( 156548 )  2024/04/05 14:58:09  
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Photo:SANKEI 

 

● 円安、1ドル152円に迫る 日銀、17年ぶり利上げでも 

 

 東京外国為替市場で3月27日、ドル円レートは一時、1ドル=151円97銭となった。 

 

 市場為替レートだけをみれば、1990年以来34年ぶりの円安ということになる。 

 

 ただし為替レートのあるべき水準を示す購買力平価(IMFの試算では2024年で1ドル90円程度)と比べれば、さらに大幅な円安だ。両者の差がこれほど開いたのは1980年代前半以来のことだ。 

 

 その意味では「40年ぶりの円安」ということになる。 

 

 2022年10月までは、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げの影響でユーロやポンドも減価していたが、利上げ打ち止め感が出た後は、ユーロもポンドも上がり、いまではコロナ禍前の水準にほぼ戻っている。 

 

 日本円だけが戻っていない主因は、日本の金融政策だ。 

 

 日本銀行は3月の金融政策決定会合でマイナス金利解除など、異次元緩和をやめ金融政策の正常化に踏み出したが、金融緩和は続けるとしているからだ。 

 

● 米国の金融引き締めによるドル高は 2022年10月で終わった 

 

 為替レートは各国間の金利差によって大きく影響される。特に、アメリカとの金利差が重要だ。2021年以降の為替レートの大きな変動の原因は、アメリカの金利引き上げだ。 

 

 第1の局面は、21~22年のドル高だ。ほとんどの通貨がドルに対して減価した。これは、アメリカがインフレに対抗するために金利を引き上げたからだ。 

 

 ユーロの場合、21年初めには、1ドル=0.82ユーロ程度だったが、12月末に0.88ユーロ程度となった。そして、22年10月7日に1.03ユーロ程度となった。 

 

 ポンドも、ほぼ同じ経路を辿った。21年初めには、1ドル=0.73ポンド程度であったが、12月末に0.74ポンド程度になった。そして、22年10月に0.9ポンド程度になった。 

 

 日本円の減価は、とくに顕著だった。21年初めには1ドル=103円程度だったが、12月末には115円になった。22年の減価はさらに著しく、10月末に145円程度になった。 

 

 しかし、22年10月でこの動きは止まった。それは、アメリカの金利引き上げの打ち止めが予想されたからだろう(実際には、アメリカの政策金利はその後も引き上げられ、22年12月に6.5%になって打ち止めとなった。したがって、為替レートの動きは、政策金利の動きを先取りしたことになる)。 

 

 日銀は、イールドカーブコントロール(YCC)の長期金利の上限見直し(1%超え容認)を22年12月に行なったので、これも影響したのだろう。ただし、ユーロやポンドも同じ動きだったことを見れば、以上の動きは主としてアメリカの政策金利引き上げによるものだったと考えることができる。 

 

● ユーロやポンドは 21~22年の急激な減価から回復 

 

 2022年10月以降は、第2の局面が始まった。 

 

 ユーロ安は22年10月でピークとなり、その後はユーロ高が進んだ。23年になってからは0.9ユーロ程度を中心とする変動が続き、24年3月末では、0.92ユーロとなっている。 

 

 コロナ前の19年には0.8~0.9ユーロ程度だったので、ほぼその頃の水準に戻ったと見ることができる。 

 

 ポンド安も22年10月でピークとなり、その後はポンド高に転じた。24年3月末では、0.79ポンドだ。コロナ前の19年には0.79~082ポンド程度だったので、ほぼコロナ前の水準に戻ったことになる。 

 

 より長期的に見た場合、10年代には、ユーロは1ドル=0.7~0.9ユーロ程度だった。そして、ポンドは1ドル=0.6ポンド程度だった。これらと比べれば、現時点ではドル高になっている。しかし、21~22年のアメリカの急激な利上げの影響からは回復したと考えることができる。 

 

 

● 日銀の「金融緩和維持」スタンスが 歴史的円安を招いている 

 

 円も、22年10月を円安のピークとして増価に転じた。ここまでは、他の通貨と同じだったのだが、円高傾向は23年1月中旬の1ドル=128円程度で終了し、その後は、再び円安が進んだ。 

 

 直近の24年3月末の時点では151円を超える円安だ。コロナ前の19年に105~111円程度だったのと比べると、極めて大きな減価率だ。 

 

