( 154418 )  2024/03/30 01:13:47  
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インタビューに応じる経団連の十倉雅和会長=28日午後、東京都千代田区(納冨康撮影) 

 

経団連の十倉雅和会長は29日までに産経新聞の単独インタビューに応じ、令和6年春闘について、賃上げが地方や中小企業に確実に波及するよう「あらゆる働きかけをし、社会的な行動規範になるまで来年も再来年も続けないといけない」と述べた。また、少子高齢化が進み、資源に乏しい日本の経済・社会システムの抜本改革に向けた提言を年明けに取りまとめる考えも明らかにした。主なやりとりは次の通り。 

 

【グラフで見る】名目賃金と実質賃金の推移 

 

──今春闘では物価高を背景に、主要企業の労使交渉では満額回答が相次いだ他、連合傘下の労働組合のある企業でも高水準が続いている 

 

「上々な滑り出しで正直ほっとしている。問題は中小・零細企業、組合のない事業者や、いわゆる非正規労働者に物価上昇に負けない賃上げがどう波及していくか。そこを注視している。一朝一夕とはいかないが、少しずつ、じわじわと浸透して社会的な対応になっていかないといけない」 

 

――労働組合のない事業者や地方まで賃上げが波及するには何が必要か 

 

「『良いモノやサービスには値がつく』。この考え方が社会的な行動規範になるまであらゆる働きかけをするしかない。これを来年も再来年も続けないと意味がない」 

 

――日本人は「良いものを安く」が得意だ 

 

「仰る通り。特に『サービスはただ』という常識のようなものが定着してきたから、それを変えるのは時間がかかる」 

 

──今までの約30年間、賃金が上がらなかった理由は 

 

「一言でいえばデフレだ。デフレの時代は債務過剰・雇用過剰・設備過剰の『3つの過剰』の中で、企業は雇用維持を優先してきた。そして、デフレで物価も上がらないので(賃金を一律に引き上げる)ベースアップ(ベア)も行わず、ずっと定期昇給だけでやってきた。今の物価高は需要が旺盛になって物価が上がる『デマンドプル』ではなく、エネルギー価格の上昇に伴い輸入を中心にコストが上がり、企業は価格転嫁を迫られる形でインフレが起きた。インフレに負けない賃上げが実現して消費が喚起され、需要が増えるというデマンドプル型の好循環がようやく始まったと思っている」 

 

――大企業中心に内部留保をため込み、賃上げなど分配は後回しになった 

 

 

「結果としてそうだと思う。だが今は、デフレ時代に企業が海外投資に向かった状況と違い、国内投資が活発になっている。調達した資金を脱炭素の取り組みに充てるGX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債が一例で、国内投資が増え、賃上げが続き、それが消費に回る。今度こそ経済の好循環が起こるのではないか」 

 

――株価が4万円を超え、賃上げも高水準だ。日本経済は「復活」したのか 

 

「経団連としてはそう言いたいところだが、実体経済が本当に良くなっているかを見極める必要がある。ぬか喜びはしてはいけない」 

 

――経済成長には労働市場改革は不可欠だ 

 

「資本主義の長所の一つは、市場を通じて資源配分を適切に行えることだ。資源の最も典型的なのはお金、次はモノ。そして労働も資本なので、生産性の高いところや賃金の多いところに人が活躍を求めて自由に移動できるのが理想だ。ただ、お金やモノと違って労働は人であり、その家族もいる。僕は『失業なき労働移動』はないと思うが、今後は人は会社に雇われるのではなく、従業員が雇用主や企業を選ぶように変わると思う。会社の中で違う職種に就きたいとかリスキリング(学び直し)などは個人が職に就くために主体的に企業を選べるためのツールであり、それを政府も企業も用意しないといけない。社員に下手に学んでもらうとライバル企業に行かれてしまうと躊躇(ちゅうちょ)するような企業は淘汰(とうた)されていくと思う」 

 

「(日銀のマイナス金利解除を受け)金利が復活し、例えば金利が2%なら収益率が2%を超えることをやらなきゃいけないから、創意工夫や競争が復活する。過度な金利上昇は経済にマイナスだが、物価上昇に見合うくらいの金利があれば、企業は借金してでも価値を生み出そうとするからいい刺激になる」 

 

――若い世代は将来への不安が根強いといわれる 

 

「若い世代が将来に漠とした不安を持っていることは一番大きな問題だ。賃金が上がったら若い人も消費するかといえば、僕は楽観したらいけない、ため込みますよ、と思っている。現在の社会保障制度は現役世代が高齢者の医療費の大半を支えていたり、金融資産を持つ高齢者が課税されないなど公平公正な負担という価値基準に照らせば課題は多い。(配偶者に扶養されるパート従業員らが社会保険料の負担を避けるため働く時間を抑える)『年収の壁』の問題も専業主婦の女性が多いことを前提した制度だ。日本社会全体の人口設計をみて、公平公正という視点で抜本改革が必要だ」 

