀が大量の長期国債を購入して、お金を銀行間市場に流し込む政策だ。これが今の日銀の金融政策の根幹である。 

 

 YCCやマイナス金利政策はその太い幹から出た枝、あるいは棘(とげ)のようなものにすぎない。したがって「日銀の政策変更」が行われたか否かは、長期国債の大量購入を止め、保有国債の減額にかじを切ったか否かで判断するべきだ。 

 

 すなわち「年間の購入国債<償還国債」が実現して初めて「量的緩和政策の変更」と言える。 

 

 今回の金融政策決定会合で、日銀は長期国債を毎月6兆円程度買い入れることを決めている。私が参院予算委員会で日銀に聞いたところ、今年満期を迎える日銀の保有国債は67.1兆円になる。買い入れ額のほうが償還額より多いのだから、日銀の保有国債額は相変わらず増え続ける。これでは「量的緩和政策の変更」などとは到底言えない。 

 

 3月22日の日経新聞1面トップに「世界緩和マネー、圧縮途上 ピークの8割」という見出しが掲げられた。“途上”ではあっても各国中銀はバランスシート(BS)を圧縮している。つまり市中に出回ったお金を回収しているのだ。 

 

 一方の日銀はBSを拡大し、円をばらまいていく。モノやサービスと同じで、お金も供給過多になれば価値は下落する。円安、インフレが予想される。なお、下落する円とは逆にビットコインが昨今爆謄しているのは、ばらまかれ続ける円と発行量に上限があるビットコインとの希少価値の差にあるように思える。 

 

■「マイナス金利の解除」は「利上げ」ではない 

 

 政策金利とは市場金利を誘導させるための金利である。政策金利が重要なのではなく動かすターゲットの市場金利が重要だ。 

 

 なぜならば、貸出し金利、預金金利、住宅ローンの変動金利、FXのスワップポイント、日米金利差等は市場金利で決まるのであり、政策金利で決まるわけではないからだ。 

 

 FRB(米連邦準備制度理事会)の政策金利や、異次元緩和前の日銀の政策金利は、100%市場金利と連動していたから政策金利の動きをウオッチしていればよかった。しかし、異次元緩和後、日銀は補完当座預金制度適用利率という510兆円(2月16日から3月15日)のうちの、たった28兆円にしか適用されないペナルティー金利のことを政策金利と称するようになった。私は何じゃそれ? と思っていた。市場金利との100%の連動性がないからだ。 

 

 実際、政策金利がマイナス0.1%だった金融政策決定会合前日の無担保コールO/N物レート(市場金利の原点)はマイナス0.003%だった。ほぼゼロ%と言ってもよい。もし今回の決定会合が「マイナス金利政策の解除」だけだったら、無担保コールO/N物レートはマイナス0.003%から0%に変わっていただけであろう。 

 

 政策金利を0.1%上げたのに、市場金利はたったの0.003%しか上がらなかった。微動だにしなかったと言ってもいい。 

 

 

■0.077%の上昇…これを利上げというのは恥ずかしい 

 

 「マイナス金利解除」と大騒ぎして、市場金利はたったの0.003%の上昇。これではまずいと思ったのか、日銀はマイナス金利政策の解除だけではなく、政策金利をマイナス0.1%からプラス0.1%へと変更するゼロ金利政策の解除も同時に行った。 

 

 したがって決定会合翌日の無担保コールO/N物レートはプラス0.074%まで上昇した。しかしながら政策金利をマイナス0.1からプラス0.1%へと0.2%上昇させたのに、(市中金利の根幹である)無担保コールO/N物レートは決定会合前日のマイナス0.003%からプラス0.074%へとたった0.077%しか上昇していないのだ。 

 

 欧米では0.25%とか0.5%の上昇を利上げというのに、0.077%しか上昇していない。これを利上げと称するのは、恥ずかしい。 

 

 「これでは利上げとは言わないのではないか?」と私が参院財政金融委員会でお聞きしたら、植田総裁は「利上げは利上げですから」と答弁された。ならば私はこれから68kgの体重が67.9kgへと減量しことを、「ダイエットに成功した」と言うことにする。「減量は減量」なので。 

 

 利上げと大騒ぎしても実際は利上げでもなんでもない。だから為替が円高に触れなくても当たり前なのだ。 

 

 21日の参院財政金融委員会で、植田総裁は住宅ローン金利について「大幅に上昇するとはみていない」との見解を述べられたそうだ。当たり前だ。市場金利の根幹が0.077%しか動いていないのだから住宅ローン金利が大幅に上昇するわけがない。 

 

■日銀の印象操作に、アナリストやマスコミが大騒ぎしただけ 

 

 預金金利についてはどうか。19日の日経新聞「三菱UFJと三井住友、普通預金の金利を0.001%→0.02%に」には、両者が普通預金金利を現在の20倍に引き上がると書いてあった。しかし実態は0.001%が0.02%になっただけであり、0.019%上げるだけに過ぎない。 

 

 100万円を預金して年間10円となる受取金利が200円に上昇するだけで、蟻の涙が雀の涙に変わっただけだ。政策金利が0.2%上昇したのに、預金金利は10分の1程度の0.019%の上昇しかしない。無担保コールO/N物レート上昇幅の0.077%ほども動いていない。 

 

 これがアナリストやマスコミが大騒ぎした「マイナス金利政策の解除」の結果である。「マイナス金利政策解除」を「利上げだ」「日米金利差縮小だ」と大騒ぎしていた識者やアナリストは、あまりにみっともないと思う。YCCの解除といい、何ら実態のない言葉の遊びにすぎなかった。 

 

 なお私が前項の件に関し参議院財政金融委員会で質問したら、植田総裁は「政策金利」の定義を微妙に変えた」とお答えになった。今後は昔同様O/N 無担保コールレートそのものを政策金利と呼ぶようになるようだ。「何じゃ、それ?」だ。 

 

 日銀の都合のいいように定義を変えるのか?(筆者注:補完当座預金制度適用利率を政策金利としたのは円安誘導のために日銀がアグレッシブに金利を下げているとの印象を世界にふりまくための印象操作だったと私は思っている)「いずれ、銀行がフジマキに貸し出す金利を政策金利と呼ぶようになるのではないでしょうね」と嫌味を言っておいた。 

 

 打つ手の無くなった日銀は、印象操作という技巧に頼らざるを得ないほど追いやられていると私は思っている。 

 

 

 
 

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