( 156933 ) 2024/04/06 22:46:43 0 00 (撮影:柴田大輔)
この4月から、民間事業者に障がい者への「合理的配慮」が義務づけられた。障がいがあっても誰もが等しく参加できる「インクルーシブ社会」の実現に向け、重度障がい者が中心となって政策提言する――。そんな取り組みが続いた茨城県つくば市では、制度の改革が進んでバリアフリー化された商店が増えるなど、街に変化が生まれている。当事者をはじめとする立役者、ともに取り組む街の人々を取材した。(文・写真:柴田大輔/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「障害×提案=住みよいつくばの会」には障がいの有無を問わず、さまざまな市民が参加する。会はメンバーを固定しておらず、ミーティングへの出入りも自由。関心があれば、いつでも誰でも自由に参加できる
「障がいのある子どもが今の普通学校に行ったら、使えるトイレはどのくらいある?」「まずは周囲の意識を変えることじゃないかな」「それを実現させるには費用の負担はどうするのがいい?」
2024年1月のある午前。
つくば市のコミュニティセンター「かつらぎ交流館」を訪れると、にぎやかな話し声が響いていた。街づくりプロジェクト「障害×提案=住みよいつくばの会」の定例ミーティングだ。交流館は、つくばエクスプレスの研究学園駅と終点・つくば駅の中間付近の住宅地にある。そこに、多様な18人の市民が集まった。
電動車椅子を使う人、たん吸引などの医療的ケアを必要とする人、見た目ではわからない障がいのある人。障がい当事者たちだけではない。その家族、支援活動を続けている人、障がい者の問題解決に関心を持つ市議らの姿もある。みんな「障がい」でつながっている。
斉藤新吾さん
話し合いの輪の中に、会の呼びかけ人・斉藤新吾さん(48)がいた。自身も進行性の難病による障がいがある。
「障がい者は生活の中でいつも不自由を感じています。そして、『こうすればよくなる』というアイデアをそれぞれが持っている。でも、それを形にできる場はこれまでなかったんです」
会は2018年に発足し、「『要望』から『提案』へ」というフレーズを掲げて活動してきた。斉藤さんはこう説明してくれた。
「障がい者は困っているから、どうしても『今すぐなんとかしてほしい』と要望を市役所の窓口で伝えがちなんですね。でも、要求だけでは解決につながらない。であれば、『こうすれば簡単に解決できますよ』という提案として働きかけるほうがいい。そう思ったんです」
会が手掛けるのは、障がい者支援の「要望」「お願い」ではなく、政策提言なのだという。その提言も、障がい当事者のアイデアをもとに練り上げたものだ。2020年のつくば市長選と市議選では、事前に2年以上を費やして6つの提案をまとめ、全候補者に公開質問状として投げ掛けた。それぞれの回答は選挙期間中にウェブサイトで公表。選挙後は、回答通りに活動してくれているか、市長や各議員の行動をチェックすることも続けている。
「そうした活動の結果、6つの提案のうち4つが実現しました」と斉藤さんは言う。
その一つが、働きたい障がい者に対し就労時に介助者を派遣する仕組みだ。以前は、通勤時や就労中に公的な介助派遣制度を利用できず、障がい者は自費で介助者を手配するほかなかった。働きたいのに、お金がなければ働けない。2020年の制度改正でその歪んだ構造は是正され、就労時の介助派遣は可能になったが、制度を実施するかは各自治体の判断に任された。政策提言の時点で、茨城県内の自治体はどこも制度の実施に踏み出していなかった。そうしたなか、斉藤さんたちは市と交渉し、2022年度からの実施にこぎつけたのだ。
つくば市内を走るバス
また、障がい者の社会参加を目的とした改革も実現。これまでタクシー利用に限られていた助成制度を公共交通機関で利用可能なICカードとの選択制とした。それにより、タクシーか鉄道・バスなどの公共交通機関か、ニーズに応じた移動手段を障がい者自身が選びやすくなった。スマートフォンやタブレット端末を利用して遠隔地でも手話通訳を受けられる「つくば市遠隔手話サービス」、さらには市内のバリアフリー基本構想の作成も実現させている。
