( 155498 ) 2024/04/02 13:48:50 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
埼玉・群馬県境に、“翔んで埼玉”空港が建設されるかもしれない。埼玉と群馬の10市町からなる地域が、空港整備を構想していることが明らかになったのだ。実現すれば、この地域の住民は羽田空港や成田空港に行かずとも飛行機に乗れるようになる。ただし、この地域で新空港の誕生が期待されている理由は、それだけではない。(乗り物ライター 宮武和多哉)
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● “翔んで埼玉”空港が爆誕か? 埼玉と群馬の県境「上武」地域とは
埼玉・群馬県境に、“翔んで埼玉”空港が建設されるかもしれない。ヒット映画『翔んで埼玉』になぞらえてSNS上で盛り上がっている空港整備の候補地が、埼玉県側の本庄市や深谷市など5市町と、群馬県側の高崎市や前橋市など5市町からなる「上武」地域である。
上武地域は以前から県境を越えた交流や連携が盛んで、2022年に「上武連携構想」が発足した。この地域から東京都心にアクセスする手段は上越新幹線や関越自動車道などがあるものの、成田空港(千葉県)や羽田空港(東京都)へ行くには不便で時間がかかる。そこで、先の連携構想の中で空港を整備する案が浮上しているのだ。
もし新しい空港が開業すれば、この地域から飛行機に乗る利便性は格段に向上するだろう。ただ、空港建設には、土地の取得や環境影響評価をはじめ、アクセスの整備、そして何より需要があるかの精査まで、クリアしなければいけない課題が山積している。必要な公共事業ですら厳しい目が向けられるこのご時世に、なぜこの地域で新空港が構想されているのだろうか。
● 自動車、精密機器、半導体… 国際貨物のポテンシャルが高い
埼玉と群馬の10市町からなる上武地域の人口は計約128万人。この地で空港整備が構想されている理由は、旅客というよりも国際貨物の需要に関するポテンシャルが高いことが挙げられる。
実は、上武地域とその周辺は、自動車部品や精密機器などの製造業が集積している。まず、近隣には大手自動車メーカーのホンダ(埼玉県寄居町)やSUBARU(群馬県太田市)の生産拠点がある。そして、カーエアコン用クラッチで世界シェア3割を握る小倉クラッチ(群馬県桐生市)や、ACGスターターモーター(小型二輪の集中制御機構)で世界シェア8割のミツバ(群馬県大泉町)といった有力サプライヤーも多い。また、半導体のルネサスエレクトロニクス(群馬県高崎市)、気象観測機器の明星電気(群馬県伊勢崎市)も工場を構えている。
上武地域とその周辺からの製造品出荷額は年間で10兆円近い。これほど盛んな荷動きの状況から見ても、上武地域に空港ができれば、国際貨物の空港として堅調な需要が見込めるだろう。なお現状は、群馬県太田市の国際物流ターミナル内にある税関派出所で手続きを済ませ、午前11時発・成田空港行きのトラックに積載できれば、中国や韓国、台湾への当日配達が可能となっている。
航空機を使った国際貨物を採算に乗せる秘訣(ひけつ)は、輸出入する製品の高付加価値化にある。穀物や石油など容量がかさばるものは船や鉄道による輸送が適しているが、容量や重量が小さく、揺れや衝撃、温度への管理が必要だったり、速達性が求められたりする製品は航空輸送が得意とするところだ。
● 「4000メートル級の滑走路を3本造れる」 猛烈アピールする埼玉県上里町
新空港の建設候補地となっている埼玉県上里町は、町のホームページ内で新たに「日本の令和の経済発展の起爆剤となる空港誘致」と題したページを立ち上げ、空港用地としてのメリットをアピールしている。それを見る限り、関東では数少ない好条件がそろっている。これも、上武地域が一体となって新空港の整備に動き出した一因だろう。
上里町は北部に約1000ヘクタールの田園地帯があり、立ち退きを要する企業や建築物が極めて少なく、4000メートル級の滑走路を3本造れる用地をすぐに確保できるという。もし本当に実現できれば、滑走路2本の新千歳や関西、中部国際空港などを上回る、国内有数の巨大空港が誕生することになる。
建設候補地は高崎市や前橋市から15kmほどの距離で、JR高崎線・神保原駅から約3km、上越新幹線・本庄早稲田駅からは約10km。関越道や高崎玉村バイパス、新町バイパスに近く、茨城空港と同規模の駐車場(約3600台分)を確保できれば、広範囲で利用者を集めることができそうだ。また、烏川支流・神通川の河川敷の利用などで、上里町中心部からアクセスする道路や鉄道の建設も比較的容易であるように見える。
なお、冬場の安定した北西風は、飛行機への向かい風となり、離陸に必要な揚力となるとの見方も示されている。ただし、現時点では具体的な調査を行っていないため、内容をしっかり精査する必要がありそうだ。
● 実は過去にもあった埼玉の空港構想 30年越しの勝負!成否はいかに
上武地域の10市町は、23年11月に空港誘致に向けた勉強会を合同開催した。ここに国土交通省航空局の部長クラスが招かれ、空港整備の基本プロセスなどに関して解説してもらったという。また、ドローンや空飛ぶクルマの発着地点になる垂直離着陸用飛行場「バーティーポート(VP)」に関するレクチャーも受けた。VPは空港より整備費用や買収用地が少なくて済む。今後は空港ではなくVP整備に構想が変化していく可能性もあるだろう。
振り返れば平成初期には埼玉県が空港用地として渡良瀬遊水地の活用を提案したこともあったが、土地を所有する4県(栃木・群馬・埼玉・茨城)のうち栃木、茨城県との齟齬(そご)があったこと、何より建設への反対意見が噴出したことから、程なく頓挫している。実は、上武地域はその当時も積極的に空港誘致に動いていた。今回の新空港構想は、30年越しに勝負を懸けたといえるだろう。
とはいえ、現在は勉強会などで各種検討を進めている状態で、具体的に空港誘致を求める期成同盟すら立ち上がっていない。一方、全国を見渡すと、鳥取と島根は2県で4つもの空港を持つ。この2県よりも多い人口と国際貨物のポテンシャルを擁する上武地域が、念願の空港を手に入れることができるのか。本気度が試されるのはまだ先の話だが、じっくり推移を見守りたい。
宮武和多哉
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