 

 

――安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」への評価は 

 

「アベノミクスで日本経済は大きく落ち込まずに済んだし、失業率も低下した。そこは評価すべきだ。ただ、そもそも金融政策に経済の下支えを全部担わせることはおかしいことで、あまりにも金融緩和に頼り過ぎた。インフレになった今は変えるべきだ」 

 

――日本経済にとって中国市場は重要だが、一方で邦人拘束など懸念も多い 

 

「世界は中国なしではやっていけないし、中国も世界なしではやっていけない。できるだけ自由で開かれた経済には予見可能性が大事だ。(スパイ行為の取り締まり強化に向けて改正された)反スパイ法などの件は何とかしてほしいと思う。今年1月に財界合同訪中代表団として訪中した際も非常にオープンに議論した。(東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡り中国が輸入停止した)日本産水産物についても科学的態度で臨んでくださいと言っている。政治も含め、もっと層の厚い対話をやっていくべきだ」 

 

――政府は外国人労働者の受け入れ拡大を進める一方で、地域社会とのトラブルが目立ってきた 

 

「一定の技能や高い能力を持つ外国人労働者に日本社会に貢献していただく。日本に来るのは労働力ではなくて人間で、その家族が一緒に来る場合もある。災害対応や日本語の問題など外国人労働者を支援する仕組みを自治体など地域ごとに工夫していく必要がある。家族も含めて日本で活躍していただけるよう、そういう戦略を進めていくべきだ」 

 

――国内総生産(GDP)で日本はドイツに抜かれ、世界4位に後退した。日本企業の「稼ぐ力」を高めるには 

 

「経団連では、まだ仮称だが『フューチャー・デザイン2040』という提言を年明けに取りまとめようと議論を始めたところだ。日本が経済力を今後も維持し、輝く国になるにはどうするべきか。日本全体を今覆っている大きな制約は2つあり、逆手に取れば成長のチャンスにもなる。1つは少子高齢化。労働参加率が高まるような制度にしないといけないし、真に必要な外国人の働き手に日本に来てもらわないといけない。現状を放っておくと地方が消滅するかもしれない」 

 

 

「もう一つはエネルギーと食料の安全保障。特にエネルギーはこれまでは化石燃料を輸入できたが、脱炭素を実現しようとすれば化石燃料には頼れず、国産のエネルギーが必要になる。だが、日本は島国でグリッド網(送電網)もないから自分で作らないといけない。ものすごいイノベーティブな技術を開発しないといけないので時間がかかるが、チャンスでもある。研究や設備投資、社会実装など投資が国内に向かうことになるからだ。単なる産業政策ではなく、社会システムが複雑に絡み合う社会課題を解決することが経済の起爆剤になる。そうした提言ができないか、検討を始めたところだ」 

 

――自民党の派閥を巡る「政治とカネ」の問題で、政治不信が高まっている 

 

「残念だ。透明性と作ったルールを守る、この2つが基本だ。(政治資金規正法や政党助成法など)現在の制度も長年にわたり議論してきたもので、ルール通りやっていれば今回の問題は起こらなかった。新たな制度を作っても、重要なことはきちんと透明性とルールを守ることだ」 

 

――2025年大阪・関西万博の開幕まであと1年あまりだが、機運をどう高めていくか 

 

「万博のテーマ『いのち輝く未来社会のデザイン』は、ウクライナ侵略やパレスチナ自治区ガザ情勢、日本でも能登半島地震など命の大切さを痛感したという意味で今日的な意義があるし、日本の良さを売り込むチャンスでもある。僕らもそういった意義をもっとアピールしていく」 

 

――来年5月が経団連会長の任期満了だが、後任会長に必要な資質は何か 

 

「会長になってみて分かったのは、経団連は昔は産業政策をやっていればいいところもあったが、生態系の崩壊や少子高齢化、財政規律などさまざまな問題が複雑に絡み合い、社会課題になっている。僕は『社会性の視座』と言っているが、そういう視座を持った人にやってもらいたい。経済人にはそういう人は随分いるのできっといい後継者が見つかると思う」(小川真由美) 

 

◆とくら・まさかず 東大経卒。昭和49年、住友化学工業(現住友化学)入社。精密化学業務室部長、常務執行役員、専務執行役員などを経て、平成23年社長、31年会長。経団連では27年6月から副会長を4年間務め、令和3年6月から会長。兵庫県出身。73歳。 

 

 

 
 

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