( 154988 ) 2024/03/31 23:10:02 0 00 週刊エコノミスト 4月9日号表紙
今、多くのメディアで、「電気自動車(EV)の販売が世界的に大失速」という解説や論調が増えている。そして、その裏返しとして「ハイブリッド車(HV)を脱炭素戦略の主軸に据える日本メーカーの判断は正しかった」というような「日本車称賛論」がSNS上にあふれている。
確かに、米EV大手のテスラの利益率が落ち、時価総額が大きく減り、米フォード・モーターのEVへの投資延期や米アップルのEV開発中止が報じられるなど、EVに関するネガティブなニュースが増えている。一方、HVを主力とするトヨタ自動車は利益、時価総額とも過去最高を更新しており、そうしたメディアやSNSの主張は一見、正しいように見える。
しかし、EV関連の情報を発信するウェブメディア「INSIDE EVs」によると、バッテリーEV(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHV)を足したEV市場は、2023年に前年比35%増の1369万台。内訳はBEVが同30%増の949万台、PHVが同47%増の420万台で、双方を合わせたシェアは自動車の世界販売の16%を占め、過去最高を更新。前年比45%増だった22年のEV市場の伸び率からは下がったとはいえ、引き続き大きく伸びていることには変わりない。更に24年1月は前年同月比63%増となっている。
◇フォード・GMの苦戦
ではなぜ、「EV大失速」といわれるのか。それは、「伝統的な自動車メーカーが販売するEVが計画通りには売れていない」ことを反映しているのではないだろうか。
例えば、フォード。EVとしてSUV(スポーツタイプ多目的車)の「マスタング・マッハE」、ピックアップトラックの「F150ライトニング」を米国で販売しているが、23年の販売台数はそれぞれ4万771台、2万4165台で、年頭の販売計画の半分しか売れていない。今年2月に持ち直したものの、1月の米EV販売台数は前年比11%減の4674台と、23年4月以来の低水準となり、「EVは売れない」という市場認識を更に強めた。フォードは当初、26年までに年間200万台のEVを生産する計画を打ち出しており、市場の期待を大きく高めていたことからすると、残念な状況といえる。
なぜ、売れないのか。それは、SDV(ソフトウエア・ディファインド・ビークル)に象徴されるEVならではの「顧客体験」を、既存メーカーが提供できていないためではないだろうか。本来、SDV化とOTA(Over the Air:インターネット経由でソフトウエア書き替え)によるアップデートで、顧客がEVを購入する際に最も重視する航続距離、充電時間、価格等が継続的に改善可能となる。
SDVの先駆者といえるテスラでは、既に買った自分の車がソフトウエア・アップデートにより、今売っている新車と常に同じ機能を持ち、今日スマートフォンで日常的に経験するような全く新しい「顧客体験」を提供している。OTA機能自体もソフトウエアで実現されるもので、その準備ができなかったことが独VWの最初の本格的EVであるID.3の出荷開始が大幅に遅れた理由の一つだった。
◇3万ドル以下が主戦場に
一方、現在のEVで緊急に解決すべき課題は価格である。米国エネルギー情報局によると23年4~6月期時点で高級車におけるBEVの割合は32%なのに対して、非高級車ではわずか1%。背景として、23年に新車モデル数でHVの高級車は30%以下なのに対して、BEVの70%以上が高級車であることが挙げられる。
この点から、EV市場を更に拡大するために3万ドル以下の普及価格帯のEVが求められており、世界の自動車各社がその開発にしのぎを削っている。ここは、熾烈(しれつ)な価格競争が行われる「レッドオーシャン(競争の激しい市場)」となる可能性があるが、現実的にこの市場で十分なシェアを取れるか否かで企業の存亡が決まる。ソフトウエア化や電動化が進むと、量産効果によるコスト低減効果は大きく、IT製品のように寡占化が進む。結果的に、EV市場でも十分に利益が出せるのは、高級車ブランド以外は、地域ごとに多くても3社程度に絞られる可能性がある。
◇日本メーカーの活路
むしろ、こうした厳しい状況が、EVで日本メーカーにチャンスを生む。日本の自動車市場は世界第4位の規模でありながらEVの空白地帯で、外国メーカーのシェアも低く、ブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)に近い。ここで日本勢が26~27年の間に最低50万台程度のEVを出荷し、その台数の上でSDV化を進め、データ収集・分析・アップデート技術を高め、航続距離の拡大、充電速度の高速化、運転支援機能向上などソフトウエア開発能力を高め、国際競争力のあるEVで世界に打って出る手順を踏むことが妥当であり、必須と思われる。
特にEVの製造や販売には地政学的な影響が大きく、世界どの地域にも売れるEV企業はテスラ以外には限られている。一方、引き続き日本車の品質に対する世界の消費者の期待は大きく、日系自動車メーカーは世界中にセールス・メンテナンス網を持っている。海外の既存メーカーが足踏みをしている今後3年程度で、国際競争力のあるEVを開発・製造すれば、そこに流し込める。これは非常に大きな競争優位性であり、むしろEVでも世界をリードする千載一遇の事業チャンスが訪れているといえるのではないだろうか。
(野辺継男〈のべ・つぐお〉名古屋大学客員教授)
4月1日(月)に発売する4月9日号の巻頭特集は「EV失速の真実」です。世界的に電気自動車(EV)の販売不振が言われるなか、各国市場で何が起こっているのかを多面的にリポートします。今のEV販売の頭打ちは一時的である可能性が高く、この流れを読み誤ると、トヨタのような巨大メーカーでも先行きが危うくなる可能性があります。自動車業界の動向を知るためにも必読の一冊となっています。ぜひ、お手に取ってお読みください。
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