 これは、他の主要通貨では見られない現象だ。つまり、22年10月までは、アメリカの金利上昇による「ドル高」だったが、いまは、日本の金利の低さによる「円安」だといえる。 

 

 23年4月に日銀総裁が交代したが、金融緩和を継続するとのメッセージが出され続けた。日銀は24年3月の金融政策決定会合でマイナス金利を解除し短期の政策金利の引き上げとYCCの撤廃を決めた。しかし同時に、必要に応じて国債の買い入れを行なうとしており、長期金利抑制策を行なう可能性を否定していない。 

 

 このメッセージは、近い将来の急激な円高の可能性はなくなったと、市場に解釈されたのだろう。円高にならなければ金利差がある限り、キャリー取引は利益を生む。このため、キャリー取引が増加し円安が進んだ。 

 

 また、円レートは、アメリカの金利引き下げによっても影響される。それがどの程度のスケジュールで行なわれるかを予測するのは難しいが、アメリカの中立金利が上昇しているとの見方もある。そうであれば、引き下げるにしても限定的である可能性がある。こうしたことも、円安に影響した可能性がある。 

 

 ただし、ユーロやポンドで急激な減価が生じたわけではないので、直近の円安は日本側の事情による面が強いと考えられる。 

 

● 円安は日本経済を弱くする 人手不足深刻化、水膨れの利益で技術開発怠る 

 

 最近の日本の消費者物価には、国内の賃金上昇によって引き起こされるコストプッシュ的な動きも見られる。しかし、輸入価格の動向が消費者物価指数に大きな影響を与えることも間違いない。だから、賃金コストプッシュ要因によるインフレを抑制するためにも、輸入価格の引き下げが重要な課題だ。 

 

 そのためには為替レートを正常な水準に戻す必要がある。ユーロやポンドがコロナ前の水準に戻ったことを考えれば、円をコロナ前の水準に戻すことは、決して不可能ではないと考えられる。 

 

 また、円安は日本経済の健全な発展に大きな多くの障害を与える。 

 

 円安が進めば、外国人が日本で働くことの魅力は低下する。したがって、外国人労働力に期待できなくなる。これは、人手不足が深刻化する日本で大きな問題だ。 

 

 特に介護分野でそうだ。厚生労働省は、訪問介護に技能実習や特定技能の外国人材を認める案を示した。しかし、日本がそうした措置をとっても、外国人が日本に来てくれるかどうか、分らない。 

 

 

 円安で輸出企業などの利益は増えるが、それは帳簿上のものに過ぎない。 

 

 そして、企業利益が増える基本的な原因は輸入価格の上昇を消費者物価に転嫁することにある。 

 

 つまり、円安による企業利益増は消費者の犠牲によって生じるのだ。生産性の向上による健全な利益増ではない。 

 

 しかも、そうしたメカニズムで利益が増えるために、企業が技術開発に取り組まないという問題がある。日本経済の長期的な停滞は、これによって引き起こされた。 

 

 円安で外国人旅行客は増える。しかし観光公害も広がる。また、これは円安で日本での旅行や買い物が安くなったことによるものであって、日本経済の長期的な発展につながるものではない。 

 

● 長期金利を市場に委ねることが必要 日銀は為替水準を政策目標として意識を 

 

 日銀は、為替レートは金融政策の目標ではないとしている。しかし、対外的な通貨価値の安定は金融政策の最も重要な目的であるはずだ。為替レートの水準を金融政策の重要な政策目標として意識する必要がある。 

 

 前述のように、日銀はYCCトを廃止すると言いながら、必要に応じて国債の買い入れを行なうとしており、金利抑制策を行なう可能性を否定していない。こうした方向づけを見直し、長期金利を完全に市場の実勢に委ねる中央銀行本来の金融政策に戻るべきだ。 

 

 また、あるべき長期金利の水準についての見通しを示す必要がある。現在の日本の金利は、適切な水準に比べて低すぎると考えられる。物価上昇率が高くなれば、それに応じて名目金利も上昇する。 

 

 日銀は2%物価目標の安定的、持続的な達成が見通せるようになったと言っているが、物価上昇率2%が続くのであれば、長期金利は潜在成長率+2%程度にならなければならない。 

 

 内閣府「中長期の経済財政に関する試算」の成長実現ケースでは、長期金利は2032年以降、3%台になるという見通しになっている。こうした状態を目標値にするのが、一つの考えだ。 

 

 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄) 

 

野口悠紀雄 

 

 

 
 

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