つくば市は人口25万人余り。2023年には人口増加率が全国の市・区で1位となった。その発展する「科学のまち」で当事者、家族、さまざまな職を持つ市民がチームとなって、障がい当事者の困りごとに向き合い、小さな、しかし具体的な改革を積み重ねていく。そして街全体を世界最先端のインクルーシブ社会にしていく。それが、「障害×提案=住みよいつくばの会」の役目だ。
つくば市議の川久保皆実さん
つくば市議の川久保皆実さん(38)は2020年の市議選で初当選し、この会に加わった。子育てをしながら活動を続け、提案の実現を後押ししている。
「この会では、障がいのあるなしに関係なくフラットな立場で語り合えるんです。こうした仲間ができて良かった。互いに尊重し合い議論を積み重ね、理解がより深まっていくのを感じます」
ファシリテーターとして議論を進める徳田太郎さん
会の立ち上げから参加する徳田太郎さん(51)は、プロのファシリテーターとして全国でワークショップを開催し、一人ひとりが意見を出し合える場をつくってきた。その目に「障害×提案」の活動はどう映っているのだろう。
「2カ月に一度集まり、数年かけて提案を練り上げ、選挙にぶつける。すごい仕掛けですよ。ここでは特定の人が物事を決めたりしません。みんなで考え、決めて、実行する。医療的ケアや手話通訳を必要とする方、脳性麻痺の方もいる。私はそれぞれの特性を踏まえて議論のペースを調整し、全員が参加できるよう心掛けています」
斉藤さんと仲間たち
「障害×提案」を引っ張る前出の斉藤さんは1994年、筑波大学への進学を機に郷里の青森県からつくば市にやってきた。
青森時代は養護学校に通い、中学・高校とも寮生活。高校卒業後の進路を考えるとき、選択肢は限られていた。家族の介助を受けながら自宅で過ごすか、施設への入所か、思い切って進学するか。
「親は忙しいし、自由のない施設は絶対嫌でした」
考え抜いた末、障がい学生へのサポートがあり、受け入れに積極的な筑波大への進学は「消去法だった」と振り返る。そして、この選択が斉藤さんの人生を大きく変えた。斉藤さんの暮らしをサポートしようと行動する、エネルギーにあふれる仲間たちと出会ったのだ。
「サークルなどで出会ったボランティアはみんな介助の素人だけど、エネルギーがあって無鉄砲で。若者のノリと勢いで一歩を踏み出しました」
障がい者が地域で普通に暮らす。それまでは考えたことのない選択だった。2001年には、斉藤さんは他の障がい者やボランティアの仲間たちと「つくば自立生活センターほにゃら」を立ち上げた。現在、斉藤さんは事務局長。地域で暮らす障がい者を支えるため、介助者の派遣、権利擁護活動など忙しく働く。
この「ほにゃら」は「障害×提案」の会と共に、つくば市でのインクルーシブ社会実現を目指す車の両輪だ。
ほにゃら事務職員の生井祐介さん(47)は「ここに入って人生が大きく変わった」と話す。小学生の時に発症した関節リウマチが悪化し、大学卒業後に両膝と股関節を手術した。その後に知人から紹介されたのが斉藤さんだった。アルバイトをしたいと、ほにゃらの事務所に電話すると、電話口の職員から「斉藤は今、ワールドカップを見にドイツに行ってます」と告げられた。
「びっくりしましたよ。重度障がいのある車椅子の人が海外に行くなんて。すごいとこに電話しちゃったなって」
そう振り返る生井さん自身、ほにゃらの活動に関わるなかで、生き生きと活躍する何人もの障がい者たちと出会う。「まさか自分も海外に行くことになるなんて、自分でも驚いています」。自身も大きく変化したのだ。
スイスで開かれる国際会議に参加するため、羽田空港から旅立つ生井祐介さん
斉藤さんもこう話す。
「これまでの社会は、障がい者はいないものとして、僕たち抜きで物事が決められてきました。ですが、障がいがあるからといって、誰かが決めた様式で生活しなければいけないわけじゃない。自分のことは自分で決める権利、自分らしく生きる権利は誰にも平等にある。どんなに重い障がいがあっても自分たちの暮らしは自分たちで決める。暮らしたい街で自分らしく暮らす。人として当たり前のことですから」
2023年に茨城県日立市で行われた、「茨城県障がい者権利条例」8周年記念パレード
「自分たちの暮らしを誰かに決められたくない。ちゃんと僕らを交えて民主的に議論して決めてほしいんです」
そう話す斉藤さんにとっての転換点は、障がい者への差別を禁じる「茨城県障がい者権利条例」の制定だったという。
障がい種別を超えた当事者同士が協力し、4年の活動を経て2014年に実現させた。そのときの活動が自信になり、「自分たちも社会を動かせる」と実感できたという。それからは一直線だった。2018年には、ほにゃらとしてつくば市への請願をきっかけに、合理的配慮への補助制度を茨城県で初めて実現させた。
障がい者が健常者と等しく社会参加できるよう、スロープの設置、手話や筆談などのコミュニケーション手段の確保、障がいの特性に応じた教育環境の整備といった「合理的配慮」の義務はこの4月、公的機関から民間事業者へと拡大された。
しかし、いくら義務とはいえ、コストも時間もかかる合理的配慮が民間に根付くのだろうか。斉藤さんには確信があるという。それは「障がい者が街で暮らすと社会は必ず変わる」というものだ。
つくば市内を走るバスを利用する障がい当事者
実際、障がい者が多く暮らす「ほにゃら」の事務所周辺では目に見える変化が起きつつある。バリアフリー化された商店が増え、レストランには障がいのある人が食べやすいオリジナルメニューができた。近くのコンビニエンスストアの店長は「うちには障がいのある方がよく来るから、何かあれば手伝うよう従業員を教育しているんです」と明かす。まさに、障がい者が自分たちの生きる姿を見せることで社会は変化するのだ。
ほにゃらの事務所周辺では車椅子で暮らす人が街を行き交うのも日常風景
多様な子どもが地域の学校に通うことを保障するインクルーシブ教育に詳しい東洋大学客員研究員の一木玲子さんはこう話す。
「子どもの頃から普通学校と、特別支援学校や特別支援学級へと子ども同士が分けられる『分離された社会』では、障がい者を見たことがない人がたくさんいます。そのなかで、障がい者が街で生きる姿を見せることの意義はとても大きい。障がい者としての具体的な生き方を示すことで、『この子は自分で生きていけるんだよ』『親とは別人格ですよ』と見せることになる。そんな出会いがなければ、障がい者は単に大変でかわいそうなだけの存在になってしまうんです」
バリアフリー改修をした「本と喫茶 サッフォー」の店内
2023年、ほにゃらの事務所近くに書店「本と喫茶 サッフォー」が開店した。店主は書籍編集者の山田亜紀子さん(50)だ。
入り口は、車椅子でも出入りしやすいように広げ、店内には手すりやスロープを設置した。改修費用は、斉藤さんらが働きかけたつくば市の「合理的配慮支援事業」による助成金を利用した。山田さんは、この店を障がい者だけでなく、同じ街に暮らすさまざまな背景を持つ人の居場所にしたいと考える。
「合理的配慮は法律(障がい者差別解消法)として存在しますが、日常の中に当たり前に溶け込んでいるのがいいと思ってます。店側に障壁があって利用できない人がいれば、当たり前にそれを取り除く。受け入れるために私たちは何ができるのかを、当事者と一緒に考える街。それは、誰にとっても安心できる街だと思います」
つくば自立生活センターほにゃらのメンバーたち
「行動すれば必ず社会は変わる」は、斉藤さんの口ぐせだ。ただ、障がい者だけが動いても社会は変わらないともいう。
「問題に取り組むなかで人とつながり仲間ができて、結果として世の中が変わるのがいい。障がい者が地域での暮らしを実現させても、街が障がい者を受け入れなければ意味がありません。一方、周りが介助者だけでは、社会から障がい者が分離された状態は変わらない。そんな状況を変えるためにも、いろいろな人同士が普通に関わり合うことが大事なんです。みんなで一緒に、よりよいつくばをつくっていきたいですね」
柴田大輔(しばた・だいすけ) フォトジャーナリスト。1980年、茨城県生まれ。写真専門学校を卒業後、フリーランスとして活動。ラテンアメリカ13カ国を旅して多様な風土と人の暮らしに強く惹かれる。2006年からコロンビアを中心に、ラテンアメリカの人々の生活を取材している。Frontline Press(フロントラインプレス) 所属。近著に『まちで生きる、まちが変わる つくば自立生活センター ほにゃらの挑戦』(夕書房)。
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